分業制

 この日、全商会店舗は急遽お休みとなった。

 理由は至極単純である。


 "ガゼルが一言集合というからだ。"


 

 『今日何するんだろうね?』


 ざわざわっとトラシバにある本拠地にて子どもたちの声が何処からともなく聞こえてくる。


 既に店舗展開は済んでおり、団結意識や群れのリーダーに相当するものが無意識の内に出来上がっていた。


 カルデア店舗の実質的なリーダーであるアオ。

 最初は弱々しく、体つきも貧弱なものだったが、最適な食事メニューと運動を促され、気付けばグングン成長して今の位置まで辿り着いた12歳の少年である。


 「アオ!アイツらがトラシバの奴らだ」


 一人の子供がそう言うと引き連れてアオが近付いていく。


 「おい、名前は」


 そう声をかけたのは、16歳のライである。

 トラシバでガゼルが見つけた、子どもたち集団の一人。


 元々窃盗を繰り返していて割と名前が売れていた少年のようで、今ではそのリーダーシップと手際の良さを全面に活かし、トラシバの店舗をより良いものしていっている1派である。


 「あ?何だお前」


 この2つのグループでも総勢200名を超える子どもたちの群れが対立している。


 まるでクロー○である。


 「先月の売り上げは?」


 「プラス120%だけど?」


 「はっ!おいおい聞いたかよ、本店のトラシバさんは120%しか出てないってよ!」


 鼻で笑って後ろにいるメンバーに向かって語りかけるアオ。


 ゲラゲラ笑い声が聞こえてくる。


 「当たり前だろ。そちらは遅れて出店しているのだから仕方ねぇが、こっちは時間がある程度経ってるんだから客足が途切れるのは当然だろ」


 「喧嘩売ってんのか?」


 「売ってんのは今お前だ」


 額が触れるか触れないかくらいの距離まで近づいてきたアオに対し、ライが落ち着いた声色で返事をし返す。


 一触即発。そんな中。


 「全員整列!」


 そんな空気をすぐに無くす声の主であるガルの通る一喝を聞くと、一触即発の空気は嘘のように消え、軍隊のようにすぐに並んだ。


 そして、端っこから出てきたのは、この場にいる子供たちの憧れの的であるガゼルがいつのようにポケットに手を突っ込みながら全員の前に現れた。


 「お疲れ様です!!!」


 ガルの張り上げた声に続いて、子どもたち全員がそれに続く。


 「んな気合入れなくても平気だっつ〜の」


 手で子どもたちの挨拶を止めさせ、置いてある玉座っぽい長椅子に腰を下ろすガゼル。


 「さて、今日集まってもらったのは他でもない。我々の宝であるお前たちに新しい法律を作ってやろうと思う」


 全員の中で様々な憶測が飛び交う。


 義務教育のない彼らに知識と教養を授けたのは、この男。


 時代背景を考えるなら、本来ならば多額のカネ消費する事であり、常人では計り知れない事だからだ。


 「今まで客に商品と他の商店から出されているものを買っていただく為の人間行動を利用させて利益を最大化させていたのがウチラのやり方だった。別に不満があるわけではない。お前たちへの評価も紛れもなく一番だ。それに変動はない」


 内心ほっと胸をなでおろす子供たち。

 何かあったのではないかという疑心があったからだ。


 「今から話すことについては、詳細は追ってだが、もちろん段階的にやっていく予定だ。と、早速本題だが、どの分野でもやっていくために必要なもの⋯⋯それは人だ」


 立ち上がり、ガゼルは先頭にいる子供に訊ねる。


 「今どうだ?賃金が低いあの頃と比べて」


 「じ、自分は今最大限幸せです!!」


 「ほう、そうか」


 あっけらかんとそう一言つぶやき、拡声器を口に戻す。


 「結局のところ、こうして飽和状態になっていくのが見えている。賃金が上がり、自分たちもいま上にいるような奴らに成れると。だが飽和している中では⋯⋯それもままならない状態だ。そこでだ」


 全員の視線は、1枚の大紙に目が入った。


 「これから家の名前で様々な生産をしていく予定だ。要約すれば俺達で商品を生産していくということだ。しかし今のままでは生産が出来ない。 なぜなら作業者がいないから。スキルや職業の話なんかが出てくるだろうが、そこは安心しろ。どうにかする。 鍛冶、植物、分析⋯⋯様々な分野で独立した物を作っていく。その為には人材がまず必要だ。給金とは別に、義務として選択制でいくつか候補を上げた中からそれぞれ一つ選んでもらい技術をある程度学んでいってもらう。これら出来高に対して給金とは別に提供し、やる事が増えていくにつれて貰えると思ってもらって構わない」


 紙を見せながら説明していくガゼル。


 「お前たちは未来ある子供たちだ。ここで商売だけしていてももちろん良いだろうが、何かあった時⋯⋯自分で食っていける力を養うことが大事だ。これからの俺の考えるビジョンと、お前たちとの相互的な利益を得ることができる。まぁ一言で言えば、カネをやるからどれか選んで技術を学び、たまに活かしていけということだ。もし家族が出来たのなら、報告してその選択の技術を教えていけ」


 


***



 「ご主人様、ミルクティーです」


 「随分上手くなったじゃないかセレーヌ」


 美しい所作でカップを置き、俺は一口。


 「あの頃とは大違いだ」


 「そんな事はありませんよ」


 あれからもう時間が経ったな。

 結局、毎日が早い。やること尽くしで、次から次へとやることが増えて行く。


 「ご主人様はどうしたいのですか?」


 「どうって?」


 「全て順調に行ってはいますが、これではご主人様が忙しいだけなのでは?」


 「まぁな。だが、お前を拾ったあの日から、何となくこうなっていくのは察していたさ」


 あれはきっと、アルの計画的犯行なのだろう。

 俺が好き放題やる前に、先に免罪符として色々やらせる為の。


 今や俺の商店は地方で知らぬ者はいないくらいまで発展した。現在では子爵や男爵までの連中だけだが、今で伯爵なんかの大物に声を掛けられてもいる。


 まっ、俺は一瞬で嫌われたが。

 答えは言わなくても理解できるだろう。


 「しかし、ゴールか」


 地球とは違った陽が落ちていく夕焼けを眺めながら、色々昔を思い出す。


 とりあえず今の所は特に不自由していることはない。金も増えているし、これから育成しながら一部の職人から技術を得るための準備を整えようとしているところだ。 

 それにカルデアに至っては、人を動かせるくらいまでには進化しているし、権力といった一部の力も問題ない。


 特に必要なものがないんだよなぁ⋯⋯。


 「ご主人様、地方領主からの会食にはどう返事を?」


 「断っておいた。だるい」


 それだったらここでのんびりガキ共のサポートに徹していたほうがいくらかマシだろう。

 あんなだるいジジババの相手などやってられるか。


 「なぁセレーヌ」


 「どうしました?」


 「何か困ってることはないか?必要な事でも」


 「困ってる事⋯⋯ですか?」


 「再来月辺りから金の収益が半端なくなりそうなんだ。投資するなら今だろう。必要なものがあれば今のうちに募っておいてくれ。後は、セレーヌの個人的にほしいものとか、な」


 奴隷とは言っても、欲しいものなどいくらでも湧き出てくるものだろう⋯⋯何かあるだろ。


 「特に⋯⋯ありませ⋯⋯ん?」


 数秒苦しそうに考え抜いたセレーヌの答えだった。

 普通そうなるか?不満がないなんてあるのか?


 「ほら、何かあるだろ?待遇が不満⋯⋯とか、カネが足りないーとか」


 「奴隷の身分で言うならばおそらくこの大陸だはありえないくらいの好待遇ですし、お金と言いましても、今のご主人様の家で食べ物はありますし、お菓子があります。通常の家では干し肉とちょっと汚れた水しか出ません。 それを考えると⋯⋯不満なんてまったくないんです」


 ⋯⋯んん。考えようだな。


 地球に慣れすぎて、こちらの現地人の人間たちにとってみれば、この上ない贅沢ということになる。


 「お風呂なんて貴族様しか入らないものですし、暑さ寒さを気にしなくてもいいですし、環境面で考えれば全く困る必要がない状況⋯⋯なんです」


 早くも目的を失ったな。

 別に俺は自由気ままに生きたいだけだから、貴族なんかと連絡をとりたくないし、権力なんて大地主的な考え方で十分なくらいだ。


 ビー、ビー!


 「⋯⋯⋯⋯ん?」


 突然鳴り響く音に視線が向く。

 この音は石だ。

 机の中を覗くと、警鐘石が震えている。

 

 位置情報は⋯⋯渚。


 『確認いたします。座標の位置は、未知の座標ですが、資料と照らし合わせると、恐らく王都周辺辺りでしょう』


 王都?てことは⋯⋯アレク辺りか。


 『はい、警鐘石No.1アレックス様からの反応です』



 「⋯⋯セレーヌ」


 「はい!」

 

 「緊急事態だ。すぐに今から王都に向かうから、ガルに全系列店に事情を伝え、俺が数日、または数週間居なくなることを想定して動くようにと伝えてくれ」

 

 「どうかされたのですか?」


 「アレクからの連絡だ。アイツの事だ、何か事情があったのだろう」


 警鐘石を押すタイプには見えん。

 命の危険があったと見るべきだろう。


 「セレーヌを含めた戦闘隊はすべて準備。情戦部隊も全員集合だ。緊急事態保存バッグを背負ってと付け加えてくれ」


 すぐに慌てて消えていくセレーヌ。

 さて、アレクはどうしたんだ?事態の把握をしたいところだが、これは⋯⋯なぁ。

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