第5話 奴隷
「おい!セレーヌ!主人に対して、やる事があるじゃないのか?」
男が声を荒げながらセレーヌを呼びつけた。
「はい!ご主人様」
そう返事をしたセレーヌは、男の目の前まで移動し、屈みながら男のズボンに手を伸ばしている。
'オイオイ、何言ってんだこいつ⋯⋯ていうかアイツの名前は、セレーヌというのか。
そう心の内で呟いていると、セレーヌの表情が一瞬曇る。
'ん?アイツの目線⋯⋯おっさんのズボンに手が向かっていってるけど、何をやろうってんだ?'
「セレーヌは物分りが良くて助かるなぁ~」
男は下卑た顔つきでセレーヌを見つめながら、安心しきった様子で脱力している。
'アイツ⋯⋯まさか!'
創一は唇を噛みながらその光景を黙って見続ける。
'この世界は奴隷は
いや、まだ断定してはいけないが⋯⋯それでもあれはまずいだろう。
「いやぁ〜セレーヌは言わなくてもやれるなんて良い子だ」
嬉しそうに今か今かと何かを待ちわびている男。セレーヌはズボンを脱がして、そのまま下着に手をかける。
'あの子はまだ、12歳くらいにしか見えない⋯⋯そんな子が、あんな事やっちゃダメだ!'
となると、多分あれは奴隷商人か⋯⋯。
理解が遅れたな──あのクソ野郎ぶっ潰すか?
創一が止めに入ろうと立ち上がる。
だがしかし⋯⋯進む前に冷静になった。
'いや、この世界の奴隷商人の立ち位置が分からない。もし合法で行われていたとすれば、俺が犯罪者になりかねん'
というより、俺は何を考えているんだ⋯⋯アイツが自分から大丈夫と俺に返事をしたんじゃないか。
「ここはしょうがないか。去ろう──」
軽く鼻息を漏らし、セレーヌを最後に遠くから見つめた。
「⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯」
創一とセレーヌの目が思わず目が合った?⋯⋯いや、合ってしまったか。
セレーヌが創一と目があったその時の表情は、10人中10人が考えなくてもどういう気持ちで見ていたのかが分かるくらいの表情をしていた。
『助けて──』
創一はその瞬間、ふと自分の記憶が呼応するように脳内で言葉が流れた──昔のあの記憶を。
──強⋯⋯ければ、自由になれるの⋯⋯よ
「⋯⋯!!」
創一の瞳が大きく揺れる。
'ここでもし合法で行われていた場合、俺が犯罪者だ'
一回ゆっくりと瞼を閉じて、勢い良く目を大きく開いた。
それはきっと覚悟。
もしこちらが悪いとなったしても、この女性だけは救うと覚悟を決めた創一の真っ直ぐ揺るぎない瞳は、瞬きをする事なく間もなく色々行われるであろう二人の場所へと勝手に足を進めていた。
「⋯⋯ははは」
セレーヌを見ながら下品な笑い声を上げている男。
男の下着を丁寧に脱がして、今にも始まりそうなところで──ストップが掛かる。
「オイ」
「ん?なんだね君は!これからいい所なんだよ!!」
男がばつの悪い顔で必死に創一を追い返そうと怒鳴り散らす。だが創一は全くその場から動こうとはしない。
「その汚いモンしまえよ」
「なんだ君は!私の邪魔をするのかね?私の邪魔をすれば⋯⋯ドミニク商会が黙ってはいないぞ?」
男は口元に誇示を表し、ニヤついた眼差しを創一に向けながら嘲笑っている。
男からすれば、権力もないただの少年など相手ではないからだ。
「知るかんなもん。そこにいるやつの顔が見えねぇのか?」
対してセレーヌの方を見ろと顎で男に言うと、言葉を聞いた男がセレーヌの顔を覗く。一通り見終わった後、男は高笑いしながら「奉仕したい顔をしているじゃないか!」と男はゲス顔全開で創一に向かってそう言い放った。
「⋯⋯⋯⋯」
'ああ⋯⋯'
理解したように創一が大きく吐息を漏らした。
'この世界はそういう世界って事だな、理解した'
⋯⋯なら、俺があーだこうだ考える必要はない──もうどうでもいいや。
男の権力を嘲るような口元。瞳は猛獣が獲物を見つけた時のような荒々しい双眸。
第三者から見れば、野蛮人のような雰囲気だが、ポケットに両腕を突っ込みながら──創一は獰猛な笑みを浮かべ、男の方へ歩き出した。
