8話 クラス召喚Side
『キィィィン!!』
ある一つの巨大な部屋──そこでは白いローブ着た100人近い人間達が中央にある生贄を捧げる祭壇に近い何かに向かって不思議なモノを放っている。
よく見るとローブの者達の指先からは、金色に輝く何かのエネルギーが集まっている。
⋯⋯あれは魔法だ。
100人規模の人間達が黄金色の魔力を指先に集める者と、杖を向けて行う者の2種類が集まっていた。
「失敗しました」
一人の魔法使いから発せられたその言葉で、全員の顔つきがどんよりと沈む。
「もう一度!」
大扉の付近では、一人の責任者らしき男性がすぐに再挑戦をしろと命じる。
『キィィィン──』
もう一度中央の祭壇に向けて黄金の魔力を一斉に放つ。全員の視線が中央に集まるが、特に変化はない。疲労の2文字が全員のこめかみを伝う汗がそれを物語っている。
「チッ」
責任者の男が軽くそう舌打ちをする。
'これさえ決まれば俺の昇進の話は一気に傾くのに'
一見優雅に座っているように見えるが内心、「どうにかならないのかと」余裕の表情からは読み取れない焦りを感じていた。
そんな時だった──。
『キュン〜⋯⋯ギィィィン!!』
突然天から黄金の光が滝のように祭壇に降り注ぐ。同時に耳を塞ぎたくなる程の高い金属音が巨大な部屋全域に響き渡り、その部屋にいる全員が両耳を必死に押さえていた。
『ドゴォォォォン!!』
十数秒を超えてもまだ止まぬその滝のように流れる光は衝撃波へと変わり、全員が魔力で出来た盾を自身の前に発動して耐えている。
「なんだ!?失敗したのではなかったのか!」
「わかりません!」
'何が起きている⋯⋯?'
全員が突然の状況に困惑しながら耐えている。そしてその嵐のような衝撃波が数分。通常の人間ならば即死していただろう。
しかし──ここにいる魔法使いたちは一流だ。全員が無傷で耐えきっていたのである。
『ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯』
100人近い魔法使い達からは荒い呼吸音が聞こえる。だがそれも束の間。
『⋯⋯いたたたたた⋯⋯ん?』
輝きの中から複数の喋り声。それに気付いた魔法使い達がすぐに事態を掴み、慌てて声を上げた。
「勇者達の召喚に成功しました!」
「何っ!?すぐ知らせねば!」
'ちくしょっ!1発で成功させろっての!'
男は必死に走り出す。
**
平凡な彼は今──人生一番の岐路に立たされている。
『ハァ⋯⋯!ハァ⋯⋯!』
一本道の廊下、それを一直線に走っている。
見るところまだ歳は若い。必死に走っている視線の先は⋯⋯もうすぐ突き当り。男の器用な全力疾走⋯⋯それはスケート選手のように滑らかにカーブしながら、書類を運ぶ通行人とすれ違う。
「ちょっと!」「ごめん!!!」
反射的に謝罪の言葉を発し、止まることなく加速した。
報告が遅れれば首が飛ぶ可能性。しかし間に合えば、人生で一番の昇進の約束に特別給付という名のお金が貰えるからだ。
この馬鹿みたいに全力で走っている男の名前はラクシス。後に──ガゼルという男の指導で王国最強と呼ばれるまでに強化され、そして遠い未来⋯⋯彼の属するある騎士団は、第一という位にまで登り詰める事になる。
『ガチャン──』
全力で体当りしながら大扉を開け、中に入るラクシス。数人の重鎮達に蔑みの眼差しを向けられるも、全く無視しながら頭を下げて地面に伏した。
「陛下」
「よい。お前は⋯⋯」
陛下と呼ばれる男が顎髭を触りながら名前を思い出そうと考えている所で、ラクシスが大きく息を吸い込む。
「急募!召喚の報告を任された伯爵家のラクシスでございます!陛下!召喚に成功いたしましたー!!!」
「何?」
『なんと⋯⋯!?』
重鎮達が顔をしかめる。対して陛下は肘置きに片腕を立てながら数秒思考を巡らせる。
「そうか、成功したのなら丁重にもてさなければなるまいな。急いでガーネットを向かわせるのだ」
『ハッ!』と近くに居た護衛の一人がすぐに音も無く消え、陛下が静かに口を開く。
「ラクシスよ、遅れずによく成し遂げてくれた」
「勿体無いお言葉です⋯⋯陛下!」
「お前を第三王子直属の騎士団へ昇進させる。よいな?」
「⋯⋯!」
一瞬の動揺。
下を向いている為その動揺はバレる事はなかったが、ラクシスの双眸は絶望に近い動揺を見せていた。
何故か──。
陛下の言う第三王子直属の騎士団。それは王国の中でも落ちこぼれという言葉が似合うような者ばかりが在籍している場所であり、剣や騎士を目指している者ならばその名を口にしてはならないことであった。
第三王子直属の騎士団は非常に非力であり、待遇や武力も無く、そこに送られるものは事実上の終了のお知らせというものだ。
'くっ⋯⋯!'
