力の一端
早朝。まだ日が昇る前、神宮寺と坂口は少し離れところからやってくる一人の影に心躍らせていた。
部屋の前に置き手紙を置いて。
「あれで本当にくるのか?」
「間違いないさ。それっぽい情報を並べておいたから」
だが、やって来たのは──何やらをカランカラン金属質の音を鳴らし、手を上げて軽薄な笑みを見せる鈴鹿錬だった。
「おっ、なんだ二人かよ⋯⋯」
「⋯⋯ん?鈴鹿じゃないか!どうしたんだ?」
思わず動揺を隠せない神宮寺が遅れながら尋ねる。
坂口の奴、失敗してるじゃねぇか!どういうことだよ!
「ん?いや、そっちだろ?わざわざご丁寧にここに来いなんて書かれた手紙を置いていったんだから」
「ん?」
なんじゃこりゃ。
水浴びの帰り。自室の扉の隙間に刺さってあったのは折り畳んであった手紙らしきものだった。
「⋯⋯はっ、あいつらここまでストレートにやる気かよ」
手紙にはよくもまぁ下心全開の内容。何かアテがあるのか、梓を呼んでナニでもしたいんだろうが。
「俺様が大人しく聞いてやる義理はねぇ」
自分でも酷い悪笑と共に、手紙を隠して部屋に入った。
勿論梓には言わなかった。鈍感クソッタレ無自覚女には理解できんだろうが、俺には分かる。これくらいはどうにかしてやろうとは思うくらいには、世話になってっから。
***
「それで?俺に何か用か?」
「て、天道はどうした!?」
「なんだよ、そんな声張って〜」
「す、すまん!」
「鈴鹿が手紙を拾ったの?」
「あーそうそう、俺が帰った時に手紙があったからてっきり呼ばれたのかと思ってたんだよー」
珍しく時間通りに通らなかったのか、天道の奴。
坂口は内心苛立ちを募らせていたが、表情は崩さない。
「そうだよな、悪い悪い。それより鈴鹿、少し話があってさ!」
一瞬チラリと神宮寺の方へと視線を向けると、神宮寺も坂口の意図を察し、こっちに来いと鈴鹿へと手招きする。
「ん?どうしたどうした?」
「いや、実は秘密裏に隠してたことがあってさ!」
「おおっ?なんだよ、人が悪いぞ?俺にも教えてくれよ」
二人はニヤリとする。無意識に互いに目が合い、坂口の意図を汲み取る神宮寺。
事前にスキル発動の条件は把握していた。
その条件とは、坂口と5秒以上手を繋ぐ事。そうすれば、洗脳のスキルが徐々に効き始め、記憶が段々書き換えられ始めるという。坂口は色々試した結果の自信から、
「⋯⋯ん?」
「「⋯⋯?」」
なんで?とっくに5秒以上繋いでいるぞ?
坂口は慌てて神宮寺を見つめる。
神宮寺もその結果を信じられないと言った表情でその光景を眺める。
何故なら二人は事前に動物や魔物に試し洗脳が出来るという結果を知っているからだ。
──まさか、通じない相手がいるだなんて思いもせずに。
「どうした?何かあったのか?」
「い、いやぁ!実は⋯⋯」
まずい! 全然言い訳を考えていなかった。
「実は俺達、貴族様と仲が良くてさ、色々物々交換してて⋯⋯」
咄嗟に言葉にした神宮寺の言い訳に坂口が口角を釣り上げる。
ナイス! さすが神宮寺!
「へぇ⋯⋯」
坂口!早くなんとかしろよ!
