[ 022 ] 魔力回路とお金

 僕にもう一つの魔力回路があったという事実。これなら回復術師だと隠す事が出来るかもしれない。


「マスター、どうやったら重力魔法を使えるよになりますか?」

「無の状態からレベルを上げるには、自らが体験するしかないんじゃ。お主も回復魔法を初めて使った時はどんな状況だったか覚えておるか?」

「確か、三歳の頃に怪我をして……」

「そうじゃ、魔力回路とは元々無の状態であり、体験する事で練度が上がる」

「なるほど……」


 重力だとどうやって覚えるんだろ。普段から星の重力に引っ張られてると思うけど、それじゃダメって事だよね。


「重要なのはここからで、まずわしが手伝ってやれるのは、国への属性適性試験の結果報告の偽造くらいしか出来ん。これだけでも禁固刑レベルなんじゃが……」

「いえ、それだけでも本当に助かります……」


 国に対して属性を偽れたら、僕は盗賊団にいた囚われの回復術師ではなく、孤児の重力魔法使いとして生きていける。この差は別人と言ってもいいくらい大きい。


「さこで、お主は解決しなきゃならん問題が二つある」


 マスターは人差し指を立てて、少し小声で話し始めた。


「一つ目は、重力魔法の練度の低さ。二つ目はお金じゃ」

「やはり、試験をパスするには重力魔法の練度を最低三まで上げる必要がありますか?」

「もちろん、その結果を国に提出するから練度三まであげてもらわねば、冒険者として登録が出来ん」


 練度三がどれほどの期間で上げられるかだけど、 ハリルベルやフィーアの年齢を見た感じ、数日で出来るレベルじゃ無い気がする……。


「二つ目がお金じゃ、重力魔法の練度を上げるまでの生活費はもちろんじゃが、そもそも冒険者登録には金貨五枚が必要なんじゃ。これもわしにもどーしよーもない、わしらも金が無いからのぉ」


 結局はお金か! 困った……キーゼル採掘所では断られ、ギルドは財政難で人は雇えず、冒険者になりたくても練度と登録金が払えない……。世の中、お金なんだね。


「確かに。これは僕がなんとかしなきゃいけない問題ですね。――とりあえず登録金は後で払うことにして、冒険者登録して依頼をこなしてお金を作るっていうのはダメでしょうか?」

「依頼を受ける時に、依頼主へギルドカードを提示する必要があってな。ギルドカードの材料が金貨三枚なんじゃよ……三枚は材料、一枚は国へ残り一枚はわしらの取り分となっておる。最低でも四枚は必須じゃ」


 まさか金貨を材料にしてるとは……。これは本当になんとかして生活費を稼がなきゃいけないぞ……。ジャックの飲食店で雇ってもらえないかな。これだけ大きな街なら誰かしら雇ってくれそうだけど。


「マスター? まだ話し込んでるんですかー?」

「ああ、もうすぐじゃー」


 フィーアが痺れを切らして声をかけてきた。ドアは開けられなかったけど、話を聞かれていないかと不安が横切る。それを察してか、マスターもさらに小声になる。


「よいな? 練度のレベルアップ、金の用意。これはお主がやることじゃ、わしにはどうにもできんのでな」

「わ、わかりました。ところで重力魔法の練度の上げ方ってどうすれば……」

「この歳になるとな、若者の成長するのを見るくらいしかもう楽しみがないんでな、それは自分で考えると良い」


 そんなに甘い話ではなかった……。それもそうだ。ここまでお膳立てしてもらったんだ。あとは自分でなんとかしよう。


「終わったぞーい」


 マスターを先頭に管理室から出ると、フィーアが頬を膨らませて待っていた。カウンターには、なにやら大きな道具が並んでいる。


「遅いですよ! もう日が暮れちゃいますよ!」

「すまんすまん。若者と話をすると若返った気がしてのぉ」

「いいから早く金貨を出してください! これでぺったんこしてギルドカードにするんですから!」


 なるほど。これがマスターの言っていた金貨をギルドカードにする道具か……困った。


「ギルドの取り分は私が全額貰いますからね! 何ヶ月給料貰ってないと思ってるんですか! 今日は美味しい物食べるぞー!」


 めちゃくちゃ張り切っている……。マスターを見ると早く言えと目配せをしているが、とても言える状況じゃ無い。


「さっさと出してください! 金貨! 五枚!」


 目が金貨のマークになっているフィーアに問い詰められて、ぐぅの音も出せないでいるとマスターが助け舟を出してくれた。


「あ、あー。フィーアちゃん。そのー、ロイエ君はお金が無いらしいのじゃよ……まったく」

「は?」

「そ、そうなんです。試験の認定にお金がいるって知らなくて……ごめんなさい」

「ということは……。私は、またタダ働きなんですか?!」

「ち、ちがうんじゃ! 後日持ってくるって話で!」

「うぐぁあああああ! あああ、ああ――タダ働きタダ働きタダ働きタダ働きタダ働き……」


 フィーアを中心に、部屋の中に妙な魔力が渦巻き始めている……。外から変な風も吹き込んできた。これはやばい気がする……逃げないと。


「ま、待つんじゃ! ほれ! フィーアちゃん!」


 マスターはヒゲの中をモジャモジャすると、金貨が一枚出てきた。


「今日の給料じゃ……」

「なんだー! あるじゃ無いですか! 私の金貨ちゃん!」


 あ、危なかった……。危うくギルドが跡形もなくなるところだった……。マスターもギルド存続の危機を去ったと感じたのかヒゲを撫で下ろしている。


「ということで、受付の期間延長は二週間じゃ。それまでに登録料を払わない場合は、再度試験を受けてもらう事になる」

「金貨ちゃんチュッチュッ。あ、今度はチョークつけ忘れませんから、今お金を払った方が利口ですよ?」

「はい……すぐ用意します……」


 こうして僕のギルド試験は合格という結果になったが、二週間以内に金貨五枚を持ってこないと合格が取り消しとなる。一日も無駄には出来ないが、そもそも今日の寝床すら決まっていない……。絶望の二週間が始まりを告げようとしていた。

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