[ 188 ] フォレストへ
僕らはデザントを出ると、フォレストに向けて馬車を走らせていた。
「ほっほー、こりゃ便利じゃのー」
デザントで契約した御者のおじいさんはご機嫌だった。少し軽くした馬車とフリューネルによる加速で、いままで味わったことのない速さで馬車道を駆けているからだ。
「しかし、臭えな……」
「臭いピヨ……」
「ですね……。いくらタイミングが悪かったとはいえ、魚の輸送馬車しかないなんて……」
「仕方ありませんよ。ロイエさん。氷魔法使いがいれば割引してくれるうえに、積荷が衝撃に強い荷物を運ぶ馬車はこれしかありませんでしたし」
基本的に荷物なしで馬車を出すと、とんでもなく高額なるため、何かの荷馬車に乗せてもらうのが一般的だけど、タイミングが悪く魚の輸送馬車しか手配できなかった。
「魚は嫌いじゃないんですけどね」
「うちの店でも良く出すしな」
「ピヨも魚好きだよ」
「お前は豆でも食ってろ」
「ひどいピヨ」
「あ! 魚でちょっと思い出したことがあるんですけど、鰹節って作ったことあります?」
「かつおぶ……なんだって?」
「鰹節です。長時間燻製させた魚を削って作る調味料ですが、たこ焼きにぴったりなんですよ」
「それを早く言えよ! どうやって作るんだ!?」
鰹節の作り方なんて知らないけど、たぶん小さな火で長時間燻す必要はありそうだ。
「確か……。骨抜きをした後に、低温でじっくり燻して硬くなったら削る?」
「け、削る? 魚をか? 金属じゃねぇんだぞ?」
「でもじっくり低温で燻すと水分が抜けて固くなるんですよ」
「ふーん。やってみるか」
「いやいや、確か一個作るのに四ヶ月くらいかかりますよ」
「なら早く着手した方がいいだろ」
そういうと、店長は勝手に荷台からロゼが凍らせた魚を取り出した。
「で、これをずっと燻すのか……。ヴェルア」
火魔法を唱えると、店長の手に乗せた魚がブスブスと音と煙を立てて溶け出した。
「店長って火魔法使いなんですね」
「ああ、うちの家系はずっと火魔法だな。料理人の家系だから便利でいいけどな」
「さらに臭いピヨ……」
じっと魚を燻す店長、臭さに耐えきれずに馬車の上で寛いでるピヨ。ロゼさんは文句ひとつ言わずどの外を見ている。
「ロゼ?」
「は、話しかけないでください……」
「え、どうしたの」
もう嫌われた?! 何かやっちゃったかな?
「実は馬車は苦手なんです……うぷ」
「ごめん」
回復魔法は馬車酔いには効かない。耐えてもらうしかない。
喋る相手がいなくなった僕は、ガタゴトと揺れる馬車の中、ずっと疑問に思ってたけど、まぁいいやで一ヶ月聞かなかった疑問を店長にぶつけてみた。
「ところで店長って、あの……」
「なんだよ」
「名前ってあるんですか?」
「あるに決まってるだろ」
「ですよね」
「ヴェルトロース。それが俺の名前だ」
「へぇ、どんな意味が込められてるんです?」
「役立たずって意味だ」
「え」
すごい地雷を踏んでしまった。親が子供に役立たずなんて名前を付けるか? 店長の両親は何を考えて付けたんだろ。
「俺は産まれてすぐに親に捨てられたのさ。育ててくれたオヤジが言うには店名前に裸で捨てられてたそうだ」
「ひどい……」
「赤ん坊の俺が握ってた紙に≪ヴェルトロース≫って書いてあったんだとよ」
「両親とは……」
「記憶にもねぇな。俺は独身だったオヤジに育てられてな。親からもらった唯一のプレゼントだからって、オヤジも俺をヴェルトロースって呼んでたよ」
「オヤジさんって」
「もう死んだよ。十年くらい前か金だけは持ってたからな、あの幽霊屋敷で死んだのさ。俺は勝手に店を継いだけどいまだに化けて出てくるんじゃねぇかと、寝泊まりはしてねぇけどな」
「そんな経緯があったんですね……」
あんな立地のいい場所に店を構えてるから、代々家族経営なのかと思ったら……。確かに店長の店にはアルバイトの子しか見たことがないし、家族が暮らしていた形跡もなかった。
「ま、めんどくさいから店長って呼んでくれや」
「……はい。店長」
「よし。あ、それはそうと、たこ焼きのを作るに至った経緯をもう少し聞かせろや」
「あー、そうだった。たこ焼きの他にもお好み焼きという料理もあって」
「なぬ?! 聞いてねぇぞ! それはどんな料理だ!」
ガタゴトと揺られながら、僕らはフォレストへ急いだ。
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