[ 124 ] おっさんの剣

「ちょっと見せろ!」


 野生児は僕から剣を奪うと、小さな木槌でコンコンと叩いて音を聞いたり、刃を撫でまわしたり、とにかく穴が開くほど見つめたり忙しなく動いている。


「間違いねぇ! これおっさんの剣だ! お前らこれどこで手に入れたんだ?!」

「あの、おっさんっていうのは?」

「おっさん知らねえのか?! えーと、名前なんだったかな……。いつもおっさんって呼んでたからな。確かファブロ? だったかな?」

「そのファブロさんがこの剣を作った人なの?」

「ああ! 間違いねーな! この強度と切れ味にディティール、特に鉱石でのコーティングはおっさんにしかできねーよ」


 彼の説明によると、やはりこれはファブロさんという方の作品みたいだ。カルネオールを作った人なら直せるかもしれない。


「ここはファブロさんのお店なんだよね? ファブロさんはいつ頃戻る予定ですか?」

「俺が聞きてーよ!!」

「え……」

「へーレ洞窟へ向かったっきり帰ってこねーんだよ」

「どれくらいですか?」

「そうだな、もう一年くらいになるか?」

「い、一年も? 探しにいかなかったの?」

「行ったよ! だけどヘーレ洞窟のモンスターが強すぎて俺じゃ無理だったんだ」


 ヘーレ洞窟がなんなのかわからなくてシュテルンさんに視線を送ると、意図を汲み取って説明してくれた。


「へーレ洞窟は、ここから東北へ向かった先にある湿地帯の中にある洞窟だよ。昔はいい土が取れるとデザントの鍛冶職人達がよく訪れていたみたいだけど、ある時からモンスターが溢れてダンジョン化したんだ」

「ギルドで討伐に行かないんですか?」

「俺が来る前の話だけど、もちろん討伐に向かったそうだよ。ただ、練度★4の冒険者二名が依頼を受けて向かったけど帰って来ず。当時最強だった練度★6の冒険者パーティも帰還せず……」

「れ,練度★6のパーティも?!」


 練度★6といえばヴェルトが使えるレベルだ。そんなハイレベルですら全滅……。


「そのパーティはどんな構成だったんですか?」

「練度★6の土魔法使い、練度★5の風魔法使い、練度★5の水魔法使い、練度★4の火魔法使いの四人って聞いてるよ」


 精鋭揃いだ。僕らが今まで戦ってきたモンスターの大量発生程度なら、そのパーティで難なく倒せるはずだ。


「まぁその事件以降、ギルドはヘーレ洞窟の依頼を断るようになっちゃったらしくてね。いつしか誰も近寄らない場所となってたはずだけど……」


 そんなところで一年も? それって……。


「死んでるんじゃないの? そのおっさん」


 ミルトが身もふたもないことを、あっけらかんと言い放った。誰もが思っていたことだが……。


「死ぬもんか! お前らおっさんの強さを知らねーからそんな事言えんだ!」

「ごめんなさい,うちのミルトが……」

「ふんだ!」


 熟練のパーティが全滅するような場所……。しかも、単独で一年もいられるわけがない。でも……。


「シュテルンさん、その洞窟へ少しだけ様子を見に行ってもいいですか?」

「それは構わないけど……」

「あの、ロイエ君。私たちは早めにアクアリウムへ移動した方が良いかと思いますが……」

「それはそうなんですが……」

「ん? ロイエ達はアクアリウムに行きたいの?」

「ええ、ちょっと用事がありまして。アクアリウムってここからだと、一度フォレストへ戻ってから西門の先でしたよね?」

「まぁそうだけど、いまは通れないと思うよ」

「通れない?」

「三ヶ月前くらいかな。アクアリウムとフォレストの間の橋が壊れて、通れなくなっちゃったんだ」


 お約束みたいな展開だな……。


「でも大丈夫、デザントからアクアリウムへの定期便が出てるから、この街から海路を通っていけるよ」

「なんだーよかったー」

「ただ、便は少ないから一ヶ月に一回で、次の出航が明後日だね」

「明後日?!」

「急ですね。それを逃すと来月まで立ち往生ですか……」


 黒髪騎士アウスとの約束があるから、あまり先延ばしには出来ない。でも宝剣カルネオールの代わりの武器は欲しい……。


「とりあえず、今日はそろそろ日も暮れるので宿屋で休んで、明日ヘーレ洞窟へ様子を見に行きませんか?」

「そうですね。ロイエ君も丸腰では心配ですし……。ただ、そこでファブロさんの消息がわからなければ、街へ戻って何か武器を見繕ってくださいね」

「わ、わかりました」


 これはルヴィドさんの言い分が正しいので従うしか無い。ただ、宝剣カルネオールの魔法吸収が便利すぎて、これ以外の武器を使う気になれないのも本音だ。


 レーラさんとの訓練はカルネオールでの防御と体術、剣術を中心にやっていたので、それを無駄にしたく無いという、僕のわがままもある。


「あ、えっとそういえば、君の名前って……」

「あ? 俺か? ユンガだよ」

「ちなみに、ユンガはこの武器直せる?」

「はぁ?! バカかお前? 直せるわけねーだろ」

「そ、そうなんだ」

「あったりめーだろ! 折れた剣がぴっとくっつくわけねーんだぞ? 一度溶かしてまた叩いて鍛え直さなきゃいけねーんだぞ? まぁ、そこまでは俺でも出来るけど、最後のコーティング作業は無理だ。そればっかりは師匠しか出来る奴はいない」


 そのコーティングってのが、魔法を吸収する効果を出したのか……。ヘクセライの研究所でも実用化されていないようだし、本当に門外不出の技術なんだろう。やはり本人に直接頼むしか無い……。どうか生きててほしい。


 僕らはその後、シュテルンさんに道具屋を案内してもらい明日のための道具を揃え、ギルドには寄らず宿で簡単な夕食を済ますと、明日に備えて早めに寝ることにした。


 硬い布団に転がりながら考えた。ヘーレ洞窟でいったい何が起きてるんだろ。明日一日で解決しなければならない。なんとかファブロさんを見つけられると良いけど……。


 アウスとのアクアリウムで落ち合う予定も大事だけど、宝剣カルネオールはナッシュからの思い出もあり、僕にとても大事なものだ。それを改めて気付かされた。

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