1−1−3. 日差し
2041年4月3日。ついにこの日が来た。
毎週水曜日、本屋とコンビニに週間連載漫画雑誌、新刊コミック、アニソンCDチェックの日以外の外出なんて何ヶ月ぶりだろう。
学校に行かなくなってからだから2年近い?
中学校にさえ行かなかった私が高校生なんて、未だに信じがたいけど、
本日10時には同級生が来るらしいから、これで来なかったらやっぱりドッキリだったということにしよう。
っていうか10時って!私が寝る時間に登校なんて、社会とはどれだけ残酷なんだ。
有名なアニソンでも、世界は残酷だって言ってたもんな…。
社会に出ると決めた私への最初の試練。
しかし、舐めてもらっては困る。締切の修羅場を何度も乗り越えてきた私には朝飯前、ちょちょいのちょいですよ。
現在、深夜2時。明日の10時まで寝なければいいんだ。
昨日まで最終チェックで、4時間睡眠生活が続いていたけど、多分行ける。
そもそも、寮生活が始まるというのに準備を一切していない。まずい。
寝ている時間も余裕もないから、ちょうどいいや!
なんて、余裕をぶっこいて準備をすること5時間。
カーテンの隙間から見える外界は、だいぶ明るい。
リュック3つ、ダンボール5つ分の荷物が完成。
これでいいのかな…、まさか余裕で朝を迎えるとは思わなかった。
社会から断絶した2年間は長すぎた!おかげで、自分の部屋以外で生きるのに、
必要な物はなんなのか分からず。
仕事道具と命よりも大切なラノベとグッズはともかく、
残りの物を詰めるのが雑になってしまった。
入学が決まってすぐ、送れる荷物は送るように通達があった。
3月中に、服やタンスに眠るベンチ組のグッズや漫画は郵送したが、
命よりも大切なシリーズ物や仕事道具は送る訳にはいかなかった。
そういったものは第二便で自宅に取りに来てくれるみたい。
仕事量の少なくなる入学前に、区切りをつけておきたかった私にはありがたい話。
「あ…」
致命的な問題に気づいた。お父さんとお母さんは配達の人に渡してくれるかな。
ただでさえ、ほとんど家にいないし放任されているからな…。
親不孝な私だけれど、お別れの挨拶と荷物のお願いだけはして行こうかな。
そう思い立ち部屋を出ようとするが、あまりに埃臭いので窓を開けた。
掃除なんてほとんどしない(出来ない)部屋に、朝の涼しい春風が通る。
カーテンも窓もめったに開けないのにな…。
それに、月に何度かしかやりとりをしない両親にいまさら挨拶をしようなんて。
今までありがとう、ありきたりだけどそんな言葉を伝えてもいいのかもしれない。
自分でも浮足立っているような気がする。それでも最後は顔を合わせてお別れしよう。
そう覚悟して、ドアノブを握る。
外界から入ってくる春風が、私の背中を押してくれていたような気がした。
そんな妄想も虚しく、リビングに降りるとお父さんもお母さんも仕事へ出ていた。
7時ならまだいるかな、と思ったんだけど。
そういえば、担当の朝井さんも年度替わりは人事異動だ、新プロジェクト準備だ、
何かと忙しいんだと話していたな。
お父さんの会社も忙しいと6時位には家を出る時期もあるから、今日は早く出たんだな。
決意が妄想に変わった虚しさと、娘の門出よりも仕事を選んだ両親への切なさはあるけれど、今まで自分のかけてきた迷惑を思えば当然だとも思える。
卒業式にすら行けなかったもんな…、一人娘の晴れ姿を見に来る関係でも無かったかな。
テーブルの上には、朝食の菓子パンと生活用のお金が置いてある。
リビングと言うには物が少ない空間に大体メロンパンと千円札。毎朝の光景。
メロンパンは小さい時に好きだっただけで、お金だって自分で稼いでるし、今の時代に現金なんて、端末にチャージしておいてくれればそれでいいのに。
慣れきった日常だと思っていたのに、今更不満で頭がいっぱいになる。
でも、そんなもやもやを抱えることも、今日で最後なんだと思うと気が楽になる。
さっさと食べて、ダンボールは廊下にでも出しておこう。
そう思いながらいつものメロンパンに手をのばす。
椅子に座りお金を見ると、生活費がいつもの千円ではなく一万円だった。
「気にしてくれてたんだな…」
少なくとも、私を無いものとして扱っているわけではない。
門出だと理解し、行動を変えてくれている。
それが嬉しくて、どんなことがあっても新しい環境でやり直そうと思えた。
文字通り決意を新たにして食べたメロンパンは、少し甘く苦い味がした。
朝食後、ダンボールを外に並べ郵送依頼のメモを置き、お父さんとお母さんへのお別れのメッセージをテーブルに置き、何日か振りのお風呂に入る。
お父さんの影響で見始めた2020年代アニメソングを聞きながら、湯風呂に浸かる。
そんなことをしている内に9時半。
慌てて唯一『私服』と呼べるレベルのワンピースに袖を通す。
そして気づいた、今から来る同級生たちにどうやって挨拶しよう…。
油断していた!美咲ちゃんは、チャット上で何度も毎日のように連絡を取っていたけど、
一緒に男の子も来るって言ってたし、っていうか、同年代の男子なんて何年ぶりに話すの?
