5話

また泣けなかった。悲しむことも出来なかった。

「凛ちゃん、おはよう。って言っても、もう夜だけど」

 目を覚ました僕に、祖母が優しく声をかける。薬が効いたのか、僕の身体は大分、良くなっていた。

「……寝たら、少し良くなったみたい」

「本当? 凛ちゃんね、寝息も立てないで眠るのよ。お祖母ちゃん、凛ちゃんが息してないって思って怖かったんだから」

 もし、そのまま僕が死んでいたら、祖母は悲しんでくれただろうか。

「もし、例えばの話なんだけど。大切であるはずの人が死んでも、涙の出ない人がいたら……、その人は何なんだろう? 人間として失格なのかな?」

 それは、自然と口から出た疑問だった。自分でも驚く程に、本心からの問いだった。

「そうね……」

 祖母は突然の問いに戸惑っているらしかった。普通はそうだ、いきなり、こんなことを聞かれたら誰だって驚く。

「……人間に失格も何もないと思うわ。人間として生まれたのなら、たとえ涙が出なかったとしても、人間に変わりはないのだから」

 それはシンプルな答えだったけれど、僕は救われた思いがした。そんな気がした、と思いたい。

「……ありがとう」

 僕は小さな声でお礼を言った。それに対し、祖母は軽く微笑んで、こう言った。

「凛ちゃんの寝顔を見ていて思い付いたことなんだけれど……。お祖母ちゃん、今まで凛ちゃんのお誕生日をお祝いしてあげることが出来なかったじゃない? だから来年からは、凛ちゃんがビックリするくらいスゴいお誕生日にしようと思うの」

「うん、楽しみにしてる」

 僕の誕生日、正確には僕と兄の誕生日は、奇しくも兄の命日であった。誕生日と命日が同じなんて坂本龍馬みたいだと思ったけれど、その二つには違いがある。龍馬は偶然その日に死んだが、兄はその日を選んで死んだのだと思う。何故かは分からないけど、そんな気がする。

「これから毎年、お祝いしてあげるからね。……お祖母ちゃんは、凛ちゃんがどんな人間であったとしても、変わらずに大好きなんだから」

 祖母に抱きしめられながら、僕は「ああ、これが幸せというものなのだろうな」と思った。

 そして、これから毎年、自分の誕生日を祝われながら、兄の死を弔うという真逆のことをするのだ。自分は幸福なままではいられない、幸福に生きることなんて許されないのだから。兄の死を重い十字架として背負っていかなければならないのだから。自分の死が許されるのは、それに見合うきっかけが見つかった時だけである。


 結局、祖母と誕生日を祝ったのは一回きりであった。



 そして、兄が死んでから丁度3年後、僕は死ぬきっかけを見つけたが、それをまんまと挫かれてしまった。白鳥美和子という女神の如き美少女と、その下僕によって。


 そういえば、昨夜、久しぶりに、あの夢を見た。

 笑顔で落ちていく兄、後を追おうとする僕。飛び降りようとして、出来なかった。白鳥さんが僕の手を取り、引き戻す。そして、福音のような言葉を僕に贈る。



 こうして、僕は彼女に救われた。

 だから、僕は、彼女が面白いと言ったこの世界で、彼女のために、今も生き続けている。


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