10話 街に向かう前に2



'さっ!後は、とりあえずスキル関連の確認か'

 生前取得スキルは一旦置いておこう。

なんせ身体の動かし方は分かっている。問題は職業とこっちのスキル関連だ。これ、職業詳細見れるのか?なんせこの修羅道という職業はどう考えても職業って感じじゃねぇだろうからな。


'どういう事だよ'

ガゼルが鼻笑いをしながらスマホの電源を付けた。


電源をオンにすると『ラブラブ通信スマホ──アルテミス』という文字が浮かび上がり、そのまま起動を始めた。


'ラブラブ通信⋯⋯?'

 ガゼルの両眼は困惑の二文字。


え⋯⋯?───え?


 起動が終わるとiPhoneのような設定が始まる。

"ようこそ"から設定を進め、終わるとホーム画面に辿り着く。アイコンは多くなく『マイステータスと詳細』,『職業詳細設定』,『女神とお電話』,『アルテミスからのメール』,『女神アルテミスのゴーグルゴー』というのみ。


ガゼルは他にも何かないか調べたが、特に無く、ガゼルは早速目当ての職業詳細鑑定を始めた。


'職業詳細鑑定!'

────────────────────────

修羅道Lv0 (ユニーク)


【職業詳細】 


神門創一ガゼルの魂がレイアースに来る時に反映された職業。強くなりたい気持ち、執念、努力量、実績が世界を超えて魂が反映された。


⋯⋯まさしくその姿は鬼神の如き姿。

しかしレイアースに転移したばかりであるため、肉体とステータスがその数値に耐えられない為下位職業に落とされたモノである。


【職業スキル】


・修羅の一撃Lv0

スキル発動から次の攻撃が3倍に上昇し、練度により上昇する倍数が変わる。


・修羅奮迅Lv0

スキル発動から1分間全てのステータスが3倍に上昇。発動後、気力とMPを全て消費する。


【まだ解放されていません】


【まだ解放されていません】


【職業常時発動スキル】


・修羅の道

全てのステータスが1.3倍上昇する。


・鬼の道へ進むもの

気配察知のスキルが無くても気配を辿れる様になる。


・【まだ解放されていません】


・【まだ解放されていません】

────────────────────────

'いやコメントし辛いわ!'

スマホ画面を見ているガゼルが片手で顔を覆いながら心の内側で呟いた。


'しかしこの職業スキル異常じゃないか?'

 なんだよ全てのステータス1.3倍って!ゲームじゃ絶対ないわ常時発動なんて⋯⋯。しかもこんだけの強力なスキルの上にまだ解放できるものがあるなんてな。

まぁ適切に評価された上での職業か。何処か嬉しくなるな。


まぁ生き方が他に無かったからなんとも言えないが。

さて!アルから貰ったスキルで検索するか!とりあえず、有用スキルは予め取っておいた方がいいな。


指でホーム画面に戻り、そのまま隣にあるアイコンをタップした。


'スキル取得検索っと!'

────────────────────────

〈女神アルテミスのゴーグルゴー!!〉


【お知らせ】

創一の為に作ったんだよ!入手難易度めちゃめちゃ下げたからね!ちゃんと活用してよ?


〈これがオススメ!〉


第1位 成長限界無制限!

文字通りのスキルだよん☆


−−取得条件

修羅道のレベルが5に到達次第取得可能。


第2位 最大MP上昇無制限!


−−取得条件

魔力枯渇を10回経験する。


──鍛錬が好きな貴方に~,これはオススメでは?


第3位 最大HP上昇無制限!


──これも必要でしょ?


−−取得条件

瀕死を2回経験する。


第4位 日本技術加工スキル


──これね!ね!良いでしょ?MP消費で日本にあったもの作れるというスキルだよ?欲しくなってきたんじゃない?ね?ね?残業して作ったのよ?ね?


