第4話 あくまで弄りたいメイドさん

「ではご主人様はおくつろぎください」

「あ、あぁ……」


 俺は六畳一間よりも少し広いこの部屋の中心で、少し戸惑っていた。

 メイドがいる生活がこれから始まろうとしている。

 だが実際問題、——二人が住むにしては——狭い部屋で女性と二人っきり。しかも超絶美人で俺好みと来た。

 正直なところ彼女がハニートラップ要員よういんと言われても納得がいく。

 まぁ俺自身にそんな価値はないと思うが。価値があるのは親父の会社の方ゆえに。

 そう思いつつも居心地の悪さを感じつつ座布団の上で少し足を組み替える。


 ガラガラガラ……。


 俺のベットの上に乗っかりサキが窓を開いた。


 風が中に入る。年寄り臭く「良い風だ」というと彼女は振り返り黒い瞳をこちらに向けた。


「残念ご主人様。見えませんよ? 」

「わざとスカートを抑えなくても、その長さじゃ見えないから安心しろ」

「それもそうですね。しかしご主人様がスカートの中に、いえメイドのスカートの中に興味がないというのは初めて知りました」

「いやむしろなんで興味があると思った?! 」

「え……。調査情報だとメイドスキーなご主人様だとうかがっていたのでてっきり」

「なにがてっきりだ! というよりも調査情報ってなに?! 」

「それはもちろんお仕えするご主人様に関する情報です」


 とサキは窓を開けたままベットから降りて窓の向こうへ。

 そして薄い掛け布団を外にしている。

 掛け終わったら窓を開けたまま俺の方へ顔を向けた。


「どのような趣味嗜好しこうがあり、どのような経歴を持ち、どのような人柄ひとがらなのか、事前に知り備えるのです」

「俺のプライバシー! 」

「そんなものはネットの海にでも流してください」

「いや流したらいけないやつ! 」

「人間界、いえ普通の人達では流行はやっているそうじゃないですか。フェイ〇〇ックとか〇〇スタグラムとか」

「確かに流行ってるけど! 皆はそんな気で流しているんじゃないとおもうぞ! 」

「どこにいて何をしているのかみずから流す。それこそプライバシーの流出じゃないですか」

「そうだけど! そうだけど! そんな目的で使っちゃいけません! 」


 そう言うと小首を傾げて俺を見る。


「不思議な世界ですね、人間界」

「いやサキも人間だろ?! 」

「私はメイドなので」

「メイドという種族?! 」

「メイド界ではそれなりに腕を鳴らしたものです」

「いやそんな妖精界みたいな言い方されてもっ! 」

「メイド界。それは様々なメイドが集まり作る世界。入った者は技術を会得えとくするまで出られない修羅の世界」

「本当に修羅の世界だな?! 」

「そんなメイド界とついなすのが執事界。どうです? これを機にご主人様も執事界へ入っては? 」

「怪しすぎるわ!!! 」


 ぜはぁ......ぜはぁ......ぜはぁ......。

 息を切らして彼女を見る。無表情ながらもどこかやり切った彼女の顔がそこにある。

 完全におちょくられた。


 少し顔を上げて彼女を見ると右に左に部屋中を見ていた。


「にしても」

「? 」

「汚れが目立ちますね」

「……男の一人暮らしなんてこんなものだろう? 」

「確かにそうなのですが、失礼ですがともゆき様はここへ来て間もないと聞いております。それでこの酷さは」

「酷いって……」

「加えるのならば段ボールの荷解きもまだのご様子。開けなくてもいいので? 」

「いやあれは――」


 そう言いながらサキは足を進めた。

 段ボールの方へ行こうとするサキを止めるべく手を伸ばす。

 ダメだ! あれにさらわれては!


 必死に手を伸ばして「開けなくてもいいから! 」というも遅かった。

 ビリビリっとガムテープがはがれる音が聞こえ俺は絶望した。


「メイド百科ひゃっかにメイドもえ。ミニスカメイドにバニーメイド......。やはりご主人様の趣味はメイドでしたか」

「俺をころせぇぇぇぇぇ!!! 」

「良いじゃないですか。メイド」

「やめろぉぉ! 見るな。見るんじゃない! 」

「ふむ。これはなかった情報ですね。しまパンの傾向がおありと」

「そこまでして俺をはずかしめたいかぁ! 」

「いえ。調査です」

「そっか。調査か。調査なら仕方ないか……とでもいうと思ったか、このドSメイド! 」

「ドSとは心外な。SにもMにもなりますよ? 」

「え、ちょっと意外」

「テンションの上がり下がりが物凄いですね。流石はともゆき様。りゃくして『さすとも』」

「略さんで良い!!! 」


 パタンと本を閉じる音がする。


「お前実は俺の事ものすごい嫌いだろう? 」

「イイエ。ダイスキ デ ゴザイマス。ゴシュジンサマ」

「怪しっ! めっちゃ怪しっ! 」

「私を疑うなんて酷い婚約者様です。グスン」

「うっわぁ~」

「ドン引きしないでください。私を辱めたいのですか? ならばすぐに警察に」

「連絡をするな! なにスマホを取り出してんだよ。というか俺と同じ機種きしゅ? 」


 そう言うと少し意外そうな顔をした。


「まさかバレるとは」

「いや隠していたのかよ」

「バレてしまったらご主人様のスマホと入れ替えて友好関係を調べることが出来なくなるっ! 」

「悪質?! リアルメイドってこんなに悪質なのか?! 」

「いえ。私の趣味です」

「なお悪いわ! 」


 俺がそう言うと少しほがらかな顔をしてくすっと笑う。


「まぁ冗談として。これは本当に私のスマホです」

「そ、そうか。冗談か。無表情で言われたらどれが冗談かわからないから出来れば犯罪チックな冗談はやめてほしい」

「え……」

「なにその意外そうな顔?! 」

「そのような禁止令が出ると何をネタにご主人様をいじればいいのかっ! 」

「もう主従しゅじゅうの関係じゃないよな?! 」

「今更ですね」

「本当にな! 」

「これぞ夫婦めおと漫才」

「まだ夫婦じゃねぇ! 」

「まだ、だなんて。……ポ」

「ああぁ……。調子狂う」

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