[ 122 ] 砂焼肉

「エルツかー、懐かしい名前だな。元気してる?」

「ええ、相変わらずですよ」


 ハリルベルもロゼさんもいないから、ナッシュの事を話せるのは僕しかいなかった。ナッシュにいた時間は数週間だけど、あれだけの濃い時間を過ごしたナッシュは、やはり思い出深い。


「どうしてシュテルンさんは、ナッシュからこちらに?」

「エルツからの依頼でね。あーまぁ言ってもいいか。エルツの母親を探しているんだよ」

「母親? キーゼル親方の奥様ですか?」

「うん。エルツが小さい頃に行方不明になってね。親方もほら頑固だろ? 採掘所をほっぽり出して探しに行ける状態じゃなかった」

「親方は採掘所そのものですからね……」

「親方はずっとエルツに母親は死んだと言ってたんだけど、酒を飲みすぎた時にポロッと言っちゃたんだよ。出て行った奴のことなんか知るか。とね」


 そうだったのか……。エルツは母親の愛を知らずに、親方一人に育てられたのか。それは溺愛もするわけだ。


「エルツも店を持っていたから、代わりに俺に捜索の依頼が来たってわけさ」

「でも行方不明になったのは、数十年も前の事なんですよね?」

「そうだね。昔の足取りを探すなんて、とてもじゃないけど無理だ。そう思っていたら、失踪した当時に怪しい馬車を見たという人がナッシュにいたんだ」

「え、そうなんですか?」

「西門の門番だよ。彼らが言うには早朝、森の奥から馬の嘶きが聞こえて、辺りを捜索していたら馬車が去っていくところだったらしい。呼び止めようとしたけど王の紋章が入っていたので、やめたそうだ」


 その後、エルツの母が失踪したならその馬車に乗っていた可能性が高い。親方の奥様だ、相当肝が据わってないと出来ないだろう。そんな人が、小さなエルツや親方を残して家出するか? 拉致されたの間違いじゃないのか?


「恐らく王都に拉致された可能性が高いと、僕は見ている」

「ですよね。なら、王都ではなく何故このデザントに?」

「王都のギルドは貴族や騎士団の天下り先になっていてるからね。僕みたいな平民上がりが入れる場所じゃないんだ」


 なるほど。王都のギルドは僕らの知るギルドとは全く別物なのか……。、


「一度行ったんだけど、依頼も全て貴族が管理してるからね。平民の冒険者には依頼が回ってこないんだ。そして依頼をしてないのに王都にうろついているとして、スパイ容疑で拘束されるか、良くて追放される」

「ひどいですね……」

「だから王都ではなく王都に一番近い、このデザントでとりあえず生活基盤を作ろうと思ってね」

「なるほど」

「エルツには悪いけど、僕だってエルツの依頼だけに構ってはいられないよ。エルツの母親を探す前に僕が餓死しちゃう。ハハハ」


 そりゃそうだ。最悪もう死んでる可能性もあるわけだし、なりふり構わず探すような依頼ではないってことか。


「シュテルン。同郷なら丁度いい。デザントを案内してやれ」

「わかりました」

「行ってらっしゃいませ。ナルシスト野郎」


 丁度お腹も空いていたし、ラッセに見送られて僕らはギルドを出ることにした。本当はグイーダさんって人が一番詳しいらしいんだけど、いないなら仕方ない。


「お腹すいたんだけどー」

「シュテルンさんが連れてってくれますから、我慢してください。ミルト」

「ぶー」


 牢屋で簡単なパンと干し肉はもらったけど、昨日からまともな食事していない。ミルトがぶーたれるのもわかる。


「マスターからデザントの良さを教えてやれって金貨を貰ったので、少し奮発しましょうか」

「やったぁ! 肉がいいわ! 肉!」

「それなら、デサント名物の砂焼き肉の店にしましょう」

「砂焼き肉?」

「砂の上で焼くんですか? 砂だらけになるような……」

「ふふ、みればわかりますよ」


 シュテルンに連れて行かれたのは、中央広場に近い大きめの店だ。昼時なこともあって、少し混んでいたがすぐに座れた。


「砂……ですね」

「ええ、砂です」


 ニコニコとしたシュテルンとは裏腹に、ミルトは訝しげな瞳でシュテルンを見ている。


 テーブルの上には熱した砂が、まるで鉄板みたいに広げられている。


「この砂は?」

「これはハイスサブルという砂で、一度温めると二時間くらいは同じ熱量を保持する砂です」

「あち!」

「ミルトだめですよ」

「えへへ」


 ミルトが試しに触ってみたけど本当に熱いらしい。ここに肉を乗せて焼くのかな? やはり砂だらけになる気がする。


「おまちどーさまー! 砂焼きセット四人前だよー!」

「はやくはやく! ルヴィド早く焼いて」

「これはサラダですか?」


 肉と一緒に、赤紫色の硬そうな葉っぱも何枚か出された。


「これはプルプァリーフと言いまして、こうしては砂の上に置いて、その上に肉を乗せて焼くんです」

「おぉおー」

「なるほど」


 赤紫色の葉っぱら熱伝導が良いみたいで、肉がみるみる焼けて良い匂いを醸し出した。


「おいしそぉお! はやくー!」

「すみません、ミルトが限界なので先に頂きます」


 ルヴィドがミルトへ焼けた肉を渡すと、パクッと一口で食べた。熱かったのか一瞬顔をしかめたが、すぐに恍惚とした表情へと変わる。


「おいしい! 塩味!」

「プルプァリーフには塩分が含まれてますから、焼くだけで味がつきます」

「確かに美味しい……。程よい塩味と肉の柔らかさが際立ってますね」


 ミルトが急かすので、ルヴィドさんが次々に肉を焼いていく。一緒に出されたパンも美味しい。砂窯の中で蒸したパンらしく、とても香りがよく柔らかかった。


「たくさん食べていいですよ。支払いはマスターに押し付けますから」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ミルトがどんどん追加で注文しテーブルの上は食材で溢れかえった。


「ミルト残すなよ?」

「余裕だよ! これくらい! むしゃむしゃ!」


 久しぶりに楽しい食事……。レーラさんがいればもっと楽しかっただろうなと思うと、涙が溢れて止まらなかった。

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