[ 194 ] 宴会/前半
――「ふぁー、いい湯だなー。最高」
「ハリルベル、ちゃんと体を洗ってから入ってる?」
「ん? なんで?」
「もう……」
僕らはいま、宿の大浴場に来ている。
ヨーレンスさんが追加で僕のお金さえ払えば、同室利用は問題ないと言ってくれたので、僕はロゼと同室で泊まる事になったのはいいが……。
ハリルベルが大浴場に入りたいと駄々を捏ねた。
「もう汗びちゃなんだ!頼む!」
「うーん、基本的に宿泊のお客様のみの利用なのですが……」
「ロゼぇ、なんとか頼んでくれよー」
「ピヨもお風呂入りたいピヨ」
「もう仕方ないですわね……」
――「ロイエも早くこいよ! めちゃ気持ちいいぞ!」
この世界の人たちは体を洗ってから入るということをしない。シャワーがないから仕方ないのかもしれないが、衛生観念は崩壊している。
「ところでさ、ロイエは重力魔法の師匠とやらには会ったんだよな?」
「……うん、会ったよ」
「師匠……アルノマール市長がぞっこんらしいが、いい男なのか?」
「うん……。そうだよ。いい人だよ」
「へぇ、いつか会ってみたいな」
「そうだね……」
レーラさんはもうこの世にいない。
それでも彼が教えてくれた教えは、僕の中で生きている。それだけは確かな事だ、僕の中でレーラさんは生きている……。
「デザントにいたって聞いたけど、どうだった? なんか面白い事はあったか?」
「そうだね。レオラっていう女の子がいて――
――僕らは大浴場の中で、お互いのこれまでの経緯について話した。それは久々の友との会話だった。
「あ、ロイエさん。長かったですわね」
部屋に戻ると、既にロゼとピヨはお風呂を出た後だった。戦闘服からラフなワンピースに着替えたロゼは髪がまだ少し濡れており、どことなく艶かしい雰囲気だった。
「ロイエさん?」
「あ、ごめん。えーと、ハリルベルと長話しちゃって」
「そうですか、積もる話もありますよね」
「うん」
「うぇー、ロイエぇ……目がまわるピヨー」
ソファーの上で、ピヨが小さな氷を頭に乗せてぐったりとしていた。
「ごめんなさい。ピヨちゃん長湯しちゃったみたいで」
「どれどれ……」
念の為にクーアとアノマリーをかけてみたが、状態は変わらなかった。湯当たりには効果がないのか……。
「じゃあピヨはここで待ってるか?」
もうすぐギルドで宴会が始まる時間だ。元々ピヨには大人しくしていてもらう予定だったから、どっちでもいいけど……。
「俺が美味しい飯を、少し持って帰ってきてやるか」
「い、いやだピヨ……。ピヨも行くピヨ……」
「じゃぁ、大人しくしてろよ?」
「わかったピヨ……」
とりあえず水分をよく飲ませておくしかないな。
「わたくしが定期的に小さな氷を渡すので口に含んでいれば、大丈夫かと思います」
「そうだね。悪いけど、ピヨはロゼのポーチにいれておいてくれる?」
「わかりましたわ。ピヨちゃんこちらへ」
「うー、ロゼ。ピヨにもご飯取っておいてピヨ……」
「はいはい、わかりました」
誰に似たのか、こんな状態でも食い意地はすごいな。
襲撃の心配はしてないけど、最低限の装備を身につけると、僕らは宿を出てギルドへ向かった。
「こんにちはー」
「おう! ロイエェエエ! てめぇ遅せーぞ!」
ギルドに入るなり、ガンツさんが既に酔っ払っていた。
「約束の時間より早く来ましたが……」
「予定が予定通り始まるわけねぇだろ! 敵はまっちゃくれねぇぞ!」
それはそうなんだけど、この場合は違う気がする。
「ごめんね。ロイエ君、ガンツさんは酒入るといつもああだから、ほっといていいよ」
ギルドの中は宴会ムードで、大テーブルには所狭しと料理やお酒が並べられており、プリンさんも僕に謝りながら次々と料理を運んでいた。
「ベルきゅーん」
「あー、シルフィここではまずいよ……」
「なんでよぉ。私寂しかっ……くんくん。え?」
シルフィが、一瞬考え込むと、眼にも止まらぬ速さで僕に近付き、ハリルベルと同様にくんくんと匂いを嗅がれた。まだ埃臭いのかな……。そんな呑気なことを思っていたら……。
「アレストルム」
「ぐぇ!!」
突然シルフィが風魔法練度★4、空気の拘束魔法で僕の首を締めてきた。こ、これヤバいぞ……。腕とかならともかく、首を絞められると空気だから手で掴めない。魔法も詠唱出来ない……。
「シ、シルフィ?! なにしてんだ?!」
「こいつ! ベルきゅんと同じシャンプーの匂いを! 私のベルきゅんを寝取ったな! しかも男同士で! くぅー! 許さない!」
「待て待て待て! 誤解だ! やめろって! ロイエ死んじまう!」
や、ヤバい……。意識が……。無詠唱でクーアは唱えられるけど、窒息は治せない……。
「ヴァルムヴァント!」
朦朧とする意識の中、ハリルベルがそう叫んだ途端、息が楽になった。
「がはっ! はぁはぁ……」
酸欠寸前で解放された僕は、咳き込みながら自分に何が起きたのか確認しようと必死に目を凝らすと、僕は炎の結界のようなもので守られていた。これが、火魔法練度★5か。
「ロイエ! 大丈夫か?!」
「ごほっ! な、なんとか……ありがとう」
「ベルきゅん! やっぱりロイエさんと出来てたのね!」
「え?! ち、違うよ!」
「違わないでしょ! この浮気者! 男同士でなんて不潔です! うわーーーん!」
シルフィは叫びながら床に置かれていた酒瓶を蹴り飛ばすと、ギルドから出て行ってしまった。
「はぁはぁ、ゴホッ。ハリルベル! 追わないと!」
「あ、ああ、だよな」
ハリルベルが転がった酒瓶を端へ寄せると、シルフィを追うために駆け出そうとしたが、ロゼに止められた。
「ハリルベルさん、いまのシルフィさんには声が届かないと思います。わたくしが弁明してきますので、ここで待っていてください」
「え……。そうかな」
「女の子のわたくしの方が気持ちがわかりますし、事情も説明出来ますから」
「わかった。ロゼにお願いするよ。シルフィは喧嘩すると良く南門のそばのバーに行くから、きっと」
「わかりましたわ。お任せください。ハリルベルさんはシルフィさんの代わりに料理の配膳などをお願いします」
「よし、任された!」
ロゼは僕に目配せをすると、足速にギルドを飛び出した。ここはロゼに任せるとしよう。
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