03話
「本柳先輩」
クラスは知っていたからそこで迷うことはなかった。
でも、教室に入って声をかけたのはいいものの、突っ伏してしまっていて反応をしてくれなくて困っている。
「あのっ」
「……初名ならこのクラスではないわよ」
「し、知っています、今日は本柳先輩に用があって来ました」
そこでやっと顔を上げてくれた先輩、でも、歓迎してくれていないことはすぐに分かった。
この前のことがあったからとはいえ、別に喧嘩を売りに来たわけではないことは分かってほしい、うん。
「それで用って?」
「あ、この前のお詫びをしたくて甘いお菓子を買ってきました、どうぞ」
仲南先輩に教えてもらって購入したから失敗してしまうなんてことはない、好きなお菓子であれば受け取ってくれるはずだ。
ちゃんと受け取ってもらえたらこれで完全に終わりにする、怪我をさせてしまったとかならもっとやらなければならないけど多分これで大丈夫だからだ。
「もう終わった話だったけれどそういうことならいただくわ、ありがとう」
「いえ、それではこれで」
「ねえ」
「は、はい?」
う、腕を掴まなくたって逃げたりなんかはしないけど……。
先輩は少し怖い、でも、基本的には自分に似ているかもしれない。
基本的に表情が変わらない人だからきっとなにを考えているのか分からないなどと言われてきたはずだ。
「初名には敬語をやめているのよね? なら私にも同じでいいわよ」
「い、いいです、仲南先輩からも止められているので」
「初名が? よく分からないことをするわね」
早く戻りたい、それで仲南先輩に甘えたい。
「もういいわ」
「はい、失礼します」
ただ、残念ながら仲南先輩も突っ伏してしまっていて横で固まる羽目になった。
声をかけてすぐに反応してくれないところも似ていて気になる、あと、不安になってきてしまう。
「仲南さん、一年生の子が来てくれているよ」
「……教えてくれてありがとう……」
「って、大丈夫? 顔色が悪いけど……」
「大丈夫だ」
そのままこっちを向いてくれたけどあの人が言っていたように顔色が悪かった。
こういうときは保健室! とすぐに決めて連れて行こうとしたものの、抵抗をしてきて駄目だった。
無理をしたところでいいことはなにもない、それを分かっていてもするということは私のこの行為は邪魔だということ……。
「花、二美には言わないでくれ」
「でも……」
「今日が終われば休みになる、家に帰ったら大人しくするから……頼む」
「わ……うん」
近くにいると言いたくなってしまうから自分の教室に戻った。
先輩に言うなと言われてもそもそも自分から来たりはしないから意味がないし、なんかやっぱり特別扱いをしているようで近づきたくない。
そういうこともあって朝から微妙な気分で過ごすことになった、高校に入学してからは初めての体験だ。
これまでは近くで誰かが盛り上がっていようと一切気にならなかったのに今日は気になる、女の子二人でいる子達に先輩達を重ねてしまったりもした。
見たくなくてこそこそと確認をしに行ってみたりもした、そうしたら朝と同じようにしていて気になった。
というか、あそこまで露骨な感じなのに先輩が近づかないのがおかしい。
「も、本柳先輩」
だから行きたくないのにまた行く羽目になった。
自分が勝手にしていることだから先輩が悪いわけではないけど、なんでこういう日に限って変なことをするのかと言いたくなってしまう。
「……また来たのね」
「あの、どうして今日は行かないんですか?」
「あの子の調子が悪いからよ」
「き、気づいて――あ」
……これで益々行けなくなった、でも、近づかない理由を教えてもらえるならそれでいいのかもしれない。
ほとんどなにも知らない私が距離感を見誤って甘えたりするからこういうことになったと思う、百パーセントとは言えないけど〇ではないはずだった。
「何年一緒にいると思っているの、そんなの当たり前でしょう? ……私だって本当なら行きたいわよ、でも、あの子がこういうときに意地を張ることは分かっているから、余計に疲れさせてしまうから我慢をしているだけよ」
「そ、そうですか」
