04話
「がっ!? ……う、ウィッグよね……?」
「がっ!? とはなんだ、ウィッグではないぞ」
思い切ってばっさりと切っただけの話だ。
春になってからでもよかったが洗うのが面倒くさいから短くした。
似合うとか似合わないとかどうでもいい、入浴をした後に面倒くさいことにならなければそれでな。
「な、なんでそんなに短いっ? あ、二美先輩に切られたとか……」
「それはないぞ、髪を切る選択をしたのは私で、髪を切ったのも私だ」
じょきじょきとまとめて適当に切ったのは私だからクオリティについては期待なんかはできない、だが、美容院に行くことの程でもなかったから自分で十分だった。
「せめてお母さんに頼みなさいよ、適当すぎるわ」
「いいのだ、髪が長かろうと短かろうと私は私だ」
とはいえ、ノーリアクションよりはよかったかな、と。
いい気分になって廊下に出ると二人も付いてきた。
こうなってしまえば期待なんかをしなくても勝手に二人で仲良くしてくれることがいい、自分から動いてくれるのは楽でいいな。
「今度、二美先輩のお家でお泊まりする」
「二美でいいわ、それと初名も呼ぶからね」
「別にいいけど、私は二人きりでも大丈夫だよ?」
「な、なんでよ、あれだけ気に入っていたのにおかしいじゃない」
「仲南先輩はいま精神状態がいつも通りじゃないみたいだから」
おいおい、髪を切った程度でこんなことを言われている私とは……。
まあいい、お邪魔みたいだから去ることにしよう。
二人と別れて特に下ったりもせずに歩いていると反対の校舎にたどり着いた。
特定の授業以外ではこちらに来ることがないから新鮮だ、静かだというのも冬の現在には丁度よかった。
「きゃっ」
「っと、すまない、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
まさかまた似たようなことが起きるとは、そして私が弾き飛ばすことになるとは考えてもいなかった。
「はい」
「あ、ありがとうございます、失礼します」
このまま二美と一緒に弾き飛ばしていったら悪い意味で有名な二人になりそうだった、なんてな。
本を持っていたからなんとなく図書室に寄ってみた、が、すぐに独特な雰囲気に負けて出た形となる。
やはり自分には合わない、中学のときと違って読書の時間が設けられているわけではないからこのままでいいだろう。
結局、寂しくなってすぐに戻ることになった。
二美の教室で盛り上がっているのか二人はいないから席で大人しくしておく。
誰が相手をしてくれるというわけではなくても周りに人がいるというだけで違うことがよく分かる。
でも、あの二人が勝手に仲良くやってくれている分、協力してもらいたいなんて考えにはならないから新たな友達を求めようとはならなかった。
無限にあるというわけではないから授業が始まり静かになる、なんとなく集中しているクラスメイトに意識を向けて過ごしていた。
自分に原因があるがこうして近い場所にいるのに一切関わらずに終わる人間が多すぎるなと内で呟きながら。
「初名っ!」
「なんだ急に、まったりとしているところに面倒事を持ち込むな、貴様は花と過ごしておけばいいのだ」
過去の女は黙って去ろう、こういうことを言うことすら構ってちゃんになりかねないから駄目だ。
しかし、こうもあっさり変わってしまうのもそれはそれで微妙だ。
仲良くやれているように見えて結局、表面上だけのものでしかない、それは花だって同じだ。
こうなると相手も私も分かっているから求めないのか、なら、これまで二美しかいなかったのはなにもおかしなことではないか。
寧ろ賢い、関わることでごちゃごちゃするぐらいなら関わらないで一人でいた方が遥かに楽だ。
学生時代を終えてしまえば働くために生きるわけだから予行演習というか、耐性を作っているというわけだ。
もちろん、学生時代にどれだけ頑張ろうと潰れてしまう人間もいるだろうが、それでも効果が〇ということはありえない。
一度だけでもそれを活かせたのなら悪いことだとは言えないのだからな。
「……なんだ、気軽に触るな」
「ふふ、私が花ちゃんと仲良くしていて嫉妬してしまったのね」
「違う、虚しさに気づいたのだ」
一方通行のそれに。
「大丈夫よ、私はいつだってあなたの側にいるわ」
「……ここは教室だぞ」
「だから? 不安でどうしようもなくなっている子がいるならこうするわよ」
「……何故それを花が相手のときにできないのだ、すぐに感情的になるのは何故だ」
冷静に対応できるときとできないときの違いが分からない。
ただまあ、自分のことだって分からないときがあるのだからなんらおかしなことでもないのかもしれない。
あと、分からないままにしておきたくなかった、自分ではないから無理だと片付けて強制的に前に進めることはしたくなかった。
「あの子がたまに嫌な子になるからよ、正しいからってなんでも真っすぐに吐けばいいわけではないのよ?」
「それなら貴様は矛盾しているな、いま同じことをしたばかりだろう」
「こういうときに必要なのは冗談や嘘をつくことではないわ」
問題なのはこうして聞いて吐かせても解決、とはなりにくいことだ。
でも、これをやめる気はやはりなかった。
「はい」
「ん? なんだこれは」
「今年の私が欲しがっている物一覧よ」
この中から現実的な物を挙げるとすれば本か、物によっては高い物もあるだろうが普段世話になっている分、仮に高くても構わない。
だが、ここまで堂々と要求をできるのも一種の才能なのではないだろうか? 私ならできないことだ。
「去年も本を貰ったからこの化粧品とかでもいいわよ?」
「化粧などいらないだろう」
「化粧水とか色々あるじゃない、あれって結構高いのよね」
「それはそうだな、まあ、妥協できるかどうかか」
「どうせやるからにはそれなりの物がいいのよ」
そういうものか、自由だから否定をするつもりは――してしまったようなものか。
とりあえずそういうことならと買いに行くことにした。
まだテストも終わっていないが悪くないだろう、どうせもうすぐにくるのだから。
そういえば二美と二人きりで出かけるのはなんか久しぶりな感じがする、二人きりでいることはあったが花の家に向かったりとか学校に向かったりなどが多かったからそういうことになる。
「あっ……なんだ?」
「こういうときは手を繋ぐものでしょう?」
「それは恋人同士とか母とか父が子どもとする行為だろう?」
「関係ないわよ、誰も見ていないわ」
「いや、女同士なら目立つだろう……」
私達みたいにしている同性同士はどこにもいない、それに最近は花に興味を持っているとしても彼女の場合はそこに込められた感情の大きさが違うからやはりどこにもいないわけだ。
「こら、ちゃんと前を見て歩きなさい」
「い、いいのか? 花が悲しむぞ」
言葉でちくちく刺されたくない、真顔でやられたら精神がやられる。
「あら、どうして花ちゃんの名前が出てくるの?」
「最近は花に夢中だろう、花だって二美と仲良くしたがっている、なのに休日になった途端に私とこんなことをするのは……」
そもそもこれは自分の求める理想とは違う。
彼女がこちらのことを忘れずにいてくれているのは嬉しいが、花のことを考えるならやはりよくないことだ。
本当は彼女に甘えたかったものの、できそうにないから仕方がなくこちらのところに来ただけなのだ。
それは名前で呼んでいるところからも、なあ。
「馬鹿ね、なにを勘違いしているのよ」
「だが、ほ、放置……されることもこの一週間は多かったが」
「それはあなたが勝手に離れるからじゃない」
違う、一緒にいても二人だけで盛り上がっていて参加することができなかった。
一度や二度は離れる選択をした、でも、止めてくることは一度もなかった。
席に張り付いてもこれまでであれば彼女は来てくれていたのにそれすらも……。
「む、虚しさに気づいたなどと言ったからか? それはそうだよな、なにかを我慢して頑張って行っていたのにその相手から自由に言われたら行く気もなくなるよな」
「はぁ、どうしたのよ今日は、もしかしてまた体調が悪いの?」
「違う、そんなのではない」
早く物を買ってしまえばこの時間も終わらせられる。
一緒にいたいが我慢をしてまでいてほしいわけではない、大切な相手なら尚更のことだ。
「ちょっとっ」
「早く行こう、売り切れてしまったら困る」
