[ 058 ] 金貨の思い
呼ばれて一瞬ビクッとした。まさか、もう王国騎士団が……。
恐る恐る声の方へ振り向くと、テトがナルリッチさんと共に立っていた。
「テト?! 元気だった? リンドブルムの事件から会えなかったけど、大丈夫だった?」
「うるさい! 誰も助けてくれなんて言ってない! あんなチビドラゴン! 俺は一人でも逃げれたんだ!」
相変わらずのヤンチャぶりだ。でも元気そうでよかった。煽っていた子供とはどうなったんだろうか。
「ほら、テト」
後ろに控えているナルリッチさんに背中を突かれると。バツの悪そうな顔をして、テトは手を差し出してきた。
「お、お前……冒険者になるために金がいるんだってな。これ……やるよ」
テトは差し出した手を開くと、そこには三枚の金貨が握られていた。
「金貨……? ごめん、受け取れないんだ。僕は誰かに頼らず自分の力で冒険者になりた「受け取れよ! オレがくれてやるっていってんだ!」」
お金を受け取れよ!と怒鳴る人は初めてみた。
「ロイエ殿、受け取ってあげてくれませんか?」
「でも……」
ナルリッチさんまで……彼にも以前テトを救った件でお金は断ったはずだ。なぜ……。今頃。
「いいから受け取れよ!」
「テト、訳を話してくれない? 何か訳があるんだよね?」
「……っ」
テトは赤い顔をしてそっぽを向いて黙ってしまった。ナルリッチさんに視線を向けると、彼は仕方ないとばかりにため息を出し、テトの肩は手を置いた。
「実はリンドブルム騒ぎの後、実はテトが働き口を探してくれって私に言って来ました。私はテトに宝剣を盗んだ罰として、あえてキツイ仕事を与えました」
「……」
テトはそっぱを向いているが、それは真実だとばかりに黙って聞いている。
「この二日間、西側のあちこちの家や店で、どぶ掃除やベビーシッター、パン屋の店員に屋根の修理。トレイ掃除に風呂掃除、新聞配達なんかもやりました。朝から夜までずっとです」
「まさか……」
「そうです。リンドブルムから助けてくれたロイエ殿に何かお礼がしたい。その一心でテトは一所懸命に働きました」
この三枚の金貨は……。
「お前が、自分の行動に誇りを持てる男になれって……言ったから、俺は……ぐす。それが嬉しくて……うぅ」
後ろを向きながら、テトは泣いていた。あの気丈の高いテトが……。
「最初は何か欲しいものがあって、仕事をしたいと言ってきたのだと思いました。しかし、私が与えたキツイ仕事にテトは一度も文句を言わずに全力で挑む姿を見て、テトに事情を聞いたのです」
僕は涙で前が見えなかった。
テトなりに僕に何かしたいと思って、行動してくれた結果がこの三枚の金貨だ。この三枚の金貨には、テトの僕に対する思いがこれでもかと詰まった世界で三枚しかない金貨だ。
「ぐす……テト。この金貨、受け取るよ」
「本当か?!」
「ああ、この金貨で僕は冒険者になるよ」
「へなちょこの冒険者になったら許さないからな! 困ってる人を助けろよ?! 全部だ! ぜーんぶ助けないとダメなんだぞ!」
「うん、全部……全部助けるよ。男と男の約束だ。テトも自分を誇れる自分になれ」
「うん! 約束だ!」
僕はテトと約束して、熱い握手を交わした。僕は冒険者になる。テトは立派な人間になる。それは僕にとっても、テトにとっても、長い人生のほんの小さな一歩だけど。大きな大きな一歩だ。
「ほっほっほ。ロイエ君、いい仲間を持ったな」
テトと握手をしているとギルドからマスターが杖を突いて出てきた。
「マスター?! 聞いてたんですか」
「すまんな、店の前で話し声が聞こえたもんじゃから」
「誰だ? このヒゲモシャジジイ」
「こらテト、この方はナッシュのギルドマスターだぞ。お前も大きくなったらお世話になる方だ」
ナルリッチさんはテトの頭をゴリゴリとつぶした。
「ナルリッチ。いいんじゃよ。わしなんか部下の裏切りも見破れない、役立たずなヒゲモシャジジイじゃよ」
そう言うと、マスターは少し悲しい顔をしながらヒゲをモシャモシャして、僕に問いてきた。
「ところでロイエ君、冒険者になる準備は出来たかね?」
「はい!」
僕はテトからもらった三枚の金貨を、誇らしげに掲げた。
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