ラクシスの左眼が重鎮達の方へと動く。
『⋯⋯⋯⋯』
陛下には見えない角度。重鎮達の表情は奴隷を見るような瞳。侮蔑を表す口元。ラクシスは自身の地獄が決まったと完全に認識した。
「ラクシス⋯⋯どうしたのだ?」
決して表情に出してはならない。相手が誰であっても。
不満があるならば即斬首だ。
家系全ての者が、愚息のせいで没落してしまう。
「感謝いたします」
「吉報を期待しているぞ」
'何を言ってるんだこのクソ王様が'
ゴミ溜めの中に知能を忘れてきたんじゃないか?クソみたいな環境、クソみたいな連中に囲まれて⋯⋯本気でそれが叶うと本気で思っているのか?
心の内でラクシスは激情に駆られ、暴言を吐いていたが──それも一瞬の出来事。
「ではラクシスよ、召喚者達が住まう用意を補助してやってくれ」
「仰せのままに」
そう返事を返してラクシスは踵を返した。
絶望が見える双眸と、怒りを超えた呆れを抱きながら。
**
ガヤガヤ──。
数十人の人間達の声が永遠と言うほど聞こえてくる。
先程の巨大な部屋にあった祭壇のような物の中央には、制服を着た男女が30人程固まって魔法陣から現れていた。
その集団の声色から想像するに⋯⋯どうやらビックリして騒いでいるようだ。
「おい!ここは何処だよ!」
「いやわからないよ!」
数人の制服を着た生徒達。 その中の一人の陽キャグループにいそうな男が、気の弱そうなクラスメイトの胸倉を掴んで怒鳴りつけている。
気の弱そうな生徒の反応を見るや⋯⋯すぐに標的を変え、脅迫しながら状況把握をしようとする男だった。
そしてその近くで、驚きながらも状況を把握しようと無言で周囲を見回す女子生徒数人。
「こ、ここはどこでしょう恵梨香様?」
「分からない、だけど⋯⋯」
『おい!てめぇ早く答えろよ!』
『ご、ごめん!本当にわからないんだ!』
恵梨香と呼ばれる生徒の視線の先は、先程怒鳴り散らしていた男が標的を変えて怒鳴っている場面。
「⋯⋯⋯⋯」
恵梨香の視線は、そのすぐ近くにいる金髪ミディアムの爽やかな美少年の姿。
だが、怒鳴り散らしている男を⋯⋯微かに嘲るような口元をしながらその状況を見ている。
'なるほどね⋯⋯アイツの手下ってワケね'
恵梨香がそう言いながら吐息を口から漏らす。
「恵梨香様?」
清潔感のある黒髪二人組。
一人はショートヘアー、もう一人はウルフのような髪で、襟足だけ赤髪になっている。
何処から見ても綺麗なその二人が、恵梨香の指示を待つように見上げている。
''今は様子を見るしかない⋯⋯か'
「今は動く場合じゃない⋯⋯良いわね?」
一瞬喉まで言葉が出そうになる二人だったが、恵梨香の冷たい視線に耐えれずそのまま従う二人だった。
そしてそのまた近くにいるある二人は、他のクラスメイトとは毛色が違う。
毛色が違うと言っても、髪色ではない。
雰囲気──。
いや、見た目からも普通ではないだろう。どこからどう見てもイケメンと美女。しかも女性の方は、同学年とは比較にすらならないと断言してもいい。
ロングヘアー、それもしっかり手入れが行き届いている⋯⋯清潔で、かつ艷やか。想像しなくても分かるほど男を惑わすであろう体臭。
そして黄金比と言ってもいいほどに整えられた顔パーツ。二重に、それに用意されたのではないかと錯覚する双眸。鼻も完璧であれば口元もだ。
制服越しに分かるほどスタイルのいいプロポーション。足は長く、学生という区分の中では決して多くない制服越しに分かる2つの膨らみ。