「あ、え〜っと、あ〜」
独り言を言いながら、髪を乾かす。
社会を断絶した(決して断絶されたんじゃない!)私には重すぎるミッション。
しかし!私には不動の味方がいる。
次元を超えて、私を助けてヒロインたち!
急いで端末を起動。SNSで『アニメ ヒロイン 挨拶』と検索。
世界で受け入れられた日本のアニメ。
でも、あまりマイナーなネタではオタクの自己満足になってしまう。
近年のアニメは多様化が進み、逆に一般層には広まっていない!
したがって私達が生まれる前の伝説のアニメを引用しよう。
映像を流しながら、ドライアーを終えてリュックを玄関に運び、
玄関前で待機。すでに45分。残された時間はわずか。
候補は絞られたが、これ以上嫁たちの顔を見ていると、可愛いな〜で時間を浪費してしまう。『アニメ 決め台詞 男性キャラ』で検索。
まずい選択肢が多すぎる。世間的に不動の地位を築いたキャラは、露骨すぎてただの痛いやつだと思われてしまう!
そうすると、少し格式は上がるがメインではなく、しかしSNS上か地上波で見たことのある人がいいな…。あ、もう50分だ。
『ピンポーン』
「げフェ!?」
変な声が出た。まだ10分前なんですけど!!
嘘だ、これが社会で順応できる人との差なんだ。
5分前行動なんて平成の廃れた文化だと思っていたけど、10分も前!?
どうしよう…、いやこれ以上悩んでもしょうがない。
私には次元を超えて支えてくれる仲間がいる。
彼らを信じて飛び込むしかない。
覚悟を決めて飛び込め!そう自分に言い聞かせて、玄関を飛び出す!
『ガチャ』
「トゥットゥルー!待たせたな、盛り上がってるかーい!?ここからはド派手に行くぜ!」
決まった。ありがとう、私のヒロインとヒーロー。
初めましてはこれで完璧…、っていうか太陽眩しい!
だめだ、日中に外に出ることなんてないから、日差しが眩しすぎる。
っていうか、インターホン鳴らした人は…、いや見えない!
しかも、何も言わないし。ダメだ、夜に生きる私には太陽は眩しすぎる。目が開かない。
ようやく慣れた目で、訪問者を目視すると、
『ポッカーン』
っていう音が聞こえるを通り越して、漫画みたいに書いてあるみたい。
え、また俺なんかやっちゃいました?なんつって…
『シーン』
無音なのに、音が聞こえるなんて漫画の世界は不思議だと思っていたけれど、
この日から私にもそれが聞こえるようになったらしい。
「イヤーセイチョウセイチョウ」
思ったことが口に出たなんて、そんなことも気にならないほど不快な汗をかき、
余計なことを言う前にと一度開けた玄関のドアを猛スピードで開いて見を隠す。
いやー、外界に下りるには私のレベルだとまだ早かったんだね、
スキルアップして出直してきます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます