召喚者たちの今

 「ん〜!」


 宿舎でそこそこのベッドの上で早朝に目が覚め、タンクトップに薄い半ズボンを履いた梓が胡座をかいては大きく伸びをしていた。


 「起きたか?」


 少し離れた場所で、錬は既に着替えを終え、軽く柔軟をして過ごしている。


 「おはよう、錬」


 「どうする?鍛錬やる?」


 「やろうかな。ていうか、いつから起きてんの?まだ外真っ暗だけど?」


 「二時くらい?」


 「はっや、どういう感覚してんのよ」


 「まぁ起きちまったんだから仕方ないだろぉ?」


 「可愛い声出したって誰も褒めないわよ」


 「はいはい。わかってますよーだ!」


 

***



 「これより、明日から行うA級ダンジョンについての概要を詳しく説明していく!忘れぬように、渡された紙にしっかりと分からなかった事を書いておくんだ!」


 朝の鍛錬が終わり、食堂で食べ終わったタイミングでゴルドが集めさせて明日に向けてのミーティングを始めることになった。



 あれから数ヶ月が経ちました。

 最初はみんなが魔物を殺すことはできなかったけれど、今ではみんな殺傷のハードルは随分と落ちて現地人のような感覚に徐々になりつつある。


 中でも強スキル持ちの連中はすぐに頭角は出し始めては自分たちよりも弱い人たちを下に付けてる状態。非常に良くない展開で私も錬も呆れているのだけど、それをどうこうするには色々足りないから仕方ないと割り切ってる。


 明日行くのは話通りA級ダンジョンだ。

 王家が握っている一つで、警備が行き届いているらしい場所だが、最初の一件があってからは油断できない。


 今の私達はほとんど神宮寺さんと同じグループで行動している。前々から思っていたのだけど、この人は本当に好きになれないナニカがあって凄く疲れる。


 「そろそろ時間だ!明日に向けてしっかりと休養しておくようにな!」


 数十分の時間が経つとそんなゴルドさんの一言で解散した。


 私は錬と早々に離れようとしたのだけど、いつものようにあの男が絡んでくる。


 「梓!」


 "よっ!"と現れるこの男は爽やかな顔をしているけど、絶対何かあるから気を抜けない。


 「どうかした?」


 「い、いや⋯⋯明日の事で色々話すことがあるからさ!」


 「いいよ。なんの話?」


 「ここじゃなんだからさ、是非ゆっくりしたところで話そう!」


 当たり前のように言う神宮寺さんだが、私はどうも嫌な感じがずっと肌感が叫んでいる。


 「ここでいいじゃない。わざわざ場所を移動する必要はないわ?錬だってそうでしょ?」


 「⋯⋯ん?まぁ、そうだな」


 「そっか!じゃあここで話そう!」


 爽やかに受け流す彼だけど、どこか様子がおかしかった。


 

***



 「ねぇ錬?」


 「どうした?」


 「神宮寺さんって、なんか変よね?」


 話し合いが終わった帰り、ふと私は同じ同性である錬に聞いてみる。


 「えっ?今更かよ」


 「今更って?」


 「どう考えてもお前に気があるのは当然な話じゃねぇの?」


 "あ、やっぱりそうだったの"

 と口からこぼれ出そうだったんだけど、流石にそんな事は言えない。


 私もやっぱりだいぶ推測能力が下がってるとしか言いようがない。


 「⋯⋯そう」


 「逆に今まで察しなかったのかよ。その方がおもれぇくらいだぜ?」


 馬鹿にしたように笑ってそういう錬に若干のイライラを募らせる。しかしこればっかりは私が悪いとも言える。叶わない希望を与えた所で可哀想になってしまうからだ。


 私の一生を捧げる相手は──たった一人の男にしかいないのだから。


 「いよいよA級ダンジョンだけどさー、どうするよ?」

 

 「どうするって?」


 「いやそりゃ⋯⋯こっちの方よ」


 二頭筋を曲げてバシバシ叩く錬。

 遅れて私も意味を察して考える。


 「あぁ⋯⋯どうしよう」


 「考えていなかったのか?」


 予想外、というように首を傾げる錬。


 「正直に言えばそうなるわね。まさかここまで当たり前のように生き残るだなんて予想していなかったから」


 「まぁそう言われれば⋯⋯たしかにな」


 E級ダンジョンの時からもう四ヶ月近く経過している。流石に全員の面構え的なものは遥かに良くなり、一人一人の実力も大きく伸びている。


 連携も取れているし、指揮官の言う事をなるべく聞くようにもなった。今の勇者たちはだいぶ使えるようになっている。


 「というより、若は何やってるのか気になって朝しか眠れないんだけど」


 「若はどーうせ、今頃金でも稼いで"いつも通り"面白いことでもやってるんじゃねぇの?やっぱりあの人の本領ってそこじゃん?」


 「⋯⋯まぁね」


 1度合同訓練の時に騎士団の一人に実力が虚偽なのではないのかと疑われている。後で追跡した会話からもその事はすぐに察した。


 B級までの評価はそこまでではないけれど、気は抜けない。


 "スキルと職業の運用だけならば"。


 A級からは少々色々やらないといけなくなる。今は体も弱くなっているし、氣も溜まっていない。少し修練を始めてはいるものの、全盛期を10とするなら0.001も良い所だ。