見渡す限り全員同学年だろう集団の中で、一人だけ明らかに住んでいる次元が違うとハッキリと分かるレベルの女性。
周りにいる女の中でも女としての格が違う。
相手にすらならない。
着物を着せたならば──間違いなく最高の女であろう。
もう一人隣にいる男もレベルが違う。
セミロングに近い靡く黒髪。笑えば間違いなく母性本能を擽られるような可愛い顔。
二重で可愛らしい瞳をしており、身長も平均以上にはある。誰も気付いてはいないが、見る人は気付く──制服越しにも分かる筋肉。
こちらもスタイル抜群。だがその可愛い顔でガタイからは注意が逸れるのだろうか。
間違いなくこの男もイケメンの一人だろう。そんな二人だが、毛色が違うというのも──もう一つ理由がある。
⋯⋯全く怖じ気付く事も突然の出来事にも関わらず全く焦りを見せず、驚きすら見せない。
当たり前かのように、最初からそうであったように──全く無表情だ。
「まぁ一旦置いておきましょう」
「あいよ」
感情を全く感じない言葉のキャッチボールがワンターン交わされ、そのまま無言で沈黙を始める二人。
様々な思惑と感情がぶつかり合っている中、集団の中にいる一人の小太りな生徒が声を上げた。
「も、もしかして⋯⋯これって異世界召喚じゃ⋯⋯」
そうボソッと言うと、さっき怒鳴り散らしていた男子生徒が眉間を寄せ、怒りを表しながらその男子生徒の胸ぐら掴んだ。
「てめぇ!さっさとなんで答えなかった!?」
「ご、ごめん!空気が悪かったからタイミングを逃しちゃって!」
「てめぇ──誰に向かって普通に話してんだよ!」
『てめぇ!』
『ごめんなさい!』
掴んだ腕を離さずにそのまま一人の男子生徒を怒鳴り始め、周りの空気は最悪。
全員の沈んだ表情が見て分かる中、金髪の爽やかな男子生徒が、ゆっくりと立ち上がった。
そのままゆっくりと余裕のある歩き方で怒鳴り散らしている男子生徒に近付き、肩をポンポンと叩く。
「んだよ──⋯⋯ッ、神宮寺」
怒鳴り散らしている男子生徒の瞳の力が弱まる。それもかなり気まずそうにしている。
そのまま掴んでいる手を離し、すぐにその生徒は端っこの方へ移動していった。
「あ、ありがとう神宮寺さん」
「いや、問題ないよ。大丈夫だったかい?」
男子生徒のしわくちゃになった制服を両手で直してあげながら、神宮寺が爽やかな笑みを浮かべた。
「だ、大丈夫!」
「⋯⋯なら良かった」
シワを直した神宮寺が男子生徒の隣に移動し、静かに口を開いた。
「ところでそれは、どんな話なんだ?」
「え?話?」
「あーごめんね?さっき言っていた異世界転生⋯⋯だったかい?アニメとか流行っているのは勿論知っているけれど、あまりピンと来ないんだ」
神宮寺がそう口にすると、男子生徒がヲタク特有の慌てるような仕草を見せる。
「あっ、神宮寺さん!え〜とじ、実は異世界の勇者として招かれるっていう話の小説を読んだことがあって⋯⋯魔王を倒す為に異世界で戦うようなお話なんだけど」
「なるほど!したらあれか?俺らクラス全員──勇者として召喚されたってことかい?」
「もっ、勿論確定ではない──」
小太りの生徒が話を続けようとした所で、全身真紅のような深く紅い上品なドレスを着こなす綺麗な女性が、数人の護衛と共に集団の目の前に現れた。
「皆様、一旦落ち着いてくださいませんか?」
