14話 スキル獲得に向けて
「あぁ〜今日はよく動いたなぁ〜」
沢山の人間が交差する大通りの人混みに紛れて歩いているアレックス達と両手を上げて伸びをしているガゼル。
「いや、あれ動いたって言うんですか!?」
「んぁ?まぁ〜そうだろ?」
ガゼルがどうでも良さげにそう返事を返す。
そのまま宿を目指して歩く一同だったが、アレックスが改まってガゼルに声を掛ける。
「ん?どうした?」
「師匠!先程は、庇って頂いてありがとうございました!」
しっかりガゼルの方を見ながら感謝の言葉を伝えるアレックス。その後ろにいたドーグとリーナもそれにあわせて一礼している。
それに対して「いいっていいって」と手で一礼させるのを止めさせるガゼル。
「あぁ〜気にするな。お前らが悪いわけないだろ?そもそも他人が冷やかしをしている方がおかしいんだ。冷やかしもあそこまで行けばただのイジメや社会的地位を利用した権力乱用みたいなもんだろ」
「本当にありがとうございます!」
「「ありがとうございます」」
それでも感謝を伝えるアレックス達。ガゼルは再度手でやめさせるが、内心感心していた。
'本当に真面目だなアレックスは'
まっ、こういう事がしっかり出来る奴らは中々いないしな。
意外とこういう所が抜けてる奴が多いし、
それからしばらく楽しく話しながら歩いたところで、ガゼルがアレックス達に尋ねた。
「そろそろ宿屋に行きたいんだが、お前達のおすすめはあるか?」
「あっ!一応先導しているのはその宿屋に行く為です!先程食べた、かがやき亭の近くに良い宿屋がありまして!」
「ほぉ〜ん」と息を漏らし、そのまま街の景色を眺めながらアレックス達に着いていく。
アレックス達は頷き、俺たちはその宿屋へ向かった。
---宿屋
「いらっしゃい!」
見た目はかなり年季の入った木造建築。足で少し力を込めて押し付けるとミシミシ言う。おまけに掃き掃除や拭き掃除なんかは行われているだろうが、ただの水洗い。それが分かる清潔具合と地面に転がっている埃やその他のゴミを見ればよくわかる場所だ。
「こんなところに寝泊まりしているのか」とガゼルは入って数秒でそう心の中で呟いていた。
「5人だ。内訳は2人女性で3人男だ、空きはあるか?」
「ああ、あるけどねぇ」
気の良さそうなおばちゃんがそう返事をする。だがバツの悪そうな顔をしながら誰かを見ている。
おばちゃんの視線の先にはセレーヌが居た。
ガゼルは無言でその避けられていない視線とその意味を瞬時に理解し心の内で溜息をつく。
'ああなるほど'
「済まない店主。この女の子は奴隷だが、普通に扱っている。⋯⋯それでもダメか?」
「ええ、奴隷の寝泊まりは基本1人とは換算しなくてねぇ」
ガゼルが少し下手に出ながらそう尋ねるが、返事は中々辛いモノだった。
'はぁ'
こういうところでもハンデがあるのか。奴隷は辛い世の中だな。こんな状況なら、一体どうすれば普通になれるんだか。
「そうしたら3部屋でもいいか?」
「ああ!それなら構わないよ!」
'良かった、これで解決だな'
⋯⋯本当に良かった。
もしこれで外に置いておくしか出来ない等と言われたら、この建物ごとぶっ壊す事になってただろうからな。
「何泊にするかい?」
「とりあえず1ヶ月分だな」
「はいよ!銀貨9枚と銅貨6枚ね」
「ありがとう。店主」
ガゼルが先にお金をカウンターの上に置く。その後アレックス達もお金を払ってひとまず今後の話し合いをするために近くにあるテーブルに座った。
「師匠、これからどうしますか?」
両手両足を組んでいるガゼルは、どうしようかと鼻息を漏らす。
'ん~'
とりあえず⋯⋯。
ガゼルはチラッと視線を落とす。
まぁ優先順位的には、スキルを獲得したいしこの制服をどうにかしないとならん。ギルドの時といい、歩いてる時といい──あまりにも浮き過ぎている。
冷静に考えればすぐに分かることだが、まぁ地球製の制服は綺麗プラス清潔だし、デザインや生地なんかも特殊だ。
この世界の人間からすれば──宇宙人の代物となんら変わりない。
だがらまぁ⋯⋯馴染まないといけないが⋯⋯
ガゼルが近くにいるアレックス達や、他のテーブル席に座っている冒険者らしき集団をチラッとだけ視線を向ける。
どうにもあれは汚いし、デザインも派手で実用性のない物ばかりだ。俺には苦手過ぎる。
とりあえず一旦誰にも見つからないところは確保できたし、スキル取得とコイツらの鍛錬と身体能力の向上を図る。今日のところはコイツら全員の現状を見て、色々そこから伸ばしてやればいい。
「とりあえず今日からアレックス達にトレーニングメニューをつける。まずはそれを1週間試してもらった成果を俺に見せてもらい、そこから各々の成長を考えていくっといった流れだな」
ガゼルがそう言い終わり全員の顔を見ると、4人ともよく分からないと言った表情でガゼルをポケ〜とみていた。
「どういうことだ?」とガゼルは一人で考え始める。
だが数秒後、悩んでいるガゼルにアレックスが質問を投げた。
「師匠、'とれーにんぐ?''めにゅー?'とはなんでしょうか?何の言葉なんでしょうか?」
'あーそこか'
そうだよな。カタカナなんて、こっちじゃ使わないよな。俺のミスだ。
「俺の指導専門用語だ。
身体を鍛えたりする時に書いてあるモノの名称がメニュー、鍛錬を行う事の別称がトレーニングだ。悪いな」
「あー!なるほど。しかし、何故1週間なのでしょうか?」
不思議そうにそう呟くアレックス。
「俺が部屋に篭もる日数だよ」
「え!?篭もる!?師匠!精神になにか心配が?」とアレックスは立ち上がって声を上げる。
'一々優しいな、アレックスは'
「違う、生産物を作ったりとやる事があるんだ」
「なるほど!師匠に精神的なものがなくて」
「心配してくれてありがとうな」
「はい!師匠!」
「ドーグとリーナもそれでいいか?」
そうガゼルが確認の言葉を投げかけると、無言で頷く二人。
確認を終えたガゼルはそのまま席を立ち上がる。それに合わせて全員も一斉に立ち上がった。
「よし!お前ら!ぜってぇあの糞どもを見返すぞ!」
「おー!」「おー!」「ぶっ潰す!」
「なんか物騒な言葉が聞こえたが!?」
全員一斉に拳を固めて突き上げ、その表情はとても落ちこぼれなんて呼ばれていたのかと思う程に希望に満ちていた。
謎の盛り上がりを見せる一同だった。それから程なくしてそれぞれの部屋へと入る前
「一刻後に再集合だ!それまで休憩にするぞ!」
「はい!」「了解しました!」「はい!」
「よし一時休憩!」
ガゼルの言葉で男二人とリーナ、そしてガゼルとセレーヌの二人の三部屋へと別れた。
ガチャン。
「ほぉ〜」
中は地球で言うと1000円払ったら泊まれるレベルと言った方が早いだろうか。まぁ⋯⋯たかが知れるといったところだ。
'おい、本当に大丈夫なのか?'
明らかにヤバそうな空間だが。
見回せば、壁に謎のシミや変な傷跡があったり、ベッドも嫌な感じがするが────。
「あぁー!」
ガゼルはそんなことお構いなしにベッドへと寝っ転がった。深呼吸しながらやっとかと嬉しい吐息を鼻から漏らし、セレーヌに笑顔を向ける。
「やっとベッドで寝れるなセレーヌ?」
「え?私は地面で横になり──」
「セレーヌさんやぁ?」とガゼルが冗談だろ?と面倒くさそうに呟く。
「え!?それもダメなんですか!?」
「当たり前だろーよ、俺が地面だ」
「そ、それは流石に」
セレーヌがガゼルから視線をプイッとそらす。だが、その表情は不快というわけでは無く、微かに頬を紅く染めていた。
「じゃあなんだ?一緒に寝るのか?」
寝返り打ってセレーヌの方へ向け、ガゼルが意地悪な笑みを向けるのと同時に慌て始める。
数秒の動揺を終え、完全なトマト顔になったセレーヌ。
「ね、寝ましゅ!」
「あっはっ!噛んでやがる」
「もう!笑わないでください!」
二人は息ぴったりで爆笑しながら数秒が経ち、ガゼルがベッドの隣をポンポン軽く叩く。
「よし!セレーヌ寝よう!」
「は、はい!」
人生で遭ったこともない状況。奴隷がご主人様のベッドに入って、何もせずにただ寝る為だけに入るなんてどの奴隷も体験した事のない現象。ベッドに半分程乗ったセレーヌが、緊張を隠せずにいた。
「大丈夫だ。何もしない」
反対側を向いているガゼルが、セレーヌの心を見透かしたようにそれだけ発した。
そう言われたセレーヌの顔が思わず強張った。
正に私は今、出会ってまだそこまで経ってはいないけど、今までの主の中では全くいないタイプの善良な人に会っている。
──「せ、セレーヌちゃんでいいの?」
──「何かあったら言ってね?」
みんな自分の身体や顔を見て色んな想像をしながら気持ちの悪い嫌な視線で見てくる。
下心があるに決まっている。
'多分──'
セレーヌは失望したくなかった。たった2日という短い期間ではあるが、自分の知っていた綺麗な人ではなく⋯⋯他の人と同じであって欲しかった。その方が精神的苦痛が少なくて済むから。何かあった時に。
「してくれた方が気持ちは楽ですけど?」
作り固められたセレーヌの笑み。
愛想笑いをしながらベッドにゆっくりと入る。
「セレーヌ」
セレーヌの方へと顔を向ける。二人の距離僅か30cm。ガゼルの真剣な表情とは裏腹に、セレーヌの心臓はマラソンを終えた時のような早い鼓動を打っている。あまりにも美しいその瞳をこの距離で見るには耐性が無さ過ぎるからだ。
そして匂い。心理学でもある。
イイ男は匂いがどうやら違うらしい。ガゼルから発する体臭は人を沼らせる特殊と言いたい魅了させるようなモノを発していて、奴隷であるセレーヌでも思わず唇に顔を自然を持っていきそうになる程だ。
「ど、どうしました?」
今まで自分の身体を見て、気持ち悪い呼吸と視線を向けられていた今までの嫌な記憶。だが、セレーヌは直感で思ってしまった。
こういう事なのだと。抑えられるモノではない。
だがなんとか必死に抑えつけながら、ガゼルの話を聞くセレーヌ。
「俺な」
「はい」
「女性とまともに話したのなんて殆ど無いんだ」
'何を言ってるんだか'
そんなわけ無い。安心させる為の嘘もここまで来ればもはや笑えるものだ。
セレーヌは思わずぶっと笑いを堪えきれずに息を飛ばす。
「ご主人様、何を言ってるんですか?ご主人様のかっこよさでないなんて」
あり得ない。これで本当にいなかったら、裸で釣られてもいいくらいだ。それ程美しい顔をしているし、寧ろ欠点が無いくらいだ。これでいない──
だがセレーヌは、ガゼルが嘘をついているだなんて思えないくらい真剣な目つきということに気付く。
本当に⋯⋯?
「え?本当ですか?」
「ああマジだ」
「ま、まじですか」
'さっきのは無かったことに'
セレーヌは苦笑いでさっきの自分に対してそうツッコミを心の中で行う。
「マジだ。だから若干緊張はするが、見なかったことにしてくれ」
そうクールに話すガゼルだが、何か理由は分からないが──その大きくも小さい身体は無意識に震えていた。
だが、セレーヌがそれを見てはおらず、ガゼルの背中を触れてるか分からない絶妙なところで手を当てていた。
そして近い距離にいるため、ガゼルの匂いにやられて抱きしめるまでは行かなくても、ほぼ変態に近い動きでガゼルの匂いを嗅ぎながらふわふわ浮いているような意識の中で夢の空間を味わうセレーヌ。
「ご主人様の初めて⋯⋯⋯⋯私が」
'おいおい'
「オイオイ!なんか急に物騒な言葉が出てるが!?」
「ああ!こちらの話です!」
ハッとしたように意識が戻ってセレーヌは営業スマイルでそう返す。そしてすぐにセレーヌはまた麻薬中毒者のようなふわふわした感覚が訪れ、そのままガゼルの背中を見て嗅いで触って安心しながら夢の中へと入った。
'まぁいい!寝よう!'
セレーヌはもう寝ているようだし、仮眠とるか。
**
「おぉ〜」
それから1,2時間後。アレックスの案内で宿の裏にある空間で素振りなんかの軽め運動ならしていい場所があるらしい。今はその場所に着いたところだ。
「すげぇな」
「師匠がいたところの宿では、こういった場所は無かったんですか?」
「勿論。周りの目がうざったいよ」
地球とは開放感が違い過ぎる。俺からすればこっちの方が楽でいい。
「師匠がいた故郷は、何か暗そうですね」
苦笑いでアレックスが呟き、壁に対して斜めに立て掛けてあるボロボロの木剣を手に取るアレックス。
「一応武器代わりにこれを使っています」
アレックスがそう言うと、ガゼルが木剣を片手で取る。そして品定めするように木剣の剣先から持手まで一周している。
「師匠⋯⋯?」
「ん?あぁ悪い悪い。これはアレックスだけが使っているのか?」
「一応そうですね」
「ふ〜ん」と1回頷きながら納得の鼻息を吹いたガゼル。
「何かありましたか?」
「いや」
少し間を空けてガゼルがそう余韻を残しながら呟く。だが、何かに対して確実と言っていいほど憤りに近い感情を持っているのは確かだ。
それを証明するように木剣を眺めているガゼルの持つ手が微かに震えている。
「まぁ良いか」
そうガゼルがアレックスの方へと顔を向けたと同時に──一瞬で距離を空けるアレックスの姿があった。
もはや本人も前後を忘れる勢いで自分が何故反射で退るのかも分からない。
だが──本能的に察したのだ。
「⋯⋯どうした?」
ガゼルが困った様子で首を傾げている。
'敵に回さなくて良かった'
体感長すぎる1秒を刻む毎に、アレックスの考えが鮮明になっていく。
こめかみから冷や汗が伝う。
俺の考えが正しければ⋯⋯本能が言ったんだ。
『この男に武器なんて持たせてはならないと』
「ん?ほれっ」
困惑しているガゼルが、もう1本の木剣をアレックスに軽く投げた。そして軽く右手で上から下へと振り下ろしている。準備運動のようにも見えるガゼルの動きだが、アレックスには全く別物に見えていた。
'一見ただの素振りのような動き'
だが違う。ただ感覚を確かめてるだけだ──あれは。加減の練習だ。
「そんじゃあ──始めるぞ〜?まずは好きに打ち込んでこい」
「はい!」
'間違いない──断言できる'
アレックスが両手で木剣を持ち正面に構えた。
相手は同世代の子供では全く無い。
"脅威"だ。これは最悪の流れの上で対処しなければならない。
アレックスがすぐにそう感じたのにはワケがあった。
片手で持つ木剣をだらんと剣先を構えることなく下に向けてノーガードで待つその姿は、まるで人間ではない何かの姿にすら見える威圧感があるのだ。人のオーラとは不思議で、勝手に目の前を歩いているだけで緊張感が高まるのと一緒だ。
ノーガードでこちらを見ているガゼルが不気味でしょうがない。
だが目が物語っている。『殺す』と殺気がとんでもなく無意識に込もっているその両目はアレックスを圧し潰すのには容易だ。
「ふぅ」
アレックスが覚悟を決めたように目をカッと見開く。そのままガゼルに向かって声を発しながら斬りかかる。
「ふんっ!」
斜めに振り下ろすが乾いた音がアレックスの耳に入る。それと同時にゾッとした。
「⋯⋯⋯⋯」
ガゼルはその場から一歩も動く事なく剣先を振り下ろしたアレックスの木剣にピタリ付いている。そしてカタカタ木剣を動かそうとするアレックスの姿が映り、数秒ののちガゼルは木剣を元の定位置へと戻す。
'なんで何もやり返さないんだ⋯⋯?'
アレックスに微弱程の怒りが湧く。
「ハッ!ふっ!」
カァンと木剣の乾いた音が何度も聞こえる。アレックスは木剣で横に払い、斜めに振り下ろし、時には突きも混ぜながらガゼルに打ち込んでいる。
カァンッ。
何度も挑むアレックスは少しずつ頭が痛くなる。
何故ならだんだんと分かっていくからだ。自分の身体がゾッとしている事に気付いていくという恐怖だけ。
'もしかして'
アレックスの握る力が強くなる。
さっきから動かずして舐められていると思った自分が恥ずかしい。
力技で擦りながら剣先を使って止めているのかと思っていた。だが違う。この人──剣先を最小限の動きと最小限の力だけで振り下ろしにあわせて剣先を合わせているんだ。
打ち込んで弾く、流す、逸らすなら分かるし、受け止めるもわかる。
だが、流しながら振り終わりに合わせて剣先を置くなんて人間業じゃない!!
打ち込んでる方が気付かないなんてあり得ない。
数分間休まず挑むアレックスの攻撃を、当たり前のように剣先を合わせるガゼル。
「ふんっ!」
カァン。
'また'
マズイと眉を寄せるアレックスは変則的な動きに切り替えてフェイントを混ぜた。
'右からというのを、直前に回って足に向ける!'
「ハァッ!」
右手を少し振り上げたところで、ガゼルがアレックスの両目を無言で見つめる。
ザザッ。
アレックスが振り下ろすフリをして腰を下げて1回転する。
'これな───'
踏み込む二足が突然力が入らなくなった。
'どういう⋯⋯?'
自分の視線を両足に向けると、ガゼルが木剣で下半身のある部分に剣先を軽く押し当てている。
「最初の1分程は理解に苦しんだところだが、最後の一撃は中々だった」
そう爽やかな笑みを浮かべ呟いたガゼルだったが、その笑みからは考えられない程の蹴りがノーモーションで気付けばアレックスの顎にモロに入り、宙に40cm程浮いたのちに気絶した。
**
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」
それから約40分程が経った。
気絶したアレックスを当たり前のように起こし、もう一度打ち込ませた。
「⋯⋯ッッあ!はい!」
疲労が目に見えて分かるアレックスが再度木剣を握りしめてガゼルに向かう。
カァン!
「足が疎かになってるぞ」
「すいません!」
カァン。
気付けばアレックスの全身から湯気が経つほど汗をかいている。
「⋯⋯はぁぁ!」
全力で重心を下げたところから横払いを始めた辺りで、ガゼルが木剣の剣先だけでアレックスの剣を地面に向けさせる。
「まっ、初日はこんなもんだろうな。よく着いてきたな」
ガゼルの一言を聞いた途端、アレックスが死んだようにその場でドサッと力が抜けた人形のように崩れ落ちた。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」
大の字になっているアレックスは過呼吸気味にゼェゼェ深呼吸をしようと必死だ。
休憩などなかった。休憩の時間は気絶している数十秒のみ。謂わば全集中で走り続ける事を1時間以上行うということだ。
「あぁ〜そろそろ交代の時間か?剣術だったからちょっとかけ過ぎたかなぁ」
そう独り言を漏らすガゼルを見たアレックスは息を呑み、声を掛けた。
「師匠は──疲れて居ないんですか?」
「あぁ」とご飯を食べましたか?という問いに答えるようなトーンでアレックスに返事を返したガゼル。
「怪物⋯⋯ですか?しかし、いつか追いついてみせます!」
怪物⋯⋯か。だか追いつこうとする気概アッパレだな。どっかのバカも同じことを言っていたな。
ガゼルは木剣をそっと壁に立て掛けてからアレックスを見下ろす。
「いいか!アレックス!」
「はい!」
「剣術を上手くなるのは構わん!だがそれを支えるのはどこだ!」
「身体⋯⋯ですか?」と真剣に答えるアレックス。
「そうだ!剣術使う土台が貧弱だと力、速さ、器用さが下がる。まずはトレーニングだ、1週間でこれを全てこなせ」
アレックスに紙を手渡して煙草に火をつけるガゼル。
「紙をお持ちなんですか!?貴重なものですが!」
「え?」
'しまった'
アイテムボックスに入ってた通学カバンの中に入ってた物を使ってしまったが、この世界では貴重か。
「まぁいいだろ?とりあえずこのトレーニングこなせ。いいな?」
「はい!」
満足気なアレックスが部屋に帰っていく。この調子で日が暮れるまで俺はパーティー全員に指導を行った。その後ドーグには俺の攻撃をジャストで受けるトレーニング。リーナには魔法体術とそれの運用法の基礎を教えた。
'え?なんで俺が魔法使えるって?'
実は気付いていなかったんだが、ゴブリンとウルフの戦闘で、俺は自然に魔力を纏って攻撃していたみたいだ。スキル欄を見たら魔力操作と無属性魔法を取得していたんだ。
まぁ、あっちでは分かりやすくいうと、気の流れのようなモノ使って戦っていたからな。その感覚はどうやら魔力と同じの様だ。
まぁそんな事があり、それぞれ3人に合うトレーニングメニューの書いた紙を渡して夕方⋯⋯いや、夜を迎えた。
「いや鍛錬の後の飯は上手い!!」
「ほんとねぇ!美味しいわ!」
「ああ!本当に上手い!」
「よく食べるわねぇ〜3人共」
必死に肉料理を頬張る3人を見て店長であるおばちゃんが笑いながら追加の肉料理を持ってくる。それを見たガゼルは、一人クスッと心の内側で笑っていた。
そして、過去の記憶だと思われる映像と数人の会話がガゼルの頭の中では流れていた。
──「わーい!」
──「おい〜!!てめぇ!創一!お前も食うか?」
──「いらね」
──「そうかよ、そういえば【│━〈は今日仕事だっけ?」
そしてその会話にしての後、パーティーでもしているのかと一つの部屋で数十人の人間達がどんちゃん騒ぎをしながら過ごしているのがよぎった。
懐かしい光景だな。
俺はそのまま必死に食べている3人を見ながら夜飯を食い、食べ終わりの食休憩と共にアレックス達と雑談をしてから夜の10時手前にセレーヌと部屋に戻った。
部屋に入るなり、セレーヌが急に「ご主人様!私も強くなりたいです!」そう言ってきた。
「どうした?突然」
'ん~'
セレーヌにはきついんじゃないか?あくまでアイツらはそれなりに武骨向きでもあるし、それに鑑定の結果、セレーヌは回復向きみたいだしな。わざわざ戦いを学ぶ必要はあるのか?そんな必死になってまで。
「何故だ?別に俺がいるからセレーヌは気にしなくていいんじゃないか?」
「いえ!買って頂き、守って貰うのは恥です!」
「いや、そういうのやめよ──」
「もう弱いのは嫌なんです!守ってもらうのも!せめてご主人様と一緒に戦えるくらいにはなりたいです!」
俺の話を遮り、声を張り上げて必死にそう言ってくるセレーヌ。
'そうか。セレーヌは焦っているのか'
自分だけ何も役割が無くて役立たずになるのが嫌なのか。まぁそうだよな。奴隷の立場のことを考えていなかったな⋯⋯これは俺の失態だ。
溜息をつき、鼻の付け根を摘み反省するガゼル。
「分かった。セレーヌにも稽古をつけよう」
「ほ、ほんとですか!?」
「但し──逃げるなよ?俺は一々誰にでも教える訳じゃない」
これくらいは言っておかないとな。
ガゼルの両目を見てセレーヌに緊張感が生まれる。だが、それはセレーヌ自身も分かっていた事だ。
「は⋯⋯はい!精一杯頑張ります!よろしくお願いします!」
「それでいうと、まずセレーヌに行っておくことがある」
「はい?」
「まぁなんとなく察しているかもしれないが、俺はレア持ちのスキルを持っているし、人様に言えないレベルの秘密がかなりある。まぁ言わないと思うが、今から起きる事は絶対厳守だ──いいな?」
「は、はい!」
セレーヌはその場で正座の体勢になって話を待つ。そしてガゼルはベッドに腰掛けて、両手を後ろに伸ばしながら天井を見つめた。
「まず、俺はスキル鑑定がある」
そう言った瞬間にセレーヌが数秒固まった。
'やはりそういうことだろうな'
まぁ、ぶっちゃけ鑑定はチートの王道と言ってもいい。ナビが言っていたように、物事の情報にしろ、なんにせよ──人類で鑑定が使えるのが俺と他の転移者達ということを考えると、ここの現地人にとっては神同然だ。
「それでセレーヌ⋯⋯お前は僧侶だ、適正は聖属性と支援。使えるスキルはライトヒールのみだ。耐性だがふたつある」
ガゼルがそう言い終わると、セレーヌが目を見開いて興奮しているのが分かる。
「ご主人様!す、凄いです!教会にお金を払わないといけないのに、スキルなんて!」
「まぁそういうことだから。とりあえずセレーヌには、俺が直接
「はい!」
セレーヌが元気よく返事をする。
「それでセレーヌ、俺は自分のスキルを獲得するために今から地獄に挑むから気にしないでくれ」
「へっ?」とセレーヌが喜んでいた表情から一変。突然の情報にキョトンとしている。言い終わったガゼルがアイテムボックスから毒草の山を取り出して1枚布を敷き、ベッドの上に並べた。
「ご主人様!?」
セレーヌですら見たことがある毒草。トレーニング帰りに寄った薬草のお店で買い込んだ物を並べている事に慌てているセレーヌだが、ガゼルはガン無視してそれを思い切り口の中へと突っ込んだ。
「ご主人様!それは毒です!飲んではいけません!」
「だから慌てるなと言っただろ。死なないからじっとしててくれ」
「は、はい」
困惑しているセレーヌとあっけらかんとしながら全身に毒が回るのを嬉しそうに待つガゼル。
ステータスを開いて体力の減りを確認している。数秒後、体力のゲージが一瞬で10以上下がり始めた。
それと同時に、咳やその他副作用がガゼルを襲った。
「ゴホッゴホッ!」
地面に吐血、全身からは痒みや幻覚、ふわふわと麻薬のような症状がガゼルを襲うが、目は正気。唯一咳だけが激しく漏れ出ている。
「グッホォ!!ガッ!!」
「ご主人様!!!」
膝をつくガゼル。セレーヌの目でも見えるほどガゼルの喉元には青白い血管の色が浮かんでいる。段々と真っ黒に染まっていき、今にも死ぬんじゃないかと思う程にガゼルの顔色が死んでいく。
それからその状態のまま10分以上が経った。体力が多いガゼルが地獄のミックスに嫌気が差し始めた時、やっとステータス画面には体力が10を切る通知が出た。
'やっとHP体力が10を切った!'
「セレーヌ!ライトヒールを頼む!身体を回復させるイメージでライトヒールと言うんだ!」
ガゼルの声量に驚きながらもセレーヌは必死にガゼルに両手を向けて詠唱を始めた。
「はっはい!ら、ライトヒール!」
黄色く綺麗な魔法の粒子がガゼルへと飛び、全身を包み込んでいく。
'僧侶のヒールは毒にも効くとあった'
これならセレーヌも人を助けれると実感できるだろう。そして俺もスキルを獲得出来る。簡単だ。
血管の色が元に戻っていく。どんどんさっきまで感じていた地獄のような症状や痛みが無くなっていく。
「はぁ⋯⋯⋯⋯」
ベッドにドサッと脱力したまま倒れ込むガゼル。あまりの疲労ですぐに目を閉じた。
こりゃあきついな。いつぶりだ?こんな瀕死になったの?まぁいい。毒状態なのは変わらないが回復しているな。
最悪な気分だが、そのままもう一度行う。
─条件を満たしました。
【スキル】最大HP上昇無制限を獲得しました
終わったぁ⋯⋯⋯⋯。
そしてセレーヌの奴才能たっぷりじゃねぇか!?あれこそ本当に才能ないと出来ない奴じゃないか?いきなりやらせてその場できるなんて。
まぁスキルの適正のお陰なのか分からないが。
さて、この調子でやっていくぞ!
**
そして1週間が経った。
「ご主人様!起きてください!朝ですよ!」
「んっ?ああもう朝か」
俺はあれからゴーグルゴーのスキルを全て取って、その次は検証だ。
数あるスキルを取ったが、
"日本技術加工"⋯⋯。これは、名前からみても異常だ。これが何処までチートなのか分からないが、絶対と言っていいほどヤバすぎるスキルだ。
名前からして、この世界には無いものを持ってくる代物だぞ?魔力によっては、飛行機や戦車なんてのが出せたらもう不味いだろ!絶対!
『マスター』
'ん?渚か?最近話していなかったな?'
『渚は少し寂しかったです』
あ、ああ。これが俗に言う可愛いってやつか!?顔が見えないのに!?
『マスターそういえば、私のLvも上がりました』
'ほう!なんか、喋りが人間っぽいな'
『それでマスター、スキルのリンクが可能になりました』
'つまり?どういうことだ?'
『つまり条件検索などを私が調べることが可能です』
何ぃ!?そりゃあ便利だな!勿論リンク出来る?
『はい!可能です』
'それじゃあよろしく!'
『はい、マスター』
そうしたら次取るスキルを考えないとな。
この日本技術加工のこの世界のバージョンは無いのか?
『はい、ございます。正確にはマスターの意見が通りアルテミス様がお作りになられました』
'はは!アル!結婚するか!'
笑顔でガゼルがそう呟くと、外にドデカイ雷が落ちた。ビックリしてベッドから飛び上がるガゼル。
'え!?なに!?怖いんだけど!?'
『マスター、無自覚でそれを言っているのでしたら鈍感主人公になってしまいます』
'え?なんで知ってるの?'
『マスターの知識を少し覗きました』
'あ、なるほど。了解'
『ただいまの雷は神界からお知らせされました』
'何が!?'
『照れておられる様です』
'アル、お前可愛い所あるじゃないか!'
ドゴンンンン。
さっきよりも威力のある雷が外に落ち、外は軽く騒ぎなっていた。それをチラッとみたガゼルが溜息をつきながら無言で座った。
'やべぇなんかごめん、黙るわ'
『はいその方がよろしいかと』
'ところで渚?そのスキルは取れる?'
『はい!それはもう取得しました』
'え?マジで?'
『マジです』
'あ、そうかい'
それじゃあ渚、最大MPとHPを増やす草なんかある?
『検索します⋯⋯⋯ありました。体力草と魔力増幅草です』
'因みに一般レアリティは?'
『12の神級アイテムです』
'だよなぁ!そんなんあったらバグより酷いよな!渚、必要MPは?'
『ひとつ辺り2000の魔力が必要です』
まぁそれでも少ない方だろうな。
だって何もしなくても食べればMAXが増えるんだもんな⋯⋯永久ループが出来る。
問題はそれがどれくらい増えるかだな。
『マスター残念なお知らせですが増幅値は500です』
ハッ!?増えすぎだろ!?
転移する際、女神パワー込めすぎたとか言っていたが、やり過ぎやな⋯⋯うん。
したら事実上働かなくてもお金や必要な物は全て必要無くなるな。
『はい。チートだと思います』
だよね?渚?俺も思うもん。
まぁいい!日本技術加工がどこまで再現できるか検証だ!っと、その前にアイツらの成果を見なきゃな。
「そろそろ降りますかー?」
「あぁ、今行く」
ガゼルはベッドから立ち上がって扉に手を掛けた。
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