07話

 今日はバレンタインデーだ。


「仲南先輩、二美ちゃんは?」

「丁度いいところに来たな、ほら、これをやろう」


 本来、学校に持って行くことは禁止にされているがなにもどこでも教師に監視をされているわけではない、だからさっさと渡してしまえばこれで終わりだ。


「チョコ? 貰っていいの?」

「ああ、よかったら食べてほしい」

「嬉しい、ありがとう」


 ちなみに二美に関しては知らないからそのまま吐いたら意外にも歩いていったりはしなかった。

 普段であればありえないことではあるから理由を聞いてみると「今日は仲南先輩が校舎内でゆっくりしてくれているから相手をしてもらおうと思った」と答えられて笑うしかなかった。

 まるでじっとできない人間のように思われてしまうから勘弁してほしいが。


「花、二美にばらしたりはしないから本当のところを教えてくれないか? それと、その気があるのなら協力をするぞ?」


 二美本人がどうしたいのかは未だに曖昧なままだ、何故かは自信を持って行動できるとかなんとか言っていたくせに相変わらず教室にこもっているからだ。


「なんでそうなるの?」

「え?」


 いや、逆に言わせてもらえば何故ここでそういう反応になるのか。


「はぁ、二美ちゃんと仲良くしているから興味を持っている、とか思われていたんだね」

「ち、違うのか? 露骨に差を作ってくれていたが……」

「そもそも私がその露骨な差を作ることになった理由は仲南先輩だよ」

「つ、つまり差は作っていたということだろう?」


 ここまできても名前で呼んできたりはしないのだからそういうことだろう。

 大丈夫だ、保村のときと同じようにすればいい、後輩が相手のときにもう動じたりすることはない。


「十二月になってから二美ちゃんにばかり意識を向けていてむかついていたの、だから二美ちゃんにアピールをすることにした、それで嫉妬してほしかったの」


 こちらの腕を掴んでから「全く効果がなかったどころか逆効果だったけど」と。

 普通にしているだけなのだろうがこの顔は本当に怖い。


「普通に仲南先輩にアピールをすればよかった?」

「ふぅ、私に興味があるのならそうだな、あれでは二美に興味があるようにしか見えなかったぞ」

「そっか、じゃあいまからやる」


 いまからやる? あ、でも、彼女なら問題もなくできそうだ。


「ねえねえ」

「なんだ?」

「すぅ……ふぅ……初名」

「なっ」


 お、おいおい、全く違うぞ。

 余裕など全くない、それどころかかなり不安そうな顔だ。

 でも、私をちゃんと見ている。


「初名のことを名前で呼ぶのは緊張する、でも、このままがいい」

「そ、そうか、あ、そこは自由にしてくれればいいが」


 名前呼び云々と考えた私だったがこれまでがおかしかっただけだ、もう三ヶ月目となろうとしているところなのだからいいだろう。

 だが、一瞬だけでも固まってしまったことについては残念と言うしかない、やはり保村のときと同じようにはできないようだった。

 そう考えると花の存在は私にとって相当レアな存在となる、生意気な後輩なんかが面と向かって喧嘩を売ってきた際なんかにも動じずにいられたのに花が相手だとそうもいかないからな。


