[ 023 ] 初日の終わり

 ギルドを出た後、ジャックの飲食店に寄ってみたけど、夕飯時で店は大繁盛していた。とてもじゃないけど話しかけられる雰囲気では無い。


  かと言って、ハリルベルにはお世話になりっぱなしなので、これ以上迷惑は掛けられないし、エルツに借りたらどんな事を要求されるかわからない……。


「どうしよう……二週間以内に金貨五枚と重力魔法の練度★三」


 マスターには頑張りますとか言ったけど、どちらも難易度が高く、正直到底クリア出来る気がしない内容だと思った。


 ちなみに、この国の通貨は金銀銅で管理されており、最低硬貨が銅貨で、十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚。要は金貨五枚で五万円みたいな感じだ。


 二週間で金貨五枚というのは、ギルドに払うお金でありそれ以外に生活費を考えると、一日最低銀貨四枚は稼ぐ必要がある。


 そこで手っ取り早いと思ったのが飲食店。賄いで飯代を浮かせれば、費用対効果が良いからだ。ジャックには後で聞いてみるとして、それ以外の道も探さないと。


 この街の事を知らない僕は、行く宛もなく ハリルベルの家に戻るしか選択がなかった。


「ロイエ! なかなか帰ってこないから心配してたんだぞ」

「 ハリルベル……僕」

「おかえり」


 ……おかえり。その言葉がひどく懐かしく感じた。拉致されてから奴隷として捕まり、 ハリルベルに助けられてナッシュまで来たけど、この数年間。言われたかったけど言ってくれる人のいない生活……。


 やっと自分の居場所ができたような気がした。


「ありがとう…… ハリルベル」

「あの後どんな事があったのか教えてくれよ。それとエルツがロイエにって夜食をくれたんだ。悪いけど俺も食べていい?」

「うん! 一緒に食べよう!」


  ハリルベルの部屋に入るや否や、エルツに連れ回された話や、ギルドで起きた試験の話など、 ハリルベルと話す時間はすごく楽しかった。


「ダブル?! 重力魔法?!」

「うん。マスターが」

「それで練度★3に金貨五枚か……あの爺さんめ」


  ハリルベルに、まずどうしたら重力魔法を会得できるのか。聞いてみると、なにやら認識に違いがあることがわかった。


「練度★無の状態から上げるには、その属性を感じられる事をすれば、頭の中に呪文が浮かぶだろ?」

「浮かぶ……?」

「ロイエはクーアを覚えた時は呪文が浮かばなかった?」

「浮かぶっていう表現が既に意味不明だよ……」

「おかしいな。俺も魔法にはそこまで詳しくないけど」


  ハリルベルが火属性の魔法を無からレベルアップさせた時は、キャンプファイヤーの中に飛び込んだらしい。狂気の沙汰だ。すると頭の中に『ヴェルア』という呪文が聞こえたらしい。


 ちなみに、 ハリルベルの持つ火属性魔力回路は、練度★三までだと、このようになっているらしい。


火属性

 練度1:ヴェルア:自身の魔力を変換し炎を出現

 練度2:アングリフ:自身の筋力を強化する

 練度3:接続詞【オルト】解放:魔法の威力が三倍


 基本的に練度★三では、どの属性も接続詞【オルト】を習得するらしい。魔法の威力を三倍にするという、とてつもない効力だけに魔力の消費も激しいとか。


「ロイエの回復魔法は練度★七ならオルトなんてとっくに使えてていいはずなのに……ちょっとやってみてくれる?」

「うん……接続詞って事は呪文を唱えないと使えないか」


  初めての呪文詠唱に、少しドキドキする。怪我をしないと効力がわからないので、ナイフで指先を少し切ってみた。


「クーア・オルト!」


 淡い光が漏れると指先の怪我は回復した……けど、三倍かと言われるとわからない……。感覚的には消費魔力も普段と同じで、特段変わった事はない気がする。


「うーん、ダメっぽい」

「一度、魔法の専門家を尋ねた方が良いかもしれないね。親方に今度聞いておくよ」

「うん、ありがとう」

「今日はもう寝ようか。明日からまた頑張れば良いよ」


 こうして炭鉱の街ナッシュでの長い長い一日は終わりを迎えた。重力魔法の事も、お金の事も何も解決していないが、牢屋以外の寝床がある喜びを噛み締めた。

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