1−1−2. 新しい出会い
「拓海、忘れ物は無い?」
約束の8時、僕は準備を終えて、美咲と玄関先に出る。
「大丈夫です」
「美咲が応えるのはおかしい!」
「私がチェックしましたので」
「人の荷物を勝手に覗かないでもらえる??」
「じゃあ安心ね~」
「母さんも、当たり前のように受け入れないでほしいな…、僕もう高校生なんだから」
いつものやりとり、いつもの光景。二度と戻って来られない訳じゃないけど、学校からの通達でそう何度も帰れるものじゃないことは聞いている。
「ほんと…、もう高校生なのよね」
そう言うと、母さんはズズッと鼻を鳴らす。
「ママから一つだけお願い。健康に、ただ元気に生きるのよ」
「うん、分かった。15年間ありがとうね」
「そんな、急にずるいわ」
母さんは靴箱の上のティッシュを一枚手に取り、目の下に当てる。
「美咲ちゃん、拓海のことよろしくね」
「いえ、はい。親子の時間にすみません」
「美咲ちゃんがいるから、拓海を送り出せるのよ。2年間、拓海の側にいてくれてありがとう」
「私なんて…」
「ごめんなさい。しんみりしちゃったわ。入学式に、新学期!新しいことがたくさん待っているわ!」
母さんは振り切ったように大きな声を上げる。
「そうだよね、母さん。また帰ってきたら話を聞いてね」
「もちろんよ」
僕はドアノブに手をかける。寂しさは残るが、永遠の別れではないのだ。成長して、母さんに思い出話を持って帰ろう。
「じゃあ行ってきます!」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
ズズッと鼻を鳴らす音がまた聞こえる。でも僕は振り返らない。ドアノブを離し、新しい環境へと歩みを進める。ヒューと扉が閉まる音の中で、『ご…』母さんの声が聞こえた気がした。その声を断ち切るように、ガチャン!と僕たちと母さんを隔てた。
僕と母さんの別れの影響か、しんみりした空気のまま並んで歩く。
と言っても、僕たちは二人でいても普段からそんなに話をするわけでは無い。
話さなくても平気、というか気づいたら一緒にいる、というか…。
別に幼馴染という訳でもないし、会ったのも中2だったかな。
「僕たちが会ったのっていつくらいだっけ?」
「何よ急に、センチメンタルピリオド延長?」
「いや、そんなつもりじゃなくて…。無言でいても、どんだけ一緒にいても、全然気を使わないからさ。どのくらい一緒にいたのかなって…」
「中2の時、クラスが一緒になったんじゃない」
「うん、そうなんだけどさ…。僕、ポーンって忘れることがあるからさ」
「大体、レディといて気を使わないなんて非常識でしょう?あー、横を走る車から手を伸ばされて、連れてかれそうだわ」
「そんなアメリカンな誘拐劇は起きないよ…あ、でもごめん」
一歩止まって美咲の左、道路側に回る。
「冗談だったのに…」
「あ、うん分かってるけど。あ、そういえば迎えに行く家の住所は分かった?」
「ええ、ばっちりよ。昨日も佳奈ちゃんに確認したわ」
そう言って、美咲は決め顔で住所の書かれたメモを見せてくれる。そうだ、迎えに行く女の子の名前は佳奈さんだったか。
「集合場所が空港なのも大変だけど、初対面の人を家に迎えに行くのも緊張するね」
美咲の珍しい決め顔はスルーした。完璧超人な美咲の数少ない短所、機械音痴を自覚してか、決め顔で言われたけれど、意地悪をしてみる。
「学校から直々に伝達されたから仕方ないけれど、本人と話してても…」
美咲が言いよどむ。チャットが出来たことを褒めなかったから怒ったのかと思ったら、
「どのみち知ることになるでしょうから伝えるわ。中学校はほとんど行ってなくて、週に1回しか部屋に出ないそうよ」
「え、すご」
「感想が凄いなのね。チャットで話している感じでは、可愛らしい女の子だけど、関わりが難しい子かもしれないから気をつけるのよ」
確かに、週に1回しか家から出ないなら、外出が苦手なのかもしれない。迎えに行くのも納得する。
「気を使うのよ、私といる時と違って」
「ごめんって~」
やっぱり怒ってるかな…。次パソコンが出来た時は褒めよう。
別れの寂しさを誤魔化しながら話している内に、最寄りの駅に到着した。
電車を乗り継ぎ、一緒に登校する佳奈さん宅の最寄り駅に到着する。
「こっちね」
改札を出て、目的地の方向を教えてくれる。
「9時半ね、約束の時間は10時だから…」
「ちょっと早いくらい?ここまでは来たこと無いけど、東京から千葉だとすぐだね」
「ゆっくり歩けば10分前くらいに着くわね」
地図に目をやりながら方向を確認してくれる。僕の年齢で言う表現じゃないうけれど、今の時代に紙の地図っていうのが美咲らしい。
スマホの地図アプリがあるけれど、そこまで準備してくれてるのに、僕が隣でスマホを取り出すのは忍びない。
「この後は空港に14時か~、集合場所が空港って不思議だね」
「住所が記載されてないような学校だもの。何があっても受け入れる覚悟で行きましょう」
行く宛の無い僕を受け入れてくれた学校だ。
感謝はしているのだけれど、正直心配はある。
というかあれ、そういえば美咲が同じ学校になった理由って聞いてないな。
僕よりもさらに偏差値の高い高校を受験していたか。完璧超人の美咲が落ちちゃうんだから、世界は広いんだな、と思った記憶はあるが、自分のことに手一杯でそこから先は聞けていなかった。
同じ高校に入れたんだ、機会があれば聞いてみることにしよう。
「2階建ての青い屋根、表札『藤井』。着いたわ、ここね」
約束の時間10分前、僕らの同級生になる佳奈さんの自宅に到着。
「緊張するな~、どんな子だろう」
「チャット上だと、悪い子ではなさそうだけど。3年間関わっていくのだから、お互いにファーストコンタクトが大切。話題や距離感、気をつけましょう」
そう言って、インターホンを押す。
『ピンポーン』
緊張の一瞬だ。なんて言おうかな、ドアホン越しに親御さんと話すのが先だよね。失礼のないように、
『ガチャ』
そう思っていたけど、ドアが先に開いた。その先から出てくるのは…
「トゥットゥルー!!待たせたな!盛り上がってるかーい!?ここからはド派手に行くぜー!」
………
10秒経ってようやく、空気が凍るってこういうことなんだと理解した。
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