−−取得条件

MPを使う。

────────────────────────

'あ、あ、アルが目の前にいた感覚が凄いんだが'

 一呼吸するガゼル。そしてランキング外にあるスキルにも目を通した。そしてそこにはまぁあったら普通に有用だろうと思えるスキルが山のように並んでいた。


恐らく仲良くなったからなのか、それとも女神の性格なのか、条件がかなり軽いモノばかりだった。思わず笑ってしまう程に。


'ぶっちゃけこれチートだろう'

大きく吐息をつきガゼルは石の隣にスマホを置いた。

 アルは俺に何をさせたいんだ?俺が悪用するとか考えて居ないんだろうか?それとも神様だから、何時でも消せる線もあるんだろうか?まぁ、一先ず先にこのスキル達を取ってから色々手を付けるべきだろう。


'と、なれば──'

 

それから小休憩を終え、ガゼルは立ち上がって近くで色々管理しているセレーヌに近付いた。


「セレーヌ」

「はい!ご主人様!」


清掃をしているセレーヌが手を止めた。


「あぁ、悪いな」

「いえ!」

「ゴホン、それじゃこれから街へ本格的に向かうが、道中魔物と戦うだろうから見かけたら直ぐに離れてくれな?」

「は、はい!わかりました!」

「そんじゃコレは回収するな」


多分もう使わないだろう道具達をアイテムボックスへとしまい、そのまま癖で使って汚くした場所を軽く清掃してから街へ行く準備を整えた。


「さて、行こうか」

「はいっ!」


二人は元気な足取りで街の方角へと足を進めた。



**

それから30分程二人は歩き続けた。

ずっと街の景色のけの文字も先の見えないただ森景色。  

 思った以上に変わらぬ景色に退屈そうに歩くガゼルと、キョロキョロしながらも何処かピクニックに行くのかと勘違いする程笑っているセレーヌ。


「ご主人様は遠くの地方から来たって仰っていましたよね?」

「ん?そうだな」

「私は奴隷なので分かりませんが、遠くの地方ではどんな文化とか街なのかが気になります!」


両手で嬉しそうに広げながら質問するセレーヌに笑い、ガゼルは「ん〜」と考えながら口を開く。


「そうだな〜」


何を話そうと考えているガゼルと、目を輝かせながら待っているセレーヌ。


「俺のいた所では、奴隷なんて言葉は既に死んでいたよ」

「奴隷がいないんですか?」

「あぁ、まぁ闇はあるだろうから居たかも知らんがな」

「良いですね⋯⋯そんな場所は」


微笑みながらそう返事を返すセレーヌ。


「他にもあるぞ〜。美味い店がいっぱいあるし、遊べる場所もいっぱいある。セレーヌが来たら⋯⋯多分失神するな色々あり過ぎて」

「えぇ〜!いつか行ってみたいです!ご主人様の故郷に!」

「あぁ⋯⋯いつか行きたいな」


幸せを浮かべる口角と双眸。意外と呑気に歩いていた二人だったが⋯⋯事件が起こったのはここからもう10分経った後だった。


「そういえばトラシバだっけ?なんか細かい決まり事みたいななのあったりする?」

「そうですね〜⋯⋯あっ、でも賄賂は大事だって商人の人が」

「あちゃ〜」


'なんて事教えてんだよあのクソは'

 失望しながら口元を尖らせ、顔を背けるガゼル。


「まぁそうだよな、色々──」


'ん?'

ガゼルが足を止める。セレーヌは突然険しくなるガゼルの表情を見て、黙って様子を伺っている。


'何処からだ?そこまで遠くない距離から金属音がする'


『キンッ──!!』


'一回何かがぶつかったような単音⋯⋯?これは弾きか?'


『キンッッッ──」-」%♪〆!!』


「人か?誰か戦っているようだ」

「え?」


'全然聞こえない⋯⋯'

セレーヌは、何故かずっと先に聞こえるであろう音を拾えているガゼルに驚きの表情を見せた。


「剣らしき音がするな。この先みたいだ」

「は、はい!」

「注意しろよ?何かあったらしっかり屈んで頭を守るんだぞ?」


 不快にならない程度の大きさで、鼻で笑ってみせるガゼル。

 それに対してしっかりと返事をしながらガゼルの後ろについて警戒を怠らないように進み始める二人だった。



---?

「オォーン!!!」


狼の遠吠え──恐らく仲間を呼ぶ為のモノだろう。獲物を見つけた狼は人間という獲物を、家族と頂こうというのが分かるほど余裕を見せている。


対して見える人影は三人。

一人は赤髪のウルフスタイルで、爽やかな印象を受ける男性。ボロボロの防具を着けながら懸命に走っている。


もう一人の男性は茶色に坊主とまでは行かないくらいの短髪。筋肉がかなり発達しており、それがプレート越しにわかる程だ。


最後の一人は女性。

紫色の髪色に肩につくくらいの長さで、ローブを着ながら懸命に最後尾を走っている。


「一旦下がれ!」


爽やかな男の張り上げる声で二人が返事を返しながら後方へと急いで下がる。下がったのを確認した男は、持っている普通のショートソードを上に振り上げる。


「ハァー!!!!」


激しい叫び。

覇気だけなら──ウルフレベルの魔物くらい圧倒出来そうなモノを放っているが、実際素早いウルフに剣を当てるのはかなり難しい。⋯⋯スキルや職業が無ければ。


「⋯⋯!!」


男は振りおろしの1回目、そして外したとすぐに理解してそのまま手首を返してウルフへと向ける。だが、人間とウルフは身体能力が決定的に違う。常人の人間レベルがギリギリ見える速度の軌道など──ウルフ達の視力や感覚に届くわけが無い。


ヒュン──。

男は2度目の攻撃も外してやっと動揺を露わにした。そしてウルフが前足を浮かして爪を男に立てた。


「ぐあっ!!!!」

「アレク!」「アレク大丈夫か!!!」


 胸に大きく爪撃を貰ったアレクと呼ばれる男がふっ飛ばされ、1回転2回転と地面を転がって後方へと飛ばされた。その光景を見ていた二人の叫び声の大きさがそれを物語っているだろう。


「くっ⋯⋯⋯⋯」


倒れているアレクは、何とか剣を支えに少しずつ体を起こしていく。今の一撃で大分体力は削られ、能力がかなり制限されると感じる傷口の深さと出血の量がそれを表している。


「くっそ⋯⋯⋯⋯」


支えている剣がカタカタと音を鳴らし、下半身の力がもう限界と震えている。


「マズイわよ?どうするアレク?」

「リーナ⋯⋯お前は魔法使いだろ?俺より前に出るんじゃ──」

「今のアンタなら私一人で殺せるわよ!黙って指示を出しなさい!それが──リーダーの役目でしょ?」

「ハハッ──」


乾いた笑い声を上げるアレク。

リーナも厳しい声を掛けてはいるが、表情は何処か優しさを感じる。


「スキルも使えないぞアレク。どうする?」

「分かってるさ!ドーグ!」


目の前には残り2体のウルフ。

アレクは気合いで完全に立ち上がり、鞄にあった最後の一瓶を飲みほした。傷口が塞がっていき、一枚の薄着の破れは治らないが怪我はなんとか今は気にしなくてもいいレベルまで改善した。


「ハァァッ!」


アレクは両手でショートソードを構えて真正面から進む。


「グルル⋯⋯」


進むと同時に、2体のウルフも真正面から命を懸けた突進を始めた。


「ハァァァ!!!!」

「GAAAAAAA!!!」


人間の雄叫びと野生動物の咆哮。

だが──アレクは直前に身体を屈めた。


「リーナ!!!」

「火よ──我が声に耳を傾けよ──【火球ファイアボール】!」


小さい火の玉がギリギリ屈めたアレクの頭の上を通り抜けて、先にウルフへと到達した。火の玉が着弾した音が軽く聞こえ、その上からアレクが剣を斜めに構えた。


「【斬撃スラッシュ】!!」


刃先の部分に緑色の何かが膜を張り、そのまま真正面からウルフを左下へと振りぬく。


キィンッ──。

スキルなのか、独特な音と剣を振り抜いた風切り音と金属が混じった音が響く。


「いいぞ!アレク!」


ドーグが盾を構えながらここぞとばかりに熱い声援を送る。それはリーナも同じだが、敢えて言葉では無く──黙って微笑みだけをアレクに向けていた。


「⋯⋯ふんっ!!!」


左下へ振り抜いた所では止めず──続けて横に一回転した。そしてそのまま回転した力でもう一体いるウルフへと剣先を向けながらスキルを使用した。


「グル⋯⋯⋯⋯ッ⋯⋯⋯⋯──」

「ハァッッッ⋯⋯⋯⋯ハァッ」


実際の速度はほんの一瞬の出来事だった。しかしその一瞬にとんでもなく神経の使い過ぎと呼吸を忘れていたアレクは、吹き返すように過呼吸を起こす。


「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯⋯⋯」

「アレク!大丈夫!?」

「⋯⋯⋯⋯あぁ、大丈夫⋯⋯だ」


ガサゴソとドーグとリーナが鞄を漁るが、何処にも回復系のポーションが入っていない事に気付き、静かに瞳を閉じた。


「MPと体力⋯⋯もうないわよ私」

「俺もスキル発動までまだ時間が掛かる」


普通なら問題ない。ただ帰ればいいのだから。

 

だがこの三人は、行って帰るまででも──限界をとうに超えている力量差だったのだ。勝つ為とはいえ、このウルフ戦だけで全てのポーションを使い切っていた。


「マズイ──」


アレクの呟きの途中。近くから死臭を感じたゴブリン達がここぞとばかりに奪いにやって来た。


「⋯⋯!!」


三人の表情が強張る。


⋯⋯当たり前だ。

ゴブリンは人型で、投石を出来るくらいには知能がある。

今、この状況で何をしでかしてくるか全く分からない。


「⋯⋯くっ」


ボロボロのアレクが気合いでまたも立ち上がった。


「二人はここで待ってろ」

「ちょっ、アレク!」

「俺がやるんだ!俺がやって、みんなに認めてもらうんだ!」


揺るぎない真っ直ぐな瞳をゴブリンに向けるアレクは、再度剣を構えた。


満身創痍──いくら頑張っても、いくら努力しても、いくら耐え続けても──現実というのは辛いものだ。

努力し続けても⋯⋯この男の限界値はここまでなのだから。  

 そうやってステータスというのは全生物の運命を定めてしまうのだ。


「ハァァァッ!!!」


『ケケッ!!』『キキ!』





---?

「ん?居た」


 ガゼルが戦っている2周り程外にある一つの木にバレない程度に隠れながら様子を見始めた。


'お?あれはゴブリン⋯⋯だな'

 剣術⋯⋯というか、なんかチャンバラをやっているようにも見えるな。


「お!こっちの世界で人間を見るのは2回目だな⋯⋯セレーヌ、あれは何をやってるんだ?」

「あれは冒険者の人達ですね!恐らくゴブリンの依頼を受けて戦っていると思います!」


セレーヌがそう即答し、ガゼルは納得しながら戦いらしきモノを見物していた。


'ほう⋯⋯すっかり忘れていたな'

異世界の定番といえば──冒険者だな。


人生で初の冒険者を見たな。

 俺がイメージしていた冒険者とは少し違うが、なんか⋯⋯イイもんだな。ああやって間引きながらお金を貰って生活する⋯⋯異世界モノを読んでいるものとしては、大歓喜のシチュエーションだ。

 ところで全く狩れそうにない程疲弊している様子だが、あれ大丈夫なんだろうな?


戦っているアレク達を見ながらガゼルの眉が中心に少し寄る。


'甘い──'

運足もメチャクチャだ。剣の振り方が全然なっていないんだが?ここにはそんな流派があるのか?

 いや、昨日聞いた感じだと、この世界に道場なんてもんは無さそうだもんな。先輩冒険者かなんかを見て我流で覚えました♪って方がしっくりくる。


 'あれで等級はどれくらいだ?'

まぁゴブリンを相手取っているならそんなに高くはないだろうが。


'⋯⋯!?'

突然ガゼルの探知に何かが引っかかり、すぐに気配のする方へと視線を向けた。


'何か近くを高速で走っているな⋯⋯なんだ?しかも速い!'

 この感じは──ウルフと似たようなモノか?


いや。考えられる可能性は一つだな。


'⋯⋯殺した奴らの親玉か'

そしてガゼルは戦っている冒険者を見つめる。


'おいおい──あの冒険者たち気付いてないぞ!それはマズイ!'