余裕の込もっている落ち着いた口調でそう話す女性。恐らく普通の状況ならば全員の口が開くことなくことは無かったはずだが、今は地球ではあり得ない現象──それが目の前で起こっているのだ⋯⋯正気な訳がない。
「いや!そんな状況じゃないだろ!」
「何処なんだよ!ここは!」
「⋯⋯ッ」
数人の強い反論の言葉が女性へと向かい、最初は無視を決め込んでいたが、すぐに女性の態度が下手なものへと変わった。
「大変申し訳ございません!皆様を勇者として召喚させて頂きました!」
次に発した言葉は、可哀想な位の謝罪の言葉だった。
一瞬動揺して黙り込む集団だったが、その中の一人が女性に尋ねた。
「日本に帰れるのよね?じゃなくて⋯⋯元いた世界には戻れるのかしら?」
金髪縦ロールの、いかにも貴族らしい雰囲気の令嬢らしき女性が発言をする。
「はい!勇者様としての使命を果たして頂けるのでしたら、魔王と戦かったその後に──お帰りいただけると思われます」
紅いドレスを着ている上品な女性は、淀みのない天使のような笑顔を向けてそう返事を返した。
集団はその眩しい貴族オーラに当てられ、狼狽えはするが、すぐに反論を始める。
「え?直ぐに帰れないの?帰してよ!」
「ふざけないで下さいよ!勝手に呼んでおいてそれは無いと思います!」
またも始まる反論大会。まるで地獄⋯⋯そんなカオスなこの状況を見た上品な女性は慌てる。
'世界を救う⋯⋯勇者様達──なのよね?'
『もし帰れなかったらどうするつもりだ!』
『うるせぇな!』
女性の双眸は、口論しあっている複数の場所を順々に捉えた。
'これが⋯⋯?'
召喚された事だけでここまで動揺を軽く見せ、私の話を遮ってまで揉める幼稚さ⋯⋯本当に?
思っている事とは裏腹に、女性は綺麗なお辞儀を見せる。
「勝手に召喚しましたこと深くお詫び申し上げます」
しかし止まらぬ口論。だがそこへ──一人の少年が止めに入った。
「みんな!一旦落ち着こう!」
神宮寺が両手を広げながら口論している複数の場所に向かって手で止めに入った。
相手は神宮寺──超有名企業、神宮寺グループの時期社長の男。そんな相手に誰も抗う事は出来ず、静かに神宮寺の話を聞く態勢に入った。
「現状はどうにもならないかもしれない!だけど、さっきの話の通り⋯⋯魔王退治をすれば、日本に帰れるみたいだよ?協力してもいいんじゃないか?俺はこの人達に協力するよ!」
まるで政治家のような余裕と、威厳と圧倒的誠意を感じる言葉に⋯⋯クラスのみんなは神宮寺の言葉に顔を見合せる。
「まぁしょうがないか」
「俺は手伝ってもいいぞ!」
「でも戦ったこと無くね?」
賛否両論だが、神宮寺の話に納得をしているものがほとんどだった。
'今ね'
上品な女性は集団の前にほんの少し出てスカートを摘み、貴族の挨拶を集団に魅せた。
「自己紹介が送れました。
私はこのアヴァロン王国の第1王女のガーネット・ロイス・アヴァロンと申します。
勇者の皆様には、衣食住の約束と、戦闘訓練等必要な物は全て用意致しますので──どうかよろしくお願いいたします」
神宮寺を先頭に後ろに並んでいる集団に、ガーネットは惜しげも無く頭を下げた⋯⋯王族という立場でありながら。
その意味がこの集団のほとんどには通じる訳もない。時代が違うのだから。
先頭にいた神宮寺は、手入れが最上級に行き届いている髪から足のつま先まで見つめ、あまりに綺麗なガーネットを見て顔を赤らめる。
「勿論です!みんなで魔王退治しよう!」
