05話
「いつまでご機嫌斜めなの」
「知るか、休みだから休んでいるだけだ」
「とにかくご飯は食べなさい」
「いらない、水を飲んでいれば死なない」
「やれやれ、こうして二美ちゃんがいても貫くの?」
あれからまだ三日しか経過していない、これはただまだ移動はしていないというだけの話でしかない。
「お母さん達、話し合ったんだけどね、二美ちゃんはここに残ることになったよ」
「だからそういう嘘が嫌だと何故分からないのだ」
「こんなことで嘘をついても仕方がないでしょ、大事なことなら尚更のことだよ」
もしそれが本当なら二美がこんな暗いままなのはおかしいだろう。
だからなにか裏がある、安心させて自分達が楽をしたいだけなのだ。
休みとはいえ家にこもっているとこういうことばかりが起きるということなら、それならいくら冷えようが外にいた方がましだ。
「逃げても事実は変わらないよ、お母さん、こういうことで嘘はつかないからね」
「勝手に言っておけばいい、夜になったら家に帰る」
「それなら二美ちゃんは預けるよ」
家を出て少しした頃、信号で足を止めるのを待っていたのか「クリスマス、初めて一緒に過ごせなかったわ」と彼女が言った。
クリスマスなんかどうでもいいだろう、それよりももっと大きな事が起ころうとしているのにどこかずれている。
「初名」
「……なんだ」
「あなたのお母さんが言っていたことは本当のことよ」
「なら何故そんなに暗い顔をしているのだ」
「それは……私だけわがままを言ってしまっているからよ、一番辛いのはお母さんなのに……」
よく分からない、それにわがままではないだろう。
誰だってこれまで過ごしてきた土地で過ごしたいに決まっている、出て行きたいなら普通だが残りたいと思っているのならそれをぶつけないと話にならない。
我慢をしたところですぐにぼろが出る、私の母が緩い人間ではなかったらどうなるのかなんて容易に想像ができた。
まあ? それでもどうせ抑え込んで上手くやるのが二美だが。
「こ、こっちを向いて」
「ふぅ、少しそこに座ろう」
「ええ……」
段差があってくれて助かった、言うことを聞いて向き合っていたら駄目だった。
しかし、どうしてくれる、動く気があるなら何故彼女があの話をする前に動いてくれなかったのか。
終わらせてからやっぱりなしと言われてもな、上手く切り替えられるならご飯も食べずに部屋にこもっていたりなんかはしないのだ。
「むかついたのは主に母にだ、だが、二美にだって原因があるのだぞ。大体、何故出会ったばかりの花には言えて私には言えないのだ、そういう大事な話だってこれまではちゃんとしてくれていただろう」
「だ、だって最後だと思ったら……」
「今年いっぱいで終わりだということを知っていたと言っていたな、ちなみにそれはいつから知っていたのだ?」
「十月に教えてくれたわ」
十月か、彼女の母もよく分からない人だ。
私がもし親でどうしても離れなければならない状況になったらその年の始めに伝える、だってそうでなければいきなりすぎて言われた側は困ってしまうからだ。
時間がなければ色々と整理することもできない、今回の彼女のように仲がいい友達には言いづらいかもしれないからやはり必要だ。
「クリスマスまではあくまで普通だったが」
「現実味がなかったからよ、でも、無理やり装っていたわけでもないわ、あなたといるとそんなことがどうでもよくなるぐらいには違うの」
「あのとき固まった理由もそこからきているのか?」
ああして直接求めておきながらいざそれが実現しそうになると遠慮をするから困りものだった。
「それもあるけれど……あなたが初めてしてくれたからよ」
「はあ? 私が初めてしたからなんだと言うのだ? 二美は何度もああしてきていたのだから新鮮さというものはなにもないだろう?」
したくなる気持ちが少し分かっただけで自分がやる側になったからといって別に新鮮とは思えなかった。
「はぁ、あなたって鈍感よね」
「鈍感と言われてもな、それまで一切ああいう行為をしていないのであれば分からなくもないが、そうではないからな」
「だからあなたからは初めてじゃない」