「折角の機会の邪魔をしたと思ったら次はなんだ!私をどうしたいんだね?非人道的な事をしているからなどと綺麗事を言いながら殺すか?安心しろ⋯⋯直ぐに商会に繋がるぞ!お前は決して逃げれない!ハハハハ!」
全く怖じ気付いていない創一を見た男が、創一に命乞いをするかのように大声で言い放つ。
'ハッタリか?いや、奴隷商人ということは嘘ではないはず。近くにある壊れた馬車と、そこから発する馬鹿クセぇ死臭が答えだ'
恐らく後盾があるのは本当だろう。だが──んな事俺にとっちゃあ関係ない。
『ザッ、ザッ』
ローファーの音が際立つほどこの場は静か。そのまま枯れ葉の音を立てながら男の目の前に創一は移動し、二人の距離は⋯⋯男と頭4つ分と言ったところだろうか。
そのまま垂直に腰を落とし、完全に見た目はヤンキーの座り方。男は完全に地面に座っており、創一が腰を落としても男は創一を見上げた。
綺麗すぎる白髪、汚れが全く無い謎の服。神と勘違いする程の美しい中性的な顔。
見上げていた男も例外じゃない。男であるはずが、創一の見下ろす瞳に勘違いしそうになる程──動揺が男の中で走る。
'なんだ?この男──'
風がタイミング良く吹き、創一の綺麗なセミロングの髪が綺麗に靡く。その姿は一瞬セレーヌも、男も心を持っていきそうになるほど美しい姿だった。
そんな中、創一は男の中指を人差し指と親指で摘むようにしながら軽く上に上げ、何やら確認をしている。
「ふん⋯⋯」と何やら納得した後、男の手を離し、そのまま流れるように両手で足を折る創一。
「あああああ!!!!」
静かなこの森で一キロ先まで聞こえそうな絶叫。男は必死に折られた足を抱え、自分の体を動かしながらズルズルと離れる。
その状況を見ていたセレーヌは、両手で口を覆い、驚きを隠しながらその場で身を縮めた。
「ガァァァァァァァ!!フー!フー!何をするんだ貴様は!タダで済むと思っているのか?」
男が大声でそう叫ぶと、創一はニコッと天使のような顔で笑いながらこう答えた。
「いや?ただ商人という割には、お客様の表情が読めないなぁと思ってよ」
両手の人差し指をほっぺにグイッと真横から軽く押している。その姿はアイドルにも思えるし、何かを隠している悪魔にも⋯⋯男からはそう見えた。
「な、なんだと?」
数秒間言葉を溜めてから、創一は指でお金の仕草を見せる。
「幾らだ?」
「⋯⋯?」
数秒理解に遅れる。冷静に考えた結果──やっと目的に気付き、男は「ふふっ」と薄ら笑いを浮かべた。
「金貨15枚だ⋯⋯」
男がそう言うと、創一は脳内へと集中を向ける。
'さて、ナビさんやぁ~?俺は全くここの知識ないのじゃ。通貨の価値を教えてくれないか?'
創一がそう念じると、すぐにナビから返答があった。
『畏まりましたマスター 。
この世界では鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖貨がございます。
順番に、鉄貨は100円、銅貨は1000円、銀貨は10000円、金貨は100000円、白金貨は、100万円、聖貨は1000万円という計算です』
'ふむ。ありがとうナビさん'
『いいえ、お気になさらず』
'⋯⋯?'
ん?ナビさん⋯⋯なんか、話す雰囲気変わった?
突然人間ぽい返事だけど⋯⋯⋯⋯。
『いえ、変わりはありませんよ?』
'なんかもっと人間ぽい返事が⋯⋯絶対変わったよな?'
『マスター、そんなことより戻ってください』
'え?あ、そうだった!'
「15枚か、分かった。今払えばいいな?」
そのままアイテムボックスから取り出そうと準備を始めると、素っ頓狂な声を出しながら創一を見つめる男。
「え?──今?即金でしょうか?」
突然男が両手を擦りながら、創一に媚びるような表情を見せ始める。
それを見て、創一は内心首を傾げた。
'ん?なんか態度が急変したが'
なんでそんな顔をするんだ?全く意味がわからん。
『マスター』
'ん?どうした?ナビさん?'
『この世界では、即金で出すという事はあまり見かけない事ですので、マスターはかなりお金を持っているという認識になってますね』
'あーなるほどな'
ナビさん、端末に幾ら入ってるか教えてくれない?
