5話
次の日。学校から帰り、夕食(今夜もコンビ二弁当)を食べ、私は早速お菓子作りに取り掛かった。バレンタイン前日に一発勝負で作れる自信はなかったので、練習をすることにしたのだ。
昨日レシピを調べ、必要な物は全て調達してきた。準備は万端だ。さあ、さっさと作ってしまおう。
ちなみに、コンセプトというか、このクッキーのタイトル(?)は「決別のチョコレートクッキー」にした。少し言い過ぎな気もするが、それくらいの覚悟を持たないといけない。
「今までお菓子作りなんて、ほとんどしたことないのだけれど、私は出来ないんじゃなくて、やらないだけよ。やれば出来る子なのよ、私は。チョコクッキーくらい、余裕に決まっているわ」
と、一時間前はこんなことを言っていたが、いざ自分が作ったクッキーを食べてみると……。
「まっずぅぅ~」
美味しくなかった。というか不味かった。どうしたら、こうも不味くなるのだろう、いや作ったのは自分なのだけれども。ちゃんとレシピ通りに作ったはずなのに。
でも、不味いのは事実。失敗だ。
「こんなことで、大丈夫なのかしら……」
不安にもなる。自分はやらないだけで、本当は出来る子だと思っていたが、そうじゃないのかもしれない。
「い、いいえ。今回は、たまたま失敗してしまっただけよ。それに、私はまだ本気を出してないだけなのよ!」
そう、何事もポジティブシンキング。
結局あの後、もう一度クッキーを作ってみた。
駄目だった。不味かった。挫折しかけた。
というか、疲れた。
「大丈夫ですかぁ?」
語尾を伸ばすゆったりとした声で、隣の席の男の娘、
間違えた、男の子が話し掛けてきた。
「あら、乙女男子で茶道部所属、烏丸君のことが大好きな、野宮君じゃない。どうかしたの?」
「何で、そんな説明してくれるんですかぁ?」
「さあ、何となくよ」
名前だけは出ているが、実際に登場するのはこれが初めてだから、とは言わない。
「で、何?」
「白鳥さん、何か疲れてるみたいですから。授業中も眠たそうにしてましたし……。それで、ちょっと気になって……」
丁寧な口調で話す野宮君。彼は誰にでも、こういう口調で接するのだ。根っからの癒し系とでも言えば良いだろうか。彼の穏やかな声を聞くだけで疲れも吹っ飛ぶ、なんて訳がない。私は昨夜、半徹夜だったのだ。
「ああ、昨夜はね、深夜アニメを見て、その神展開にテンションが上がってしまい、眠れなかっただけなのよ」
大嘘。実際は、二回のお菓子作りで疲れ、自分の生活スキルの無さに絶望して、深夜アニメを見る気も起きず、ベッドの中でひたすら自分の将来を憂いていた。そんな事実を野宮君に教えるのは嫌だった。
「そうだったんですかぁ。睡眠は大切ですよぉ、アニメは録画して見て下さいねぇ」
まあ、見るのだけれど。録画してあるから。
「そういえば、野宮君。あなたって、よくお菓子作りをするって聞いたのだけれど?」
「はい、しますよぉ。お菓子作り楽しいですし」
本当、見た目にぴったりの女の子らしい趣味だ。
「お菓子作りのコツって、何かあるの?」
前に野宮君の作ったマカロンを頂いたことがある。それがとても美味しかったことを思い出しての、問い。
「それは、ズバリ、愛情ですよぉ」
手でハートマークを作ってみせる野宮君。一々、仕草が可愛らしい。
「愛情ねえ……。あなたらしいわね」
これは困った、愛情なんてあったら大変だ。
ちなみに、野宮君の下の名前は「愛」。愛と書いて、カナシと読む。普通は読めない、古文読みだ。何か薫が聞いたら、喜びそうな名前だ。
野宮君のことはどうでも良くて、そろそろ話を進めよう。というか、急ごう。Hurry up! 高村君の様に雑談をしている訳でもないのに、ページが割かれてしまった。
それから、私は毎日、チョコクッキーの練習をし、どうにか食べられるまでにはなった。でも、まだ物足りない気がするのだ。もし、その足りないものが、野宮君の言う様に愛情ならば、もうこれ以上の発展は見込めないけれど。
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