「まあいい、理由が分かってなによりだ」
こうなったら元気な内にまたなにかを買いに行くか。
言うことを聞いてくれなくてその点でもむかついていたのだ、でも、その機会がまたこうしてやってきたのだから丁度いいと片付けて行動をすればいい。
「店に行こう」
「お金を持ってきていないわ」
「いらない、私が奢ってやる」
「あなたも持っていないじゃない」
「それはそうだが今度は逃げないと誓え、それと、遠慮をするな」
ちっ、意地を張ったせいでまたあの母がいる家に戻らなければならないのか。
夜まで会わなくて済むと思っていたのに、すぐにふざけるから駄目なのだ。
「この前だって結局、私だけ貰ってしまっているのよ?」
「だからどうした、いいから財布を取りに行って店に行くぞ」
今回も意見を聞くつもりはなかった。
ただ、気軽に触れるのも違う気がしたからそこは自分を止めておいた。
「こんばんは」
「こんな時間に一人で出歩くな」
「でも、あなたのお家に住めているわけではないのだから仕方がないでしょう?」
彼女は私の家から近いアパートに住むことになった。
目の前とは言えなくても家から見える場所にあるから危ないことに巻き込まれる可能性は低いだろうが、それでも時間のことを考えるならこうして言うしかない。
「神社に行きましょうか、だってあなたは付き合ってくれる、そうでしょう?」
「まだ早い、が、そう言ったのは事実だからそっちの家に行く」
「分かったわ」
こうして彼女が家に上がってしまっている時点で分かり切っていることだからいちいち母に声をかけたりはしないで家を出た。
そもそもの話、起きていることが意外だったが今日はどうしたのだろうか。
大人でもたまには夜更かしをしたくなるときがあるのだろうか? ま、私には関係がないな。
「二美、学校に行くのは気まずくないか? だってもうこれで終わりとかそういう話になったのだろう?」
「それがなかったのよ」
「はぁ、最初から最後まで分からないままでいた私は虚しいな」
彼女の母も母で私の両親に無自覚に期待をしていたということなのだろうか。
全てがありえない妄想というわけではないはずだ、何度も言うようにそういうのがなければこうなってはいない。
「私も似たようなものよ」
「それでも教えてもらえていただけましだろう、私なんてまだまだ二美といられる前提で一人で馬鹿みたいに期待していたのだからな」
「そういえば終業式、クリスマスの日まではいままでの初名とは違ったわ」
「貴様はずっと暗い顔をしていたがな」
「も、もうこの話は終わりにしましょう、楽しくはならないもの」
外と同じぐらい寒い場所だな、結局、私の両親に世話になる前提で動いているのだからあの家でよかったと思うが。
そうすればわざわざ移動をしなくても二美と話せた、花だってあの家に行けば二美にも会えるのだから楽でいいだろう。
「すぐに暖かくなるはずよ」
「どうせ出るのだからこのままでも構わないぞ」
「駄目よ、ここを気に入ってほしいもの」
「言ってしまえば場所は関係ない、私は――なんでもない」
「なによ、気になるじゃない」
改めて考えてみなくても最近の私がおかしかっただけだ。
やはりない、友達として求めておけばいい。
付き合うとかそういうのは二美がやればいい、あの学校にも沢山の魅力的な人間達がいるのだからな。
「……やっぱり朝にする?」
「貴様がそう決めたのならそれでもいい、その場合は戻るのが面倒くさいからここで寝させてもらうぞ」
「ええ、お布団はこういうときのためにお母さんが多く買ってくれたの」
うーむ、だがこれから花や他の人間が利用するであろうこれを使ってしまっていいのだろうか? かといって、彼女の布団で一緒に寝るというのもよくない。
裏ではこんなことをしているのに表では他の人間と、そんなことになってしまってはいけないから我慢をしよう。
「今日は起きていたい気分だ、初日の出を見たいのでな」
「え、けれどじっとしていると多分、寝てしまうわ」
「二美は寝ればいい、私が勝手にやるだけだからな。あ、もったいないから暖房も消していいぞ」