手を握ってくれているのは好都合――ではない、たまにだけやって来てこういうことをするから嫌なのだ。
「初名っ」
「……もう店内だぞ、そんなに大声を出したら迷惑になってしまう」
「落ち着きなさい」
「……落ち着いている、私はいつもそうだ」
私は支えられる側ではなくて支える側だ、いつもそうだ。
だから今回も同じだ、物が欲しいみたいだからこうして買ってやろうと出てきている、それ以上でもそれ以下でもない。
「髪を切ったのもそういうところからきているの?」
「違う、髪は長くて面倒くさかったからだ」
冬だと乾かないうえに冷たくて気になるから切った。
構ってもらえなくて切るわけがないだろう、もしそんな理由で切るような人間なら迷惑にしかならないから離れた方がいい。
「深呼吸をして」
「は、はあ?」
「いいから、はい、深呼吸」
何故こんなところでこんなことをしているのか、これではまるで店に入るだけで緊張している人間みたいに見えてしまう。
「落ち着いた? 大丈夫よ、私ならちゃんといるじゃない」
「……二美に呆れているのだ」
「ふふ、あなたらしいわ」
「少しトイレに行かないか、選ぶ前に少し、な」
口にしておいてあれだが元々どちらでもよかった、聞く気はなかった。
個室にそのまま連れ込んで思いきり抱きしめる、……なるほど、したくなる理由が分かった気がした。
されているだけではよく分からない行為だったから、まあ、悪くない……。
「ありがとう、二美のおかげで助かった――ん? 二美?」
固まってしまったから欲しい物があるところまで手を引いて歩いた。
意地でも千円以内の物で済ませようとするからそこでは盛り上がることになったのだった。
「十二月になっていたのに随分と長く感じたよ、だが、明日から冬休みだ」
今年もクリスマスを一緒に過ごしたり大晦日に二人で出てもいい、休みなのだから付き合おう。
「二美が望むなら毎日過ごしたっていいのだぞ」
あの抱きしめた日から私はそのつもりになっていた、例え、相手の表情が暗かったとしてもだ。
なにか気になる点があるなら言ってくれればよかった、直せるところなら直す努力をしよう。
これまでとは違う、寧ろ私の方から求めている、本当のところを言うといい顔をしてもらいたいものだが多分、急に変わり過ぎていて付いていけていないのだ。
だが、やるからには勢いでやるしかなかった、器用ではないから考えに考えてからやると動けなくなってしまうから。
「初名」
「なん――なんでそんな顔を? そんなに学校が好きなのか? 大丈夫だ、私達は二年だからまだまだ時間がある」
「無理なのよ、学校に行くことも、あなたとこれ以上過ごすことも」
「な、なにを言っているのだ、そんなにつまらない冗談は初めて聞いたぞ」
両肩を掴んで揺さぶってみても変えることはなかった、それどころかずっと同じ顔でこちらを見てきている。
「今年いっぱい、それで終わりだって知っていたのよ」
「は、はあ? だから学校なら――」
「もうこの県にはいられないの、お母さんの実家に行くことになったわ」
「な、何故だ、あ、二美の勘違いで冬休みにだけ帰るだけだろう?」
もうこれはそういうことにして私から離れたいだけにしか見えない。
だってそうだろう、あまりにも急すぎる、私の変化など可愛いレベルだ。
「私が知らなかっただけで父が問題を起こしていたのよ」
「その場合でも離婚をすれば二美達はここに住めるのではないか? そもそも、今年いっぱいで離れることを分かっていたのにそれだけは知らなかったなどおかしいぞ」
「あの家は父のだから住めないのよ」
父のだから無理、だから実家にとなるのが分からない。
仕事もあるのだから市内に引っ越すことだってできるはずなのに、賃貸でも二人だけならあまり広さはいらないしお金については問題もないだろう。
お金がなくて無理だということなら……いや、それでも改めて仕事を探したりするよりもこの県に住み続ける方がいいと思う。
「前々から父以外にも不満を感じていたみたいでこの県から離れたいってことらしいのよ」
「どこに行っても変わらないと思うが、それに転校……転入になったら余計にお金がかかるだろう?」