神宮寺の言葉はクラスメイトに響き、すぐにみんなが腕を上に上げた。その様子を見ていたガーネットは嬉しそうに数回の会釈を行う。
「ああ!勇者様!ありがとうございます!」
ガーネットが神宮寺の手を取り有難そうに美しい笑顔を向ける。満更でもない神宮寺はガーネットの腰に手を回そうとしたが、近くに居た護衛の眼差しに当てられビクッとしながら思い留まる。
二人の明るい会話にクラスの雰囲気が良くなる。
だが──1人のクラスメイトが、何か思い出したように呟き出した。
「そ、そういえばさ!今日足元が光る前にドア開いたよね?誰か男の子いなかった?」
「あ、確かに」
「なんか白髪の男がいたよね?」
女子生徒数人がその言葉に同意するように頷きながら話だし、
「そ、それ──本当なの?」
「あ、確かにいたよ!凄いカッコよかったよね?」
「うんうん!アニメキャラみたいな感じだったよね?」
「でもあんなカッコイイ人、うちのクラスにいたっけ?」
対照的な反応。
尋ねた2~3人はガタガタと震え出し、話を始めた数人の顔色は良くなって更に話を始めた。
そして話を一部始終聞いていた神宮寺が、話している所へ行き女性に問いかける。
「おい!それは本当か!?」
「う、うん!神宮寺くん顔近いよっ」
神宮寺の爽やかな笑みがかなり崩れ、動揺を見せながら両肩を掴む姿に──照れる気持ちと恐怖が混ざり合う。
「あ、ああすまない」
「え?友達なの?」「いいなぁ~!」
そんな声が女子生徒達の中で上がるが、神宮寺を含めた数人の顔が震えていた。
「いや、あれは悪魔だ⋯⋯関わらない方がいい」
神宮寺含め4人は震えていた。
なんの思い出を掘り起こしているのか──神宮寺を含めた背後にいる数人の男女の顔面は、風邪でも引いたのかと勘違いする程に。だが他の生徒達はそこまで理解が及ばない。かっこいいで盛り上がっていたクラスの数人が更に話を続ける。
「そういえば小学校とか4人一緒じゃん!そこで仲良くなったんだ!」
明るくそう尋ねたその女子生徒数人を、今にも殺すのではないかと思わせるくらい神宮寺が見下ろしながら言葉を言い放った。
「あんな悪魔と仲良くなれるかぁ!!」
『ご、こめん!』
『もうやめよう』
『そうだよね』
かつてない程怒り狂っている神宮寺を見た女子生徒数人は、その話題を話すのを止める。するとガーネット王女が神宮寺に優雅に近付く。
「神宮寺様?そのお方も勇者だと思います。嫌という気持ちは理解出来ますが、事情が事情ですので──お名前を教えて頂けませんか?何かの手違いで座標がズレた可能性がありますので」
神宮寺の苛立ちを抑えるかのように冷静に話すガーネット。その思惑通り、正気に戻った神宮寺は冷静にいけないと首を振った。
「そう⋯⋯ですよね。王女様の前で失礼な態度を」
「とんでもありませんわ?お名前だけでも答えて頂ければ、すぐに探させますので」
「はい。あの悪魔の名前は──神門 創一と言います」
震える両腕を抑えながら、神宮寺は真剣な顔つきで答えた。ガーネットは名前を聞いたその瞬間──すぐに目つきを変えて兵士達に声を上げた。
「神門 創一様ですね!兵士達!聞きましたか!?直ぐに街に捜索隊を出しなさい!悪魔でも構いません──なんとしても世界を救う勇者様を見つけ出しなさい!」
『畏まりました!殿下!』
『すぐに捜索致します!」
ガーネットに膝をつき返事を返した後、すぐに他の兵士に伝達を始め、数十人の兵士が一斉に動き始めた。
