02話
「仲南先輩早くっ」
「落ち着け、焦ってもドーナツがなくなったりはしないぞ」
それに今日はライバルの二美がいないのだから益々意味がなくなる、お金だって無限にあるわけではないのだから色々な意味でゆっくりするべきだった。
お世話になっているからこそお礼がしたいということならまあ、分からないわけではないが、店側の人間なら継続的に来てくれる存在を求めているだろうからいまのスタンスだと合わなくなってしまうぞと言いたくなる。
「今日は仲南先輩にも食べてもらう」
「昨日も食べたぞ」
それはもう甘くて美味しかった、ただ、昨日は後悔をしたから今日は両親にも買っていこうと決めている。
だからそういう点では彼女が行くことを決めた時点でいいことをしてくれているのだ、だからこそ焦らないでほしいという気持ちがある。
「私はこれとこれとこれとこれと……あ、これにする」
「ご飯を食べられなくなってしまうぞ」
「甘い物は別腹だから」
そう口にして調子に乗っていた母は一ヶ月でかなり太ったがな。
あとはなんでもそうだが程々に抑えておくのが一番いいのだ。
多分、彼女みたいに注文をしてしまって食べられる環境が整ってもありがたみというのがなくなってしまう、つまりこの時点でもったいないことをしているわけだ。
そういうのもあってありがたいことをしてくれたし、よくない状態にしてくれたのが彼女だから微妙な気分だった。
「いただきます、あむっ――最高……」
二美は今日も塾でここにはいない、二美が仮にここにいたらまた争いとなっていたのだろうかと考える。
自分の食べられる範囲でしかやらないからなにも悪いことではないものの、個人的にはこうして静かに食べてくれている方がよかった。
一緒にいる身として気になるからだ、私もそういうことが気になってしまうお年頃なのだ。
だがまあそうだな、無表情の彼女がここまで表情を緩ませているというのもギャップが凄くて見ていて飽きないな。
「はい、それだけじゃ足りないだろうからあげる」
「いい、ただ大黒が見たかっただけなのだ」
「私を? あ、汚い食べ方じゃない……よね?」
「大丈夫だ、寧ろ可愛らしいぞ」
「可愛いなんて初めて言われた、いつも食べすぎだって呆れ顔で言われるのに」
借金までして食べているのならともかくとして、お小遣いの範囲内でしているだけならなにかを言われる謂れはない。
結局のところは他者が他の物に使うお金を食事に、としているだけだ、そして食べることは人間だけではなく動物にとって大切だからおかしくはない。
「少しじっとしていろ――取れたぞ」
「ありがと」
「ああ」
駄目だ、どうしてもこういうときに二美だったらと考えてしまう。
どれだけ気に入っているのか、私もあの少女のことを偉そうには言えない。
友達が多くなればこういうことも少なくなるのだろうか? もしそうならかなり恥ずかしい状態から脱出できるというわけだから大黒に頼みたくなる。
そもそもこうして一緒に遊びに行くのならと実際にぶつけた、そうしたら少しだけ寂しそうな顔で「まだお友達じゃなかったんだ」と返されて慌てた。
「あ、相手から言ってもらえないと不安になってしまうというだけだ」
だから変なことを言った、彼女には恥ずかしいところばかりを見られている。
いちいち慌てる必要もないだろう、初日からおかしいぞ私は。
いっそのこと弾き飛ばされた人間が私ならよかったのに、そうすれば曖昧な立場から物を言わなくて済んでこうはなっていなかった。
「そうなんだ、じゃあ仲南先輩は友達だと思ってくれていたってことだよね」
「あ、ああ」
「嬉しい」
……この騙してしまっているような感じはなんだ、なんなのだ。
彼女が小さいからなのか、高校一年生で一歳しか変わらないのに外見だけで判断をしてしまっているということか。
それは間違いなく悪いことだと言える、自分がされたら嫌なことなのに他者に対してはするなどどうかしている。
「大黒――」
「花でいい、名前が好きだから」
名前が好きだからという理由で助かった、勘違いをして私を気に入ったからなどという理由だったら叫ぶ羽目になっていた。
もちろん店内ではしないが……。
「花、すまなかった」
「ん? どうして謝る?」
「謝りたかったからだ、それと食べ終えたら帰ろう」
「分かった」
これでいい、とりあえずはやりたいことをやれた。
自己満足でしかないが少なくとも引っかかって寝られないなんてことにはならないで済むことだろう。
やはりこういうときに必要なのは暴走する可能性があっても常識人の二美の存在、とはいえ、塾があるから気軽に誘うこともできないということになる。
彼女に誘われた際にその都度、断るというのも現実的ではないから……。
「はぁ」
「ん? どうした」
他者がついたため息などは考え事をしていてもよく聞こえるものだな。
「だって家の場所の関係ですぐに別れることになる」
「はは、それは仕方がないだろう、それに学校で会えるのだからいいだろう?」
「じゃあ明日も行く、本柳先輩ともお話しする」
「ああ、二美と待っているぞ」
もったいないとかまだいたいという意味でのものでよかった。
悪い意味でため息などつかれたらもう駄目だったからな。
「初名」
「二人きりになるとすぐにこれだ、冬だから温まりたいという気持ちは分かるがな」
でも、安心している自分もいるという事実を認めたくはない。
認めてしまったらおしまいだ、求めてしまうようになっても嫌だ。
これはあくまで彼女から勝手にやってくるからこちらは仕方がなく受け入れているという流れでなければならないのだ。
「塾に行くことを決めたのは私よ、でも、最近は少し気になってしまうのよ」
「私的にも放課後に過ごせないのは寂しいが、だからといってお金もかかっているわけでやめてくれなんて言えないからな」
「それよね、自分のお金で行っている場合とは違うわ」
せめて同じ教室だったのなら、多分ここについては彼女も私も変わらない。
前々から一緒にいる友達なのだからこれぐらいはいいだろう、仲がいい相手がいれば誰だって同じクラスになれるといい的なことを言ったり考えたりするはずだった。
「だからどうしようもないのよね、そういうのもあって休み時間にはちゃんとしておこうと決めてこうしているの」
「それはいいが顔を抱きしめるのはやめてほしい、体でいいだろう?」
苦しくなれば離れるわけになるから彼女的にもその方がメリットがある、短い時間よりも長くできた方がいいだろう。
こうされて嫌だと感じたことはないから普通にする分には構わないからな、もちろんこんなことを本人に言ったりもしないが。
「いちいちしゃがめと言うの?」
「胸の存在がむかつくのだ、引きちぎりたくなる」
「あら、怖いわね」
これも事実だ、自分にはない物をそういうつもりはなくてもアピールなどされていたら精神がどうにかなってしまう。
まだ実行していないことを感謝してもらいたいぐらいだった、こちらの気分次第でいくらでも変わるということを分かった方がいい。
「可愛い顔をしているわね」
「可愛い顔というのは花みたいな顔だろう?」
「花ちゃんは確かに可愛いけれど流石に幼すぎるというか……」
「そんなことはないだろう、それに花は高校一年生なのだぞ?」
く、外見で判断をしてしまった私が言うのはおかしいな。
だが、本当に関係ない、相手が小学生とかなら物理的に無理だが一歳しか変わらないならそういうことになる。
ま、どうなるのかは分からないし、意外と来てくれているから完全にない話というわけでもないように思えた。
「少なくともベクトルが違うのよ」
「ベクトル、か」
ベクトルと言われても困ってしまうがと違う場所に意識を向けたときのこと、花が近づいてきて「こんにちは」と挨拶をしてきたから返しておいた。
「花ちゃんはよくこの階に来るわね、お友達はいいの?」
「同級生のお友達はいません」
「え、あ……」
「気にしないでください」
少しの間、全員が黙ったせいで気まずい時間となった。
花が動いたことで沈黙の時間は終わったものの、二美はまだ気にしているのか参加したりはしなかった。
「私達がいる限りは完全に一人きりにはならない、そうだろう?」
「はい、だから寂しくないです」
「だが、現在は冬だ、これまではどうしていたのだ?」
「本を読んで過ごしていました、放課後になったらすぐに帰って一人で遊んだりもしましたね」