 この世界の魔力では簡単に溜められないのを考えると、A級からはあまり手加減というものが厳しくなってくるに違いない。


 「はぁ、先が思いやられる」


 「ん?どうした?」


 「アンタと違って私は先を考えると真っ暗よねって思ってるのよ」


 「未来のことは未来の自分に任せたほうがいいじゃん」


 「⋯⋯そうね、今はアンタのその頭の中のポジティブさを見習いたいものだわ」


 今は情報が一番だっていうのに、その肝心な情報はあまり入ってこない、全くと言っていいほど。


 情報統制が上手いこと機能しているところかしら?今後のところを考えればどうにかしないとだけど。





 「おせーよ坂口」


 「悪い悪い、神宮寺」


 両手を合わせて元気に遅刻を謝る坂口と呼ばれる青年。


 「それで?お前のようなインキャがなんのようだ?態度は気に食わないが仕方なく見過ごしてやってるのは分かるよな?」


 「神宮寺くんもつくづくワンパターンじゃないか」


 「⋯⋯何?」


 「威張り散らすのもいいけど、今は地球じゃないんだよ?神宮寺くんの言うとおり⋯⋯ここではスキルと職業が力であり、全てだ」


 「だからなんだ?お前は俺がなんのスキルと職業なのか理解していってるのか?勇者だぞ?ゆ、う、しゃ」


 挑発気味に笑って坂口にそう言う神宮寺だが、坂口は無表情で見ているだけ。


 「僕が今そんな挑発で変になると思ってるなら大間違いだよ」


 「それで?こっちだって女が待ってるんだ⋯⋯いい加減にしないと強硬手段に出てやるぞ?」


 「おぉ怖い怖い」


 両手を振りながらもうすぐ日が沈む夕方の宿舎の裏で、二人はコソコソと話しを進める。


 「早く進めろ」


 「はいはい。天道さん⋯⋯好きでしょ?」


 「は?」


 意味わからんとは言う神宮寺だが、その表情は明らかに動揺しているもの。坂口はすぐにそのことに気付き、鼻で笑った。


 「何笑ってんだよてめぇ」


 「あーごめんごめん。あまりにも分かりやすくて」


 「⋯⋯は?」


 「好きなんでしょ?天道さんの事」


 「そんなわけねぇだろ」


 「だったらこれ以上話すことはないんだけどな〜」


 少し挑発気味に呟いたつもりの坂口だったが、刹那⋯⋯目先にありえない速度と精度で神宮寺の腰に携帯していた鉄剣がそこにはあった。


 「⋯⋯びっくりした」


 見栄を張ってビビっていないと誤魔化す坂口だが、その内心は今にも爆発しそうな鼓動を抑えるのがやっとだった。


 理由は単純明白。

 その眼前には先程とは一線を画すほどの威圧と殺気が渦巻き、黄金に輝く鉄剣は最初に見たソレとは別格だった。


 「お前、殺すぞ?理由なんていくらでもあるんだからよ」


 「ごめんごめん、あまりに察しが悪いからさ」


 「何?」


 「僕のスキルが何か知ってる?」


 鞘に収め、神宮寺は考える。


 「なんだっけ?しらね」

 

 「洗脳⋯⋯」


 消え入るように何気なく呟いた坂口の言葉に、神宮寺は少し動揺する。


 「⋯⋯欲しくない?」 


 「やめろ」


 「そう?僕は欲しいけど」


 「殺すぞ」


 「なんだよ、度胸も無いのに脅迫は一応するんだね」


 「それは道理から外れてる」


 「意外だな、手段も選ばなそうな君がそう言うなんて」


 「当たり前だ。容姿ではなく、意志がほしいんだ」


 「意志ねぇ⋯⋯本当に必要?もし顔が違ったら?」


 「⋯⋯⋯⋯」


 「正直になりなよ、欲しいだろ?計画があるんだ!神宮寺くんと組めば、出来るはずなんだ」

 

 

 ぐっと堪える神宮寺の脳内には、ピンク一色の天道が頬を染める妄想が。


 洗脳を使えば、あの感情が全て⋯⋯。


 何度も振り払おうにも、何度も何度も囁く悪魔の影。


 「⋯⋯何が欲しいんだ?」


 「僕も一回試したいんだ。色々楽しみたいし」


 やるしかないか。

 デメリットはほとんどない。


 「分かった。いつ決行する?」


 「明日」


 「分かった。すぐに」

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