第2話 婚約者なメイドさん

 部屋を、間違えたようだ。しかしさっきものすごいものを見た気がする。見間違えじゃなければメイドだったような......。

 見たことはないが恐らくお隣さんだろう。お隣さんの奥さんがメイドプレイ。

 これはあり得るな。そうだろう。きっとそうだ。俺の部屋にメイドさんがいるはずがない。

 と確認すべく部屋番号を見た。そこには四〇三と書かれた表札ひょうさつが。


 俺の部屋、だな。

 どうやら見間違えじゃなかったようだ。ならば何故俺の部屋にメイドさんが? というよりも鍵、閉まっていたよな?

 ならどうやって中へ? と次々と疑問がこみ上げてくる。


 ......。


 不法侵入者!? 空きか!


 すぐにズボンに手をやりスマホを取る。

 震える手で番号を打とうとすると声が聞こえてきた。


「なにを混乱しているのですか? 残念ご主人様」

「ひぃっ! 」


 扉の隙間すきまから不気味な、吸い込まれるような黒い瞳が俺を見ている。

 あ、あわわわわわ......。

 何だ?! 一体何なんだ! メイド?! 何が起こっているんだ?! どうして空き巣がメイド服?!

 混乱しているとカタっと音がし扉が完全に開く。

 白いカチューシャを俺に見せながら彼女はしゃがみスマホを俺に渡し、無表情な顔で口を開いた。


「一先ず中へどうぞ」

「......俺の部屋なんだが」


 白と黒のゴシック調のメイド服を着た女性に俺は、自分の部屋へ通された。

 未だに混乱しているが恐らく、少なくとも俺に危害を加えるタイプではないようだ。

 もし彼女が空き巣ならば大きな声を上げながら逃げるか、俺に攻撃をしてくるだろう。


 にもかくにも玄関でくつを脱ぎシューズボックスに置く。

 ふと見上げるとそこには白い肌をした黒髪黒目のメイドさんが。


「……俺の幻覚という可能性もあるか」


 とポツリと呟き背を伸ばす。

 するとそこには——無表情ながらもどこか、形容けいようしがたい表情をしたメイドさんが。

 それどんな感情? と思いつつも呟いてしまったことを少し後悔する。


「幻覚ではありません。私は生きている人間で、メイドでございます」

「幻覚は皆そう言うんだ」

「ともゆき様は幻覚を見たことがあるので? 」

「あるはずないだろ……。というか何で俺の名前を? 」

「本日からおつかえするお方の名前を忘れる程ボケておりません。幻視げんしご主人様」

「俺の方が幻覚かよって「お仕えする」? それはどういう……」


 そう言っている間に俺と彼女は六畳一間ろくじょうひとまの部屋に着く。

 全くもって状況が読めない中机の近くにある座布団ざぶとんに腰を下ろし自称メイドを見た。


「座らないのか? 」

「私はメイドですので。この状態で十分でございます」

「いやしかし疲れるだろう? 」


 そう言うと「はぁ」と大きく溜息を吐かれた。

 え。俺なんか変な事言ったか? 単に座って話し合いをしようとしただけなんだが。


そばに仕える者として同じ席に座るわけにはいきません。これはメイド界の常識ですよ? 」

「今知ったわ! そんな常識! 」

「あれほどまでにメイドを愛するともゆき様がしらないとはっ」

「何でそんなに驚く?! てかメイド界ってなに! 」

「知らないのですか?! メイド界とは、秘密結社『メイドゥ』が牛耳ぎゅうじるギルドのようなものです」

「口に出した時点で秘密でも何でもねぇ! 」

「あら、いけません。忘れてください」

「逆に忘れられんわ! インパクトが強すぎて! 」

「ならば物理的に忘れてもらいましょう」

「え、なに。その手に持ってるものなに?! 」


 物騒な——ハンマーのようなものをいつの間にか手にしたメイド服を着た強盗が俺に近付く。

 やっぱり強盗じゃねぇか!

 なんだよ。その物騒なもの! いつの間に出した!


「ち、近づくな! 」

「痛いのは一瞬です」

「や、やめろーーー!!! 」


 全力で彼女の攻撃を回避して、忘れたことを強調して、何とか引き下がってもらった。

 あ、あぶねぇ。本当にいかれてやがる。かりにも秘密結社を名乗るだけはある。過激だ。

 息を切らしてメイドを見る。

 激しい運動をしたにもかかわらず汗一つ流さない美人がそこに。

 しかし「今日から仕える」と言っていたが、こんな過激な行動を、それも秘密結社とかいう如何いかにも怪しい組織に入っているのを明言めいげんして雇ってもらえると思っているのか?


 誰のがねかわからないがすぐに突き返してやる!!!


「それは不可能だと思います」

「俺の心をさらっと読むな! え? なに? メイドって読心術も使えるの?! 」

「ともゆき様。本当に残念なご主人様。心の声が漏れております」

「くそがぁぁぁ! 」


 机を叩いて叫んだ。

 はぁはぁ......。このメイドと相性が悪い。こんなにもツッコミをいるのは久しぶりだ。

 まぁおいておこう。一先ず彼女の事だ。メイドを見上げて口を開く。


「えっちですね」

「覗いてねぇよ……。本当に調子が狂う。で、君は誰の指示でここに来たんだ? 」

「ともゆき様のお父上からでございます」

「なにも聞いてねぇぞ」

「あら? 私は聞いているものかと」


 彼女はそう言いコテリと首を傾げて小さな顔を傾けた。

 可愛い仕草しぐさだがさっきまでおちょくられていた俺からすればあざといこの上ない仕草だ。

 あれだ。このメイド、Sだ。


 にしても親父から?

 そう疑問に思っていると「ブルル」と机が震えた。

 スマホを手に取り着信を見る。


「おい親父! これはどういう……」

『おう。ともゆき! 元気してたか? 今日そっちにサキちゃん行ったろ? 』

「……名前は聞いてないがメイド服を着た強盗のことか? 」

『強盗じゃないが、その彼女だ』

「なんで俺の部屋にメイドがいるんだよ」

『いやぁ最近会社の成長がヤバくてな。そっちも危ないかもしれないから武闘派メイドを送ったってことだ』

「むしろメイドの方が危ない気がするんだが」

『そんなことはない。彼女の実力は本物だ。そこら辺のSPよりも強い。それにお前、メイド好きだったろ? 』

「うぐっ! だが二次元と三次元は違う! それに武闘派メイドってなんだよ! 」

『そのままの意味だ。ま、そう邪険じゃけんにするな。あとはサキちゃんに任せるわ。じゃな! 』

「おいまて、クソ親父!!! おい、切るな! おい! 」


 スマホから目を離すとツー、ツー、ツーと電話が途切れた音が聞こえてくる。

 ひたいがピクピク動くのを感じながらスマホを再度机に置く。

 両ひじをついて顔をおおった。


「二次元と三次元は違う。まさにその通りでございます。エロティカルご主人様」

「誰がエロティカル、だ」

「エロティカルご主人様、貴方の事です、残念ご主人様。二次元と三次元は違うのでエロいことは期待しないでくださいね。私ができるのは精々拳で岩を砕き弾丸を素手で止めるくらいですから」

「人間離れがすげぇ」

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