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Nora
01話
「おはよう」
「ああ、おはよう」
彼女は友達の
だが、割とすぐに珍しく驚いたような顔になって新鮮だった――ではないか、横から走ってきた生徒とぶつかってしまったからこうなっているのだ。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「……大丈夫です、こっちこそすみませんでした」
一年か、まあ、それを抜きにしても身長差があるせいで弾き飛ばす形になったわけだが。
彼女は百六十後半はあるからな、仮に私がこの少女の立場の人間だったとしても同じ結果になっていたことだろう。
「怪我はない?」
「はい」
「それならよかったわ、本当にごめんなさい」
急いでいたのか何度か頭を下げてから走っていった。
また歩き始めつつなんとなく彼女の方を見てみると「心臓に悪いわ」と呟いているのが見えた。
「二美は余裕そうに見えてそうでもないからな」
「ええ、ちょっとしたことですぐに不安定になってしまうわ」
「そういうときは私に言えばいい、できることならしてやる」
「ありがとう、あなたがいてくれてよかったわ」
とはいえ、クラスは別だからすぐに別れることになるのが残念だ。
しかもいちいち遠い、仲がいいことを知られていて意図的に遠ざけられているようにすら感じる。
「仲南さんおはよう」
「ああ、おはよう」
二年になって同じクラスになってからはこうして挨拶をしてくれている。
「初名、ちょっと廊下に行きましょう」
「相変わらず入ることはできないのだな」
「い、いいから早く来てちょうだい」
廊下側だからこそできることで席替えになんてなったらどうするのだろうか? いや、あくまで他者の前では装うから問題はないかと片付ける。
「ねえ初名、私は今年も同じクラスで学びたかったわ」
「元々一緒のクラスになれたことは少ないだろう、それに別のクラスでもこうして会えるのならいいではないか」
「あ、あなたにとってはそうでも私には物足りないのよ」
「私ならちゃんといる、相手だってするぞ」
友達は彼女だけでいい……などと言うつもりはないができていないから自然と彼女を優先することになる、だから不安になる必要なんかは全くない。
「あ、先程の子だわ」
「意外と私達に用があったり――」
「へ、変なことを言わないでちょうだい、あの子が来てしまったらあなたとの時間が減ってしまうわっ」
だが、それもフラグになったのか件の少女は私達の前で足を止めた。
真っすぐに彼女を見る……前にこちらを見てきたので、
「邪魔なら去ろう」
と言っておく。
「いえ、大丈夫です」
「そうか」
口にしておいてなんだがこういうときに空気を読んで去るような人間ではないから適当なところを見て過ごしていた。
窓の外に意識を向けていい天気だなどと呟きつつ二人の方に意識を向けている。
「本柳先輩、先程は本当にすみませんでした」
「あなたが謝る必要はないわよ」
あなたが云々ではなく、もう謝罪は済ませてあるのだから必要はない。
これ以上続けるならそれはエゴだ、相手のためには一ミリとしてなっていない。
そしてこの二美、彼女は何度も謝ってしまうタイプだった。
「いえ、飛び出したのはこちらですから」
「それならこれからは気を付けて、車だったら今日のように無事とはいかないわ」
「はい、気を付けます、失礼します」
珍しい、中学のときに彼女に突っかかっていた少女と遥かな差がある。
その内がどうであれ、表面上だけでもああしてできるのは素晴らしいと思う。
彼女はああいう少女が好きなため、これから変わっていく可能性が高まった。
「なんで初名を見たのかしら、も、もしかしてそういう意味で興味を持った……?」
「ちゃんと二美と話したかったから邪魔をされたくなかったのだろう」
「でも、仕方がないわよね、初名は魅力的だもの」
魅力的ならもっと人が集まっていることだろう、だが、実際はそうではないから違うということだ。