各々必死に取り繕う二人だったが、すぐに地獄に落ちる事になる。
「「うっ⋯⋯!」」
突然二人は苦しみだして地面に両手をついた。
原因は勿論、目の前の少年⋯⋯鈴鹿錬のせいである。
鈴鹿が少し視線を落とすと重力に近い力が二人を押さえつける力が増幅していく。
手をついてる所が少しずつ重力が増幅していくことで亀裂が走り、二人は抵抗するので手一杯だった。
「やっぱり俺様の言う通りだったな」
鈴鹿の一言は苦しむ二人の耳がぴくっとする。
「前々から思っていたが、お前ら梓好き過ぎだろ。変な能力は俺達には通じないが、それでも賞賛に値すると思うぜ?」
言いながら、鈴鹿はゆっくりとした動作でその場で垂直に膝を広げて屈んだ。
苦しむ二人に目線を合わせて、両手をポケットに突っ込んで鈴鹿のその姿は、どっかでみたような片方の口角を釣り上げて嗤った。
「だが、相手が悪かったな。俺様には通じない」
勢い良く出した両手は二人の首を掴む。
「ぐっ⋯⋯!!!!」
「す、鈴鹿⋯⋯!」
「俺様は一度裏切った人間は信じない」
掴んだまま鈴鹿は立ち上がる。常人離れしたその力は二人の中で異様なものだとすぐに理解し恐怖が膨らみ始めた。
「鈴鹿⋯⋯ぁ!こんなことしていいのか?あとでどうなるか⋯⋯!」
「俺様は目的を達成しているから問題はない。お前らの企みは最初から分かってたし」
やっぱりか。
神宮寺はすぐに察して苦しみの中どうすれば逃げ出せるかを思考する。
「まぁ⋯⋯面白い事をしようとするじゃねぇの。催眠?洗脳?わからんけど」
「ふっあ⋯⋯誰があぁぁ!!だすけて!!!」
手足をバタつかせながら神宮寺は叫んだ。
だが、誰も助けには来ない。
⋯⋯いや、元より恐ろしいほどに音は反響しない。神宮寺はその時、薄っすら見える鈴鹿の口元だけが見えた。
忘れることのない、あの男と似た悪魔じみた笑み。
歪ませ、こちらを馬鹿にしたように嗤うあの男と同じ⋯⋯。
「顕現せよ」
鈴鹿は先程とは違って冷たい口調で一言呟く。
「ここは俺様が長年作り上げた世界──
二人は全文を聞かなかった。というより、二人に入ってきたのは、音は漏れないという単語のみだった。
これからどうなるかが想像が容易くかつ、恐怖が一番増幅する至極単純な摂理。
「何をビビってる?お前たちだってそうじゃないか」
あぁ⋯⋯。
二人は今、頭に浮かぶ言葉はほとんど一緒だった。
"こんな事しなきゃ良かった"
数時間後。この場には永遠とすすり泣く音だけがこの場には聞こえていた。
もちろん、二人は地獄を見た。
鈴鹿持ってきたリュックに入っていたのは、大量のポーションと少し切れ味の悪いダガー。
何をするのかは明白。
二人の足を切っては回復させ、笑顔で趣味として鈴鹿は足首を切り、爪を剥がし、脛を剥いだ。
絶叫などお構いなしに淡々と続いたその作業は二人の精神を崩壊させるのに時間は掛らなかった。
「どうした?人を地獄に陥れるってのに、自分たちはそうならないなんて誰が言ったよ?」
至極単純。この世の中は弱肉強食の世界の究極系だ。
貴族、または強者には頭を垂れ、助けを乞う。死ぬほど分かりやすい世界なのだ。
「モぅ⋯⋯ヤメテクダサイ」
いつも横柄な態度で有名なあの神宮寺が、消え入りそうな声で懇願していた。
だが、鈴鹿は聞こえていないかのように淡々と地獄は続いた。その地獄は更に30分ほど過ぎる。
「こんなもんかな⋯⋯」
若から人身掌握の授業は受けている。こんなもんだろう。こうすれば二度と⋯⋯反抗などという愚かな真似はしないだろうな。
うわっ、痛そう。
目下には広がる血と二人の涙で出来上がった水溜りがあった。
「タバコがあればな⋯⋯もっと面白いことができそうだったんだけど」
ていうか、これじゃ明日からやるダンジョン攻略も難しそうだな。どうしよう、流石にそれはまずいよな?
「しっかりポーションをかけたし、あとは少し精神を弄ってやれば⋯⋯っと」
軽く手を翳し、何かをすると二人は強制的に眠り、その場に転がった物的証拠を全て消した。
「さて、帰るか。何事もないようにしねぇと、あのワガママ野郎は怒っちまうから」
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