[ 197 ] 一夜明けて

――翌日


「ロイエ様、ロゼ様、おはようございます」

「おはようございます」

「本日はあいにくの雨ですので、こちらの傘をお使いください」


ヨーレンスさんにフロントで挨拶をすると、丸い板に棒を刺しただけの傘を受け取った。

傘に関してはそれほど技術が進んでいないようで、昔からこれだ。僕もジャンピング傘の詳しい仕組みを理解しないで使っていたから、この世界で再現するのは無理だ。


「ありがとうござます」

「いってらっしゃいませ」


 僕らは宿を出ると市役所へ向かった。昨日の帰り際に、役所の人が来てくれて明日は昼前に役所へ集まるように言われたからだ。


「やはり昨日、仰っていたアウスさんの一件でしょうか?」

「おそらく……」

「雨は好きじゃないピヨ。羽塗れちゃうピヨ」

「ピヨ、今日は宴会じゃないからな? 面白くなくても大人しくしててくれよ?」

「はーい」


 昨日はピヨが宴会の食事をもりもり食べるから、ガンツに「なんだこの鳥。鳥の癖に焼き鳥を食いやがって」と捕まって食材にされるところだった。


「シルフィさんとハリルベルさん、大丈夫でしょうか」

「うーん、こればっかりは僕にも……」

「ですよね……」


 心配しても男女の事はわからない。ハリルベルの心次第だ。

 雨音で会話の声も聞こえづらく、僕もロゼも会話が少ないまま役所へと向かった。


――「ロイエ、こっちだこっち」


「ハリルベル! おはよって、それよりも!シルフィとは大丈夫なの?」


 役所に入ると、壁にもたれかかったハリルベルが手を挙げて僕らに合図した。


「大丈夫なわけねぇだろ」


 壁から離れて正面を向くと、左頬のナイフで切り付けられたような刀傷がくっきりと……。


「思いっきりやられたね……。治すよ」

「いや、いいよ。いきなり治ったら怪しまれちゃうし」

「そっか……。何があったかあえて聞かないでおくよ」

「そうしてくれ……。で、ロイエとロゼは昨日どうだったんだ?」

「え、ど、どうもなにも……。お風呂にもう一度入って寝たよ!」

「へぇー?」

「男女が同じ部屋にいて?」

「余計な詮索しないでよ、もー」

「わりぃわりぃ。あ、そうだ。じいさんがロイエが来たら市長室にこいってさ」

「わかった、行こうか」


 ロゼとハリルベルの三人で市長室に向かって歩いていると、ハリルベルはヴェルアの練習をしていた。


「ずっとやってるの?」

「ああ、昨日店長から教えてもらっててさ、何かいつもと違う感じの魔力の流れを感じたんだ」

「いつもと違う?」

「なんていうのかな、こうニュルっと」

「ニュルっと……?」

「いや、わかんねぇよな」

「わかんないねぇ、僕も練習してみようかな」

「小さくジオラグンツだよね……。小さく、小さく……ジオグランツ」


 僕の手のひらの上にバスケットボールくらいの重力空間が発生したのを感じる。


「いつもより有効範囲が狭くできたかも……」


 ポーチから魔石を一つ取り出してジオグランツの範囲に向けて落としてみる。


「効果は変わってないな……」


 何度か落とした魔石の動くを見る限り、普段のジオグランツと効果自体は変わっていなそうだ。重力を圧縮したらレーラがやっていたようなブラックホールが作れるかもしれないと期待したが、そんな簡単な話ではないようだ。


「これだと、ただ有効範囲が狭くなっただけで、あまり意味ないですわね」

「そうだね。でも練習すれば何かに応用できそうな気がするなぁ」

「俺は、もう少しで何か掴めそうな気がするんだけどなぁ」

「フリューネル……。全然わからないピヨ」


 そんな話をしながら魔法圧縮の練習をしていると、あっという間に市長室の前まで来ていた。ドアの向こうから複数人の魔力を感じる。


「もうすでに中にみんないるみたいだね」

「そうだな、俺たちが最後かもな」

「早く中に入ろう」


 重厚なドアを開けて市長室へ入ると、アルノマール市長、元ギルドマスターのアテル、そして白銀の鎧を着た騎士が二人立っていた。


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