③裏領主
「領主様、お客様です」
「どちら様かな?」
「わかりません」
もう就寝前の書斎で、普段ならそんなことを言わない執事がそんなおかしな事を言う。
外を見ていた私は振り返る。
そこには執事が今にも人質にされ、首に短剣が添えられているのに気づいた。
「⋯⋯っ!貴様、どこの者だ!」
「要件は短く済む。話を聞いてくれれば殺す事はしない」
早速動いたか。ガルダ?それともブルク?
「分かった。話を聞こう。代わりに少し落ち着かないか?」
「⋯⋯要件は簡単だ。私の主人から預かっている」
「ほほう?」
「読み上げる。"お前の息子とお前自身を降ろさせる事は容易だが、それではつまらん。よって裏からお前たちを操れるようにする事にした"以上でございます」
何を言ってる?降ろさせる事ができる?
そんなことできる訳が⋯⋯。
パサッ、と。
ローグの机の上に、分厚い書類が二冊置かれていた。
すぐにローグは置かれた書類を慌てて確認する。
そんなはずはない!証拠だって全て隠したはず⋯⋯⋯⋯。
──否。ローグは知らない。痕跡や金を握らせて外堀から埋めていくのがもはや相手の正体であり、その全てがプロレベルである。
ローグ如きのレベルではザルとしか言いようがないのだ。
「⋯⋯これは」
冷や汗を見せるローグ。
すぐに他の書類も確認するが、どれも見覚えしかない紛れもなく自分がもみ消したりはたまた無かったことにした事案ばかりである。
「以上。私の主人からの命令だ。契約書に名前をかけ。内容は読んでいい。
一応付け加えると、必ずしも記入はする必要はない⋯⋯もしこれを書かないとするならば、持っていくべきところに持っていくからと主人はそう言っていた」
つまり書けって事じゃないか。
ローグは顔を歪めて悪態をつくが、言葉には出さない。
「契約書は遵守される。必ず」
「分かっている」
クソッ、やられた。
書類には他の者の契約書混じっており、私の他にもこの街でかなりの権力を持つ者から小さい商店の店主までもが甘い汁で既に喉を潤していたのだ。
「ようこそ、黄金を降らせる世界へ」
「⋯⋯一つ聞こう。お前の仕える主人は、未来をどう見ているのかを」
少しの沈黙のあと、
「相手を人だと思わない事がいいということだけは言っておきます。もちろん、例えですがね」
「⋯⋯どういう事だ?」
「そのままの意味です。私も教えられた身なので説明をするつもりはありませんが、手腕と指示内容、全てがたった一人の指示で行われたものであり、私も所詮その動かす中の盤面の駒でしかありません」
口から漏れる嘘だろという吐息。
「主人の名前は聞けますか?流石に顔を分からないと困ります」
「契約書に書かれてある条項に記載があるのでいいでしょう。名前ではなく、髪を見てください」
「⋯⋯髪だと?」
「分かりやすいですよ。たった一人の独特なあの感じは、すぐに気付くはずですよ」
ローグの頭の中には、会議中に喋った内容が何度もループしていた。
──「白髪の⋯⋯」
「ハハッ!やられたな」
ローグは背もたれに思いっきり倒れ、つぶやく。
「既に読んでいたのか」
「さて、どこまで見えているのか、私にもわかりかねます。伝達係ですので」
「出来るだけ好意的に受け取ったと伝えてもらえるかな?私も相手を理解した。相応の立場でいる必要があるからな」
「⋯⋯伝えておきます」
「どうだい?君にごまをすっておけば、いい事はありそうかな?」
ローグは笑ってローブで隠れた男の懐にカネの入った巾着袋を入れこんだ。
「⋯⋯勘弁してください」
「これはほんの気持ちだ。何かあったら教えてほしいんだ」
「善処します」
・
・
・
「ガゼル様、このゲームとやらは凄まじいですな!」
「そうだろう?頭をよく使う。お前にもこの局が読めるようになれば⋯⋯色々見えてくるものも変わるだろう」
ガスパルとガゼルはボードゲームであるチ○スをやっていた。優雅に最高級と言われるアッサムを口にしながら。
「ガゼル様、この茶葉⋯⋯どこの物でしょうか?また何かとてつもない事を起こそうと?」
「これは売るようじゃない。身内用だ」
「⋯⋯なるほど。寛大な心遣いに感謝いたします」
「そう言うな──。"チェック"」
駒を置いたガゼルは、外の景色を眺める。
「⋯⋯へっ!?なぜこんなことに!?」
さて、お前はどうこの局を乗り切る?
それとも、このまま終わらせるか?
どちらにせよ、お前はもう終わりだ。
「契約書をお持ちしました」
窓の少し空いた隙間から、ローブに隠れた男がガゼルに書類を手渡す。
「ふっ、そうきたか」
「すんなりでしたよ、ガゼル様が思うような思慮深い方ではありませんでした」
鼻で笑うガゼルに呆気ないと肩を竦める男。
「ほーん。ガスパル、"チェックメイト"だ」
コツン、と。ガゼルは最後の駒を進める。ガスパルは詰みである。
「⋯⋯ぬおっ!?参りました」
「焦ることはない。徹底的な準備に未来を見通す能力⋯⋯お前はこれからこれを身に着けたとき、大陸の行く末をしっかりと予想することができるはずだ」
キーンと、煙草に火がつく。
「思ったより呆気なかったな」
「はい。正直ここまでとは思っていませんでした」
「⋯⋯?な、なんの話でしょうか?」
ガスパルの問いに、ガゼルは鼻で笑って目を細めた。
「あっ、説明していなかったか」
「全くでございますが」
「ガスパル。金と情報は、どこで落ちる?」
「それは勿論秘密裏に行われる貴族様の会合では?」
「正確には違う。重要な情報は極論必要ない」
「⋯⋯どういう事でしょうか?」
「簡単な話だ。どこで誰がその話を聞いているのかはわからない。例えば領主がこんな風にたまたまお前が言ったような会合の店で働いていた男が、たまたま流行っているうちの店で口をこぼし、金を握らせれば⋯⋯いらぬ証拠が増え、確信と物的物が手に入る」
パサッとガゼルは今回の契約書をガスパルに投げ渡す。
目を通したガスパルは目を丸くして席を慌てて立ち上がる。
「そっ、そんな馬鹿な!?」
「⋯⋯これから権力は実質俺達の物だ。商店は永遠に奪われることなく続き、一部の土地もしっかりと金銭を払って取引し土地を貸し出して金を得ていき、契約書で相手から数%の賃貸料と売上の一割をぶんどれば⋯⋯あぶく銭は増える。貴族が帳簿をわざわざ確認するという介入をしてこなければ、実質俺がここの大地主になる。流石にお貴族様のご命令があれば元の状態に戻せばいい」
「それだけでどれくらいの金額を予想しているのでしょう?」
「知らんが白金貨数万を継続的に懐に入れていくことだろう。それを更に使って街の発展に協力していけば、名誉と富、評判も上がって商店も売れる。以前のような、悪人だらけの街ではなく、清潔で真っ当な冒険者の街となるのは時間の問題だろう」
「ははははは!レベルが違います!」
「まぁそんなところだ。すぐにローグが準備を始めるだろう。反抗すると思っていたが、その線は無くなったようだ」
「なるほど⋯⋯」
「そこなんですが、どうやらガゼル様、ローグにバックは今の所いませんでした」
「何?事実か?」
目を細めて疑うガゼル。
「はい。契約書にも悩む素振りは一瞬。記載事項もすぐに読んで書いたそうなので、バックにいる者はいないかと」
「⋯⋯⋯⋯そうか」
「はい、では私はこのへんで失礼いたします」
「ふん、呆気なかったな。こんなものか」
ガゼルはチェス盤を初期配置に戻しながらボソっと呟く。
「失礼ながら、ガゼル様の手腕が圧倒的なだけだったかと」
「そんなはずはない。この場所はかなりの重要拠点のはずだ。背後にいる者もいないような場所で権力者の一人も味方についていないなどないだろう?」
「確かに冒険者の街ですから正しいとは思いますが⋯⋯」
契約は終わったのだから討ち取った訳だが、やはりあの情報は間違いなかったのか。
ガゼルは"もう一戦やろう"と、ガスパルと優雅に指導を込めた二戦目を始めるのだった。
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