9話 街に向かう前に

「おはようございます!ご主人様!」

「んっ⋯⋯?」


 中々開かずに薄目レベルまでなんとか開けるガゼル。朧げに見える景色は森、そして穏やかに揺れる葉や花から感じる自然の匂いが鼻の奥にスーッとやってくる。


'あれ?俺は──'

一瞬困惑するが、すぐに昨日の記憶を思い出した。


'そうだった'

俺は異世界転移して、そのまま成り行きでセレーヌさんと野営してたんだった。そりゃ身体が変な方向に向いている訳だ。


ガゼルの目線の先は足元に向かう。

不安定な木の根辺りで板を置いたまま眠りについた為、両足とも変な方へと向かっていたせいで軽く痺れていた。だが──何も感じていない●●●●●●●●


'あぁまずい'

俺は色々あったせいで、後天的に無痛症●●●●●●●になってしまった。


'駄目だな⋯⋯気を付けないと'

無痛症は痛みやその他調節が行われない事が多く、深刻な影響を与えるモノだ。こういう時も、気付くのに大分遅れる。気を付けないと歩けなく事もあるからな。


「ご ー主ー人ー様!!」


 まるで彼女が遅刻寸前に起こしに来てくれるようなシチュエーションだ。

 朝日がセレーヌを照らし、綺麗な金色の髪色と白く栄養があまり行き届いていない細い腕がガゼルの両肩を揺らしている。


「んー?あー朝かおはようセレーヌさんやぁ⋯⋯」


ゆっくりと起き上がり、身体を伸ばしながらセレーヌに挨拶をするガゼル。


「も~!口調直してください!ご主人様!」

「聞こえないなぁ~なんか言ったか?」


 ガゼルが「え⋯⋯っ?」とセレーヌに向けて耳を向ける。その姿はアニメでよくある難聴系主人公だ。

 それから数回同じやり取りをしたセレーヌだったが、あまりに聞き返してくるガゼルに根負けして、プンスカ怒りながら背を向けて実が入っている袋を持って探索の準備を始めていた。


「絶対後で後悔しますよ!色々!」

「そんな事で後悔するなんてゴメンだね」


力が全く入っていないであろう腕をヒラヒラと横に振って、怠そうに木の根っ子付近に座った。


「本当っに!ご主人様は~」


理解出来ないセレーヌは、複雑な表情をしながら片付けと準備を進める。


「まぁいいじゃないの。それよりいい匂いがするな?何の匂いだ?」


 '何故だ?'

ヤケにいい匂いがするが、ここには調理場なんて無いんだよな。


ガゼルは周りに目を向ける。


'木製の容器?'

それに知らねぇ実から謎のスープまで出来ている。匂いの正体はコレか。


 豚汁のような食欲が唆られる匂いを爆発的に発していた。久しぶりにお腹から『ぐぅぅぅ〜』とおはようの挨拶を身体から鳴っているのを聞く。


'随分久しぶりに⋯⋯'

ガゼルは一つ疑問を抱いた。


「なぁ?セレーヌ?」

「どうかされましたかご主人様?」

「いやな?どうやってこのスープを作ったんだ?」

 

'そう⋯⋯'

 このスープからは豚汁っぽい匂いがする。動物だとしたら⋯⋯かなり危険な事をしているだろう。


「ご主人様に命令されてないのでそこら辺を探索しましてパイの実を拾ってきました!後、プポの実とご主人様が倒して頂いたモンスター達で作らせて頂きました!」

「ふん⋯⋯」


ガゼルは納得したように顎に手を当てて鼻を鳴らす。


'この世界ではモンスター⋯⋯つまり、魔物も条件が揃えば食料になる⋯⋯'

 良い情報を貰った。これで最悪街で何かあっても森の中の魔物を狩って食べる事もできるだろう。

──流石に狩猟したから罰とかそんなクソみたいな世界でも無いだろ。


「⋯⋯ん?」


 考えをまとめたガゼルの視線の先には、何故か動かずにセレーヌが目を瞑っている。それは何かを待っているように、ジッと力一杯⋯⋯瞳を閉じて。


'何やってんだ?セレーヌさん?'

 近くになんかいんのか?


