[ 028 ] ロゼ・フリーレン

「一度落ち着きましょう!」

「は、はい……旦那様」


 自分で言っておいて、頬を赤くし俯いてしまうロゼ。とにかく彼女の妄想を止めないと話が始まらない。


「まず僕の用件から伝えると、このお店は何のお店なのでしょうか?」

「はい。当店は魔石買取屋になります。モンスターを倒した際に出る魔石の買取をしているのです」


 ブラオヴォルフを倒した時に出た奴か。僕はポケットを漁ると一つの魔石を取り出した。


――あれはブラオヴォルフの群れを倒した後だ。


「ロイエ、この魔石のあげるよ」

「いえ、頂けませんよ」

「でも最後の一匹を倒したのは君だよ? 記念に持っておきなって」――


そう言われて渡されたままだった。


「あ! 魔石ですね! お持ち込みありがとうございます!」


 そういうと返事を聞く間も無く、ロゼは僕から魔石を奪うとまじまじと魔石を凝視し始めた。ものの数秒で彼女は口を開いた。


「これは、ブラオヴォルフの魔石ですわ。鮮度としては、二週間以内に倒されたものと思われます」

「すごい……当たってるよ! どうしてわかったの?!」

「まず、魔石の中の魔力傾向と種類。そして魔素濃度と光具合、魔石表面のざらつき具合からある程度わかるのですわ」


 何を言ってるのかチンプンカンプンだけど、彼女の魔石買取屋としての鑑定力は本物だという事がわかった。もしかして高値で売れるのかな……。という期待を胸に聞いてみることにした。


「買取だといくらでしょうか?」

「申し訳ありませんが、値がつけられません」

「そ、そんなに貴重な物ですか?!」


 よしよし! なら ハリルベルを連れて一匹ずつブラオヴォルフ狩りをすれば……。金貨五枚なんてすぐ?!


「いえ、一枚では値が付けられないのです。同じ物が、十個で銅貨一枚ですわ」

「や、安い……」

「基本的に魔石の価値は無いんです。使い道がありませんし、魔石からモンスターが復活するなんて言われてますから」


 確かに ハリルベルも放置するとモンスターが復活するとか言ってたな……。


「この店を見て分かる通り、復活するなら今ごろわたくしは死んでおりますわ」

「確かに……でも、使い道が無いなら何故買取をしているんですか?」

「使い道を探すためです」

「それはまた壮大な話ですね……」


 使い道の無い物の使い道を探す研究……答えのない問題、出口のないトンネルを進むようなものだ。


「いつからやってるんですか?」

「そうですわね。物心が付いた時からですわ」

「そんな時から……」


 この人はどうやってこの商売で生計を立ててるんだ? とりあえず売れないガラクタを集めてるだけで、利益にはなってないと思うけど。


「ロゼさんのお仕事はここだけですか?」

「わ、わたくしのプライベートが気になってきました? それってつまりプロポーズ……ですわね?」

「ち、違います! 純粋に気になって……」

「ふふ。実はわたくしの両親が貿易をやっておりまして、わたくしもそこで普段は働いています。ここは趣味のお店でして、もちろん当店は赤字運営ですが、資金はありますので結婚しても旦那様に苦労はさせませんわ」


 親が貿易商って、社長令嬢ってことか。確かに髪質や着ている洋服、店の中の調度品から気品を感じたのはそういうカラクリか。


 水色のロングヘアーを揺らしながらニコッと微笑むロゼの笑顔と、その背後に控えるお金に一瞬ぐらっと心が揺れた。いやいや、お金目的に結婚なんて一番ダメな奴だ……。


「それで……なんで、結婚という話に……」

「それはわたくしが魔石ばかり相手にして恋人すら作らないので……。このままでは婚期を逃す! 跡取りが居なくなる! と父が騒いでるからですわ」

「それで、最初に触れた男性と結婚しようと?」

「はい。わたくしだって乙女の端くれです。運命の出会いを夢見てしまう事もあります。なので、最初にわたくしを抱きしめた男性と結婚……いえ、こんな魔石女にそんな事が起きるはずもないわ。ならせめて手を繋ぐ? ダメ……恥ずかしくて出来ない! もうわたくしに触れてくれた男性と結婚しよう。そう決めたんです」


 ロゼの妄想全開ビームが僕を貫いた。


「でも僕まだ十三歳なんだ。結婚は出来ないよ」

「あら? この国では八歳から結婚出来ますわよ?」


 なんだって?! とんでもない世界だったのか。ロリコンやショタの天国じゃないか。


「あ、でも、実は僕はこの街に不法滞在してて、身分がしっかりしてなくて……」

「そんな人、この街には山のようにいますわ。わたくしと結婚すれば、ちゃんとした身分証も発行されますし」

「えーっとー! いま僕は生き別れた家族を探すために冒険者になりたくて、それでそれで……ギルドカード発行の金貨五枚を集めるためにあれこれ仕事探してて忙しいから……」


 あの手のこの手で論破してくるロゼに対し、ヤケクソでとりあえず自分の抱えてる問題を全部ぶちまけた。


「あら、ご家族をお探しなのですね……。わかりましたわ! わたくしと結婚したあかつきには、フリーレン財閥が全面協力致します! ギルドカードの発行費用である金貨五枚も……いえ、いくらでも差し上げますわー!」


 やばいやばい……どんどん僕の抱えてる問題が解決して行く……。重力魔法の練度さえなんとかすれば、ロゼと結婚するのもありか?と脳内で天使と悪魔が微笑む。


「ロゼさん! 落ち着いてください」

「はい……旦那様」

「待ってください。僕はまだ名前も言ってませんし、お互いのことをよく知らないのに結婚は早すぎます」

「確かにお名前を伺っていませんでしたね……」

「それにロゼさんのお父様も、何処の馬の骨かもわからない西側の人間を認めるとは思えません」

「……それは、そうかもしれませんが、愛さえあれば関係ないですわ!」


 突然発生したイージーモードのルート。こんな美人で気立ても良くお金持ちと結婚出来るなんて……。


 でも、僕はそっちに進んではいけない。選んではいけないんだ。盗賊団の被害者の方を差し置いて、結婚して幸せになんて、まだ早すぎる。僕は何も納得してない。僕は自分の力でまだ何もしていない! 僕は意を決してロゼと向き合った。


「遅くなりました、僕の名前はロイエと申します。ロゼさんは綺麗で素敵な女性です。しかし、僕はまだ未熟者です。僕が自分の力でお金を貯めて冒険者になり、ロゼさんに吊り合うような男になった時、改めてもう一度結婚の相談に乗ります。それまでは保留で良いでしょうか?」

「……ぅ」

「ロゼさん?!」


 突然ロゼが、胸を抑えてうずくまった。


「胸が苦しい……何かしらこの胸のトキメキ。これが胸キュンなのね。こんな胸の高鳴りは初めてですわ。やはり貴方は運命の人だったのですね……」

「ロゼさん……?」

「わかりました。このロゼ・フリーレン。ロイエさんが自身で一人前になったと、思うまで結婚の話は保留とすることを誓いますわ」

「ええ、待っててください」


 こうしてロゼの結婚願望が収まりを見せた。ほっとひと息しようとした時、事件は起きた。


「あ、この魔石はお返ししますね」


 ロゼが魔石を返そうと歩み出ると、散らばった瓶を踏んで体勢を崩した。


「きゃああ!」

「ロゼさん危な……ん?!」

「あ、ありがとうございます。肩まで抱かれてしまってはもうわたくし……あら? 魔石はどこかしら」


……ごくん


「の、飲んじゃった……」

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