一人で遊ぶとは強者か、私だったら誰も見ていないのに悪目立ちするかもしれないと考えて学校のとき以外は引きこもっていただろうな。
「は、花ちゃん、私達はずっといるから安心してちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
「でも、初名のことに関しては少し遠慮をしてくれると助かるわ」
なにを言っているのか、こうなれば「え、なんでですか?」という花の反応もよく分かる。
まだ出会ったばかり、しかも同性となれば基本はどうにもならない、どうなるのかは分からないのは事実だがなにも起きずに終わる可能性の方が高い。
「なんでって……初名を取られると悲しいからよ」
「好きなんですか?」
「好きよ」
「なるほど」
しかも花も変なことをする、どうして私に対しても彼女がいるときは敬語なのだろうか、あくまで彼女に対しては敬語を続けろと言っただけで一緒にいるときにやめろなんて言っていないが。
許可をされたとはいえ年上に敬語を使っていないところを見られたくないということなのか? 彼女の前でだけは変なことをして勘違いをされたくないということだろうか。
「仲南先輩、もう本柳先輩は戻りましたよ」
「ん? あ、いつの間に……」
「お友達に呼ばれて歩いていきました」
「そうか、なら私も戻ることにしよう」
「あ、待ってっ――あ、ま、待ってください」
何故こういうときだけ表情に出やすいのか。
だが結局、理由も分からぬまま止めてしまっただけで用はなかったみたいなので、すぐに別れることになった。
「ラーメンも美味しいですね」
「花、流石に連日食べすぎではないか?」
「お金はあるので大丈夫です」
お金の話ではなくて体――いやまあそれも含まれているが連日では、なあ。
家にいたくないのか? そういうことなら付き合うが財布にとっては大ダメージでそろそろ付いていけなくなる。
「家が嫌いなのか?」
「嫌いです」
「そうなのか、敬語に戻した理由は?」
「あ、そういえばそうだった」
大丈夫か、しかも家が嫌いだと休まらないだろう。
あのときも本当はたまたまではなくて助けてもらいたかったからなのかもな。
二美にぶつかったのは本当に偶然だろうが、その後はすぐに近づいてきたからそういう可能性も高い。
「これを食べたら仲南先輩のお家に行きたい」
「いいだろう」
「それなら急いで食べるね」
「ゆっくりでいい」
会計を済ませて外へ、ここからそこまで距離があるわけではないから楽でいい。
だが、こうなってくると送らなければならないわけだから帰り道は涙が出るかもしれない。
誰かといられているときはいいが一人だととにかく寒いからな、車を運転できる年齢であったのならさっさと免許を取って何度でも送ってやるのだが……。
「上がってくれ」
「お邪魔します」
飲み物を渡してから一応このことを二美に連絡をしておいた。
こそこそしているわけではないことを分かってほしい、怒ると結構怖いからちゃんと言う。
実際、そうやってやってきた結果、大事になったりなんかはせずにいままで友達でいられたことになる。
「仲南先輩に甘えたい、お姉ちゃんみたいで甘えたくなる」
「好きにすればいい」
「こういうこともしていい? 本柳先輩ばっかりずるいから」
「好きにすればいいと言っただろう」
うん、頭を抱かれるよりはいいな、彼女の場合は胸が小さいからむかつくことも一切ない。
それどころか温かいからすぐに眠たくなったぐらいだった、もう私専用の抱き枕としてこの家に連れてきてしまおうか、そんなふざけたことを考えてしまうぐらいには魅力的でよかった。
「花さえよければ何度でも来ればいい」
「……仲南先輩はなんでこんなに優しくしてくれるの?」
「きっかけがどうであれ、私達は一緒に過ごしたからだ」
二美以外の人間と関わることを避けているように見えたならそれは誤解というものだった。
「つまり……相手が誰でもこうするってこと?」
「異性ならこうしてすぐに家に上げたりはしないがな、基本的には花の言う通りだ」
一目惚れをしたとかではあるまいし、すぐに特別扱いをするわけがない。
