[ 203 ] ナッシュへ
――「ロイエさん、そろそろ魔石がなくなりそうです」
ロゼが魔石残数の報告をくれたのは、以前ハリルベルが教えてくれたラングザームという甘い香りのする植物が自生する森の上空だった。
「わかりました。あとは徒歩で向かいましょう」
既に時間は深夜を回っており、夜通しで飛んできたせいでみんなの疲労も相当たまっている。
森の中は木々が邪魔だったことと、襲撃に備えてかなりの上空を飛んでいた為、地上までは距離がある。
「ハリルベル、確か僕らが野宿したのは、この辺の洞窟だよね?」
「ああ、そうだな。あそこで休むか。確か……あっちだ。あの尖った岩の先だ」
ハリルベルの指示に従って、残りの魔石を使い僕らは洞窟へと降り立った。
洞窟の中で村長を横にして、店長が作ってくれた病人食を無理矢理流し込む。脈は弱いな……。早く輸血しないと。
おそらく村長は氷魔法使いなんだろう。失った手足が凍傷になっているから、すぐに自分で傷口を塞いだようだ。これが幸いしてまだ村長の命は保たれている。
「ここから街までは三時間ほどだよね? 少し休んだら一気に行こうか」
「ロイエ、少し休んだらどうだ? 俺たちは飛んでる時に交代で休ませてもらったけど、お前はずっと魔法を使いっぱしだったじゃないか」
「これくらい大丈夫だよ。効果がないかもしれないけど、村長への回復魔法は無駄じゃ無いと信じてるから」
僕は村長を助けてからずっと、無詠唱でクーアをかけている。効果はないかもしれないが、あるかもしれない。可能性があるのにやらないなんて、僕にはできなかった。
「じゃせめて食え。食わなきゃお前も倒れるぞ」
店長は、湯気が立ち甘い香りのする出来立てのスープを差し出してきた。
「頂きます」
受けってスープを飲むと、体の芯から温まってきた。
「美味しい……」
「当たり前だろ。俺が作ったんだからな」
食う奴がもういないんだからいいだろ!と、店長はハイネル村でしっかりと食糧を回収していた。村のみんなの食料が巡り巡って僕らや村長の命を助けたと思えば、彼らも報われるだろうか。
「ありがとうございます。元気が出ました。行きましょうか」
「ロイエさん、もう少し休まなくて大丈夫ですか?」
「うん、やれることはやりたいんだ」
フォレストからハイネル村まで一日。ハイネル村からここまで一日、みんなもほとんど寝ていない。早くナッシュへ行かなければ……。
「ジオグランツ」
僕は自分と村長を浮かすと、僕はハリルベルに、村長はマスターにおんぶしてもらった。
全員を浮かせて一人が引っ張るのが一番効率が良いんだけど、もし敵襲があった場合にそれだと対応が遅れると、ハリルベルが譲らなかった。
ロゼと店長が周囲を警戒し、ハリルベルとマスターが運び役。僕に関してもハリルベルが「移動しながらでも少しは休め」とおんぶしてもらうことになった。
「マスター、ハリルベル、あまり離れないでね。重力範囲から外れちゃうから」
「おう」
「大丈夫じゃ」
「周囲の警戒もお任せください」
こうして僕らは、徒歩でナッシュへと向かった。
――なんか体がおかしい……。
ハリルベルにおんぶしてもらってから一時間ほど歩いただろうか。そんなに経ってないと思うけど、体の芯が熱い……。
重力魔法の維持と定期的なクーアが無茶だったのか……? 初級魔法を使ってるだけだから魔力残量はまだ余裕ある。いまはとにかくナッシュへ急がないと……。
「しかし、少なかったのぉ」
黙々と歩いていたが、マスターの呟いた。
「どうした爺さん」
「いや、ハイネル村の村人が少なかったなと思ってな」
「少ない?」
くっ。意識が朦朧とする……。ダメだ、ここで気を失うわけにはいかない……。
「あ、渓谷の大橋の修理にハイネル村の人も向かったんじゃないでしょうか?」
「宿の人がそんなこと言ってたな」
「となると、渓谷の橋の崩落の狙いは、アクアリウムにいる調査班の足止めと、ハイネル村のフィクスブルートの両方ということでしょうか」
「その可能性は高いかね」
だ、ダメだ……。僕の体はどうしちゃったんだ……。
「ん? ロイエ? お前、体が熱いぞ? 大丈夫か?」
「はぁはぁ……」
「お、おい。ロイエ? みんな! ロイエが!」
「どうしたんじゃ?!」
ズキンズキンと、魔力回路が悲鳴をあげている。魔法がうまく維持でき……な。
――僕の意識は、ここで途切れることになった。
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