第11話

楓は、一度だけ借りをしたことがある。家に獲物を持ち帰り、バリガリとひたすら食べ、獲物の長い尻尾だけ残した。


あの時は危ない娘が散らかったものを頑張って掃除機で吸い、ちりとりとほうきで鼠の横たわった長い黒い尻尾を拾い、外に捨て、あとは除菌クイックルワイパーの大判シートで丁寧に拭いて掃除した。


男が去って。


猫たちは30分、1時間は駐車場に集合できなかった。各々が室外機の裏や停めてある車の下、200メートル離れた行きつけの隠れ家へ避難した。


かえで。かえで。オレは鳴いた。読んだ。俺が鳴くのは、この家の俺と同じ魂をもつ人間のおとこの帰ってきた時だけだ。


学校から帰ってきた障害をもつ男児を背中に茶や白、肌色の背、白い腹を持つノエは待ち焦がれ、ジャンピングしながらすりすりし、長い方の右手でハイタッチをするように飛びついた。まだ拾われて半年も経たない頃だ。タイミングを合わせて障とくしゃの男児は手を出していた。

ひとりと1匹は親友だった。


かえで。かえで。


久々に声を出す。かわいいと褒めて萌えた声で、沢を歩きながら楓を呼ぶ。


かえで!!!かえで!!!!!

楓!!!!!!!


喉が張り裂けるほど、盛りよりもずっと大きな声で

恋人のなまえを、呼ぶ。呼ぶ。


オレならまたあいつが来ても逃げ方を知ってる。障害のある左肩でオスとの喧嘩の時どうただうち叩くか、追いかけられた時に立ち回りかけて、騙して家に逃げ帰る方法がわかる。それでも1度も逃げたことがない。ケンカには、全部勝ってきた。やんちゃ2匹が逃げ帰っても、縄張りを、メスの居場所も自分の居場所も守るために。


かえで!!!!!!!!!!

かえで!!!!!!!!!!!!


なんでだろう。なんでなんだろう。楓は、オレが死ぬまで、死んでも。帰ってきてくれなかった。

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