[ 196 ] 宴会/後半
――「違げーよ。それじゃ焦げちまうだろうが」
「はい! すみません!」
宴会はほっぽり出し、ギルドの簡易キッチンで店長とハリルベルが料理の準備……。もとい魔力圧縮のコントロールの修行を始めてしまった。
「だーからー、食材を炒めるのにそんな火力高かったら焦げるっつてんだろ! こう、なんていうんだ? ボッじゃなくて、ポッて感じでヴェルアだ」
ここへ来る途中で鰹節を燻してた時は気にしてなかったけど、確かに店長の魔法コントロールはずば抜けてる。
「ふぅ……。ヴェルア」
「おーおー。いいじゃねぇか。その調子だ。それを両手でやれ」
「両手?!」
「当たり前だろ、どんどん客が来るのにコンロ1つでやってられるか。見てろよ。ヴェルア」
店長は、両手の全ての指の上に小さな十個のヴェルアを灯すと、それぞれ火力をコントロールしてみせた。
「凄すぎる……」
魔法には連続発動に制約があるから、戦闘においてわざわざ弱く打つ必要がない。それだけ隙は大きくなるし、そんな事をする意味もないからだ。一撃で倒した方が早い。
「うーん。確かにすごいけど、あんなことしてなんの役に立つのかな」
プリンがつまみのポップコーンを摘みながら、二人の修行の様子見ていた。
「でもハリルベルは、ナッシュのマスターだったアテルさんのメルクーアレッタをヴェルアで防いでましたよ」
「メルクーアレッタを?! へぇ、それはすごいですね。市長の闘い方は何度か見てますけど、それは見たことないです」
アルノマールさんでも出来ないのか……。いや、あの大雑把な人は、緻密なコントロールなんて無縁だった。
「だーからー、こうだよこう! もっとこう……腰に力を入れろ!ちょっと手を貸せ!こう!」
「は、はい!」
店長とハリルベルの修行が熱を帯びた頃、またタイミングの悪い事に、泣き腫らした顔のシルフィと疲れ果てたロゼが戻ってきた。
「お腹空いた……ピヨ」
「ただいま戻りました……」
「ベルきゅん、ごめんね。私の早とち……り。誰よ、その男……っ!」
店長が、ハリルベルの腰や腕を持ってポージングを教えてる最中だった……。みんなで顔を見合わせて事の危険度を悟ったが、間に合うはずもなく。
「絶対許さない!! ヴィベルスルフト!!」
シルフィの全身が恐ろしいほどの魔力に包まれると、風魔法練度★5の魔法を発動させた。
フリューネルを連続で発動させる魔法だけど、こんな狭い室内で?と楽観的に見ていた僕も全力で飛び退いた。
「そんなに男が好きなら! 仲良くあの世に行けー!」
シルフィがポーチから取り出して投げたのは、狩猟で使うような鋭利な大型のコンバットナイフだった。
「おっと、なんだあの女やべーな」
「うわ! シルフィ誤解だよ!」
連続フリューネルにより、ハリルベルと店長を追尾するナイフは、まるで生き物のように二人を狙って部屋の中を飛び回った。
「もー! 避けるなー!」
方向転換して襲ってくるナイフは恐怖でしかないが、直線的な攻撃で避けるのは思ったより簡単そうだ。
「おい、丁度いい。あれを溶かしてみろ。オルトまで使っていい」
「わかりました……! ヴェルア・オルト!」
ハリルベルが呪文を唱えると、彼の右手が炎に包まれた。その手で飛来してきたナイフを掴むと、ナイフはその場で溶けてしまった。
「やった! 出来た!」
「よしよし、いいじゃねぇか」
「ああ! むぅう!! 私のナイフ……! ベルきゅんなんてもう知らないんだから!!」
怒ったシルフィは風魔法を唱えると、一瞬で街の雑踏の中へ消えてしまった。
「あ! シルフィ! くそ! ロイエ! 宴会全然やれてなくてごめん! また明日!」
続いてハリルベルも飛び出すが、当てがあるのだろうか。迷う事なく走って行った。あの状態のシルフィを宥める方法が僕には思いつかない。ここはハリルベルに任せよう。
ギルドの中を見ると、酔い潰れるガンツさん、お腹いっぱいで動けないトロイさんがいる中、大テーブルではピヨが一心不乱に残り物を食べている。
「ピヨちゃん、お腹空いたし喉も乾いていたみたいで……」
「ありがとうロゼ、大変だったでしょ……」
「えぇ……。連れ戻すの大変でした」
「ごめん……。タイミングがすごく悪かった……」
「もうあとはハリルベルさんに任せるしかありませんわね」
「そうだね」
――こうして、ギルドで行われた宴会は、ドタバタしたまま幕を閉じた。
後片付けを手伝おうとしたら、ギルドの面々でやるから僕とロゼはもう帰っていいと言うので、言葉に甘えて宿へ戻る事になった。
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