「じゃあ――」

「待たせてしまったわね!」


 これもまた露骨だな、どこかからじっと見ていたに違いない。

 こういう雰囲気になっていなければ多分、そのままにしていたと思う、ただ、今回は違ったから慌てて突撃、というところだろうか。


「二美、遅いぞ」


 そのせいでたかだか名前を呼ばれた程度で……うぅ、二美めぇ。


「ごめんなさい! けれどもう大丈夫よ!」

「邪魔をされてむかついた」

「ま、まあまあ、許してちょうだい」


 ふっ、あまりこういうことは考えたくないが今回は二美が全て悪いから仕方がない。


「初名も結局、二美ちゃんばかりを優先してむかつく」

「わ、私もか!?」

「当たり前――いや、そもそも二美ちゃんはずっと相手をしてくれていたから初名の方が問題だった」


 自分から近づいていたのだからそれは当たり前の話だ、だというのにこちらが悪者扱いで困ってしまう。

 だが、二美に押し付けようとした私もよくないから半分、そういうつもりで受け入れることにした。


「まあまあ、少しは落ち着きなさい。大丈夫よ、今日から初名は逃げたりしないわ」


 空気を読んで離れていても、いや、ごちゃごちゃ考えないために離れていたわけだから言う通りか。

 それなら否定をしても意味がない、録画や録音なんかをされていたわけではないが最近の私の行動がその証拠となってしまっている。


「ほんと? まあ、逃げてもどこまでも追うけど」

「ええ、一緒に追いましょう?」

「うん、追う」


 学校のときは逃げても敷地内にいるわけだから追うのは楽だろうな。

 なら今度は私が追ってやろう、こうなっても自由に行動できる権利はある。


「ふふふ、覚悟しておけよ」

「「どういうこと?」」


 立場が変わった瞬間となる。

 教えるとつまらないから私の行動を見て分かってくれればよかった。




 とりあえず明日から実行すると決めて帰っていたときのことだった。


「初名、そういえば今日――」

「んっ」

「きゃっ!? な、なにも顔に押し付けなくても……」


 と言われても困る、何故なら物凄く恥ずかしくなってしまったからだ。

 あくまで友にあげるだけなのにどうして彼女のときだけこうなるのかを私も聞きたいぐらいだった。


「それとこれを返しておく」

「受け取らないわ、絶対に絶対にぜーっったいに! 受け取らないわ」

「……結局、二美と一緒に行動をしたときにしか上がっていないのだから必要ないと思うのだが」


 一応気を付けているがどこかに落としてしまう、忘れてしまうなんてことになったら困るのは彼女だろう。

 あと、なにかいけない関係のようで嫌なのだ。


「だから何回でも行きたいときに使用してくれればいいわ」

「用があるなら貴様が私の家に来い!」

「嫌よ、それだとやりたいことができないじゃない」

「やりたいことって?」


 聞いても答えてくれなかったから付いて行くとすぐに分かった。


「んー」

「それを食べろと?」

「ん」


 まあいいか、それなら食べさせてもらおう。

 自分だけあげることになるのは嫌だからこれは当然の権利だ。


「うむ、美味しかったぞ」

「はぁ、つまらないわ……」

「食べたのだからいいだろう」


 馬鹿な時間も終わったから座って本を読むことにした。

 読書をする趣味はないが見つめ合っていてもあほらしいし、それ以外にできることがないから仕方がない。


「今日はごめんなさい、でも、あのままだと花ちゃんに負けてしまう気がして見ておくだけに留めておくのが無理になったのよ」

「確かに驚いたが別にそんなことはないぞ」

「けれど花ちゃんは初名が好きなのでしょう?」

「知らん」


 私にできることははっきりぶつけられたときにちゃんと答えてやることだけだ。

 誰が誰を好きでいるとかどうでもいい、その相手を手に入れたいのであれば頑張るべきだった。

 振り向かせたい私ではなくライバル……かもしれない花にばかり意識を向けるということなら彼女が言っていた通り、負けてしまうがな。


「花ちゃんとは仲良くしたいけれどそれとこれとは別よ、私は初名の特別になりたい」

「好きにしろ」

「それは花ちゃんにも言うの?」

「自由だからな、だが、もう決まっていたらはっきりと言うつもりでいるが」


 二人と付き合おうとする趣味はない、これだと決めた一人でいい。

 彼女が黙ったから全く読んでいなかった本に意識を向けたタイミングでインターホンが鳴ったため移動することにした。


「はい――って、母さんか」


 待て、何故だ。