ガゼルが見渡しても特に何も感じない。


「セレーヌさん?何やってんの?虫が怖いの?」

「え?ぶたないんですか?」


片目を薄く開けながらセレーヌがガゼルを見上げる。


「逆になんでぶつんだよ⋯⋯」

「奴隷は勝手に動いてはけな──」

「それは一般の話だろうが⋯⋯」


話を遮ってガゼルが溜息をつきながら話し、それをセレーヌは気まずそうに視線を逸らしながら話を聞いている。


「俺はそんなやつと一緒にされるのはゴメンだね。ま?俺は常識⋯⋯」

「も、申し訳ありませんでした!!」


セレーヌはまたすぐに地面に伏せる。いい加減イラッとしているガゼルが思わず声を荒げた。


「もう土下座やめろって言っただろーが!」


言われた声の圧でビクッと震えながら頭を下げ続けるセレーヌ。


「す、すみま……」

「それも禁止だ!気にする必要はない。そんなクソッタレみたいなルールは、常識が無い俺にはどうでもいいことだ!次同じことしたらおしりペンペンの刑に処すからな?二度とやるなよ?次やったらぶっ殺すからな」


出会った中で最もブチ切れているガゼルを見ていたセレーヌだが、何故か怒っている事よりも違う方面で恐れている様子を見せる。


「なんだよその顔は」


ガゼルが問いかけると、何故か凄く効いた様子で一瞬で立ち上がるセレーヌ。


「す、すぐに!直ちに止めます!」

「お、おう──」


'まぁいいか'

なんかヤケに効いたが、この世界の刑罰にそんなのがあるのか?ま、いいか!これで俺という性格が多少でも理解してもらえただろうからチャラにしてやろう。


ガゼルがそのまま食事を待っていると、セレーヌが一つの容器を持ってくる。


「ご主人様!」

「ん〜?」

「馬車の中に陶器がありまして、近くの川で洗ってきました!これでお皿使えま──」

「セレーヌ」

「は、はい⋯⋯」


ウキウキしていたセレーヌの顔が一瞬で暗くなり、今度は何をしてしまったのかとビクビクさせているセレーヌ。


「ッたく⋯⋯」


よっこらせっ⋯⋯とガゼルが立ち上がる。そのままセレーヌに近付きセレーヌの身体を見ている。


「何もないな⋯⋯たく心配させるな」

「⋯⋯え?」

「なんだ?」


そのまま板に座ろうと戻ろうとしていたガゼルをキョトンとしながら見ていたセレーヌ。


「何が⋯⋯いけなかったのですか⋯⋯」

「悪いがこれは譲れん。お前は許可なしに危ないことはしないでくれ。頼むから──少しで良いから自分の事も考えてくれ、戦闘能力もないただの奴隷がもし魔物や山賊だ盗賊に捕まったらどうするつもりだ」


「あっ⋯⋯」とすぐに何を言いたいのかに気付き、すぐに謝罪の言葉を発するセレーヌ。

その姿を見ていたガゼルはまたも大きく口から吐息を漏らす。


「いいか?お前が想像している事とは全く別だからな?」

「⋯⋯⋯⋯え?」

「どうせお前は「奴隷が勝手に喰われるとご主人様にご迷惑が」とか、「命令違反が〜」とか思ってんだろ?ちげぇよ。ただお前が心配だからこうやって言ってる事に気付けよ」


面倒くさそうに頭を掻き、そのまま横になるガゼル。


「世の中には悪い奴もいるが、まぁまだマシくらいの奴もいる。少なくとも俺の所にいる間はその認識でいい。早く普通の人間が考える思考力に戻ってくれ。そんでその美味そうなスープを早く俺は早く飲みたい」


ガゼルの視線は明らかに美味そうな湯気を上げている容器を見つめている。


「は、はい!勝手に行動してしまい、申し訳ございませんでした!」

「違う──」


即答。

ガゼルの瞳は遠くを見ており、そして脳内ではいつだか分からない記憶の言葉がループするように流れていた。


──「仲間は家族!創一!俺達の部隊は皆が家族だぜっ!なっ!?」

「んなアホな。この仕事が終われば俺は離脱するが?」

「おーい!そんな寂しいことは言うなって!創一!」


呆れたように先に歩き始める創一の背中を、数人の男女が笑いながら追いかけている。ガゼルは突然のフラッシュバックに驚く。


'誰だ?今の奴●●●'