被害者面はできない、だけど先輩の言葉の端々にトゲを感じて耳を塞ぎたくなる。
「あなたも今日、近づくのはやめなさい」
「は、はい……」
とぼとぼと教室まで歩いて、それからは席に張り付いていた。
授業なんかにも集中できなかった、それでもあっという間に時間が経過してくれたことには感謝しかない。
お昼休みも自分で作って持ってきていたお弁当を食べずにずっと教室にいた、じろじろ見てきたりする子がいないのはいい。
とはいえ、なにもないからこそごちゃごちゃ考えてしまうわけで、結局、普段通りに戻れることはなかった。
「帰ろ……」
家は嫌いだからどこか違う場所で時間をつぶすことになる。
でも、これはあくまで私の問題だから頼るわけにもいかないのもあってすぐに学校をあとにした。
普段通りでいられないことが今日は好都合だと気づいたのは学校から少し離れられたときのことだった。
「今回は駄目みたいだな……」
なるべく動かないようにして回復させることに専念をしたが効果がなかった、それどころか朝よりも確実に悪くなっている。
だから移さないためにも二美や花のところに行かずに家に帰ったわけだが、こう呟きたくなるぐらいには本調子ではない。
なにをしていなくても風邪を引くなど人間とは弱いものだな、もう少しぐらいは耐性があってほしいものだ。
「初名、入るわよ」
「来ていたのか」
花もいる、だが、何故か暗かった。
私がいない間に言い争いをしたとかならこうして一緒に行動することはないだろうし――あ、私が普段通りではないからか。
元気なら頼ることで家に帰る時間を遅らせることができるがそれも今日は期待できないから暗いと、そういうことだろう。
「約一時間の間、なにをしていたのだ?」
そう、解散になってから既に一時間は経過している、だからここも暗い。
「一年生の教室に行ったら帰ってしまったということだったから急いで追ったの」
「だが、どの方角にあるのかも二美は知らなかったはずだろう?」
「近くを歩いていた生徒に聞いて走ったわ、そうしたら追いつけたの」
「すごいな」
友達だろうと行かなければならないなどというルールはないうえにこれは私が悪いだけだからそんなことをする必要はなかった。
花だって家は嫌いでもすぐに帰ることのできるようになるべく近くで時間をつぶしたかっただろう。
珍しく二美が選択ミスをした、でも、ありがたいことだからなにかを言ったりはしないが。
「とりあえず来てくれてありがとう、飲み物を持ってくるから待っていてくれ」
「寝ていなきゃ駄目だよ、じっとしていて」
「だが、喉が渇くだろう? 私も飲みたくなったのだ」
「はぁ、花ちゃん聞いた? こういう人間だから近づかないようにしたのよ」
花がどうこうではなくて最初から気づかれていたということか。
情けない、決して弱ってほしいわけではないがこういうときに支える側なのがこちらだというのに今回も失敗をした。
いや、花が現れてから上手くいったことなどがあるのだろうか? ……正直、体調の悪さなんかどうでもよくなるぐらいにはその影響が大きかった。
「……ずっと守ったんですか?」
「当たり前よ、中途半端なことはしないわ、いまここにいるのは強制的に休ませることができるからね」
「私は今日一日……ずっと微妙な状態でした」
「朝はごめんなさい、私もちょっと余裕がなかったのよ」
このまま花といてしまっていいものか……。
まあいい、いまは早く水でも飲んで寝ることにしよう。
体調が悪いときにこういうことを考えるとどうしてもマイナス寄りになる、反省をすることは大切だが無駄に悪く考えすぎても馬鹿になるから気を付けたい。
「仲南先輩」
「すまなかったな」
「……元々本柳先輩は知っていたけど守れなかった、驚いたときについ……」
「いや、だからあれも私が悪いのだ、花は気にしなくていい」
部屋に戻ったらベッドに大人しく寝転んだ。
温かい、落ち着く、側に二人がいてくれるのもいい、もう授業はないからずっとこのままでいられるのも大きい。
だが、周りのためにも意地を張るのはやめようと決めた、大体、体調管理に失敗をしてそれで皆勤賞を逃したところで自業自得で終わってしまう話だ。