また、沢山の人間に近づいてきてほしいなんて考えている自分はいない、ちゃんと分かってくれる存在だけがいてくれればいい。
つまり私にとっては二美がそういう対象になる、そういうのもあって相手のために動きたくなるのだ。
「初名」
「なん――ぶぇ、顔を抱きしめるのはやめろ」
「身長差があるのだから仕方がないでしょう?」
「貴様は卑怯な女だ、身長も高ければスタイルだっていいのだからな」
「あなただって同じじゃない――あ、身長については十センチぐらい違うけれど」
むかつく、喧嘩を売られている。
でも、この喧嘩を買ったところで勝ち目はないから諦めた。
それでも苦しいのとプライドが分かりやすく傷つけられるからすぐに離れておいたのだった。
「今日は塾だからここまでね」
「そういえばそうだったな、それではまた明日に会おう」
「ええ、気を付けて」
「二美もな」
暇な時間ができてしまった、……急いで家に帰ってもやれることはないから適当に歩くか。
とにかく冷えるが他の季節と違って静かな状態で歩くことができる。
都会というわけではないから物理的に騒がしくないのも大きい、そしてこうなると大体は止まらない。
「またここに来てしまったか」
言ってしまえば少し高いところというだけだ、でも、ここから街を見ていると落ち着くというものだ。
「仲南先輩」
「ん? ああ、こんな偶然もあるのだな」
違和感がすごいのは小さい体に対して髪の毛がやたらと長いからだと気づいた、というのはどうでもよくてどうして話しかけてきたのかだろう。
「家がここの近くにあるんです、お散歩をしていたらたまたま……」
「仮に見つけたのだとしても話しかけることがすごいな」
「朝、邪魔をしてしまってすみませんでした」
「謝らなくていい、少し座ろう」
待て待て、座ってどうするのかという話だ、朝にも言ったように二美ぐらいしか友達がいないからこういうときにどうしていいのかが分からない。
相手が後輩だというのも気になるポイントだ、しかも生意気なタイプとかではないから無視もできない。
「あ、
「私は仲南初名だ、今朝ぶつかった相手は本柳二美だな」
貴様、あなた、きみ、漢字を教えてもらったから大黒――どう呼べばいいのか。
だってこの少女の目的は私と話すことではない、それは顔を見ていれば分かる。
「あの、本柳先輩は……」
「塾だ、ご両親が厳しいわけではないが二美自身が求めているのだ」
「そうですか……一緒にいてくれたら……」
「明日学校で近づけばいい、二美は無視をしたりはしない」
ほらやはりそうだ。
「さて、そろそろ帰るとしよう、大黒も早く帰った方がいいぞ」
だが、他の呼び方よりは自然のうえになあとかおいなどと言うよりも自然だから結局名字で呼ぶことにした。
それでも本当のところはそれさえもどうでもよくて、年上なのに気まずいから逃げようとしただけなのだ。
「あのっ」
「な……んだ?」
後ろからぶつけられたとはいえ、少女の大声に身を固まらせるなんて情けない。
「れ、連絡先を交換してくれませんか?」
「ふぅ、それなら二美に言っておこう、許可をしてくれるかどうかは分からないから期待はしないでくれると助かる」
「え、私は仲南先輩に――」
「な、なにが目的にゃのだっ!? あ……もう帰る!」
……自爆をした、もう学校に行きたくない。
このまま卒業のときまで家にこもって卒業をしたら両親が経営している飲食店で働けばいい。
何故こんなことになった、何故私ももっと冷静に相手をできなかった。
いつもであれば二美が慌てるところだろうに、いやまあ、いまはいなかったが基本的には二美が慌ててこちらがフォローをするという連続なのだ。
だというのに……。
「……これも学力的に余裕なのに塾なんかに行っている二美のせいだ」
と、とにかくきっかけを作ってくれたのは二美のわけだから完全に悪くないというわけではない、だから私がこうなってしまっても――なんてな。
「ただいま……」
寄り道をするなと神に言われたようなものだ、これからは少なくとも一人で行くのはやめようと決める。
着替えたりはせずにベッドに寝転び目を閉じる、すると先程のことが自然と出てきて慌てて戻すことになった。
