13話 テンプレ
「おー!ファンタジーの醍醐味!冒険者ギルド!!」
中へ入ると掲示板がいくつかあり、そこに沢山の冒険者達がどの依頼を受けるべきかを考えながら選ぶ様子が見える。
受付も3つ程見え、ガタイの良い冒険者達がルールを守って並んでいるのも中々シュールで笑えてしまう。
身長も異世界だからか、180cmを優に超える人間も多く、ガゼルは身長170cm前後の為どうしても子供のように見えてしまう程に高身長率が高い。
「''ふぁんたじー?''ってなんですか!?師匠?」
アレックスの頭の中では、恐らく何かの技と捉えているのか⋯⋯剣に手を掛けて今にもスキルを発動しそうにしている。
「ん?アレックス、違うぞ?俺だけしか知らない特別な名前だぜ?」
決め顔でそう冗談を言うガゼルと、それを真に受けて喜びながら元に戻るアレックス。第三者から見ればなんてシュールな絵面だろうか。
「おぉー!なるほど!」
「さて、俺はこの地方が初めてだから⋯⋯」
ガゼルが受付の方へと目が向く。
「冒険者登録はあそこか?」
「そうですよ!受付は依頼、受注、そして登録やその他手続きも全てあそこの受付で行われます!」
「そうか、ならちょっと最初だけ付いてくれないか?変にぼったくられないか──さ?」
ニヤッとわざとらしく口元を歪ませるガゼル。アレックスが両手をふっと一瞬上に上げながら溜息を漏らす。
「止めて下さいよ⋯⋯どうせ師匠なら問題ないですよね?」
「まぁ盛られたりとか相場が分からないからある程度知識のあるアレックスにいて欲しいって事だ」
「なるほど」とアレックスが納得した様子でそのまま承諾し、他の四人は近くの机とかで待機するよう話して受付の順番待ちの並びにつく。
**
「次の方〜」
「師匠来ましたよ!」
「おっ、来たか」
そのまま受付の前まで行く二人。すると受付にいる女性がパッとアレックスを見て驚いていた。
「あれ?アレックスさんじゃないですか!もう護衛の依頼は終わったんですか?」
「いや途中でウルフに襲われて依頼は失敗した。バルカスさんも何処に行ったか知らないんだ」
気不味そうにやや下を見ながらそう受付の女性に答えるアレックス。
「⋯⋯⋯⋯」
そのやり取りを少し遠くの方から嘲笑いながら数人のグループでニヤニヤ酒を飲みながら眺める男の姿がいる。
「アレックスの野郎⋯⋯ま〜た失敗か!こ〜りゃあクソ雑魚以下じゃねぇのかぁ?なぁ?」
机に座る数人の男達がゲラゲラ笑いながら、酒の足しにしてアレックスを見ている。そして一人の男が立ち上がってアレックスの方へと歩いていく。
「おいおい!依頼者を放ってノコノコ帰ってきたのかぁ!?落ちこぼれのやることはひと味違うなぁ!出来ない奴が一丁前に護衛なんかの依頼を受けるからそうなるんじゃねぇかよ!ハハハ!落ちこぼれは黙って草むしりでもやっとけや!」
『ぷっ⋯⋯!』
『正論過ぎて言葉が出ねぇよ!』
『あっはははは!!!!』
柄が悪い男の言葉に周りの冒険者が一斉に笑いだした。どんどん笑いは伝染し、もはや笑っていない奴の方がいないのでは?と思う程には最悪の空気だ。
'アレックスは何時もあんな事言われてるのか?'