兵士が動き終わるのを待っていたガーネットは、居なくなったのを確認してから集団に目を向ける。
目が合う直前、王族の特有の威厳の込もっていた瞳を止め、すぐに普通の女性らしく可愛らしい瞳に変わっていた。
「皆様、1度まずはステータスの確認を致しましょう。この世界では職業とスキル、そしてステータスでその人の人生が決まるって言っても過言ではありません」
ゆっくりとした速度で話すガーネット。すると、異世界転生というワードを発したヲタクの数人が⋯⋯拳を突き上げ、大盛り上がりを見せていた。
『え?マジで?俺、勇者で来てるから──チートスキル貰えてるな!これは!』
『僕は魔法とか使えるなら最高!』
『いや物理だろ?どうせなら魔法剣士とか⋯⋯』
ヲタク達がこれでもかという程大興奮。ヲタク達を先頭にそれぞれの確認が終わった後、王女が手を叩いてクラスの視線を集めた。
「勇者様召喚の催しを行おうと思っています。沢山のお食事を用意させています⋯⋯終わった方から会場に向かいましょう!」
『マジで!?』
『ちょうどお腹空いてたんだよね〜』
ガーネットの指示で、鑑定が終わった者から催しの会場まで歩いて向かっていく。
鑑定待ちのクラスメート達は、これから異世界という生活、そして魔王討伐という大役を期待されてやる気が出ている。
それもそうだろう。ただの一般人の人間達が、いきなり「あなた達は勇者です!その力があるのです」なんて言われたら、誰だって舞い上がってしまうだろう。
無駄遣いとも言える使用人達の列、一々何かある度に世話をしてくれるメイド。誰もが警戒という行動取らずに鑑定を当たり前のように受け、終わればそのまま兵士の案内と共に催しの会場まで向かっていく。
しかし鑑定の並びも残り二人。
「天道梓様ですね。鑑定結果を仰っていただけますか?」
'この人が持っているあの道具⋯⋯'
視線を落とし、謎の電球のような物を触りながら爽やかな笑みを向ける使用人を見る。
'魔導具⋯⋯?'
天道がそう脳内で呟いた時──数年前のある記憶を思い出していた。
───
──
─
「魔導具⋯⋯ですか?」
「そう!このステージと、ここの階層の場合に使うのよ⋯⋯魔導具を」
ある一つの部屋で、天道は眩しい笑顔を見せながら白髪の男と楽しく雑談をしながらiPadを触っていた。
「若──魔導具とは?」
「あ〜、ん?魔法の技術で作られた⋯⋯道具だと思うぞ?まぁファンタジーだし?魔法の道具で魔導具なんじゃねぇの?」
タバコを吸いながら、豪快に笑い天道に返事をする白髪の男。
「魔導具⋯⋯良いですね」
「お?やっぱりあーずもそう思うか?」
白髪の男は天道の美しい髪を雑に触りながら、ポンポンと優しく手を置き、神のような美しい笑顔を向けていた。天道は雑に触られていても何も咎める事はなかった。
'幸せ⋯⋯'
天道は触られている事にそもそも幸福感を得ており、雑だとか⋯⋯触り方とか──全く一切考慮していなかった。ただそれだけで人生で一番の満足感を得ていた。
「わ、若の職業はなんでしたっけ?」
「ん?俺?確か⋯⋯」
高級な黒ソファーに何台も置いてあるiPadを触りながら、自信たっぷりにこう言い放った。
「かっけぇから──
タバコをの煙を鼻から吐きながら、満面の笑みで天道に向けてそう話す白髪の男。
「私もどうすれば厨二病になれるんでしょうか?」
「別になる必要ねぇだろぉ〜?男のロマンって奴だよ」