「初名、おかえり」
「ただいま、手伝った方がいいのか?」
父がこの時間に上がってくるということはそういうことかなにかを取りに来たということになる。
「いや、スマホを部屋に忘れてしまってな、取りに来ただけなんだ」
「そうか、今日も作っておくから安心して店の方に集中をしてくれ」
「いつもありがとな、助かっているぜ」
「いちいち言わなくていい、これぐらいはやらなければならないのだ」
そこまで遅い時間までやっているわけではないからこうして寝転んでいる場合ではなかった、一階に行ってご飯の準備をしよう。
なにかをしていれば先程のことなんてどうでもよくなる、実際、やっている最中は全く気にならなかった。
問題だったのは作り終え、両親が戻ってきてご飯を一緒に食べた後、つまりやることがなくなってしまってからだった。
「消えたい……」
人生で初めて強くそう思った。
あのときの大黒の顔が更に私を最悪の状態にしてくれた。
「あ、おはようございます」
「……二美を待っていたのか? 寝坊をしてもう少し時間がかかるから教室で待っていた方がいいぞ」
「そうなんですね、教えてくれてありがとうございます」
これは慌てた私が馬鹿だった、それで終わる話か。
連絡先を聞こうとしたのも全て二美に詫びをするためだ、逆に恥ずかしい。
でも、そう分かれば気にならないから付いてきた大黒と話しながら教室に向かう。
「あの、本柳先輩に後で行くと言っておいてください」
「ああ、伝えておく」
「それと昨日の件なんですけど、交換はやっぱり無理ですか?」
「いや? 交換したいなら交換をしよう」
一人でも安定して一緒にいられる人間を増やして二美を強くしようと決めた。
そういうときに助かるのは大黒みたいなタイプだ、勝手に積極的に動いてくれるからこちらが疲れることは少なくなる。
「ありがとうございます」
「ああ、それではまた後でな」
「はい」
挨拶をしてくれる級友に挨拶を返してぼうっと座っていた。
二美がいなければずっとこんな感じだ、授業を受けて帰るという毎日だった。
「あの……」
が、変わろうとしているということなのだろうか?
「二美はこのクラスではないぞ」
「大丈夫なら付いてきてほしいんですけど」
「分かった、付いて行こう」
無表情でいることが多いだけで中身まで同じというわけではない。
誰だってちゃんと会話をしてみなければ分からない、この段階で二美は〇〇だと決めつけて遠慮をしてしまうのはもったいなかった。
一ヶ月ぐらいが経過をしても一切変わらないということであれば合わなかったと諦めてもいいがな。
「待て、そっちに二美はいないぞ」
「え? だって付いてきてくれるって……」
「なんだ、二美に会いに行くのではなかったのか」
二美二美とこれではまるで私が好きでいるみたいではないか。
本当のところが分かっても大黒といるときは疲れる、そして恥ずかしい自分を見ることになるのだ。
ただ、基本的に誘われれば断らずに付いて行くタイプだから逃げようとする自分はいない。
「はい、一人で寂しいので仲南先輩に相手をしてもらいたかったんです」
「なら自由に行動をしてくれればいい」
彼女は足を止めてこちらの方を見てきた。
無表情のような少し不安そうな感じのような、分かりにくい状態だ。
「敬語……じゃなくてもいいですか?」
「私にはいいが二美にはやめておけ」
俺系とかだったら面白いが見た目通りの話し方をするだろうと予想をする。
そもそも敬語をやめてため口にしてもメリットはない、喋り方を変えたからといって相手に言いたいことを分かりやすくぶつけられるというわけではないのだからな。
喋り方を変えることでなにからなにまで変わるということなら見てみたい、本音を聞きたいのだ。
「ほ、本当に怒っていない? 本柳先輩、仲南先輩といるときは違ったんじゃ……」
「怒ってなどいない、飛び出したのが大黒だとしても弾き飛ばしてしまったのは二美なのだからな」
「き、きっかけがなければそうしなくて済んだ」
「そうだな、だから大黒がしなければならないのは次に活かすことだ。同じような失敗をするな、それだけでいい」
