[ 056 ] 戦いの後に

 気がつくと知らない部屋に寝ていた。


 白を基調した狭い部屋は、窓から差し込む日差しが心地よかった。寝ながら首を窓に向けると、青い空と大きな山が見えた。


「やま……あ! クルトさん!  ハリルベル!」


 ガバっと起き上がると、右隣のベットには見知った顔の ハリルベルが洗面器を抱えて、おぇおぇしていた。


「うぶ……よぉ。ロイオェー」


 よかった。 ハリルベルは大丈夫そうだ……。左隣のベットに視線を向けると、クルトさんが寝ていた。掛け布団が上下しているから、とりあえず生きているようだ。


「良かった……」


「「心配はいらん。レッドポーション・・・・・・・・がよく効いたのか、外的な怪我は無いとの事だ。失った左腕以外はな」


 ガチャリとドアが開くと、長いヒゲをモシャモシャさせながらマスターが入ってきた。


「マスター」


「ご苦労じゃったなロイエ君」

「いえ……クルトさんとハリルベルがいたからこその生還です。二人がいなかったら僕は……」

「ふむ、クルト君は大怪我を負ったのも事実じゃが、依頼を達成出来た事もまた事実じゃ。胸を張って良い」


 クルトさんが「もう魔石食べられないよぉ」と寝言を言ってる。どんな夢を見てるんだか。


「クルト君が目覚める前だが、わしも多忙でな……積もる話もあるが、とりあえず報酬だけ渡しておこうかの」


 僕のベットの脇の椅子に座ると、マスターはごそごそと懐を探り始めた。


「今回の依頼はリーラヴァイパーの駆除じゃったが、大型のリーラヴァイパーは想定外じゃった。これはわしのミスじゃ。申し訳ないことをした」

「いえ、想定外も冒険者の常識ですよね」

「そうかね、そう言って貰えると心が少し楽になるわい。そこでじゃ、今回キーゼルと話し合って報酬額を増やしてもらった」


 マスターは、懐から二枚の金貨を取り出すと、それぞれの手に一枚ずつ持った。


「まず報酬額は金貨十枚じゃったが、金貨二十枚にしてくれた。それゆえお主の報酬は二倍の金貨二枚」

「わぁ」


 金貨を受け取ろうとしたら、一枚を引っ込められた。


「だが、お主達は持たせたレッドポーションを一つ使ったので、報酬から金貨十枚を差し引く」

「え……あれは込みの支給品ではなく、実費精算ですか」

「当たり前じゃ! レッドポーションがいくらすると思っとおもっとるんじゃ。よって当初の予定通り、お主の報酬は金貨一枚じゃ」


 マスターの手から金貨一枚を受け取った。


 ジャックの店で働いて得た金貨と、リーラヴァイパー討伐で得た金貨で合計二枚。日が明けたので後四日で金貨三枚。


 僕も魔法を酷使した影響か体がダルい。とても今日仕事を探して今日から働くのは無理だ。


「仕事を探すのに一日いるとして、実質二日で金貨三枚か……」


 絶望的だ。


「マスター、ギルドカードの登録ですが、期限を過ぎたら再試験は可能ですか?」

「資格失効の二週間後なら可能じゃが、その事について後で話したい事がある。すまんが明日、改めてギルドへ来てくれるかね?」

「え、はい……わかりました」


 マスターはハリルベルに金貨二枚を渡すと、使わなかった僕のレッドポーションを回収して、それじゃあまた明日と部屋を出て行った。


「ふぅ……落ち着いてきた」

「ハリルベル、横になってなよ」


 僕の忠告を無視して、ハリルベルは洗面器を脇へ置くと僕のことをじっと見つめ、覚悟を決めたように口を開いた。


「ロイエ……マスターから聞いたよ。お前が残ったもう一匹のボスリーラヴァイパーを倒してくれたんだってな」

「うん……ずっと重力魔法でボスを抑えてたから練度が上がって、練度★三の魔法を使うことでなんとかね」


「……なんで逃げなかった」


 ハリルベルが声を荒らげた。


 真剣な声だった。


 短い沈黙が訪れた。


「俺は逃げろって言っただろ。それはあの時点でお前がボスリーラヴァイパーを倒す方法は持っていなかったからだ。たまたま練度が上がったから切り抜けたものの、最悪全滅していた」


 ハリルベルの言いたいことはわかる。クルトさんが命を賭してボスリーラヴァイパーの動きを止めて、ハリルベルはクルトさんごと殺す覚悟で、魔法を放った。


 どちらも僕を生かして地上へ帰すという、決意と覚悟の行動だった。それは僕もわかっていた……。


「お前は冒険者じゃない。なんてつまらない事は言わないけど、お前まで死んだら俺とクルトさんの思いが無駄になるところだった」 


 ハリルベルは、冒険者としての覚悟を僕に問いてるとわかった。今後また選択を迫られた時、ロイエは何を軸に行動を決めるのか。信じていいのか。


 僕は、全てを語ることにした。


「ハリルベル……。僕は、この世界に産まれる前。別の世界の人間として生きていた時の記憶がある」


 ハリルベルの真剣な瞳は僕を逃さない。


「その世界では大勢の人が怪我をし、死を迎える者もいた。彼らを治せる立場にあったのに、僕は誰一人助ける事が出来ず、死んでしまった」


 これは僕がこの世界に生まれた時から決めていた覚悟。


「もう誰も『絶対見捨てない為に、僕が今できる事』を考え、最善を尽くす。それが僕の覚悟と信念だ」


 ハリルベルは、ふぅと息を吐くと、そのまま洗面器にオエオエ何かを吐き出した。シリアスシーンが台無しだ。


「思えば、ブラオヴォルフの時も、リンドブルムの時も。お前は決して諦めなかったな。何があっても絶対見捨てない……か。ロイエ・ディアグノーゼの覚悟。確かに受け取った」


 ハリルベルが拳を突き出してくる。

 僕もそれに答えて拳を合わせる。


「不思議とな、お前がいればどんな時もなんとかなるんじゃねーかなって思っちゃうんだ」

「買い被りすぎだよ」

「でも、実際なんとかなんてんだよな。今後も頼むぜ」

「任せてよ」

「産まれる前の世界ってどんな世界だ? 冗談で言ったんじゃないんだろ?」

「えーとね、車が走ってたり飛行機が飛んでて……」


 こうしてリーラヴァイパー討伐は、クルトさんが左腕を失うことになってしまったが、三人無事に生還する事で幕を閉じた。

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