8話
双葉との言い争いを繰り広げた後、私はすぐに帰路についた。
疲れた。どっと疲れた。本当は真っ直ぐ家に帰って休みたい所だけれど、まだ一つするべきことがある。
義理チョコを渡さなければいけなかった。
高村君と、烏丸君にだ。
気が重いけれど、せっかく作ったのだから渡さなければ仕方がない。
とりあえず、近所の公園に彼らを呼び出して……。
「って、もういるじゃない」
驚くことに、彼らは既に公園にいた。テレパシーが通じた訳でも何でもなく、ただ偶然そこにいた。
そして、ベンチに座りながら言い合いをしている、ように見えた。私のいる場所からは何を言っているのかまでは聞こえない。
高村君と烏丸君の家は、お向かいさんで帰り道もほぼ同じだけれども、彼ら二人は一緒に帰る程、仲が良い訳ではない。というか、仲は悪いと思う。私が仲介とならない限り、一緒に帰るなんてことはないと思うけれど。
そんなことを考えている内に、向こうが私に気付いた。
「あっ、白鳥さん」
烏丸君が手を振る。私が公園の敷地内に入った所で、高村君が振り向いて私の存在に気付く。
「よお、白鳥。こんな所で何してんだ?」
「こんな所って……。ここは私の帰り道よ」
久しぶりに、高村君と話した気がする。
「あなた達こそ、何をしているの?」
「見りゃ分かるだろ。パシられてんだよ、こいつに」
高村君は烏丸君を親指で指し示す。
「パシリだなんて、心外だなあ。僕を手伝わせてあげてるんじゃないか」
「それをパシリっていうんだよ」
今気付いたが、高村君の隣にはダンボール箱が置いてある。学校の備品が入っていたであろう、それなりに大きなダンボール箱。その中には、綺麗にラッピングされたチョコレートらしきものが入っている。それも大量に。
「ああ、そういうこと……」
それで、大体のことは予想出来た。高村君の隣にあるからといって、高村君がここまで運んできたからといって、この大量のチョコレートを受け取ったのは高村君であるとは限らない。というか、そんなはずがない。
「高村君は、今年もバレンタイン戦線に敗北してしまいましたとさ、残念」
「うるせーな。おれはいいんだよ、別に。妹がくれるし」
「それを負け惜しみって言うんだよ。……可哀想だから、僕が貰ったチョコ、少し分けてあげようか? ほら、野宮君がくれたチョコケーキ、けっこう大きくて一人じゃ食べ切れそうにないんだよね」
「何言ってんだよ。お前を思って一生懸命作ってくれたんだから、ちゃんと責任持って全部食べろよな」
変な所で律儀な高村君。
いけない。つい話に流されて、本来の目的を忘れかけていた。
「そういえば、私も持って来たのよ、義理チョコを」
「義理」を強調して言う。
「わあ、ありがとう」
「お前がおれ達にか? あー、そういえば、去年もくれたよな、某高級店のやつ」
もしかして「ゴ」が付く某高級店のチョコレートを期待しているのだろうか。
「某高級店のものでなくて、残念だったわね」
と言って、私は昨夜作ったチョコクッキーを渡す。見映えはそんなによくないが、ラッピングもしてある。
「これは手作りだね。白鳥さんが僕のためにチョコを手作りしてくれるなんて、感謝感激雨霰だねっ!」
烏丸君のオーバーリアクションに対し、高村君は不安げにチョコクッキーを見詰めている。
「何よ、その不安そうな目は」
「ああ、いや、お前が手作りなんて意外でさ。……ちょっと食べてみてもいいか?」
「どうぞ」
「「いただきます」」
一方は嬉しそうに、もう一方は不安げに、クッキーを掴んで口に入れる。
「うん、美味しいね」
「え、美味しいか? 不味くはないけど、そんなに美味くもないって感じだぞ」
この場合、高村君の方が正しいのだけれども。
「ここは普通、美味しくなくても美味しいと言うべきでしょう。それだから、あなたはモテないのよ」
「おれがモテないのは関係ないっつの。……でもよ、おれが嘘言ってもお前には通じないだろ。だから正直に言った方がいいんだよ」
「それもそうね」
私達の間には、変なお世辞も嘘も要らない。そんな主従関係。それは、これからも続くだろう。
来年こそは「美味しい」と言われる様なチョコレートを作って、驚かせてあげよう。
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