「でも、お母さんの実家がある県はここからかなり遠いから離れることを選んだのならそれしかないわよ、自分で稼げているわけではないから残るなんてわがままを言えないし……」
「なんとかならないのか、二美ももう高校生だ、一人だけ残すという方法を選ぶことはできないのか? 仲がいいから私の両親と話し合うことで――」
「無理よ、親の言うことを聞くしかないわ、それにお母さんに意地悪をする父の側にはいたくないの」
それならこれで終わりなのか、離れる間際に言うのはずるくないか。
「これまでずっといてくれてありがとう、大好きだったわ」
「もういなくなる人間から大好きだと言われてもな」
「ふふ、それは確かにそうね、どうしようもないものね」
呆気ない終わりだな、それと私の方が慌てていておかしい。
もう少しぐらい残りたいという気持ちを表に出してほしかった、ほとんど可能性がないのだとしても〇ではないのだと期待をしてほしかった。
でも、これだ、寧ろ柔らかい表情を浮かべて目の前にいる。
「花は知っているのか?」
「花ちゃんにはあなたとお出かけする前に言ったわ」
「そうか、なら心の準備ができた分、ましだろうな」
「あなたには言わなかったのではなく言え――」
「もういい、そんなの意味はない」
花がどうこうと言うつもりはない、結局、最後まで一方通行のままだったことが気になってどうでもいい。
「さよならだ、親が決めたことなら仕方がないからな」
昼に終わったのが逆効果だった、すぐに出たことが私にとって邪魔となった。
「なんだ、花もいたのか」
「……内緒にしてほしいって言われて……」
「別に誰が悪いという話ではないだろう、行ってくればいい」
「うん……」
家に帰ってソファに座っていたらあっという間に暗くなった。
「ただいま」と帰ってきた母に二美のことを説明すると「知っているよ」と返されてなんだそれはとため息をついた。
「ねえ初名、あなたまだ二美ちゃんといたい?」
「は? どうせ無理だ、二美もそれしか言わない」
「どちらかで答えなさい」
今日に限って面倒くさい絡み方をしてくれるではないか。
この件を口にしたのはこちらだがもう少しぐらいは考えてほしいものだがな。
「それなら逆に聞くが、小さい頃から一緒にいる相手がいて離れたいなどと母さんは思えるのか?」
「表面上と内側で差があるかもしれないからね、一応聞いてみたんだよ」
「はぁ、わざわざ聞かなくても分かることだろう」
いらいらする、どうせ家にいたところでやれることはないから出るか。
特に着替えたりもせずにそのまま出ようとしたら背中に「それなら求めているんだね?」とぶつけられた。
「……全てぶつけても親次第だと言われて駄目だったよ」
「ふーん――え、初名が残ってほしいってちゃんと言えたの!? こ、こんなことはこの先、一回もないかもしれない」
「ふざけるなっ、なにも今更知ることになった今日でなくてもいいだろう!」
やっていられない、やはり母は空気が読めない。
連絡をされても面倒だからスマホなんかも持たずに家を出た、それから走って走ってあのいつものお気に入りの場所までやって来た。
ベンチに座って呼吸が整うのを待つ。
「な、仲南先輩……?」
「普段、こんな時間でも外にいるのか?」
「嫌いだから、帰ってこいとも言われないから」
「そうか」
子どもに興味を持たなくなるのは何故だ、あまり話さない私の母だってなんだかんだでこちらのことを気にしているというのに。
「花、なにか悪いことをしてしまったのか?」
「普通に生きているだけでこうなった」
「そうなのか」
イラついたりするぐらいなら不干渉の親の方がいいのだろうか。
「仲南先輩はどうしてここに?」
「暑かったから冷やすために出てきたのだ」
「でも、風邪を引いちゃう」
「風邪など引かない、だが花は家が嫌いだろうともう帰った方がいい」
変に残られてまた八つ当たりをしてしまっても嫌だからな、それにいまは一人でいたい気分なのだ。
花も二美と同じで優しい子だから歩いていってくれた。
私もあと三十分ぐらいしたら帰るつもりでいた。
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