「つ、使っていいと言われて朝まで使ってしまっているのよね……」
「そ、そうか」
助かったっ、暖かくなってきたこの部屋なら仮に布団を掛けずに寝ることになったところで風邪なんかは引かない。
私のためにしているわけではなくてもやはり二美は優しい人間だ、だから彼女の魅力に気づくそんな人間が現れてほしい。
実際にそうなったらもちろん協力をする、分かっていることも多いから他の人間の場合よりも役に立てることが多いはずだ。
「ほ、本当にいいの?」
「ああ」
「じゃあ……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ、ゆっくり寝るといい」
彼女もやってくれる、この家に連れてきてからやはりやめるなどずるいな。
とにかく決めていた通り、布団を利用せずに壁に背を預けて座っていた、照明は彼女のために消しておいた。
色々と自由にやられても私は優しい人間だ、普通ならもっと爆発をしてもおかしくはないところだ。
暇だから意味もなく彼女を見ていた、まだ暗闇に慣れていないがそれでも完全に見えないというわけではない。
いつかはここにいる人間が私ではなく他の人間に変わっていく、だが、いまはこれでいい。
「……初名、起きてる?」
「座りながら寝られるような器用な人間ではない、それに五分と経っていないぞ」
「き、気になって寝られないわ」
「なら視界外に移動しよう」
玄関の近くなら気にならないはずだ。
ただ、ここは少し冷えるから鍵を借りて温かい飲み物を買ってくることにした。
温かい飲み物をちびちびと飲みながら過ごすのも悪くないことを知る。
ま、すぐに冷めてしまったのは気になることではあったが。
「二美、起きろ」
いま何時かと聞いてみると彼女は「五時半過ぎだ」と答えてくれた。
例年、日の出の時間は七時頃なのを知っている身としては――いや、誘っておきながらさっさと寝てしまった自分が悪いから文句は言えないか。
「今年もよろしく頼むぞ」
「ええ」
「よし、挨拶もできたから寝る、十時頃に起こしてくれ」
「え、は、初日の出を見に行く話は……」
「あれは冗談みたいなものだ、おやすみ」
どうしてあのタイミングで冗談なんか口にするのか……。
とにかく、私が内をごちゃごちゃさせている間にすぅすぅと寝息を立てて寝始めてしまったから邪魔をすることができなくなった。
ずっと寝顔を見ておくというのも現実的ではないから花ちゃんに電話をかけたものの、時間のことを思い出してやめようと切ろうとしたときにはもう遅かった。
「どうしたの?」
「こ、こんな時間にごめんなさいっ」
「大丈夫、早く起きられたからこれから仲南先輩のお家に行こうとしていたところだった」
花ちゃんは笑ってから「だから丁度いい」と言ってくれたけれど……。
「いま私の家で寝ているの、だから私の家に来てちょうだい」
「初日の出を見に行ったりはしないの?」
「誘われたけれど冗談だと言われてしまったのよ」
「それなら寝なかったということ? なんでそんなことをしたんだろ」
現在進行形で寝ているのに寝なかったというのは――ではなく、本当に彼女の言う通りだった。
とはいえ、この微妙な状態で二人きりではいたくないから迎えに行くことに、あそこで大人しく待っておけるようなメンタルはしていない。
「今年もよろしく」
「ええ、こちらこそ」
「それでなんで変なことをしたのか考えよう」
問題なのは本人というわけではないから想像の域を出ないということだ、そして私達がうーんうーんと考えている間にも本人はすやすや寝ているというわけで……。
「仲南先輩起きて、起きて起きて起きて」
「うぅ……どうして新年早々意地悪をされているのだ」
す、すごいわね、昔から一緒にいる身でも流石にここまではできない。
私からすれば彼女を呼んでよかったと言えるけれど、寝ることの邪魔をされた原因が私だと分かったら怒ってきそうだ。
初名はちゃんとはっきりと言える人間だからその可能性は限りなく高い。
「なんで寝なかったの?」
「なんでもなにも、私が起きていたかったからだ」
「本当に? それになんでお布団を使わないの?」
それもそうだ、冗談のことが引っかかりすぎていて気付いていなかった。
「私に資格がないからだ」
「「資格?」」
「使用ができるのは母親とか特別な人間だけなのだ」
「い、いや、ベッドがないのだからお客さんが泊まるのなら普通は貸すでしょう?」
「そんな普通はない、いいから二人で仲良く会話でもしておけ」
寝転んで目を閉じてしまった、一度初名と声をかけてみても返事をしてくれなかったから諦めて彼女に意識を向ける。
そうしたらこちらは遠慮なく布団を使用して寝ようとしているところだった、来てくれたのはありがたいけれどあまりに自由すぎて付いていけない……。
「二美ちゃんも入ってきて」
「ふ、二美ちゃん……?」
「いいから早く」
「わ、分かったわよ」
頼んで来てもらっている身だから強気には出られない、だからお布団に入って寝転ぶと「ナイスだ花」とハイテンションな初名が現れた、いや、元々いたけれどね。
「私はずっとこうなるようにと願っていたのだ、新年早々見ることができて幸運だ」
「でも、これなら仲南先輩がお布団を使っていても関係なかった」
「それとこれとは別だ、さ、もっと仲良くするのだ」
そんなことを言われてもと考えたときのこと、彼女がぎゅっと抱きしめてきた。
その瞬間に「おおっ」とこれまで見たことがないような嬉しそうな笑みを浮かべて初名は盛り上がる、私は代わりになんでなのと微妙な気分になった。
「どうせならキスもしたい、一回、試してみたかった」
「キスは駄目よ、いい? キスは駄目」
「分かった……」
「そんな顔をしても駄目なものは駄目よ、頼めばなんでも言うことを聞いてもらえると思っているのなら大間違いよ」
はぁ、この子の影響を受けやすいところは私達が一緒にいられている間になんとかしなければならない、そうしておかなければ高校三年生のときや社会人になってから自由にやられてしまうからだ。
つまり初名は止めなければならない側なのに煽るようなことをしているということになる。
「何故だ? 花を気に入っている二美のことだ、キスぐらいは構わないだろう?」
「あなたも馬鹿なことを言っていないで寝るなら寝なさい」
「こうして場が盛り上がっているのに寝られるか、貴様は終業式の日といい、意地悪なことばかりをしてくれているな」
いや、意地悪なことではなくて常識でしょう……。
変なことばかりを言われることは確定しているから家主でも関係なく家を出ることにした、ついでに初名のご両親に挨拶を済ます。
残ってくれてよかったと言われた際は嬉しくもあり申し訳ない気持ちが出てきた。
こうして変わらずにこの県で過ごせているのは母のおかげでもあるけど初名のお母さんのおかげでもあるのだ。
もし私のことを理解してくれている人がいなかったと思うと震える、でも、それなら初名はいなかったということになるからまた違った結果になっていたのだろうけれど。
「二美、なにも出て行くことはないだろう」
「花ちゃんは?」
「眠たかったらしいから鍵を閉めて出てきたぞ、ほら」
受け取ろうとしてやめた、そのまま押し付けるように渡す。
「それはあなたが持っていてちょうだい」
「だからそれは駄目だ、私には資格がないのでな」
「そんなのどうでもいいわよ、いつでも来てほしいから渡すの」
「はぁ、貴様も空気が読めない少女だ」
でも、なんだかんだで受け取ってくれて嬉しかった。
ただ、こうなってくると歩いている意味はないから戻ろうとしたら「まだ外にいればいいだろう?」と言われて困った。
「正直、神社にも興味がないからな」
「ならどうするの? このまま外にいても冷えるだけよ?」
「ふむ、確かにそうだな、花を放置したままというわけにもいかないか」
「だから私の家に戻りましょう、多分、普通に話している分には起きたりしないわよ」
「そうだな」
そう、花ちゃんがいるからお出かけとかはできないため仕方がない。
別に彼女といるのが嫌とかそういうことではないから勘違いをしないでほしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます