第4話 転生

「春秋! よくぞ一人で百鬼夜業を打ち滅ぼし将たる鬼を捕らえたものよ……」


 悪赤丸を一瞥いちべつし俺に話しかけてきた。

 直系血族とは言え普段中々お目にかかることは無い。緊張のあまり喉がカラカラに乾いて来た。


「は、播磨守様。ご報告があります……」


「固くなる必要はないよ。春秋は孫……我の子孫なのだから……その前にコイツを祓ってしまおう」


 存在を無視されており怒りが溜まっていたのであろう。悪赤丸が声を荒げた。


「俺を塵芥ちりあくたのように扱うな! このクソッ――――「 हुंウン!!」……」


 刹那。

 清明様の呪力が爆ぜるように膨らみ。種子真言しゅじしんごんを唱えた瞬間。悪赤丸が爆ぜた。

 種子真言は密教において、仏尊を象徴する一音節の呪文の事だ。

 即ち払われたのだ。

 周囲の術者が皆絶句していると。


「修練すれば皆これぐらいは出来るようになる……さて春秋。改めて報告を聞こうか……残念ながら君の式神の届けてくれた巻物を少し見ただけでただ事ではないと思い。急ぎ竜を使って飛ばして来た訳だ」


俺は聞いた話を清明様に伝えた。


「フム。……新皇しんのうを僭称した豪族。平将門が怨霊と化したか……確かに肌がピリつくほどの濃密な陰の気……それも強烈な鬼気を感じるわけだ……」



清明様はしばらく思案すると……



「仕方がない。彼の怨霊を退ける結界をこの京の都全域に敷く……絶対に東山より東へ追いやる! 知常ともつね! 我が安部一族や一門に六つ未満の稚児ちごはいるか?」


 その言葉で俺は察してしまった。古来より呪術を強化補強するのは意思の宿った動物を主に使う。その贄として最上位なのはもちろん人間であり、取り分け物心つく前の7歳までの子供は神道では神様の子とされ、それ以外だと穢れを知らぬ乙女や霊力の強い人間が適しているとされている。


 そして今条件に当てはまる者の中には、我が兄の娘である美代がいる。父、知常に長男のそれも実の孫を贄に出すことを知らずに要求されている。

 こんなに不幸な事はそうそうないだろう。

 それに姪の美代は類い稀な霊力の量を持っている。なによりも俺も元服して数年は生きられた。それすら許されない無念さで、悔しくて悔しくて俺は心が押しつぶされそうになる。

 なら霊力と贄が必要なだけであれば、男の身である俺でもいいという事だ。

 緊張のあまりゴクリと喉が鳴る。

 カラカラと乾いた口内を大きく開いて俺は声を上げた。


「お、お待ちください! 播磨守かみさま! に、贄ならば私がなりましょう!」


 緊張のあまり声が上釣ってしまった。

 俺の言葉に周囲の術者は驚愕の表情を覗かせる。

 呪術に携わる者は己の事を第一にしたものが多い。なぜなら我々が目標としているのは神秘の解明であるからだ。自分で解き明かしたいと言う狂人しかいないと言ってもいい。


「いいだろう……男児それも元服の後となれば、丁寧に禊をし穢れを払わねばならぬ。急ぎみそぎを済ませるのだ。場所は……京の都の中央の付近の山で行う」


 俺は髪を結って白い着物に着替えその上から冷たい水を浴び霊的に身を清める。

 神社の中央には護摩壇ごまだんと、安部家の秘術に用いらる祭壇である天壇てんだんが作られており、今から行う呪術の規模がありありと感じられる。


「今からお前を贄として、我ら陰陽道の主神である泰山府君たいざんふくんに捧げ、天壇を外界より隔絶する結界術。

 天壇封印てんだんふういんを拡大させ、都全域に敷き怨霊・平将門たいらのまさかどを都より東に追放する。四方と中央の寺社仏閣をこの地図に表せ陣を描きこの結界をより強固なものとするように一所懸命いっしょけんめいに考える。お前の命は無駄にしない。春秋準備は言いな?」


「はい」


“祓う”でも“封印”するでもなく“退ける”と清明様は言った。

俺の表情から不安の感情を察したのか声をかけてくださる。


「案ずるな。東国を中心に手当たり次第、神社仏閣を建立し平将公しょうもんこうを祭り上げ。この国の……護法善神として祭り上げる……ヤツとて現在の帝には思う所はあれども、この地を犯す輩から国を守るためなら手を貸そうぞ……そうだな東国に大きな社をたて祭り上げよう」


 俺は祭壇の一段上に供物や呪具と共に並び、清明様たちは狩りころものまま印を結び柏手を打ち祝詞を唱える。


「これなる陰陽師播磨の守、安倍晴明。つつしんで泰山府君たいざんふくん、冥道の諸神に申し上げ奉る――」


 静かな闇夜のなかで煌々と輝く護摩壇ごまだんと、松の明かりに照らされて粛々と儀式が続いていく。


「――――よって天孫の末裔たる帝のおわす聖域たる都を閉ざし、邪気を遠ざけん――天壇封印てんだんふういん!」


 その言葉で俺の呪力や意識が急激に遠ざかっていく。


「くっ!」


 俺は苦しみのあまりに声を漏らす。

 東には青い光が、西には白い光が見え天壇封印が発動したことが確認される。


「――――なお。これなる陰陽師。安倍春秋の魂を今一度。六道りくどう。人間道にてこの日の本で戦乱の無い平和な世で健やかに暮らせるようにし給へ! 冥道を司る十二の善神。泰山府君たいざんふくん天曹てんそう地府ちふ水官すいかん北帝大王ほくていだいおう五道大王ごどうだいおう司命しめい司禄しろく六曹判官りくそうはんがん南斗なんと北斗ほくと家親丈人かんしんじょうじんよ! 陰陽師。安倍晴明の願いを聞き届けた給へ」


 清明様は本来予定していなかった祝詞を付け足し、俺の来世を神々に祈祷したのである。


「播磨守……おじい様……」


 俺の視線に気が付いたのか清明様はこういった。


「姪御のために命を捨てる。その判断を出来るお前をどうして見捨てられようか? お前とて我が子孫なのだから……来世は平穏無事に生きよ。そして我が陰陽術の花開く世を見届けてくれ……」


 清明様の言葉を聞き終えた瞬間俺の意識は遠のいた。



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