[ 057 ] 決断の時

「こんにちはー」

「おぉ、ロイエ君よく来てくれた。さ、中に入ろうか」


 マスターに言われて、ギルドのカウンターの奥の管理室へと向かったが、やはりいつ見ても武器屋にしか見えない内装なので、試しに聞いたみた。


「ここって武器屋みたいですよね」

「武器屋じゃよ?」

「え、そうなんですか?」

「昔はCエリアの赤い巨石『フィクスブルート』の側にギルドがあったんじゃが、財政難でこの西側にあった武器屋を借りてるんじゃよ」

「武器屋の店主はどこに?」

「しばらくは共同生活をしてたんじゃが、「石が俺を求めてる」と言ってどこかへ行ってしまったわい」


 家を放置して出ていくなんて、自由な人だな……。


「体の方はもう大丈夫かね? 三人とも」

「ええ、昨日たくさん休みましたから」


――昨日は、ハリルベルと目が覚めたクルトさんの三人で、雑談をして過ごした。クルトさんからもなんで逃げなかったと怒られた。


 無くなったクルトさんの左腕の事については、誰も触れなかった。誰もが最善の選択として行った事だし、責められる人も責める人もいなかったからだ――


 カウンターの奥の管理室へ入りドアを閉めると、マスターがソファーへ案内してくれた。


「さて、どこから話したもんか……」

「僕の冒険者登録の件ですよね?」

「まぁそれもあるんじゃが……」


 マスターはひどく言いにくそうだった。リーラヴァイパー討伐で何か問題があったのだろうか……。


「ロイエ君。君は今日中に、この街を出た方がよい」


「え……な、何を言ってるんですか?」


 意味がわからない。やっとこの街にも慣れて、ハリルベルやクルトさん、テトやロゼやエルツにジャック、ナルリッチさんやエッセンさん、色んな人と知り合いになれて、後少しで金貨も貯まって冒険者になれるっていうのに……。


「理由を……聞かせてください。僕がリーラヴァイパーの討伐で無茶をしたからですか?」

「いや、それは関係ない。むしろ回復魔法でクルト君達を治してくれてなかったら、確実に死んでおった。感謝しておる」

「では、なぜ……街を出ろだなんて」


 しーんと静まり返った室内で、マスターは辺りを見回すと小声で答えた。


「王国騎士団に、君の存在がバレたのじゃ」


「なっ! どうして……! この事はマスターとハリルベルにしか……」


 思わず声を荒らげて立ち上がった。


「落ち着くんじゃ。誰か、他に話した者はおるか?」


 二日前に、バレたと思ったヘクセライ魔法研究所のリュカさんは酒に酔っててて覚えてなかったし、そもそも属性測定器の結果が重力魔法だったという事しか見てないはずだし……。


「フィーア……」

「フィーアちゃんにも喋ったのか?」

「はい……リュカさんに回復術師だとバレたと僕が勘違いして、ヘクセライ魔法研究所が王国騎士団に通報するかもと思い関係性を聞くために……」


 マスターは頭を抱えてヒゲをモジャモジャさせると、うーむと唸った。まさかあのフィーアが僕を売るなんて……そんなこと。


「フィーアちゃんの休暇申請の手紙は、昨日の朝ギルドに来たらカウンターに置いてあったのじゃ」


「僕がリュカさんとフィーアに会ったのは二日前の夜です」

「となると、ロイエ君がフィーアちゃんに話した後、行方をくらました可能性があるの……」


 二日も前だともう近くまで王国騎士団が来ている可能性もある……どこかに隠れてやり過ごすか、それともマスターの言うように、すぐ街を出たほうがいいのか。


「そういえば、マスターはなぜ僕のことが王国騎士団にバレたと思ったんですか?」

「うむ。ギルドには連絡用の装置があってな。上位ランク冒険者の所在の情報共有や、人員の要請などで使うんじゃが……。ロイエ君が初めてこのギルドに来た日。わしは、深緑の街フォルストに回復術師が逃げ込んだという偽の情報を流したのじゃ」

「それでナッシュを見張っていた王国騎士団は、フォルストへ向かったんですね。確か、金貨を貯めるために中央区に行こうとしたけど、王国騎士団がいるからとジャックの店でバイトしてた時か……」


「王国騎士団は信頼性のある情報しか信じん。ゆえに常にギルド通話を傍受しておる。わしはそれを逆手に取って情報操作をしたんじゃが……」


 つまり、ギルドの情報よりも信頼性のある情報提供があったと言うことだ。


「それが昨日の朝、フォルストのギルドから王国騎士団がナッシュに向かったと情報が入った。わしの勘違いなら良いが、フィーアちゃんが消えたタイミング的にも、王国騎士団がロイエ君を捕まえに動いたとしか思えん」


 確かにマスターの言う通りだ。僕がフィーアに話して、その日のうちにフィーアが王国騎士団へ密告する。王国騎士団が次の日、フォレストからナッシュへ向かって出発する。全て辻褄が合う。


「悪い事は言わん、今日中にこの街を離れた方が良いじゃろう。ギルドカードが無いと他の街に行っても苦労するだろうから、今回はわしが立て替えておくので、カードを発行しよう」

「ダメです。僕は誰かに頼らず自分の力でギルドカードを作ると決めているんです」

「むぅ、難儀じゃのぉ」


 確かに意地を張らず、マスターにお金を借りた方がいいのはわかってる。でも、それで作ったギルドカードを僕は一生後悔すると思う……だから、自分の力で作りたい。この街でもなんとかなったんだ。他の街でもなんとかなるさ。


 それよりも王国騎士団の情報が欲しい。


「フォレストからナッシュまではどのくらいの距離ですか?」

「早馬で片道三日と言ったところじゃな。フォレストのギルドから連絡が入ったのが昨日の朝なので、後二日以内にはナッシュは到達するじゃろう。街を出るなら早い方が良い」


 確かに……。早ければ明日の夜にはナッシュへ到達する可能性がある。それかナッシュの外で監視されていたら終わりだ。王国騎士団が警戒網を敷く前に他の街へ移りたい。


「わかりました。この街に案内してくれたのはハリルベルです。彼には相談して、明日の朝にここを発とうと思います」

「うむ。今日一日くらいは猶予があるじゃろう。別れの挨拶と旅立ちの準備をするのじゃ。逃走ルートはわしが考えておく」

「ここら辺の地理は詳しくないので助かります」


 マスターに改めて挨拶をすると、僕はギルドを出た。


 出たところで少し涙が出てきた……。やっとこの街に馴染んできたのに、自分の家が無い、家族がどこにいるかわからない。そんな僕に第二の家族と言える人たちとの繋がりが出来たのに……。


 悔しかった。なぜ王国騎士団に追われるのか。なぜ盗賊団に襲われたのか。それはすべて、僕が回復術師だからだ。


 ……でも、回復術師じゃなかったら救えなかった人達がいる。今もどこかで回復術師を求めてるいる人がいるかもしれない。


 だから僕は、逃げるんじゃ無い。助けを求めてる人のためにこの街を出る。それが僕の取るべき正義だ。


 そう決心した時だった。


「おい! お前!」


 ギルドから出た僕を、誰かが呼び止めた。

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