「そうですね⋯⋯でしたら、私はその覇王のお役に立てるように様々な事ができる職業が必要ですね」
そう言いながら天道は自分の就ける職業を探していた。
───
──
─
「あの⋯⋯これって必ず言わないといけないでしょうか?」
「え、え〜と⋯⋯お、教えて頂けたらと思うのですが」
使用人がどうすればいいか困りながらも笑みを絶やさずにそう返事を返した。
'でも⋯⋯'
さっき、ハズレの時は険しい表情を見せていたし、何かあれば待遇やその他の事も分けられる可能性も無くはないはず。本当に危機管理能力ゼロなのかしら?なんでそんな当たり前のように参加できるのかが分からない。
「分かりました、変な質問をしてしまってすみません」
「いえいえ!では──」
そのまま天道は情報を
そして最後の一人が終わり、一人の生徒が催しの会場までゆっくりと歩きながら向かっていると──一人の女子生徒が悠然と腕を組み、壁に寄りかかりながら男子生徒を待っていた。
「どうだった?」
「え?問題ないよ?」
「まさか貴方──全部言ったわけじゃないでしょうね?」
正気かと顔をしかめながら男子生徒に尋ねると、「おう」と一言肯定の返事。天道の拳に力が入る。
『ドスッ!』
チョップとは思えない鈍い音が長い廊下に響きわたった。
「痛え〜!!」
頭頂部を両手で押さえながらその場でもも上げをしている一人の男子生徒。そしてそのまま二人は歩き出し、天道は普通よりもかなり小さい声で話を続けた。
「兵士は?」
「置いてきた。そっちも?」
男子生徒の答えは縦の頷き。天道は「やるじゃない」と軽く鼻で笑った。
「というか、あんな感じだったけど──そんな都合よく帰れると思う?」
「無理だろ〜?何も経験のないお坊ちゃんだぞ?」
肩をすくめながら苦笑いを天道に見せる男子生徒。
「若、どうしましょう!こんな奴らより貴方の方が頼りになりますよ本当!!」
両手を合わせて天井に向かって祈っている。
それを遮りながら「冗談は置いておいて」と天道が話を続けた。
「本当ね。若も恐らく’’こっち’’にいるはずよ?まぁ私達が心配する程あそこまで人間離れした人もいないから心配はないけど」
苦笑いを見せていると男子生徒も同じように苦笑いをしながら話に乗る。
「若なら多分あの言い方だと「しかも勇者だと?保証がないし従う必要は無い!」とか言って全員ぶちのめしてるまであるよな?」
豪快な笑みを見せながら歩いていると、天道が神妙な顔つきで思いついたように呟き出した。
「逆に居なくてある意味正解だわ?というか錬?」
「ん?なんだ?梓」
「多分⋯⋯私たち利用されるだけされて、捨てられるまであると思わない?」
冷静にそう発した直後、錬が驚きながら両手を上げる。
「え!?あんな謝罪しといて!?」
「だからよ!もう、おバカじゃないでしょ!私たちは若の最上級の側近でしょ!もっと頭を回しなさいな!」
そう錬に対してツッコミを入れてすぐに話を続けた。
「もし若ならそう考える筈よ、間違いなくね。さっきの説明の粗さといい⋯⋯」
梓が説明しようと横を見ると錬は全く違う方を見ており、その適当な態度に梓の口元は苛立ちを見せすぐに平手打ちを放つ。
「痛った!なんだよ!!」
完全に油断していた錬の頬は赤く染め上がり、梓の方を見ながら「理不尽」といいながら頬を擦っている。
「聞きなさいよ⋯⋯。はい、続けるわよ?若も言っていたでしょ!人は先に謝罪した方が意見が通りやすいって!