ガゼルが気のせいだと首を横に振りながら話を続ける。


「セレーヌさんは他者から見たら俺の奴隷という肩書きはどうしても残ってしまう。だが、それは肩書きでさ⋯⋯仲間というかなんというか、そんな部類にいるんだよ。

だから危ないことをする前にはせめて許可をとってくれないか?」

「は、はい」


セレーヌからしたら、全く予想外の答え。その瞳には少しずつ涙が溜まっていた。


静かに数回頷くセレーヌ。それを見ていたガゼルは、少し言い過ぎたなと申し訳無さそうに頭を掻いた。


「すまないな、あんまり言うつもりは無かったんだが」

「いえ、まさかそこでご主人様が怒るとは思わなくて⋯⋯」


下を向くセレーヌ。ガゼルは「しまった」とすぐに慌てながら口を開く。


「すまん!朝食多めにしていいからさ!チャラ!ね!?」

「わ、私がご飯を頂いて良かったんですか?」

「当たり前だろ!ご飯食べないと死ぬんだぞ!?」


それから遠慮気味に断るセレーヌだが、何度も諦めないガゼル。ガゼルの言う事は、まるで子供にご飯を食べさせようとする母そのものだった。

 あまりに何度も言ってくるガゼルに、セレーヌが引き気味に笑う。


「す、凄い食に対する気持ちが溢れてますね……」

「そりゃあそうだろ?食べないと栄養が足りないだろ?」

「そうなんですか?ご主人様栄養⋯⋯ってなんですか?」

「え?知らない?」

「はい!」


'参ったな⋯⋯'


栄養の概念がないのか。ならこの世界の奴らはどうやって生きているんだ?ただ知らないだけ?それとも本当にその概念そのものが無く、魔力とかで賄ってる的な事か?⋯⋯マジで?


そして、ガゼルの視線はセレーヌの体全体に向いた。


まぁセレーヌの体を見ればわかるが、そこまでガリガリでもないし、足元も普通だな。むしろ出てるところが出ているという⋯⋯。


「ご主人様?」

「え?」


セレーヌの言葉でやっとようやく現実に戻ったガゼルは、上擦った声を上げる。


「そ、その奉仕をするのでしたらもうちょっと密室でですね⋯⋯」


歳不相応な2つの膨らみを中心に寄せながら、真っ赤に顔を染め上げてそうボソボソ口を尖らせる。


'なんでだ'

なんでそんな真っ赤になって言うんだよ!なんか俺が変態みたいじゃないか!

 

「いやな?求めてないからな?なんでそう思ったんだ?逆に」

「いやだってさっきからご主人様体を熱い目で見てるじゃないですか?」


'あぁ〜⋯⋯⋯⋯'

 完全に意味を理解したガゼルは遠い目をしながら自分の行動を反省する。


「ああ。そ、そういうことか」

「言ってくれたら気持ちよく⋯⋯」

「んー!セレーヌさん!待って!?栄養の事を知らないから見てただけなんだよ?本当だよ!?」


'これじゃあ──ただ俺がしたくて身体をガン見してる変なやつで終わる所だった!!'


「そ、そうですか⋯⋯」


セレーヌが違うのか〜と言っていそうな困り顔で下を向いている。訳も分からずガゼルは必死に脳内で思考を回す。


'なんでシュンとするんだ!?'

そこは小説みたいに変態!とか言われる場面なのでは?


「と、とにかく⋯⋯ご飯を食べよう!」

「そうですね!」


それからセレーヌが食事の準備を始める。その間ガゼルは木の板の上で、黙って空を一点見つめしていた。


'綺麗だ'

いつぶりだろうか。


そこで言葉を止めてから30秒。ガゼルは見える空の景色を空っぽにしながら眺めていた。そして1分後──


'いつぶりだったか'

 こんなにゆっくりとした生活は。今までずっと何かしていて、ゆっくり何かを考える事なんて無かった気がする。なんだったかな⋯⋯何処までも何処までも──


「ご主人様!」

「⋯⋯ん?」


ガゼルが返事を返す。するとセレーヌが少し困惑しながら頬を膨らませている。


「もう何回呼んだと思ってるんですか〜?」

「もうそんな時間たってたのか?」


'あれ?体感だとまだ10分も経ってないような'


「ご主人様、こちらへ」


セレーヌが伸ばす手の先は、ギリギリ座れる馬車の中にあったであろう木の土台のようなモノを椅子代わりに。

そして石を軽く削って平たく加工されている即席のテーブル。


二人はそのまま座って食べようとするが、ガゼルは両手を合わせた。


「いただきます────」


 祈りに近いような⋯⋯綺麗な祝詞。

たったそれだけのように聞こえるかも知れないが、たった一言発しただけで⋯⋯セレーヌは勿論、自然が嬉しさを表すように心地よい穏やかな風を二人の間を通り抜けた。

そんなガゼルの言葉に──セレーヌは思わず口を開いた。


「ご主人様その言葉にはなんの意味があるのですか?」

「ん?あー俺の故郷では、動物やモンスターを殺して食料にする時に命を頂くから、命をありがとうございますって意味なんだよ」

「なるほど!⋯⋯⋯⋯それではいただきます!」


'本当に良いんだ'

セレーヌはガゼルが肉を食べている姿を見ながら心の内側でそう呟いた。

 

 本来ならこんな態度はいけない。

何故なら奴隷は全て指示通りにしか動いてはならないからだ。1回でも聞かなかっただけで殴られる事は日常。聞こえなかった等の言い訳もなし。しかし当たり前のように奴隷が目の前で食事をする姿を見せてもガゼルは全く嫌な素振りすら見せない。


'本当に⋯⋯'

セレーヌはそう思いながら小さく手を合わせて「いただきます」と呟き、目の前の肉を手に取った。


'おぉ⋯⋯やっと聞かずに食べたか'

 可愛くセレーヌも手を合わせている。ちょっと可愛い。ちょ、ちょっとだぞ!?


「しっかり食べろよ?細えままじゃ身体悪くするからな」

「は、はい!」


20分程二人で朝食を済ませる。

セレーヌが食後、容器をすべて片して小休憩を取ってから色々と話を聞いた。



**

「よし!状況整理と今後の予定を組むぞ!セレーヌ!」

「は、はい!」


 ガゼルはセレーヌから周辺事情を話を聞き始めた。

ある程度聞き終わったガゼルは、木の根っこに背中を預けて大体の情報をまとめ始めた。



 プラスで渚から聞いた情報を全て合わせると、ここムー大陸は大きな国が3つ、後はチラホラ小国があるらしい。

 セレーヌも奴隷生活が長いからか、そんな簡単な事も知らなかったようで、渚からの情報を確認しようと尋ねると「あ~」とか「知りませんでした!」という返事ばかり返ってきた。


 しかし奴隷だからというのもあり、小さい事からちょいちょい理解しているという事も⋯⋯俺にとってはでかい。

 まず、大きな国はアヴァロン王国、フリッツ帝国、ノア法国の3つだそうだ。


⋯⋯名前がカッコイイと思う俺は一旦置いておいて、中でも帝国は名前の感じから想像は容易い。

軍国主義そうな名前だし、俺にとっては居やすそうな国と思って確認をとった。


 結論から言うと、やはり武力が凄まじいみたいだ。

実力の国であり、年齢問わず昇格もあると。中々いい国じゃない⋯⋯⋯⋯っと、そんな場合じゃなかった。

軍国主義の実力で決まる⋯⋯までは良かったが、ただ帝国は頑固な奴ばかりで融通が効かないらしい。


'それは面倒だな'

まとめるとまぁ要は武力の国なわけだ!うん!


次にアヴァロン王国は、比較的平和な国のようだ。

大陸の中でもかなりの領地があるようで、帝国も流石に数には叶わないらしい。

 よって王国と帝国⋯⋯ここの対立は無いと見る。

そして今から向かう一番近い街トラシバの町は、アヴァロン王国の領土だ。


 これは俺の予想⋯⋯にすぎないが、恐らく勇者召喚?もアヴァロン王国では無いかと俺個人は踏んでいる。

 理由は4つほどあるが、1番は大国である所だ。

分かる奴らは分かるだろうが、大国というのは見栄を張りたがるものだ。誇示できる連中も多いし、領地も多い、そして周りには他の貴族も沢山いる。


厄介にならなければいいが、大貴族同士の争いに巻き込まれる恐れもある。まぁ巻き込まれない事が一番だが、まぁ立ち回りを求められるって感じかな〜。


'全く気にするつもりはねぇがな'

 だがもしかしたら、魔王討伐なんかよりもこの国の奴らの方が怖いな⋯⋯注意していかないとな。


ところで、アイツら召喚の時居たかな?全然その辺りの記憶が全く無い●●●●●●●。まぁもし居なくても、引継ぎはアイツらがやってくれるだろうから問題は無いか。


そしてトリは法国だ。

神を崇める国か⋯⋯それはそれでめんどくせぇな。

正直、法が通用しないと言っても過言じゃない。


法なんて──神の前じゃ無いようなもんだろ?


「全て神のお導きのままです!私に罪などありません!」等と言われたらたまったもんじゃないが、だか国内であればそれは通じる可能性が高い。


'ん~!!'

 ガゼルが面倒臭さから頭を掻きながら、悩ましそうにその場で地団駄を踏む。


何処もかしこもめんどくさい国じゃねぇかよ!ほんと!

まぁいいか⋯⋯。とりあえず大国は理解出来た。

 残りは小国だが、まぁ後でいいと思う。大陸の大まかな情報さえ入れば後はどうにでもなるからな。


'今はとりあえず行動の方が先だ' 

 そうだな。とりあえずスキル関連の確認しなければ。


ガゼルはそのまま「ステータス」と呟き、自分のステータスを目の前に出した。

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