あまりの手際に半べそをかくガスパル

 それから約一ヶ半程が経過した。

 その間に大量の事案が発生しそれら全てを片付けたガゼルは、ガスパルと共にある男爵家に向かっている最中だった。


 「ガゼル様、本日はどの家に向かわれるのですか?」


 「ん?今日は何処だったかな⋯⋯あぁザット家だ」


 「ザット家ですか。商家とも繋がりの多いあの?」


 「さすがよく理解しているな」


 そう言って煙草を咥える。


 「いよいよ商談が始まるのでしょうか?」


 「それは既に始めている。ガスパルはその中でも頭の位置にあるが、その下にいくつか作る必要があると判断した。ほら、今は俺達配達業務や他の商店の品物を並べているだろ?最初は2つの商会だけだったが、今では今短期間の間に100近くの人間たちから頼まれている」


 ポカンとするガスパル。


 「どうした?」


 「い、いえ⋯⋯」


 100⋯⋯?一体何が起こっているんだ?


 「さすが嗅覚が鋭い。もうそこまで考えている銭を数える者たちがいるということか。何処でも商いをする奴らは先手先手が上手いな」


 「今日は私を付けて何が⋯⋯」


 「ん?あぁ⋯⋯。今日は、お前の手足となって働くお貴族様と中小の商会との顔合わせ兼会食だ」


 「手足⋯⋯ですか?」


 「あぁ。そろそろ教える事も2割程になってきた。このままでは記憶過多でいずれ頭が馬鹿になるだろうから、ここいらでお前の負け犬癖と人を使う事を覚えなくてはならん」


 そう頬杖をついて煙草を味わいつつも、ガゼルは窓の外の向こうを怠そうに見つめていたのだった。





***


 「これはこれはガゼル殿、お世話になっている」


 「あぁ、懐は潤ったか?」


 「ガゼル様!ここまで遠かったでしょうに⋯⋯わざわざご足労頂いてありがとうございます」


 貴族が平民の機嫌を伺い、商会主ともあろう者たちが続々とガゼルの姿を見るや否や、貴族じゃないかと思うほどにヘコヘコしている。そんな状況を見たガスパルは頭が混乱した。


 一体いつからこんな状況になっていたんだ?


 「いやはや!今日は良いお酒が入っている!あぁ⋯⋯ガゼル殿は飲めるクチかな?」


 「あぁ飲める。良ければいただこう。⋯⋯ガスパル」


 手招くガゼルにガスパルは隣へ急ぎ一礼する。


 「ガスパルだ。俺の一番の商談家族であり、今後は俺と加えてこのガスパルが実質一番上だ。ガスパルが何かやらかしたようなら俺を呼んでくれればいい」


 笑ってそう言うが、ガスパルは一瞬でそのヤバさと重圧を受ける。

 

 商会主たちの獣のような視線に、貴族のどういう人なのかを知ろうとする鋭い視線。

 ガゼル様はこんな相手たちとあんな簡単そうに。


 「ガスパル、自己紹介」


 「あっ、はい!」


 そうして細かい自己紹介と顔合わせは済み、いよいよ仕事の話となっていく。


 「ガゼル商会の配達は人気が高い。あの精度であの動きができるなど、ありえん」


 「あれは俺と一部の奴らで作った一品だからな。それはしょうがない。とりあえずそっちはゆくゆくとして⋯⋯」


 ガゼルがガスパルに渡せと書類の束を手渡す。


 「手元にいったか?」


 全員が頷く。


 「それでは、このガゼル商会⋯⋯合わせてピラティズというガゼル商会の商品とここにいる代表たちの商品を揃えるということで締結する書類だ」


 各々が隣にいる文官に書類を読ませ、問題がないと判断した商会主たちがサインをしていく。


 「今や地方ではガゼル商会の名が既に地方では当たり前のように聞こえる。競合が出る前で良かった」


 「男爵、そんなことたぁない」


 「なんだと?」


 「俺が止める」


 聞いていたガスパルが、隣で浮かべる悪魔の形相に味方なのにも関わらず恐怖している。


 「っははははは!さすが地方を1ヶ月で黙らせた事なだけはあるな!」

 

 「さて、締結した書類を回収する」


 そう言ってガスパルが受け取り、ガゼルの元へと書類が集まる。


 「これで後は楽しい楽しいお話会かな?」


 「待ってくれ」


 待ったをかけたのは、一人の商会主だ。


 「どうした?」


 「すまない。締結に問題はないのだが、支払日の交渉がしたい」


 すると見るからにザワつき始め、ガゼルはポカンとしながらも返事をかえした。


 「支払日?」


 「はい。支払日が三ヶ月程先になっていますが、こちらをもっと早く出来ないでしょうか?」


 ガスパルは一人の商会主の言っていることを即座に考え、まとめる。


 この締結は、商品を並べるのに一定の金銭が発生する。そして売れれば利益となるが、その支払いが先だと、すぐに利益が欲しい彼らはかなり懐がまずくなるということか。

 なるほど⋯⋯そうか。


 「"そういうやり方"だからな。これだけの規模をまとめるとなると、どうしても時間が掛かる」


 「そこをなんとか」


 暫くするとガゼルは閃いたというように笑ってこう言った。


 「あぁそうだ。じゃあ貸してやるよ」


 「はい?」


 「他の奴らもいいぞ?なーに。あくどいこたぁやらん。年で1割でいいぞ?」


 と同時に契約書をまたも持ってこさせ、数人の商会主がサインをしていた。


 「後ですぐに渡す。他にはいるか?一応言っておくが、魔法が加わってる契約書だから法外な事にはならん」


 


***



 「ガゼル様」


 結局その後、ほとんどの中小の商会主がサインをしてガゼルから金を借りていた。


 ガスパルは帰宅途中だが、煙草を吸ってノリノリなガゼルを見て尋ねた。


 「どうした?」


 「な、な、何が起こってるんですか?」


 「何が?」


 「契約書です。なんで最初から⋯⋯」


 するとガゼルから「ふっ」とだんだん込み上げ、果てにゲラゲラと笑いだした。


 「ガスパル。俺は最初からこれが目的で会食に出向いたんだよ」


 「⋯⋯⋯⋯え?」


 「今や地方で数店舗展開してる俺の商店。並べるだけで白金貨?聖貨?が数千かもな。──だが足りない」


 ガスパルはまたも目の前の人に恐怖した。

 煙草を深く一吸いし、ゆっくりと窓に向かって吐く。


 「いいか?取れるものはとことんとれ。初めからアイツらが金に困っていたのは知っていた。当たり前だ。中堅くらいの規模の店が一番大変なのはそこからだ。人件費に生産者への報酬、場所に運搬、それだけ白金貨が飛ぶ。なんで3ヶ月後にしたかって?この国の法である商店において、別途税金が掛かるな?」


 「は、はい⋯⋯」


 「支払いを後払いにしておけば、その分節約になるだろう?税金を使わずに彼らの金が俺達の懐で暖かいままだ。その間に他の投資をすればいい。そして彼らは、最初は一時の為だと借りた金を金利と共に永遠に返し続けることになる。確か中堅のいくつかは聖貨数百枚借りたやつらがいるな?」


 「はい」


 「何人だ?」


 「89名です」


 手元の書類を見ながら答えるガスパル。


 「そう。あの場にはそれ以上の人数が居て、かなりの人数が借りた。裏切れない状況なのにだ。手を上げた奴ら⋯⋯全員のプロフィールを見ろ」


 顎でそう指示し、ガスパルが一人一人チェックしていく。


 「全員中堅と駆け出しの奴らだな?」


 「仰る通りでございます」


 「奴らは資金繰りに困ってるから手を上げる。現に彼らは少なくとも計上書類では彼らの予想の数倍の数字が出ているのが分かっているからだ。手を上げるのは目に見えているからだ。俺がやるべきことは書類を作るだけだ」


 無言で何も言えなくなるガスパル。


 「しかも、面白いのが⋯⋯不当な金貸しにならん事で、しっかりと事業になるって所よ。安全だし、法外な値段を取っていないから、利子で儲かる。少なくとも、聖貨を借りた連中が半年が返した場合は15枚の利子だ。15枚だぞ?1枚でも得られれば良い額を⋯⋯俺達は当たり前のように得ては、彼らはまた借りる。資金繰りに困るからな。いつもの間に俺達に金を払う蟻の一匹になっている訳だ。な?情報戦は大事だろ?」


 ガスパル、号泣。


 「おい、どうした?」


 「悪魔だ⋯⋯」


 「おいおい何を言う。立派なやり方だろ?俺達は正当なやり方で利子を儲け、暖まったところでまた人や施設に投資する。税金対策万歳だ。後は、これから増える貴族との会話に向けて、方針を立てておく必要がある」


 「歓喜しておりますので!お気になさらず!」


 「お、おお⋯⋯」


 立ち上がったガゼルは、そう言って下へと降りてはご飯を食べ始め、いつも通りの流れを組んでいくのだった。


 そしてそれからたった一年で、日本円にして約数兆にも上る利子を稼ぐことになることはまだ知らない。

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