ガゼルが気付いた5秒後──一番嫌なパターンでアレク達に襲い掛かる事になる。



---?

「⋯⋯ん?うわぁ!」


アレクが柄にもない素っ頓狂な声を上げる。アレクの叫びに二人も過剰に驚きながらその場所へと目を向けると、明らかに異質なウルフの姿が三体映っていた。


「全員離れろ!多分──そこで殺られている奴らのボスだろう!俺達じゃダメだ!俺を置いて逃げろ!」


アレクがボロボロの状態で二人の前へと出ながらそう言い放った。納得出来ていない二人は反論の言葉を口にする。


「皆で生き残るんでしょ!?そんなこと出来るわけないじゃない!!」

「俺が盾でガードする!アレクはその隙にサイドから斬ってくれ!リーナは空いたところに火魔法を放ってくれ!」


リーナが杖を振り上げながら詠唱を始め、ドーグが闘志を両眼に宿し、盾を構えた。


そんな二人をアレクが嬉しそうにチラッと見てから剣を上に突き上げた。


「そうだな!ありがとう!ドーグ!リーナ!」


『行くぞ!』 『おう!』『ええ!』


三人の士気が極限まで高まる。見ていたガゼルが内心、関心しながら観察していた。


'おおー根性あるな!'

 敵わないと思っても仲間を置いていかないか──良いパーティーじゃないか。


⋯⋯ここはゲームじゃない。

攻撃貰っただけで死ぬ可能性があり、遭遇する事──イコール戦うことはリスクでしかない。それでも立ち向かうあの冒険者達は立派だろう。


'心打たれるものがある'

 何故なら、あっちじゃあ自分可愛さに命令を無視してその部隊が全滅する⋯⋯なんて事はよく聞く話だ。仲間なんて言葉では言うが、実際の戦場では死にたくないが為に命令を無視する奴らなんていっぱいいたからな。


なんて感心しながらガゼルが考えている間に、向こうで動きがあった。


「ヤバい!逃げ道を防がれた!」


 リーナがギリギリの魔力を振り絞りながら魔法で上手く視線を逸らして逃走を計っていた。煙と魔法の交互で上手くウルフ達との距離を取って錯覚、そしてを惑わす為だ。


しかし無知な彼らは知らない──自分達人間と、魔物が同じだなんて思っては行けない。


「⋯⋯ッ!?」


青ざめながら数秒息が止まる。アレクの瞳から見える景色は──怒り狂ったボスウルフが怖めず臆さず、魔法をペットボトル程の幅を持つ太く鋭い爪で切り裂いていき、こちらへ更に加速しながら向かってきているからだ。


'死ぬ──'

 アレクはそう心の中で発した。それと同時に沢山の事を思い出す。魔王という大いなる悪の存在に故郷を蹂躙という名の殺戮ショーにされた事、そしてこの二人を付き合わせて苦しんでいる全ての者を助けられるような冒険者になろうと意気込んだ何年も前の記憶の断片。

 

 血流に乗っかって記憶をわざわざ運んでいるんじゃないかって思う程に一瞬の間でバラバラな断片的な記憶が嫌というほど脳内で勝手に再生される。


'なんだよ、頑張れって言いたいのか?もうすぐ死ぬ俺に'

 

その時──金属の音がし、アレクの体感スピードが通常に戻った。


「⋯⋯くっ」

「アレク!」


'盾のおかげか'

 ドーグが正真正銘──気合いと根性でウルフの一撃を奇跡的に受け止めた。


「悪い⋯⋯」

「何が!?」


カタカタとドーグの両腕が震えている。

それを見たアレクは自分が情けなくて、どうしようもないこの気持ちのやり場がなかった。


'俺は口だけだ、コイツは命を懸けて堪えてくれたってのに'


「アレク!行け!!ここで俺が死んでも、いつかお前を守ってくれるようなすげぇタンカーに出会えるはずさ!!」


'止めてくれ──こんな口だけの奴に着いてくる必要はない'


「アレク!!」

「⋯⋯!」


 突然ドーグが大声でアレクを覚めさせるように声を掛けた。アレクはどうすればいいか分からず、自身の苛立ちを抑える為に唇を固く引き結びながら無言で見つめた。


「大丈夫だ。お前の責任じゃない」

「⋯⋯ッ────」


自身の言葉によって早死する事になったアレクの罪を、ドーグは「違う」と⋯⋯見透かしたように穏やかな笑みを浮かべながらそう言い切った。


「確かに最初は無理やりだった。だが、途中からは⋯⋯この冒険者というモノそのものにやり甲斐や、やる意味というのが出来た。だからお前の責任じゃない。良いか?」


今にも押し負けそうなドーグが力を両腕に込める。


「ちょっと!!」

「リーナ」


ドーグの隣にリーナも移動して二人でウルフと押し合う。


「まだわかんないでしょ!」

「⋯⋯かもな。だが、前を見ろよリーナ」


言う通りに正面を見ると、目の前にいるウルフの他二体も既に動き始めようとしていた所だった。


「⋯⋯確かに無理そうだね」

「だろ?アレク!!」

「なっ、なんだよ──」


『ギギギ⋯⋯』

二人掛かりで耐えている盾の一部分が徐々に削れて、もう少しで穴が空きそうにまで来ている。視線を落として確認したドーグが笑みを浮かべた。


「良いか?お前の言い方で言うなら──次はヘマこくんじゃないぞ?」

「そうよ?アレク。しっかりしないと」

「おいおい待ってくれよ──」

「「早く街へ走れ!!」」

「⋯⋯ッ!!」


'あの世でアルテミス様に土下座しなきゃならなくなってしまったな'


アレクがその場で全力で息を吸い込んだ。二人は訳がわからず戸惑いながらも逃げるよう促している。


「助けてくださーい!!!!!誰でも良いです!」


文字通り全力。アレクが必死に居るかも分からないこの森で必死に叫ぶ。




'ふ〜ん'

いい人間バランスだったが⋯⋯惜しい。もっと強くなっていれば、いずれ最強パーティーになっていたかもしれないな。


「さてセレーヌ、街へ行こうか」


隠れるのをやめて街の方角へと歩き出すガゼル。


「え?助けないんですか!?」

「俺が何故助ける必要がある?自己責任って奴だ」


そのまま本当に歩き出すガゼルを必死に説得しようと腕を掴むセレーヌ。


「どうした?アイツらの判断ミスが招いた結果だ。そして俺は、別にアイツと友達でもなんでもないから救う気もない」

「ご主人様は私を助けてくださいました!あの時は何故助けてくれたんですか?」


軽く掴まれている手を振り払おうとするガゼルに、間髪入れずにセレーヌが尋ねる。あまりにも必死なセレーヌの表情にガゼルが戸惑いながらも答えた。


「それは⋯⋯まぁ、価値があると思ったからだ」


'まぁあの時、過去の記憶がセレーヌと重なっただけだから助けた' 

 が、コイツらは違う。どんな事情があったにしろ、自ら選択し起こった事だ。そんなのまで一々気にしていたらやってられん。

 それに助けたっていい事があるわけじゃない。面倒に巻き込まれるのは御免だ。


「じゃあ!価値がある私が助けに行けば、ご主人様は助けてくれるんですよね?」


そう言いながら当たり前のように現場に向かって歩き出すセレーヌ。

 

 しかもその足取りは全く戦闘慣れしていない雑な足取りで、蹴りなんて1回でもしようものなら倒れてしまいそうな程細い両足だ。


'オイオイまじかよ'

セレーヌお前──戦う術をもってねぇじゃねぇかよ。何処からそんな無謀過ぎる自信が出てくるんだよ。あまりにも無計画過ぎる。


「おいおい、待て待て」


ガゼルが手を伸ばしながら止めようとするも、お構いなしに歩き続けるセレーヌ。


「待ちません!困っていたら助けるのが当然です!ご主人様にどんな過去があるか分かりませんが、私は目の前で見てるだけじゃ嫌なんです!!」


噛まずに早口でそう言い切りそのまま向かおうとするセレーヌ。


'はぁ⋯⋯'

溜息をつきながらその後ろ姿を見つめるガゼル。

 ここ2日一緒に居るが、こんな引かないセレーヌを見るのは初めてだな。


そうボソッと言葉を言い放ち──ゆっくり、綺麗にガゼルは美しいその双眸を閉じた。


'はぁ⋯⋯俺もヤキが回ったか?'

 どうせ助けた所で礼を言われてお終いだろうに。


右手で頭を掻きながら心の中でボソボソ呟き──そして、何かを決めたガゼルが口を開いた。


「オイ──セレーヌ、命令だ止まれ」


身体に入っている奴隷門が起動し、歩いているセレーヌ

が強制的に足を止めた。納得出来ないセレーヌがその場で声に出す。


「ご主人様!何故ですか!もうあの方たちは危ない状況なんですよ!?」

「熱くなるな。少しそこで待っていろ」


止まっている横を素通りして、少し先で重心を下げるガゼルをニッコリ笑いながら見つめるセレーヌ。


「やはりご主人様はお優しいです!」


'はぁ⋯⋯俺はそんなに優しくないんだがな'

 今もコイツが言わなかったら素通りしてたしな。


その場で軽く重心を下げて両足に力を込める。

 すると、少ししか込めてないはずである二足が触れている地面がバキバキと木の枝が折れたような乾いた音を鳴らす。


フゥゥ〜⋯⋯⋯⋯。

無表情で息を大量に吸い込み、吐き出す。徐々にペースを変えながら呼吸を整え、アレク達の方へ駆け出していく。


ドォン──!

 弾丸のような音がその場で響き渡り、踏み込んでいたであろう場所の地面には──数cmめり込んていた跡がクッキリと残されていた。




---アレクパーティー


「噛まれる!」


ドーグとリーナの持つ盾がウルフによって飛ばされ、大きいドーグの肉体を見たウルフが首を狙ってその大きな口を開いた。


だが。スローモーションにも思えるそのたった数秒。弾丸のような音が一瞬で5回程聞こえ、魔物の噛み付く直前に何かが通り──二人の前にいたウルフの顔面が波打ち、そのまま断末魔を上げて首が飛んでいく。


二人の目の前で一頭のウルフが凄い勢いで飛んでいった。

訳も分からず三人は呆然とその異常な状況を見ているしかできなかった。


「な、なんだ!?」


理解するのに遅れ、アレクがやっと言葉に出せた言葉はそれだけだった。


'何が⋯⋯'

 目の前に見えるのは、明らかに異常な死に方をしているウルフの残骸。何故か首だけが飛んで他の部位は残ったまま。剣痕の跡も無し。何が起きている?


 異常事態の中──明らかにおかしな死に方をしている魔物に気を取られ、目の前に白髪の男が立っている事に気付いて無かった。


「⋯⋯え?」


眼前にいる美しい男にリーナは顔を赤くし、アレクとドーグは思考停止してバグったように瞬きをしている。


 それもそうだろう、明らかにこの場にそぐわない綺麗な顔立ちと服装。貴族すら感じるその姿からは考えられない暴力的な威力。


「おい、怪我はねぇか?」

「あ、ああ!貴方は?」


腰が抜け落ちている二人に手を差し伸べて起こし、アレクに向かって指示を出すガゼル。


「そんな事は後だ、赤髪⋯⋯二人を連れて行け」

「感謝する!」「ええ!ありがとう!」


二人が感謝を述べ、アレクと肩を組みながらゆっくり下がっていく。


「いや、そんな感謝されることじゃない。まぁ──どっかの奴に感化されて俺もヤキが回っただけだ」


三人が下がったのを目線だけで終え、目の前にいるウルフ二体とゴブリン達を視界に入れるガゼル。


「随分と楽しそうじゃねぇか──少し暇だったんだが⋯⋯どうだ?折角だから俺も混ぜてくれよ?オイ」


堪えられない、抑えられない愉悦を表すように「ふっ⋯⋯」という鼻を鳴らす音がいつもより高い。


「グルル⋯⋯⋯⋯」


ウルフ達がガゼルを見た途端わかりやすいほどに顔色を変え、前足の動きが止まった。


'ほう⋯⋯?'

知能はあるのか?獣なのに?力量の差をある意味理解しているって顔だな──さてどうするかな。


「オイ、今なら見逃してやるがどうする?」


 猛獣が纏っているような荒々しさが、ガゼルの美しいその両眼から想像もできないほどの威圧感が生まれている。

 通じるか分からない忠告をウルフを含めた魔物達に向けるガゼル。


'俺はモンスター相手に、何を情けをかけてんだか'

 両手をポケットに突っ込みながら、堂々たる佇まいのガゼルが溜息をつく。


「GUA!!」

「⋯⋯ァァ?」


残り2頭いる内1頭がガゼルの方へ駆け出し、一番奥にいるもう1頭は何故かしおらしく止まっている。


'なんかアイツ言葉が分かっている表情してんな'

 待機しているウルフの顔は⋯⋯まるで夜寝ろと言われてから、隠れてゲームをやり始めた所で親に見つかった時のような表情でガゼルを見ている。


なんだありゃ?魔物も知能があんのか?それとも個体によって変わんのか?まぁいい──ともかく、走ってくるおバカな獣は殺るか。


 ポケットに突っ込んでいる左腕●●を外に出すガゼル。その様子を見たウルフが全力で腹から響くような咆哮がガゼルに飛ぶ。

 その咆哮は周りのゴブリン達にも通じ、危険を早くも察知してそそくさと去っていた。残りはウルフのみ。


「⋯⋯ふっ、いいねぇ〜⋯⋯待ってたよウルフ君──殺ろうよ」


ウルフの吠えを耐えるどころか、抱き締めようとしているのではないかと錯覚するほど大きく左腕を広げながら迫るウルフに対して爽やかな笑顔でそう嘲る。


「G⋯⋯!!!!」


 ウルフがガゼルとの距離を5m程にまで詰める。『グラァ』という鼻奥で唸り声に近い音を発しながら、噛まれたら逃れられないであろうその口を開いた。


「ふんっ──所詮は獣か」


出していた左腕をぶらんと脱力して少し前に下ろす。そして力の入っていない左腕を少し引く。構えは右半身に一瞬で入れ替え、そのまま正拳突きに近い動きを見せながらウルフに向かって突くガゼル。


ドスッ!と鈍い音が一瞬する。ガゼルの突きがウルフの腹部の上部あたりに入るが、効いている⋯⋯とは特に思っていなそうなウルフの荒々しい両目。


 だが──ガゼルはニヤリとウルフを嘲りながら狂気じみた歪んだ笑顔を見せている。対処に困っているウルフに対してガゼルは鼻を鳴らし、一言その場で決め台詞のようにドスの効いた一言を吐いた。




「神門式格闘術──第一式'衝撃'」


到達している拳。そこから肩甲骨を少し前に力を加える。すると、拳が更に奥にスッと入って行き、謎の力の波動が拳の先端から暴力的に強い空気砲がウルフの首だけ飛ばした。

 暴力的に強い空気砲が放たれ、ウルフの居た後方数mに血が弾け飛んだ。



'おお!俺の格闘術も強化されているのか'

 こりゃあ考えないといけないな〜⋯⋯やりすぎは危険だな。


そう呟いていると、死体の狼に視点が当たる。


'ていうかウルフは血が黒いな?'

魔物によって色が変わるのか?一応頭に入れておくか。


ガゼルが前を見ると微妙な表情を見せていたウルフが何故かゆっくりガゼルに向かって歩き出す。


'ん?殺るか?でもそんな表情はしていないな'

寧ろごめんなさいと言いたそうな可哀想とすら思うほど悲しそうな表情をしてやがる。⋯⋯なんだ?


そして距離は詰まり、1匹の狼がガゼルの前で止まる。


どうするのかとガゼルがウルフを観察していると──地面にゴロンと寝っ転がり、「くぅーん」と敵対しないよと言わんばかりに柔らかそうなお腹を見せてきた。


'え?どういうこと?コイツ魔物じゃないの?なんでそんな動物みたいな⋯⋯'

このよく分からない状況の中で、ガゼルは苦笑いでお腹を見せるウルフを見下ろしていた。

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