こりゃ⋯⋯地球で行われるイジメより陰湿かもな──色々。
そしてガラの悪い男がアレックスの隣に行き首に手を回す。
「よう雑魚のアレックスさん!依頼達成のご報告ですか?ありゃ?マジックバックを持ってないなら⋯⋯なんで帰ってきてるんですかぁ?あっ!もしかして──」
アレックスは完全に下を向き、言うとおりに動かぬ石となっている。絵面は完全にヤンキーに絡まれている一般生徒の図で、誰もそれを止めずに一緒に笑っている。
その光景をガゼルがチラッと視線だけ見てからその場で口を開いた。
「お姉さん、登録したいんだができるか?」
突然喋りだしたガゼルに一瞬動揺しながら女性が笑顔で話し出した。
「はい!この書類を読んで頂き、ご自分が使える魔法やスキルを書いて頂いても良いですか?」
爽やかな笑顔と口調でガゼルの前に紙とペンをスッと置く。するとガラの悪い男の目つきがガゼルへと向いた。
「おいおい!ガキが一丁前に冒険者やるのか?そんな甘い所じゃないんだぞ!コイツみたいな落ちこぼれ達と一緒に来ていたようだが、お前も落ちこぼれの仲間かよ!?ぶっ!落ちこぼれ同士⋯⋯気が合うのかァー?何とか言ってみろよ!な!ん!と!かっ!!ぎゃっはははは!!」
ガラの悪い男がアレックスの頬を肘で軽くつつきながら馬鹿にしたようにガゼルに対してもスラスラ口を動かしながら罵声を浴びせている。
「しかも、こんな背も低くて、オークとかコボルトなんか対峙したら⋯⋯す〜ぐ死んじゃうかも知れねぇなぁ!?こりゃ傑作だ!!お前らもそう思うだろ!?」
男がアレックスと一緒に一周全体を見渡しながらそう尋ねる。
『確かに赤子レベルじゃねぇか?』
『ここはガキの集まりじゃねぇんだぞ!!さっさと帰れ!』
『ぷっ!アイツ神経図太いんだな⋯⋯無表情だぜ?』
沢山の悪意と罵声を浴びている中、ガゼルは冷静に書面を読み通していた。
'え〜と'
やはりランク制度か。しかも──ランクが上がればノルマ制かよ。
⋯⋯こりゃ面倒だな。しかも魔物解体所での料金の上昇と制限まで付いてやがる。他には⋯⋯ギルドが責任を負わない旨が書かれている感じだな。ん〜⋯⋯⋯⋯。
ガゼルが周りをパッと見ると、完全にガゼルに向かって悪意の塊の視線を浴びる。
'はぁ〜⋯⋯⋯⋯'
あのおっさん──面白い位、批判がお上手なことで。まさかこんな同調して攻撃されるとは微塵も思ってなかったんだがな。
とにかく、今はサインと使えるモノを書かないとな。
ガゼルはそのまま書類にサインをしながら注意事項などを確認しながらドンドン進めていく。それを見ていた受付嬢は歳不相応な余裕のある態度に少し驚きを隠せずにガゼルを見ていた。
「⋯⋯なぁ?お前ら──ッ」
'コイツ⋯⋯!!!!'
このガキ、無視して紙を淡々と書きやがる!この俺様を無視して!
男はガゼルが全く怖じ気付く事なく淡々としている事に腹を立て、アレックスの髪を掴みながら数歩歩いてガゼルに近付く。
'マズイ'
このゾルドさんは、態度は最悪だが実力はしっかり持ち合わせている。平凡なスキルだがしっかり使いこなしているのを見ると、もっと恵まれていたらS級冒険者になれていたかもしれない!師匠でも人相手は⋯⋯。
アレックスはガゼルを心配してすぐに声を上げた。
「師匠!この人はCランク冒険者ゾルドさんです!師匠でも危ないかも知れません!ここは帰りましょう!」
悔しいだろうと分かるアレックスの悲痛めいた声。その両目も悔しそうにガゼルを見ていた。
冷静に見ていたガゼルがその様子を見て思わず溜息を深くついた。
'はぁ〜⋯⋯⋯⋯'
アレックスもこういう毎日だったからこんな感じになったんだろうな。頑張っても褒められることを知らないまま、ただ胸糞悪い事を言われ、皆の笑いものにされる。
何時だって弱者は強者の餌食。
まぁ、人間という生物はどこまでもそういう生き物なのだろう。そういう奴は幾らでもいるからな。
ガゼルは冷静に制服の胸ポケットからライターと煙草を当たり前のように取り出し、火をつける。一本の煙草の先からモクモクと煙が上がる。一口綺麗に吸って深い吐息と共に煙が上へと上がる。
'コイツみたいな奴は死ぬほど見てきた'
内心溜息をつきながらゾルドを真っ直ぐ見つめる。
こういう奴は馬鹿が非常に高確率で多い。ぶっちゃけ鑑定をしてもいいが、探知のようなスキルを持っていたらそれはそれでマズイ。
というか──こんな奴視るまでもねぇな。負ける事なんて100%ねぇ。
ガゼルが呑気に煙草を吸いながら考えていると態度が気に食わないゾルドの瞼がピクピク揺れ、更にガゼルへと近付く。
「話聞いてんのか?ガキ!先輩がわざわざ教えてやってんだぞ!聴く姿勢ってもんがあるだろうが!」
『こりゃ終わったな⋯⋯あのガキ。ゾルドを怒らせるとは運が付いてない』
『俺ら怒らせなくて良かった〜』
周りの冒険者達は昔のことを思い出しながらガゼルを見て笑って酒を飲んでいる。
'はぁ〜⋯⋯本当テンプレみたいな展開だな'
「受付のお姉さん。仮の話ですが、ギルド内で暴力を振るわれた場合──正当防衛は使えますか?」
「え?正当防衛ってなんですか?」
ガゼルの問いに不思議そうに首を傾げながら返事を返す受付の女性。
'あ、この世界では無いのか?しまった'
「え~と、例えばこちらが悪くないのに一方的に暴力を振るわれた場合──やり返しても罰とかはありませんか?それとも殺してしまっても問題ないですか?」
淡々と煙草を吸いながら受付の女性に尋ねるガゼル。
「なるほど、はい!ギルド内で暴力に合われた場合やり返しても罰則にはなりません。私が見ているのでやり返しても問題ありませんよ?ただもし殺してしまった場合、騎士団に引き渡す必要がありますのでよく騎士団に連れていかれることも多々あります」
というか、女性なのに男のいざこざを怖がらないとは。中々この世界の女性は逞しいな。
クスッと鼻で笑うガゼルに機嫌を更に損ね、ガゼルの目の前に立って侮蔑の眼差しで見下ろすゾルド。
「ガキ!まさか⋯⋯まさかだが、このゾルド様に勝てるなんて思ってるんじゃないだろうな!?おいおいそんなの神様だって勝てねぇ──そう思ってるだろうよ!アハハハ!!」
気持ちよさそうに話すゾルド。ガゼルは冷静に2本目の煙草に火をつけている。
'ふんっ⋯⋯'
まぁ、中々異世界テンプレ的展開だが、これは少々おイタがすぎるな。⋯⋯まぁ手加減はしてやるか。
気持ちよく高笑いをしているゾルドを何か悟ったような双眸で見上げているガゼル。その双眸からは感情すら感じ無い程⋯⋯無。瞳の奥すら何も感じない、勿論誰もそんな事に気付くことはない。
「オイおっさん?」
「ゾルド様と呼べ!アハハ!」
一瞬だが──コンマ数秒、ガゼルの瞳がギラつく。
その瞬間──ゾルドの身体が何故か浮いている。そしてゾルドは、首に激しい痛みと苦しさが込み上げてくる。
「な!なんだっ⋯⋯!!ガキ⋯⋯何処からそんな力が!」
さっきまでガゼル達を笑い者にしていた周りの冒険者達の笑い声が死んだと思うくらい綺麗に止まった。その僅か数秒の間で、冒険者達の目が笑う対象から自分に向かない事へとシフトチェンジする。
当たり前だろう。自分より格下だと思っていたガキが、まさか力だけを使って片手で大男の首を掴み、正真正銘片腕だけで完全に持ち上げるなど普通起こるはずが無い。
数秒から20数秒まで落とす事なく、寧ろ更に高く上がっているこの状態の中──藻掻くゾルドと鼻で笑いながら口元を悪魔と言われても遜色ない程歪ませるガゼル。
「なぁおっさんそんだけか?ガキ相手にイキがる気持ちもわからなくもねぇがよ、喧嘩を売る相手は──よ〜く選んだ方がいいんじゃねぇか?ええ?それが一流ってモンじゃねぇのかい?」
ガゼルが掴んでいる指を動かして急所に少しめり込ませる。ゾルドの表情が更に悶絶しており、そこから追加でもう少し持ち上げ、ゾルドに顔を近付けて目線を合わせる。
ガゼルと目が合うと、先程とは打って変わってゾルドの顔がドンドン青白くなっていく。締め付けられているせいで段々と意識がふわりとし始め、目の向いている方向がおかしくなっている。
だが、プライドが許さないのか⋯⋯最後の悪足掻きのように叫びだした。
「ガキに謝るわけねぇだろうが!事実を言ってんだろうが!ははははっ!!!」
'はぁ⋯⋯⋯⋯仕方ねぇか'
次の瞬間、ギルド内にパラパラ乾いた音が響いた。そしたその音が聞こえたと同時に、ゾルドの声がピタリと止んだ。
ガゼルがそのまま地面に叩きつけた。第三者から見たそれは、まるで力が入っていないように見える。ただ腕を当たり前のように下へ持っていくような単純な動き。それがどうやったらそのような動きになるのかすら不明なほどに。
ガゼルが叩きつけた場所に穴が空き、首を持って静止したままゾルドにガゼルが話しかけた。
「なぁ、おっさんよ?アレックスが落ちこぼれだと言ったか?確かに、書類上はそうかもしんねぇ⋯⋯事実失敗しているんだ。そこにはアレックス達も異論はねぇだろう。俺だってそれはアイツらが悪いと思うぜ?ただよぉ、書類を見た限り今回の依頼は低ランク用に依頼されていたんだろ?普通護衛っていうのは、ある程度強くないと出来ない依頼の部類だ。だか比例して依頼金も高くなるだろうな。依頼をする側からすれば、多少リスクを冒してでも依頼金を減らしたかった。
だから低ランクにやらせれば頑張ると踏んで金を減らした。結果ランクDのウルフに遭遇して何も出来なかった。それってアレックス達に問題があるように見えねぇが?」
ガゼルがそう話すと、周りの冒険者も何も反論出来なかった。恐らくは事実だからだろう。
「そ、それは⋯⋯」
瀕死のゾルドも反論出来ないでいる。他の冒険者は通常では考えられないこの状況に身体と口が追い付いていない。
'ッたく⋯⋯頭悪いのかよ冒険者は'
最後にガゼルはゾルドの髪を無理やり掴んで引き寄せた。
「ゾルドのおっさん忠告してやる──次何かありゃあ、お前の身体は液体となって無くなる⋯⋯いや、蒸発させてやる、いいな?」
血──。
ガゼルが話している途中から徐々に徐々に赤いオーラが現れ、最終的には全身を覆う⋯⋯いや、ギルド全部を破壊できる程凶悪で無限と感じるほどの圧力を持っていた。ゾルドの瞳からは景色が突然真赤に変わり、目の前には赤い獣が居るとすら錯覚する。
'血?血なのか?'
意識が朦朧としているゾルドは視界から見える景色が真赤に染まる景色がまるで
そして最後は泡を吹いてこてんと首が後ろに倒れて完全に気絶した。
見ていた冒険者全員が圧倒的魔力だと錯覚しているが、この男の魔力は大した事などない。なんならゾルドの方が上だ。
しかし──神門創一の体内に流れているのは、もっと別のモノだ。
魔力ではないナニカが魔力を有しているモノ達を圧倒出来るほどの力を魅せ付けるように、意思を持っている動きを見せる紅いナニカ。
傍観していた冒険者達の数人がゾルドと同じように気絶する者も現れ、ガゼルという名前はこの日から一気にトラシバの街で広まる事となった。
'少し飛ばしすぎたな'
ゾルドの首から手を離しながらガゼルが無表情に戻りそのまま立ち上がった。
'まぁ良い⋯⋯書類を提出するか'
「これ、お願いします」
「は、はい⋯⋯」
受付の女性が黙って作業を進める。察するに格上の冒険者に口と力で対抗し、挙句完膚なきまでに叩きのめした事に恐らく舌を巻いているのだろう。
そしてもっと驚いているのは、同じくらいの年頃であればそれを自慢したり、もしくはゾルドと同じようになってもおかしくないくらいの力を持つこの少年。当たり前のように動じることも無く書類を提出する姿に女性は息を呑む。何故ならその提出する姿があまりにも上級貴族のように洗練された細かな佇まいや手の動き、そして醸し出す上品な空気感や話し方が、それら全てを加速させるように見ていた人々へと感じさせた。
「し、Cランクのゾルドさんを赤子同然の扱いをするなんて驚きました。い、一応申し上げますと、いくら強いと言っても最初は全員Fランクからスタートです。その所は忘れないで頂けると」
先程までの態度と言葉が嘘のように畏まったモノへと変わり、緊張を表すように言葉の節々で詰まっている。
ガゼルはその場で納得した様に鼻でふーんと一息つく。
'まぁそうだよな'
そんな初手からランク上げなんてやってたら、貴族だの他国の間者かも知れない奴らがこういうところで不正を起こして面倒が増えるもんな⋯⋯。
「質問だ。例えばランクは低くても高ランクのモンスターをここで買い取っていただくことは可能か?」
「はい!もちらんです。ただ、それを聞いて高ランクに挑んで死んでしまう人も少なくありません気をつけて下さいね」
「あぁ⋯⋯」
その後、10分ない程の時間をギルド施設や使用時の注意を聞き終わり⋯⋯ガゼルが先程の話を思い出す。
「なるほど、こちらからの質問は終わりだ」
「はいっ!」
'まぁそうだよなぁ⋯⋯'
俺なんかと違って普通のやつは適性が決まってるんだ。
自分が特別と思って挑んで死ぬ⋯⋯なんとも辛い話だな、まぁ自業自得とも言えるが。
「説明や質問に答えて頂き感謝する。それではこれで」
「はい!またお待ちしております」
受付の女性が一礼し、ガゼルがアレックス達がいる方へ数歩歩いた後──そのまま立ち止まった。
少しだけ振り向き「あ、そうだお姉さんお名前は?」と軽い口調で尋ねるガゼル。
「メリッサと申します」
「そうかメリッサさん。蒼き星の護衛依頼なんだが、ラカゴの森の北側でバルカスと遭遇した。生死に関しては確定で生きている。アレックス達の依頼は失敗したが、生存はしている。いずれここに来るだろうからその時はよろしく」
「え?バルカスさんと遭遇したんですか!?」
「ああ、そこで歩いていたらアレックス達が襲われていてな⋯⋯ゴブリンとウルフを相手したんだ」
「は、はい。情報提供頂き感謝致します」
「それじゃあこれで」
ガゼルが軽く会釈してから歩みを始める。丁度アレックス達との距離が10歩前後になった時に「アレックス達行くぞ」とラフな感じで声を掛けそのままガゼルがギルドの扉を開ける。そしてアレックス達も「はい!師匠!」と背中を追いかけながら一緒に冒険者ギルドを出た。
**
そしてガゼルが出ていった数分後、ギルド内はかつてない程静寂な空気に包まれていた。理由は言わなくてもわかるだろう。そんな中、急いで上から下に降りてくる人影があった。
睨まれたら縮み上がりそうな面相に、デカイ身体。熊と言っても差し支えはないだろう。そんな大男が大慌てでメリッサのカウンターにやってくる。
「おいメリッサ!急いで降りてきたが何があった!?さっきとんでもない威圧と魔力があったが!?」
怖そうな表情をしている顔が一変。気不味さが分かる程顔が真っ青のギルドマスターが慌てて現れた。メリッサは男の姿を見て深々と溜息をつきながら顔を机に伏せた。
「いえボルフさん⋯⋯少し揉め事がありまして。実は蒼き星の依頼が失敗したと報告がありまして」
メリッサの言葉にボルフは頭を掻く。メリッサもボルフの反応は分かっていた。
蒼き星の依頼達成度はほぼ0に近いほど失敗しているからだ。そのせいでクレーム対応や依頼金返却を増額しろとたかがFランクの冒険者パーティーに予算を使うというのはボルフも少々目を見張っている所があった。
「あいつらまた失敗か⋯⋯こりゃあどうしたもんかな~」
呆れているように見えるボルフの口調と態度だが、メリッサの持っている蒼き星の資料には彼らが入ってからもう2年から3年程経っているという記載がある。
その所から見るとボルフは中々人を切るということができない人間なのが一目でわかる。
「そしてゾルドさんが冷やかしをしていた所にもう1人男性が居ました。その人がとんでもなく強かったのですよねボルフさん」
「それであの威圧か⋯⋯ゾルドもバカをしたな。メリッサ、お前キャリア長いだろ?そいつはどうだった?」
「はい。一言で表すと非常に難しいですが、今まで見てきた中で1番ある意味普通じゃ無かったですね」
ある一枚の資料を用意しながらボルフに無表情で伝えるメリッサ。
「お前がそこまで言う程の男か?」
「間違いなく。そもそもプロフィールを拝見しましたが、書いてる事が異常です」
メリッサが断言した。ボルフはその言葉を聞いてすぐに「ん?どれ?」とプロフィールを確認しようと声を掛ける。すぐにメリッサが一枚の紙をボルフに渡し、ボルフがすぐに目を通した。
1秒経つ毎に瞳から読める感情が変わっており、ドンドン大きく目を見開き食い入るように紙を見つめるボルフ。
「なんじゃこりゃあ!?俺でもスキルは4つ5つしかねぇのにこりゃあ嘘にも程があるだろ!こんなん信じろって方が難しいだろ!」
明らかに納得行っていないボルフの反応にメリッサも同意を表す頷きを数回している。
「書いてある事が基本なんでも出来る~とか、魔力は多い方~とか適正は全部~とか書いてあることが一々おかしいんですよね~。でも──あの威圧を見てからという物、その言葉が嘘だとは到底思えません」
無表情なメリッサでも驚きを隠せずに、目を丸くしながら書類を見ている。
「確かにな!俺でも身震いしたからな!ガハハハハハ!」
更に目を見開きボルフを横目で見つめるメリッサ。
「あのボルフさんがですか?」
「ああ、正直魔族かなんかが攻めてきたかと思ったぞ」
「そうですか」
「もし次来た時には俺を通して欲しいと伝えてくれ」
「かしこまりました」
ボルフがヒラヒラと片腕を上げながらギルド長室へと帰っていった。戻り際、ボルフは深刻そうに悩んでいる様子がチラリと映った。
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