自分の気持ちを優先して頑張ることで他の誰かがなんらかの被害を受けるということなら尚更そういうことになる。
先程と違って構ってやれるような余裕もなくなってすぐに寝た、はずだ。
起きたのは夜中だったが実はまだ残っていた二美がそう教えてくれただけ、自分が詳細に把握しておけるわけがないからな。
「お風呂に入ってくる」
「まだ駄目」
言うと思った。
「寝汗をかいてそのままは気持ちが悪いのだ」
「はぁ、なら付いて行くわ」
それでもいいから入らせてほしい。
少なくとも年内中は同じようにならないようにしないといけない。
「ふぅ……ん、ぬるいな」
「追い炊きをしなさい」
「すまなかった」
延々平行線になって疲れることにならなくて済んだのは彼女のおかげだ。
こういうときに絶対に言うことを聞かないと分かられているというのは複雑ではあるが、実際にそれで助かったわけだからありがとうとも言っておいた。
「花ちゃんにちゃんと謝ってあげたの?」
「ああ、一階に来てくれたときに謝った――あ、そういえば一人で帰らせたのか?」
「そんなわけがないじゃない、ちゃんと送ってきたわ」
「ありがとう、なるべく一人にさせたくないからな」
「あなたは自分のことだけを考えなさい」
正論をぶつけられるとうぐっとなにも答えられなくなるからその点でも風邪を引くのはなしだ。
「出るぞ……って、どうしたのだ」
「……心配だったのよ」
「そうか、すまなかった」
私が黙る羽目になるのは言ってしまえば問題はない。
それよりも気になるのはこうして暗い顔を見ることになるからだった。
「二美、起きろ」
「ん……」
「体調は大丈夫か?」
「ええ……あなたは……大丈夫そうね、よかった」
一日で治ってよかった、あと今日は休日だから休んでおくことができるのもいい
「二美はどうする?」
「まだいていい? あなたから離れたくないの」
「構わないがご両親が心配になるだろう、あとは花に会いたいのだ」
「それなら付いて行くわ、もう一度謝罪をしたいの」
それならということで着替えてから二人で家をあとにした。
向かっている最中「涙が出るとは思わなかったの」と呟くようにして吐いたそれには私もだと返しておいた。
たかだか風邪を引いたというだけなのに、体調管理に失敗をして情けないだけなのに大袈裟すぎる。
これまで来ていた花が急に来なくなったとかなら分からなくはないが――まあ、それだってまだ二週間も経過していないわけだから大袈裟かもしれないが。
「はい」
「あの、花さんはいますか?]
[あの子なら朝早くから出て行ったからいないよ」
「ありがとうございます、失礼します」
いるわけがなかったか、そしてこうなるともうどうしようもない。
無理なのにいつまでも人の家の前で突っ立っているわけにもいかないから帰ろうとしたときのこと、彼女はこちらの腕を掴んでから「いまから呼び出すわ」と言った。
交換していたのか、やはり私が考えているように意外と友達の領域から抜けて上手くいくのかもしれない。
「あそこにいるらしいわ」
「そうか、行こう」
実際に花の家からあそこは近かった、そしてベンチに座っていた。
背中からは弱々しさしか伝わってこなくて話しかけていいのか迷ったものの、彼女は全く気にせずに声をかけた。
「だ、大丈夫なんですかっ?」
「大丈夫だ、心配をかけたな、それと昨日は来てくれてありがとう」
……なんだこの感じは、やたらと恥ずかしい。
基本的に声が小さい人間がここまで大きな声を出して心配をしてくれているからだろうか? 私も実は花のことを言えないぐらいには気に入っている……とか、ないないないっ。
「お礼なんていいんですよ……それに本当に役立てたのは本柳先輩じゃないですか」
「二美もそうだが花だって同じだ」
「でも……」
「いいからっ、花にだって同じぐらい感謝をしているぞっ」
ったく、花は私関連のことになると自信がなくなるというかなんというかマイナス寄りだ。
これだったらまだ彼女みたいにしてくれた方がいい気がする、嫌な気持ちにもならないからな。