「今日は早い時間に終わったからちょっと二美ちゃんのお家に上がらせてもらおうと思ってね」


 本人が理由を吐いてくれても何故なのかというそれがなくならなかった。

 自分がいない間にこういうことが何回かあったのだろうか? もしそうならもっと彼女といてやらなければならない。


「とりあえず上がってくれ」

「もう、ここは初名のお家じゃないでしょ」


 と言われても家主が固まってしまっているからどうしようもないのだ。

 とはいえ、勝手に冷蔵庫なんかを開けることはできないから静かに座ることしかできないわけだが。


「二美ちゃーん? うん、駄目だね」

「母さんが来たからではないか? いままでは普通に動いていたのだぞ?」

「でも、任されたからね」


 そうか、任された身としてはなにも感じないというわけではないか。


「少し待っていろ、多分、すぐに――」

「あの、私は初名のことが好きです、そういう意味で好きなんです」


 動いてくれたのはいいが何故このタイミングでなのかとツッコミたくなる。

 母も唐突すぎて付いていけないのかぽかんとした顔をしていた。


「はっ!? 店長に休日出勤をするように頼まれたときみたいに固まっちゃったよ」

「やはりあるのだな」

「うん、スーパーって意外と忙しいからね――じゃなくてさ」

「ただ同性を好きになったというだけの話だろう」


 たまたま異性ではなく同性だったというだけだ。

 それに同性からよく興味を持たれていた彼女からすればなにもおかしな選択とは言えなかった、寧ろ自然にすら見える。

 いきなりなにも知らない異性と付き合うことになったなどと言われるよりは友達としても安心できるというものだ。


「そっか、教えてくれてありがとう」

「はい」

「初名には二美ちゃんしかいなかったからね、逆にありがたいよ」

「友達はいるがな」

「はい嘘をつかない――さてと、二美ちゃんが元気でいてくれているということが分かったことだからそろそろ帰るよ」


 い、いや、嘘ではないのだが。

 まあいいか、それならたまには家まで付いて行くことにしよう。

 出て行く間際に戻ると言っても手を掴んで止めてきたが再度、ちゃんと戻るとぶつけたら言うことを聞いてくれた。


「もう、お母さんが出てきた意味がないでしょ?」

「いや、母さんにも迷惑をかけたからな」


 拗ねて面倒くさい状態でいたときの謝罪をしていなかったことを思い出したのもあったのだ。

 これまで普通でいられたのはそのことでからかってきたりしなかったからだ、だからその点でも二美を残してくれた点でも感謝もしている。


「だけど仕方がないよ、ずっと一緒にいた大切な二美ちゃんが目の前から消えてしまっていたかもしれないんだから」

「ありがとう、母さんがいてくれてよかった」

「お父さんにも言ってあげて、あと、戻ってあげて」


 頷いたら母も頷いて家の中に入った。

 それこそ時間をかければかけるほど拗ねられてしまうからあの家に戻る。


「母に言う必要はあったのか?」

「……お母さんにはっきりとしてしまえば花ちゃんに負けないかなって……」

「少し卑怯だがな、でも、二美はこれではっきりとしてくれたわけだ」


 ならこちらも動かなければならない。

 どちらにしろ今日はもう無理だから待ってもらうしかなかったが。




「分かった」

「ああ」


 この前からそうだが会話が止まっても去らないようにしているらしい。

 ただ、こちらは気になるから腕を組んで目を閉じていると袖を引かれて目を開ける。


「はいチョコ」

「はは、バレンタインデーは昨日だぞ」

「貰ってから私もあげたくなった、多分、これなら初名も好きだと思う」

「ああ、それなら食べさせてもらおう」


 冬とはいえ溶けたり折れたりしてしまいそうだったから空き教室に入って半分ずつ食べることにした。


「美味しい」

「だな」


 甘くて美味しい、内の複雑さをすぐになんとかしてくれたから助かった。

 まあ、後輩を悪いことに巻き込んでしまっていることについては気にしなければならないが、柔らかい表情でここにいてくれているから今回だけなら大丈夫だと思いたい。


「ん、二美ちゃんとはどこまでしたの?」

「まだお互いにはっきりしただけだな」

「初名から動いてあげてほしい」

「そうだな、たまにはいいのかもしれないな」


 なら引きこもるのをやめて出てきた際に動くことにしよう。

 相手にだけ頑張らせるというのも不公平だからこれも仕方がないことだ。

 でも、こうして待っていると相手が来ないという繰り返しだった。


