[ 117 ] 赤髪騎士ロート

 心臓を突き刺された僕は、すぐに無詠唱のクーアを発動して怪我を治した。今の僕に出来るのはこれくらいしかない。


「おや? おやおや? あなた……。回復術師だったのですか? しかも重力とのダブル。これは研究しがいがありますねぇ。是非持ち帰りましょう」


 レールザッツが指を鳴らすと、僕の顔を覆っていた氷が砕けた。いまだ!


「ジオグランツ・ツヴァイ・ジオフォルテ!」


 近寄っていたレールザッツの重力を最大に重くして、小さくしたジオフォルテで重力ギロチンをお見舞いした。


「ぬ……。まだそんな余力があるとは!」


 チャンスは今しかない!! 全ての魔力を捻り出す。


「し、仕方ありませんね……」


 レールザッツが一歩一歩進み、その拳が僕の頭に伸びる――。もうクーアの再使用時間は過ぎている。口も動く!


「グローリアヴァイト!」


 僕を中心に回復魔法陣が展開される。この形に持ち込めば、僕の必勝だ! 氷で体が動けなくとも顔さえ動けば戦える!あとはレールザッツが死ぬまでの我慢比べだ!


「ブルートザオガー」


 そう意気込んでいた僕に異変が起きた。僕の頭に手を置いたレールザッツが呪文を唱えた瞬間、重力魔法が消え、回復魔法陣も消失した。


「う! ……おぇ」


 これ……は、魔力枯渇?! そんな、まだ平気なはずなのに! 気持ち悪さと吐き気の中、僕の頭に伸ばしたレールザッツの拳を見ると魔吸石が握られていた。


「まさ……か、うぷ」

「本当は星の魔力と混ぜたくないんですけどねぇ、仕方ありません。あなたの魔力はいただきました」


 やられた……! 魔吸石は人間にも有効なのか! 魔力もなく、凍らされ文字通り手も足も出ない。カルネオールは折られ。仲間はみんな氷漬けだ。早く助けないと彼らの命も危ないのに……。


 諦めるな……。考えろ。何か手は……。

 どうする。どうすれば……。


 起死回生の手を必死に考えていると、僕のすぐそばにドサっと空から何かが落ちてきた。


 気持ち悪さで嘔吐と涙が止まらない中、落ちてきたものに視線を向けると、見知った人の変わり果てた姿だった。


「レ……レーラさ、ん?」


 全身火傷で片腕が無くなった、血だらけのレーラが横たわっている。そんな……。赤髪の騎士はレーラさんですら……。


 ザッザッと、もう一つの足音が近づいてくる。


 戦闘前、ファレンさんが青髪と水髪は監査班と言っていたが、赤髪については何も言ってなかった……。


「ロート様、お怪我は?」

「ない。ノルムはどうした?」


 そういえば、ノルムも赤髪騎士をロート様と呼んでいた。調査班より上の監査班。そして監査班であるレールザッツがロート様と呼ぶなら彼こそが、王国最強と呼ばれる護衛班の一人……!


「ノルムはやられたようです。まぁ彼の程度では仕方のないこと」

「こんな奴らにやれるとは、監査班全体の練度をもう少し上げておけ」

「はっ!」


 赤髪騎士ロートは腰から剣を抜くと、僕に向かって構えた。


「念の為にもう一度聞こう、ゾルダートはどうした。貴様らの目的はなんだ?」

「……」

「語らないか。まぁそれはどうでもいい。我の邪魔をしただけで万死に値する。死ね」


 ロートの剣が僕の首に向けて一閃。魔力も尽きた僕には回復する術もない。もうダメだと思った瞬間、ロートの剣が氷の盾によって阻まれた。


「……何の真似だ? レールザッツ」

「お、お待ちください! この者は回復術師でございました! ゆえ、王宮へ連れ帰るべきかと思い……」

「貴様……。格下のくせに我の剣を止め、指図紛いの意見を申すか?」

「め、滅相もございません!」


 あれほどの強さを持つレールザッツが、恐怖で顔を歪めて地面に頭を擦り付けている。


「まぁ良い。今回に限り許そう。こいつは連れて帰り、まだ息のある他の者を始末し……」


「ジオグランツ・ツヴァイ・ジオフォルテ・オルト・ヴェルト!」


「ぐっ、貴様……! まだ動けたのか?!」

「うご……っ!」


「回復サンキュー! ロイ!」


 騎士達が押し問答しているうちに、近くに倒れているレーラさんへ僕のでは無く、レーラさんの魔力を使って回復を施した。これが僕が今できる最善だ!


「お前が頑張ったのに、師匠の俺が情けねぇ様は見せられねぇよな!」


 ゾルダートを一瞬で押し潰した重力で、レールザッツは地面にへばりついているが、赤髪騎士ロートは倒れずにゆっくりと歩を進めている。


「呆れたな。先ほどの戦いで思い知ったはずだが? 貴様の重力が我には効かぬと」

「さぁてな、わかんねぇーぞ?」

「バカは死んでも直らぬか……。今一度見せてやろう。我の魔法を……」


 な、なんだ……。この威圧感。存在感……。


「ヴェルアクローネ」


 呪文を唱えた瞬間。赤髪騎士ロートが巨大な火柱に包まれた。


 吸う息すら熱いその炎で、レールザッツが作り出した全ての氷が溶けていく。ルヴィドさんを捉えていた氷柱も溶けて解放された。ファレンさんやミルトの氷も溶けたけど、微かに動いてるからまだ息はありそうだ。


「ナーデル……フロワッ!」


 炎が舞ってるこの状況では、レールザッツの魔法はほとんど無効化されるはずだが、重力に押し潰されつつながらも執念で僕を凍らせて続けた。


「き、君だけは逃しませんよ!」


 僕とレールザッツがやり合ってある中、天まで焦がすほどの勢いで立ち上った炎の柱が収まりを見せた。


 ジリジリと炎柱が小さくなると、そこにはまさに文字通り、全身を炎と化した赤髪騎士ロートの姿があった。


「クソが! またそれかよ!」

「自身を炎と化す練度★9の魔法。火の精霊と化した我に重力など無意味。先ほどと同じ運命を辿るが良い」

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