[ 060 ] 足音

 ギルドを出ると、もう日も上がっており昼頃だった。腹ごしらえと、旅立ちの準備……。それらを兼ねるためにもう一度CエリアとBエリアへ、行きたかった。


 特にCエリア。僕は気になっている事があった。


 ロゼさんの店には寄らずに、Cエリアの赤い巨石『フィクスブルート』の前にやってきた。実は一人でここに来るのは初めてだ。


 五メートルもある巨大な赤石。これにはいくつか歴史や迷信が残されているのをみんなから聞いた。昔はこれを囲って儀式をしたり、魔捧げと呼ばれる魔力を奉納する儀式があったりと、そんな逸話だ。


 表面は黒ずんでおり、ほんのり赤く光ってるような気もする。立て看板の説明によると、年々少しづつ大きくなっており、生きる巨石として世界遺産として指名される……か。この石には何かを感じる……その正体を知りたかった。


「フィクスブルート。好きなんですか?」

「え?」

 

 声をかけられ振り向くと、金髪に白衣といういつもの出立で、魔法研究所のリュカさんが立っていた。


「こんにちは、ロイエ君」

「こ、こんにちは……」


 何か違和感を感じる……なんだ。酔ってないからか?


「これって世界中の街の中にあるんですけど、理由はこの赤い巨石の周りにはモンスターが現れないから、らしいですよ」

「へぇ――リュカさん僕のこと覚えてるんですか?」

「ええ、先日私の出張所に来られたじゃないですか」

「おかしいですね。初めて焼き鳥屋で会った時も。その翌日も……僕は貴方に、名前を名乗っていませんが?」


 バックステップして、腰の宝剣へ手を伸ばし抜いた、瞬間……。


「アレストルム!」

 

 リュカさんが僕に手を向けて呪文を唱えると、まるで縄で縛られたように、手足が体から離れなくなった。


「ぐっ……! 動けない?!」


「こ、怖いじゃないですか。いきなり剣を抜かないでくださいよ」

「お前……何者だ」

「そうですね。その辺も含めて話しますので、私の出張所へ行きましょうか。回復術師のロイエさん」


 やはりリュカさんは知っていたんだ!

 彼女が後ろを向くと、謎の拘束もすぐに解けた。なんの魔法だろう。重力ではなかった。見えない縄で、ぎゅっと縛られたような抵抗感があった。


 ついて行くべきか悩んだが、正体を知られてしまっている以上ついて行くしかない。それに僕を捕まえに来たのであればいま解放する必要がない。


 仕方なく、僕は黙ってリュカさんについて行くしかない。CエリアからBエリアに入ると、ヘクセライ魔法研究所の看板が見えた。


「どうぞ。何もないところですが」


 毒気を抜かれるくらい、優しい対応だ。僕と争う気はないらしい。部屋の中は相変わらず簡素な作りで、椅子とテーブルしかない。進められるまま僕は椅子に腰を下ろした。


「貴方は何者なんですか?」

「ご存知の通り、私はヘクセライ魔法研究所のリュカ・ベトルンケナー。そして、裏の顔は回復解放軍のメンバーです」

「回復……解放軍?」

「はい、ご存知の通り世界中から回復術師が激減しました。そして数百年、各国は回復術師の確保に動き出しましたが、この国……リッターガルドでは、保護ではなく回復術師の人体実験をしていました」

「やはり……」

「なぜ回復魔力回路を持つ子が生まれないのか、女性回復術師に何人も子供を産ませ、遺伝方法を解析したり、酷い話だと回復術師の人体移植を行った形跡をもあります」


 予想してたより最悪だ……。フィーアの話だと安全な生活が保障され、一緒に研究してると言う話だったが。まぁフィーアの話を鵜呑みにしてはいけないのと同じで、リュカさんの話も鵜呑みには出来ないが。


「その回復解放軍というのは、どれくらいの規模で何をしているんですか?」

「人数的には百名ほどですが、主に回復術師の居場所の把握と、王国騎士団に捕まりそうになった方の脱出の手配です」

「なるほど……本人がうまく隠れて生活できているなら極力そのままにと言う事ですか?」

「そうです。我々は回復術師の人権を尊重します。ですが、奴らに捕まれば何をされるかわかりません。特に子を産めない男性の回復術師の場合は……」


 世界中にどれくらいの回復術師が生存してるかわからないけど、多くはないはずだ。彼らの中には王国騎士団の回復術師保護法に疑問を持ち、どこかで僕と同じように怯えて隠れて生活しているのだろう。


「私が現れた意味。ロイエ君ならわかりますよね」

「ええ、僕にも危機が迫っていると……」

「そうです。既に王国騎士団はナッシュまであと半日という位置まで来ています。今日の夜にはナッシュへ到達するでしょう」

「は、早すぎる……明日の朝にここを出ようと思ってましたが……」

「本来なら、今すぐにでも脱出した方が良いと思います」


 まだ、この街を出なきゃいけないという事態に実感がわかず、どこか他人事のように思っていたけど……。


「いいですか? もし逃げるのが遅れてロイエ君が捕まるところを街の人に見られた場合、ロイエ君の名前を呼ぼうものなら、その方は回復術師隠匿罪として罪に問われます」

「そ、そんな……」

「それくらい、この国では回復術師の隠匿は罪が重いんです」


 街のみんなが僕のせいで……。それだけは絶対に避けないと……。僕を生かしてくれたこの街を危険な目に合わせたくない……。


「わかりました。でも一人だけ……ハリルベルにだけは、話してから出たい」

「承知しました。六時間以内にここを出ましょう。逃走ルートは用意してあります」


 ここまで納得のできる説明だけど、本当にリュカさんを信じていいのだろうか……。あ、せめてマスターにも相談したい。


「あの、ちなみにギルドのマスターにもこの事は伝えてもいいですか?」

「アテル・ロイテ氏ですね? 判断はお任せしますが、あまりお勧めはしません。ギルドというのは国の一機関です。各地のギルドには数名王国騎士団の諜報員が混ざってることも多々あります。あのフィーアさんがそうだったように」

「やはりフィーアは王国騎士団の……」

「ええ、あのギルドには、元々目を光らせていましたから、あの晩ロイエ君が帰った後。フィーアさんは管理室で王国騎士団に密告していましたので、私が途中で処理しました」

「処理って、死……」

「いえ、大切な情報源です。殺さずに捉えてもうヘクセライへ輸送しました。王国騎士団に所属しているのに適性★三の弱さは狙い目です」


 確かにフィーアは練度★三、適性★三で成長限界と言われていたな……。何にせよフィーアが生きていて、何故か少しホッとした。僕を売ったのはフィーアだけど、なぜか、そこまで憎めない。


「わかりました。ハリルベルだけには話して、ナッシュを出ます。行き先は魔法都市ヘクセライですよね?」

「そうです。我々の本拠地なので、王国騎士団も迂闊には手が出せませんから、では六時間後の夕方に東側の門の前で」


 こうして、僕の旅立ちは慌ただしく始まった。

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