4話
その日、家に帰ったのは七時近くだった。
「疲れた……」
家に着くとすぐに、ソファに突っ伏した。
本当に今日は疲れた。双葉のこともあるけれども、この時期は単純に恋愛相談の件数が増すのだ。もうすぐ年に一度のバレンタインデーなのだから、仕方がないけれど。それでも「烏丸君関係の相談、お断り」という制限を設けたので、かなりマシになったとは思う。高村君風に言うと「クソイケメン」な烏丸君の倍率は相当だ。それに、烏丸君の本性を知った私からすると、今の所は彼を落とせそうな女子はいない。告白するだけ無駄というものだ。無駄な応援はしない方が良い。
「それに、今日は……、いえ今日からは一人なのよね」
いつもなら、この辺りで厨房から良い匂いがしてくるのだ。高村君が作る夕食の、良い匂い。しかし今日、高村君はいない。「あなたの作る料理に飽きたの。もう来なくていいわ」と言ってやった。高村君は不服そうにしていたが、渋々了解していた。
それで、私は一人。コンビ二で買った弁当を一人で味気なく食べる。
仕方のないことなのだ。高村君が双葉と付き合うことになった場合、私の様な存在がいてはいけない。双葉の彼氏・高村君には、私の下僕・高村君を卒業してもらわないと駄目だ。
双葉を応援するには、高村君を手放すという覚悟を持たなければいけない。その覚悟はあるつもりだ。けれども……。何故か思いを完全に断ち切れない。
「これじゃあ、まるで……」
私が高村君に恋をしているみたいじゃないか。
「ま、そんなことは有り得ないのだけれど。これはそうね……、パピーウォーカーが今まで大事に育ててきた子犬を訓練所に返す時、みたいな気持ちなのよ、きっと」
きっとそうだ、そうに違いない。
「そういえば、私は高村君をあまり大事に扱っていなかったわね。けっこう酷いことも言ってしまった気もするし……。ま、バレンタインなのだし、義理チョコくらいはあげましょうか、祝福の意味も込めて」
それくらいは許されるはずだ。
「そうだ、これを機に、私にだってお菓子くらいは作れるということを見せてあげましょう。高村君は少し心配性な所もあるから、これで私は一人でも全く心配はないということも示せるわ」
そうと決まったら、何を作ろう。さすがに、双葉のものより凄いものは作れない。ケーキは気合入れ過ぎ、トリュフは何か難しそうだし……。
「そうだ、チョコクッキーを作ろう」
どこかの旅行会社風に言ってみる。ツッコミを入れてくれる人は誰もいないけれど。
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