「花ちゃん、いまからってなにか予定とかはないわよね? それなら私の家か初名の家に行きましょうよ。ちょっと寒いから屋内に移動がしたいの、いい?」
「分かりました」
「それなら二美の家にしよう」
「ええ」
いつも自宅にばかり来るから自分から行くのは新鮮だった。
見慣れた家だったとしてもだ、それでもこうして上がることができる方が友達らしい感じがする。
「……仲南先輩」
「自由にしていればいい」
こちらはくれた飲み物をちびちびちと飲んでいくことにした。
もう一つのソファに座った二美は意外にも怒ったりはせずに読書を始める。
やはり体調管理なんかもまともにできない人間では駄目か、興味を失ってしまっても仕方がないのかもしれない。
「……誘ったのはこちらだけどどうして目の前で毎回やるのかしらね」
「昨日は甘えられなかったので……」
「わ、私だってそれは同じよっ、だけどいま必死に我慢をしているんじゃない! なのにあなたときたらあ!」
……なんだ、我慢をしていただけだったのか。
って、ここで安心するということはやはり人並み以上の気持ちがあるのか? それともただの依存? 自分のことなのに分からない。
花が抱き着いてきていることよりも気になったわけだが、関われている時間が違いすぎてきちんと見られなくなってしまっている。
「もうこうなったらこうよっ」
「ははっ、はははっ、く、くすぐったいっ」
「ふふ、このままあなたを笑わせ続けるわ」
楽しそうならいい――とはならない、くっついたままやられているとぐらぐら揺れて調子が悪くなりそうだからすぐに止めた。
二美には右腕を、花には左腕を貸しておいた。
二人がこうしてずっとくっついていれば本当のところが分かるかもしれないからと期待している自分がいる。
「大体、花ちゃんはなんで初名のことをそんなに気に入っているのよ」
「優しくしてくれたから、その点、本柳先輩は優しいけど怖い」
「だ、だから昨日は余裕がなかっただけで――」
「無表情で基本的に怖い」
「あ、あなただって同じじゃないっ、それにぶつかったのは私でしょう!?」
話だけを聞いていると興味を持ってもらいたい女子と興味を持てない女子の会話にしか聞こえてこない。
なにかきっかけがあれば、とはいえ、初対面のときみたいなことはやりたくない。
こういうときだけは他に友達がいてくれればと考えてしまう、相談を持ち掛けようにも相手がいなければ意味がない。
「本柳先輩は仲南先輩のことが好きなの?」
「す、すす、す……しゅきよっ」
一年の女子に負けるなんてと言いそうになったものの、こちらも負けて逃げたことがあるから偉そうには言えなかった。
だが、いつもなら「好きよ? そんなの当たり前じゃない」と言える人間がなにをしている、何故本人に対しては冷静に対応ができるのにこうなのだ。
あと自分に向けられているわけではないが花の無表情が怖い、そのくせ、普通なら聞きづらいことをどんどんと聞いてくるのだからな。
「なんでいちいち慌てるの? 好きなら好きでいいと思う」
「なに敬語をやめているのよっ、調子に乗るんじゃないわよっ」
「仲南先輩、本柳先輩ってこんなに感情的な人だったんだね」
「あ、ああ、基本的には大人の対応ができるがな」
感情を出していくという点については無表情の花もあまり変わらないが。
「でも、隠しているよりも好き、いまの二美先輩の方が好きだよ」
おお、誰に対しても積極的だ。
二美もこちらの腕をぎゅっと掴んでから「そ――な、なにを言っているのよ、そんなことを言われても嬉しくなんかないわ」と返していた。
私以外にこういう態度でいるのは本当に珍しい、だって素を見せているということなのだからな。
「二美先輩になら仲南先輩を取られてもいいぐらい」
「だ、大体、初名はあなたの物じゃないわよ」
「うん、そうだね、あまりに優しくしてくれるから忘れていたよ」
だがこちらは何故こうなるのか。
心配になる人間だということだけはよく分かることだった。
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