『現在、白金貨が10枚入っています』
'へ?'
白金貨10枚?マジで?換算するとまんま1000万あんのかよ!
アルテミス様感謝します──今日からね。
脳内でそう念じるとおでこに痛みが生じ、頭を抱えた。
'痛!なんだ!?'
『マスター 神界からのデコピンが入った模様ですね』
'いやまじかよ!アル!何でもありだな!'
⋯⋯ともかくだ。
「これでいいな?」
取り出した金貨15枚を商人に手渡す。受け取った男は金貨を懐にしまい、伺うように創一に尋ねる。
「もしや貴方様は、アイテムボックスをお持ちになられているのですか?」
「ああ。持っている。それでどうなんだ?」
ぶっきらぼうに創一が返事を返す。これ以上はまずいと思ったのか、男はすぐに鞄から何かの道具を取り出した。
「確かに頂きました。どうぞこちらに」
奴隷商人が鎖に近い道具をセレーヌに向けて使っている。
「ああ」
かったるそうに一言返す創一。しかし心の内では舌打ちをしていた。
'んだよこれは⋯⋯。こんな事なら先に言っとけよ'
クソ気味が悪い。
『ブオン』──
数秒が経ち、セレーヌの立っている地面に⋯⋯なにかの文字が浮かび上がってくる。英語なのか、何処の言語かはわからないレベルのモノだ。
すると魔法が終わったのか魔法陣が自然に消え、男は創一の方へ体を向けて一礼する。
「これで契約完了致しました。命令して頂ければ、どんな事があっても反抗出来ないようになっておりますので──欲望のままに!好きに使ってくだされ!ホホホ」
男が上品さを残しつつ豪快に笑う。だが対照的に、創一はセレーヌに邪な感情の一つもなく、ただ無のまま視線を向けていた。
そしてそのままセレーヌの手を掴んで男と距離を空けさせる。
「てめぇみたいに胸糞悪いことはしねぇよ」
創一がそう静かに呟くと、男は鞄から緑色の液体が入った瓶を取り出した。
「そうですか。私には理解しかねますが⋯⋯それもまた人生というものでしょうな──珍しいお方に出会ったものです。さて、頂戴致しましたので──これで折れたことはチャラに致しましょう」
そう言ってポーションのフタを口で取って足にかけた。
『シュウウウ』──。
創一の目が思わず点になる。それもそう──。
ポーションの液体がかかった所から、まるでそこから物体が現れるかのように骨が再生し、更には皮膚までもがメリメリと音を鳴らしながら元の足へと戻っていくからだ。
創一は信じられないといった様子で目を点にし、数回の瞬きと共にまじまじと見ていた。
'まじかよ'
なんでもありだなこりゃあ⋯⋯。
本当にゲーム見たいな感覚だな、ここではあんな簡単に治せるのか。
'まぁいい'
チラッと一瞬セレーヌへと視線を向け、すぐに元に戻る創一。
とりあえず裏切らないやつを確保したと思って──前向きに捉えないとな。
'はぁ⋯⋯'
奴隷か──。
これからどう使えばいいのか。
「おっさん──名前は?」
「私は、奴隷商人のバルカスと申します。以後お見知り置きを」
バルカスが丁寧にそう挨拶をするが、創一は無言でセレーヌを連れて踵を返す。
だが思い出したように足を止め、腰から上だけをバルカスへと向ける。
「そうか、バルカスさんよ⋯⋯今回はこれでチャラにしてやるが──」
「ホホホ、なんですかな?」
「次同じことをして俺がまた目撃した場合──命はないと思えよ?」
瞬きをせずバルカスに向けて威圧を掛けた鋭く刺さるような瞳を向ける創一。
「ホホホ⋯⋯分かっております。このバルカス、肝に銘じておきましょう」
創一の威圧をものともしないような立ち振る舞いを見せ、その場で深く頭を下げる。
'中々肝が座っているな──'
どこの世界も⋯⋯それだけで凄まじい力が手に入る。こんな世界で威圧なんてあってないようなものか。
「行くぞ」
「はっ、はい!!」
創一とセレーヌが森の中へと歩き出す。徐々に距離が遠くなり、二人の姿がだんだんと小さくなっていく。
完全に二人の姿が消えていくのを黙って見守りながらそのまま頭を下げ続けたバルカス。
「これはこれは──」
'いつかまたお会いできる日をお待ちしております'
バルカスはニヤリと笑みを浮かべ、近くの街へと足を進めたのだった。
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