二美に対しても最初は同じだった、そして親友レベルには変わったがそれ以上の感情はやはりない。
でも、間違いなく相手のことをそういうつもりではなくても求めている、いなくなったらどんな結果になるのかは自分でも分からない。
ただ、こと二美に関しては仕方がないことだからと片付けようとする自分というやつを見たくないため、そうならないように頑張ろうとしていた。
「やだ」
「やだと言われてもな」
ま、何度も言っているように拒絶オーラを出していないにも関わらず近くにいてくれたのは二美だけ、だからあまり意味のない話だった。
それにこの場合だと彼女に対して効果が発動しているというわけなのだから損とはならないだろう。
私がこういう性格ではなかったらこうして過ごすこともなかったのだから相手をしてもらいたい側は文句を言えない件ではないだろうか。
「こうして出会ったからにはもう離さない、離れるときは死んだときだけ」
「怖いな」
顔を埋めているからどんな顔をしているか分からないが本気でやりそうで怖い。
「……というのは冗談だけど、本柳先輩と私だけにしてほしい」
「二美はいいのか?」
「邪魔をしたくない、けど、相手をしてもらいたい」
「はは、それぐらいなら応えよう」
さて、このままだと触れていない部分が冷えるから移動するとするか。
客間に布団を敷いてそこに寝転ぶ、突っ立ったままの彼女を誘うと「いいの?」と聞いてきたから頷くと入ってきた。
「周りの人間が悪いわけではないが、一度だけではなく何度も来てくれて嬉しいぞ」
「ほんと?」
「ああ、これまでこういうことは全くなかったからな」
無自覚に拒絶オーラを出していたということならもうどうしようもない、本当に他者が悪いわけではないからそういう人間なのだと片付けるしかなかった。
「……でも、問題もある」
「やはり同級生の友達が欲しいか?」
「ううん、本柳先輩がいるのに我慢ができなくなる、独占したくなる」
「流石に気に入りすぎだろう」
せめて一ヶ月ぐらいが経過した後なら、それでも少し早いがありえない話ではなくなるのだが……。
一緒にいてそういう点で心配事が増えると疲れそうだ、それを理由に離れるということはしないものの、できれば減らしてほしい。
「家が嫌いだし、お友達が他にいないから影響を受けやすい」
なら飽きるのも一瞬だろうな。
「だが、どうして二美ではないのだ? 向こうの方が大人のお姉さん感がすごいぞ」
「仲南先輩も変わらない、私にとっては同じ」
「そうなのか、だが、興味を持ったなら言えばいい、年上として動いてやろう」
何故潜る、何故抱きしめる――って、いまはこちらに興味を抱いているのだからこう言われても喜べないか。
そこまで拘束が厳しいわけではないから反対を向いて目を閉じた、そうしたら先程よりももっと距離がなくなった。
うん、だがこれでも普通でいられる、それどころかやはり眠気に負けそうになるぐらいの温かさだ。
「ここにいたのね」
「二美か、お疲れ様だ」
だが、結局寝るまでにはならなかった。
どんどんと暗くなっていく部屋の一点を見つめて時間をつぶしていた、花はさっさと寝ていたが。
「花ちゃんは?」
「ここだ」
「苦しいでしょう、顔を出してあげましょう」
「そうだな」
とはいえ先程と違って反転することができなかったから彼女に任せた、するとすぐに「仲南先輩……?」と呼んできたからいるぞと答える。
「苦しくなかった?」
「はい、大丈夫です」
「それならよかったわ。でも、起きたのなら少しどいてくれる? 体が冷えてしまったから温めたいの」
「分…………かりました」
どうして私が関わると大人気なくなってしまうのか。
彼女は躊躇なく寝転ぶと同じように抱き着いてきた、……やはりいらいらしてくるそんな行為だ。
花はとてとてと歩いて私の正面に移動してきた、その顔はあくまで普段通りではあるがきっと内は違うと分かる。
「なんでもかんでも許すわけではないわ、花ちゃんが初名に自由にやるなら私にもやる権利があるの」
「何故貴様が決めるのだ……」
「当たり前でしょう」
やれやれと呆れたのだった。
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