第20話

あなたを、殺そうと思ってしまったこともありました。ころさなくてよかった。14年間も一緒にいてくれてありがとう。楓ちゃんとあなたが夫婦の様に毛繕いし合う姿が大好きでした。


猫が瞬きをするのは、投げキッスか、ちゅっ、って意味らしい。瞬きをされたら瞬きを返す。それが猫の愛情の交わし方。でもあなたはすぐに楓のおでこをなめて毛繕いしたね。拾われて他の猫にもされたことがないはずなのに、あなたは相手を毛繕いしてあげることを知っていた。楓は目を閉じて気持ちよさそうにあなたに、ノエに毛繕いされていた。

幸せだった。

我が家に猫の夫婦ができた。手術をしてしまったけれど、2匹は我が家では珍しく、寄り添い合う猫だった。でもね、もうかえちゃんが戻ってきても、もうノエの毛繕いは受けられない。なぜなら楓ちゃんに猫エイズがうつってしまうから。

残酷なことだった。

残酷なことはまだある。


ありがとうノエ、サバトラは2023年現在2月。今でも感染症の兆候が見られない。食い意地が張ってむしろ太ってきている。


私の中であなたのすがたは、もう最期の痩せ細ったしんどそうな目で再生される。

それが全てではなくても、最後を看取るとは、そういうことなのかもしれない。


それでも、あなたたちの仲が良かった頃の写真を母から見せられるたび、これがあなたのたくましい優しい体型だったと。Googleフォトで思い出す。痩せていくまでの写真も残っている。灯油ヒーターの前で温まる私の腿に痩せた手を添え、こちらを見るあなたの光を反射しない目も。貧血だったのかな。ご飯はたくさんあげてたから大丈夫だったと思いたい。ノエ。人間の飼い主にはね、しなきゃいけないことがあった。私たちはそれをしなかった。楓ちゃんとぽやぽやは、もう戻ってこない。どんな姿だったとしても。ただ、どこかで幸せに、いきていたら、そう、幸せに暮らしてくれている。そう信じるしかないの。信じるしかない。


作品の中で、楓は捕まりかけたね。

でもね、ルートはいくつかある。


飼い主が果たすべき責務とともに、どうか、ノエ。

聞いてくれると、いい。もういないあなた。

毛繕いを楓にしてくれたあなた。立派な雄猫。

ありがとう。ごめんね。

外に出してごめんね。

次で語る。だから今だけ、そしてこれからも泣かせてほしい。

ノエ、あなたは人を幸せにした。


さようなら、ひよこの様な、茶色の毛玉のコケコッコー。ありがとう。ありがとう。ごめんね。エイズにしてごめんね。外に出してごめんね。ケンカを応援してごめんね。何も知らなかったの。サバトラも外に出してる。


ノエ。にんげんのことばでは、


あいしてる。それを楓ちゃんに送ってほしい。

楓ちゃんに、愛してる。愛してる。愛してる。


愛しかった、時に鬱陶しかった、そばにいてくれて嬉しかった。ペットという言葉から家族になった。


時代は流れて、わたしは泣きながらこれを書いている。

ノエ、許してくれとは言わない。出て行った楓ちゃんのことがショックで声が出せなくなったのかと思った。

ノエ。ノエ。何度でも名前を呼ばせて。そして、どうかノエはノエだけでいて。生まれ変わらなくてもいい。でも、もし、楓ちゃんに会いたいなら。

もう繰り返すことはできない。でも額を舐めてあげることはできるよ。

ごめんね、ノエ。ごめんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る