「珍しいね、なんで来ないんだろ」

「花のことを気にしているのかもしれないな」

「じゃあ呼んでくる、だっていちいち気にする必要はないから」


 外で待っていると言って先に出るために歩き始めた。

 放課後でもまるで朝早く来たときみたいに静かな校舎内を歩いて行く。

 冬だということも影響しているのかもしれない、単純に私だけが普段とは違う可能性もある。

 距離があるわけではないからすぐに昇降口に着いたのはよかった、ここだと流石に生徒がいて賑やかなのもいい。

 だが、いま必要なのはしんみりとすることではない、花に言われたからなのもあるが分かりやすく行動をしてやることだ。

 あくまで背中を押してもらった程度のことで最初から動くつもりでいたのだ。


「お待たせ」

「花は?」

「朋音ちゃんが来て連れて行ったわ」


 それすらも作戦のように思えてくる。


「ねえ、はっきり言ってくれたそうね」

「当たり前だ、中途半端な状態は嫌いなのだ」


 横に彼女がいてくれてもまた静かな時間の始まりとなった。

 車だって走っているというのになんなのだろうか、結局、なにかをしない限りはこのままだということなら早く終わらせたい。


「嬉しいわ」

「なら私的にもいいな、せっかく動いたのに『なんでよ』などと言われたら走り去りたくなる」


 手を握るか、人がいないのをいいことに抱きしめるか。

 どちらにしてもどきどきしてできないなんてことはない、不安にさせないためにも決めていたように動こう。


「これでいいか?」

「……初名は冷たいわ」

「そうなのか? それはすまない。だが、こうしていればすぐに直るだろう」


 手だけではなくて密着しているからそうなる。

 暖房が効いた部屋とまではいかなくても親しい相手からこうされているのだから違うだろう。

 でも、やってみて分かったことだがやはりされる側の方がいいな、と。

 相手を求める自分を直視することになって恥ずかしいとかでは――いや、そういうのもあるのかもしれない。


「ねえ、なんでくっついているの?」

「体が冷えてしまったからだ」

「そうなんだ」


 たまたま歩いてきた小学生に冷静に返して歩き出した。


「……心臓に悪いわ、すぐに動き出せたのはあの子のおかげよ」

「トイレでやられるよりはいいだろう?」

「どちらにしてもあなたからされたら同じよ、ほら、分かるでしょう?」

「何故だろうか、何故かいらいらしてくるのだ」


 そもそも彼女の方が身長が高いということも昔から気になっていることではあった。

 何度も言っているように支える側だった、だが、その対象の身長が自分よりも高ければどうしてもそういう風に見られてしまう。

 同級生だというのに「いつもお世話をできて偉いね」などと言われているのを隣で見たときは発狂しそうだった。

 そして大人というのは話を聞いてくれるようで聞いてくれていないから二美がちゃんと本当のところを言ってくれても謙虚とか偉いとか……。


「何故貴様の方が身長も胸も大きいのだ? 小さい私がどうして選ぶ側になっているのかも聞きたいところだ」


 何度も経験する度にこれなら一層のこと年下だった方がよかったと吐いていた毎日。

 自分が言っていたように身長も低いし、なにより年下なら年上に甘えてもなんらおかしなことではないからだ。

 彼女が世話をする側だったのであればここまで時間がかかることもなかったわけで、彼女的にもその方がよかったことだろう。

 もっとも、結局はこれが私の人生というわけだからなにかが変わったりは基本的にはしないのだが。


「関係ないわよ、それにあなたの方がしっかりしているじゃない」

「そうだよな、私は昔からそうだった」

「ええ、けれどどうしてそんな顔を?」

「……昔のことを思い出してどうにかなりそうだったが二美は分かってくれていたからだな」

「私はあなたにお世話になってばかりだったわ、でも、あなたは悪く言ってきたりはしないでずっといてくれたわよね」


 ……二美がいるところでは隠していたが家なんかでは何故何故何故と吐きまくっていたこちらに突き刺さる。

 馬鹿とかあほとかくそとか悪口を言っていたわけではないものの、二美ももう少しは云々と、うん。


「すまなかった」

「え?」

「気にするな、今日も二美の家に行く」

「え、ええ」


 これから何度も無自覚に言葉で刺してきそうだった。

 それでも原因を作っているのは全て自分なのだから被害者面はできなかった。

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