ここまで言われれば安心したような顔を――していなかった。
やはり本人から言われなければ安心できないか、とはいえ、ここで連れてきたところで多分信じることができないだろうから難しい。
二美自身が動いてくれればいいが……。
「一応言っておくがこれ以上謝るのは逆効果だぞ」
「うん、だからなにかを買って終わらせたい」
「なにかを買う、か、それならドーナツだな」
口に出したら食べたくなったから放課後に行こう。
その際に彼女が来ようが来なかろうがどっちでもいい、私は自分のために行動をしてあの甘くて美味しい食べ物を手に入れる、食べる。
で、彼女が答えを出す前に「朝に会えてよかったわ」と二美がやって来た。
「理由を聞いていなかったが何故寝坊をしたのだ?」
「アルバムを見ていたらあっという間に時間が経過してしまったの」
「アルバムか、自分の幼い頃の写真を見てテンションとは上がるものなのか?」
私の場合は無表情だなとか可愛げがなさそうだななどとマイナス寄りの感想しか出てこないから駄目だ、笑えよと文句を言いたくなる。
「上がるわよ、だって初名とだけ撮った写真のアルバムなのよ?」
「それならあっても十枚ぐらいだろう?」
「もっとあるわよ、五十枚ぐらいはあるわよ」
知ってもいいことには繋がらなさそうだからやめておこう。
それより大黒だ、彼女が来たというのに黙ったまま突っ立っている。
特になにもない、ただの友達の友達という状態ならそうなってもおかしくはないが今回の場合は違う、チャンスなのに何故動かないのか。
「大黒、二美、今日の放課後はドーナツを食べに行こう」
「分かったわ」
「わ、分か――分かりました」
時間がきたわけでもないが自然とそこで解散となった。
二美は離れる前に何故かこちらの頭を撫でてから「あなたは優しいわね」と、よく分からない。
全く考えていないというわけではないがやはり単純に私が食べたかったというだけのことだというのにな。
とにかく朝は平和に終わったわけだが、
「あ、あと一個は食べられるはずよ……」
「わ、私も……本柳先輩よりは食べられるはずです……」
ドーナツ屋に着いてからは平和からは程遠い時間となった。
大食い選手というわけでもないのに何故争っているのか、大黒もやめておけばいいのにあほだ。
「も、もう無理……」
「私も……」
「さあほら食べ終えたのであれば帰ろう」
「初名……おんぶをして……」
「いいだろう」
しかし軽い人間だ、三個程度でひーひー言っている人間が重いわけがないか。
大黒も若干怪しかったものの、駄目な彼女と違ってちゃんと自分で歩いていた。
ただ、普通はここで大黒を背負って帰るところではないだろうか? と疑問を抱いている自分がいる。
「変な争いに巻き込んでしまってすまなかったな」
「いえ……私が負けたくないんです」
「負けず嫌いなのだな、だが、なにもこのことで発揮しなくてもいいだろう?」
「いつだってなるべく負けたくないんです」
「そうか」
お似合いだよこの二人は、私には付いていけない世界だ。
このまま彼女に大黒を任せて離れたいぐらい、これは空気を読む云々とは全く別だからそうなる。
「あ、こっちなので」
「そうか、気を付けてくれ」
「ありがとうございます、失礼します」
はぁ、さてこちらはすやすや寝ている二美を送って帰ることにするか。
安心してくれているようで結構だが、せめて話し相手にぐらいはなってほしいものだがなと内で呟く。
だって一緒にいるのに、体温だってこうして触れて分かっているのに喋ることができないなど寂しいだろう。
喋ることができないのであれば一緒にいられない方がましだ、私は少し面倒くさいところがあると自覚をしているからこれは仕方がないことだ。
「ふぁぁ……初名、あの子と仲良くしたいの?」
「不仲になるよりはいいだろう?」
「それなら私も仲良くするわ」
「ああ、相手をしてもらおう」
だが、なにが問題なのかと言うとこうして少し話せただけで気持ちがすっきりしてしまうということだった。
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