それも、あの階級の人がわざわざ頭を下げるって行動をすることは、多分この世界のどこにもないわ。
勇者というのは、それくらい重要って事でしょ!それくらい頭で考えてよ!もう!」
梓の説明を聞いていた錬だが、数秒後には頭上にはてなが見えるほど首を傾げてあまり理解している表情では無い。
ダルそうに頭をポリポリと掻きながら、そのまま軽い口調で口を開いた。
「ん〜よく分かんないけど、とりあえず若もこっちにいるんだろ?若を探した方が早いでしょ!ね!そうだよね!?」
希望に満ちている錬の両眼。そこからはワクワク、歓喜といった感情が秒で読み取れるほどだ。
「それが出来たらとっくにしてるわよ!もしここで抜けたら、間違いなく反感を買うわよ?この世界の人の価値観は分からないけど、戦うのが当たり前であれば私達のいた世界の状況な訳でしょ?尚更不味いわよ」
深い溜息と絶望。梓の双眸は頭が悪い動物に話が通じないかのように沈んでおり、そしてその感情は言葉のトーンに大きく反映されていた。
「なんでだ?別に若に鍛えて貰ってたろ?それでいいじゃ⋯⋯痛い痛い!」
あまりに通じない錬に対して梓が錬の耳を引っ張る。絶望を感じさせる双眸と力が入っていないように見えるが引っ張る梓の指先。
だが引っ張られている錬の耳は『ミチミチ』と普通に生きている中では絶対に聞かないであろう変な音が鳴っている。
「おバカ!ステータスって⋯⋯若と一緒にやってたゲームとそっくりじゃない?そう仮定すると、私たちの実力はさっきの謎の板でみたけどそれ以外の要因も必ず混ざってくるわ?」
「それで?つまりどういうことだ!?」
今にも死にそうになるほど大きく溜息をつく梓。歩く足を止め、錬に指を指しながら苛立ちを込めて話し出した。
「ハァ⋯⋯⋯⋯つ!ま!り!私たちの知らない魔法やら職業と──未知の要素が多すぎるのよ!例えばこの世界で奴隷が居たとして、それも契約魔法なんてのがあったら?」
「……流石にそれはわかる」
どんよりとしながら下を向く錬。だがイライラが溜まっている梓はお構いなしに続ける。
「はぁ⋯⋯やっと分かった?そういうことよ!例えば言霊で契約できる魔法なんてのがあったとしたら、さっきの話もバカに出来ないわ!」
「そっかぁ!あの場で契約の内容を言って、神宮寺の奴頷いてたもんな?」
片方の掌にポンッともう片方の拳を叩く錬。
「そうよ!つまりそんなレベルで魔法が使える線もあったとしたら──私達でも危険よ」
「確かにな!」
理解した様子の錬を見て梓が再び足を進め、錬も追いかけるように早歩きを始める。
「若⋯⋯こんなおバカより、貴方と一緒に居たかったです。ゆくゆくは貴方との愛の巣なんかを──」
「オォォイ!!その言い方はなんだよ!俺は?俺はどうしたんだよ!?」
自分を抱きしめながらクネクネと歩く梓に対して必死にツッコミを入れる錬だが、マイワールドに入っている梓を止める事は出来なかった。
「ダメだわ本当に」
30秒程が過ぎた頃、突然正気に戻ってそう呟く。
「とりあえず、訓練では絶対に実力は出さずにこの世界の知識を得ながら若の情報を得つつ、ここから逃げる準備をした方がいいわ?まず私達は情報が最優先ね」
まるで悪女のような意地悪そうな口元を浮かべ、そのまま歩き続ける梓。
「バカにされたのは気に食わないが、その方針は同意だな!」
「既に遅れている身だから、急いで向かうわよ──錬」
「おうよ!」
顔を見合わせてから急いで会場へと向かう二人。だが走っている途中──空いている短い通りの隙間に一人の影が。フードを被っているが、髪がチラリと見える。
その中は黒髪で覇気は無く、だいぶ痩せこけているようにも見える。
「アァ?アイツ⋯⋯」
謎のフードの目の前には一つのウインドウが。
「
'もう一人の黒髪の奴も同じじゃねェカ'
2つ共美味そうだ──面倒になる前に喰っちまうか?
謎のフードを被る者が一瞬動き出そうとするが、途中で魔導具の連絡が入り追うのを止める。
「イツカ──喰ってやる」
そう言い残して謎のフードを被る者は影に消えて行った。
それから催しは何の滞りも無く進んだ。
クラスメイトはこれから魔王討伐の為に想像を絶する訓練が始まる。
──それがどれほど過酷で、どれほど覚悟のいるモノなのかもわからず。
次の日から──彼らは毎日訓練励む事になる。
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