[ 007 ] ハリルベルの講義

 しばらく進むと、夕方になり日が暮れてきた。次第に岩肌が減り緑が増え、ほんのり甘い香りが漂ってきてた。気付くと辺りは甘い香りで満たされている。なんの匂いだろう。


「あった。ここだ」


 どうやらハリルベルは何度か来たことがあるようで、迷う事なく洞窟のような窪みへとたどり着いた。


「ふぅー。ここまで来ればひとまず大丈夫だろう……。日が完全に落ちる前にこれてよかった」


 一息つくと、彼の持っていた携帯食料を少し分けてもらい簡単な食事を取った。焚き火や灯りは騎士団に位置を知られる可能性があるからと、今夜は真っ暗闇な横穴で夜を明かす。


「色々すっ飛ばしてここまで来ちゃってごめんね」


 真っ暗闇で謝るハリルベルの声が洞窟に反響した。


「改めて自己紹介をしようか。俺はここら辺で活動している冒険者のハリルベル」


「僕は、ロイエ。ロイエ・ディアグノーゼと言います」

「ん? ディアグノーゼ。……ああ、なるほど。そう言うことか……いやはや、どうしたもんか」


 僕のミドルネームを聞いて、ハリルベルは何かを悟ったらしい。きっと彼は僕の知りたい事を知っている。彼から情報を引き出すには、僕の経緯を話す必要があると思った。


 それから僕は九歳の頃に屋敷で盗賊団に襲われた事、産まれた時から回復魔法が使える事。四年間、盗賊に回復係りとして利用されていた事を話した。


「ありがとう。大体の事情はわかったよ。さて、どこから話すか……」

「それならまず、なぜ僕は拐われたのですか?」


 父や母の現状や兄の行方は知らないと思い、ハリルベルが話し始める前に、長年気になっていた疑問をまずはぶつけてみた。


「魔法の事もよくわかってないみたいだから、そこも含めて説明しようか」

「お願いします」

「えっとね。すべての人間の中には魔力回路と呼ばれるものが存在するんだけど、基本的にはひとつの系統だけ持って生まれるんだ」


 なるほど。盗賊団が自分たちで回復を行わなかったのは回復回路を持ってる人がいなかったから……? でも、あれだけの人数がいて、誰も持っていなかったようだったけど。


「俺も詳しい年数までは覚えてないけど、五百年前くらいだったかな。それまで人口の四割くらいが回復回路持ちだったのが、ある時から回復回路を持つ子の出生率が激減したんだ」

「となると、回復術師の人口が……」

「そう。どんどんと減っていった。それでもまったく産まれないわけじゃなかったらしいけど、とにかく回復術師というのは貴重な存在になって、パーティでも引っ張りだこ」


 攻撃する方法はいくらでもあるけど、回復する方法が無ければ怪我人が続出。それまで回復術師に頼り切っていた世界から回復術師が減れば取り合いになる……。


「それから数年経つと、さらにどんどん回復術師の人口が減り、貴族や各国の王が回復術師の永久雇用を始めた」

「必然の流れですね……」

「まぁそうなるよね。回復術師は危険なダンジョンに潜らなくても大金を手に入れる事が出来て、騎士団を持つ王国はお抱え回復術師を手に入れたら国を安定させる事が出来る。お互いの利害が一致してしまった」


 確かに国を安定させ、民を守るためには仕方ないのかもしれないが……。それは独占じゃないのか?


「困ったのは俺たち冒険者や農民さ。年々モンスターの増加量も増えてきて、モンスターの溜まり場であるダンジョンが発生する確率も増えている。でも、回復術師はいない」

「それなら怪我をした場合は、どうしてるんですか?」

「そこで民間が力を入れたのはポーションの増産さ」


 そう言いながらハリルベルはポーチから赤い小瓶を取り出した。先ほどの青い小瓶が魔力の回復ならこれは体力の回復って事か。


「お察しの通り、怪我を回復させるレッドポーション。なんとこれひとつで俺の二ヶ月の生活費」

「高っ!」

「そう。高いのよ。回復手段がポーションしかないから、年々原材料の高騰。怪我をしてポーションを使うと稼ぎが逆にマイナスになるからって冒険者が減り、モンスターを討伐する人が減り、材料の採取場がモンスターだらけになりダンジョン化」


 最悪のスパイラルだ。この世界には回復術師がたくさんいて怪我のない平和な世界だと思っていたけど、そんな事になっていたとは……。


「回復術師として名乗り出て、国に保護して貰うのはダメなんですか?」

「王国騎士団は黒い噂が絶えないんだ。よく噂されるのが、国は回復術師で人体実験をしているという話だ」

「え……」

「なぜ回復術師が減ったのか、回復術師を解剖して調べてるのさ。中には、回復魔法だけを取り出す実験をしてるなんて話しも」


 そうか、それで父と母は……。


――産まれた頃の父と母の会話がフラッシュバックする。


「こ、この事は絶対に秘密だ! いいな」

「絶対にこの子を、ロイエを守りましょう」

「ああ、絶対に守ろう……」


そうか。だから父と母は――


「僕を守るために屋敷に閉じ込めたのか……」

「そうだね。いまは回復術師が産まれたら国に届出をしなきゃいけなくて、国の財産にされるからね。十五歳を超えて回復回路が発覚した場合は本人の人権が認められて、どうするか本人が選択出来るけど、そんな人は聞いたこともないね」


 だから十五歳になったらと言っていたのか……。僕を守るために……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る