コモモちゃんがわからない

かぎろ

❓❓❓

 ぼくは最強で、コモモちゃんはというとなんかよくわかんないけどやばかった。


「んあ……?」


 朝起きると朝日はなかった。なぜだろうとすこし考えて、昨日、この星を照らす恒星をぼくが吹き飛ばしちゃったからだと思いだす。最強の力を手に入れてから那由他世紀が経っていたけれど、未だに加減がわかってない。


 小学校のグラウンドを丸めたらこの大きさになるかなくらいの小惑星でぼくは目を覚まし、伸びをした。ぼんやりと宇宙空間を眺める。たしかここはエメリルデ銀河の端っこ。遠くまで来たものだなー。

 かつて天の川と呼ばれた銀河があった座標に思いを馳せる。四年二組はぼくが太陽系ごと吹き飛ばしたし、死後の世界もぼくが概念ごと消し飛ばしちゃって、いま考えてもさすがにちょっとごめんって感じだ。


 ぽつんと浮かぶ小惑星上でくつろいでいる僕。

 そこへ突然現れたのは、現在の宇宙全体を支配している帝王、⊂∩⊃だった。


「⊂⊂⊃⊂∩⊃∩⊃⊂∩∩⊃⊂∩⊃⊂∩!!!!!!!!!!!」


 ぎゃーぎゃー怒り狂いながらなにかを言ってきてる。昨日、ぼくがヵヲュント゜星を壊しちゃった件かな……。ぼくには言語のチャンネルを合わせる気がなかったので無視を決め込んでいると、⊂∩⊃は「⊃⊃⊃⊃∩⊃⊂∩!!!!!!!」と叫んでブラックホールの恒河沙倍の超重力を形成した。これでぼくを今度こそ倒そうっていう感じだろう。


 ぼくは、ちら、と心配になる。コモモちゃんが巻き込まれちゃうな。振り返る。小惑星上では、僕の後ろの方でハンモックに揺られながら眠るコモモちゃんの姿がある。


「∩⊃⊃⊂⊂⊃⊃ぃだ!!!! これで貴殿は消滅する!!!! ぎははははは!!!!!」


 途中から試しに言語のチャンネルを合わせて解読してみた。結局想像通りのことしか言ってないな。

 ⊂∩⊃が勝ち誇ったように高笑いをする。ぼくもつられて笑っちゃう。恒河沙ブラックホールがすべてを押しつぶしていく。たしかにすごい威力っぽいけど、この宇宙も半壊するんじゃ……? そんなぼくの懸念は当たってしまった。というか、半壊どころではなかった。ぼくと小惑星を吞み込んですりつぶした恒河沙ブラックホールは、同時に⊂∩⊃の治めていた宇宙のすべてを丁寧に折りたたみ、小さな球にまで圧縮し、微粒子よりも小さくして、やがて無に変えてしまった。


「あー……」


 ぼくは恒河沙ブラックホールのなかから出て、その一部始終を眺めていたのだけど、ごめんねって感じの気持ちになってる。

 周囲を見回す。宇宙は終わってしまった。だからここは宇宙の外。存在という概念さえもない場所だ。

 あえて視覚的イメージを提供するなら、真っ白い背景に、時折、ふるえる輪ゴムのような影が浮かんでは消える謎の空間、ということで……。


 とりあえずぼくはコモモちゃんを探す。

 すぐ見つけた。


 コモモちゃんは、ハンモックに揺られながら、寝ぼけまなこをこすってぼくを眺めていた。


「コモモちゃん、起きたんだ」

「ふゎーぅ……」


 陽だまりにぽかぽかと照らされ育つ幼い子葉のように、コモモちゃんが、かわいらしく伸びをする。よかった、やっぱりノーダメみたいだ。

 コモモちゃんが、ハンモックからぽてっと落ちるように降りる。

 上下左右のない空間で、すっと立ち上がった。


 ぼくと同じく、四年生のままで姿が止まっているから、身長は140センチくらい。とはいえぼくの背丈は最後に測ったとき、たしか139センチだったので……たぶんすこし負けてる。

 ピンク色でぼさぼさの、たっぷりとした髪。ほんのり火照ってぷにっとした肌。一着で全身を覆い隠す、だぼだぼの白Yシャツ。


「あしょまー。しえふあぃはむあー」


 そしてぼくでも理解できない言葉を話す。


「コモモちゃん……わかるように言ってよー」

「にへりほすはめー」


 ぼくは全知全能と無限成長を複合させた能力を持っていて、すべてを完全理解・多元解釈できるこの力を自分では〝解答〟って呼んでいるのだけど、唯一コモモちゃんだけがぜんぜん答え合わせできない。ぼくは地球で誕生したひとつの生命だけれど、コモモちゃんはたぶん、そうじゃないんだろうなって思う。もっとこう、宇宙の起源とか、超高次元のなんやかんやとか、そういうのが関係していそうだ。地球で暮らしてた頃はお互いふつうの幼馴染だったんだけども……。


「しゃしゃほー」

「コモモちゃん、ぼく、コモモちゃんのことわかりたいよ。ぼくにレベルを合わせてってば」

「ほやにゃらみ」


 ぼくの〝解答〟をもってしても、コモモちゃんのすべてが予測不能だ。いまだって、ずっと見ていたはずなのに、ぼくにはないはずの意識の間隙を突かれて、ぼくの前から消えちゃうし。


「コモモちゃん、どこー」


 不安だ。


 最強のぼくでもわからないことがあるのが不安なわけじゃない。コモモちゃんはぼくの手の届かないところにいるから、いますぐにでも永遠に会えなくなってしまう可能性がある。だから不安だ。

 会えなくなったら、さみしい。


「コモモちゃ……あ、いた」


 ペロペロキャンディを舐めながら、コモモちゃんは上下さかさまにふよふよと浮かんでいる。どこから取り出したんだろう、そのキャンディ。


「もー、コモモちゃん、よだれでシャツ汚れてるよ」

「にみろーしゅ」

「なんて?」


 ぼくはハンカチを生成して、コモモちゃんの口元を拭いてやる。コモモちゃんは読み取れない表情で、されるがままになってる。

 もっとコモモちゃんを理解したいのに、いまなにを考えているのかさえさっぱりわからなくてさみしい。〝解答〟をもつぼくだから、自分自身のことはわかるし、それによれば、ぼくはコモモちゃんのことが好きだ。なんか……好きなうえに、もっと好きになっていく未来も予知している。さらには、好きなだけじゃ満足できず、コモモちゃんに、好かれたいって思ってる。


 でもコモモちゃんはきっとぼくの前からいなくなる。コモモちゃんはぼくと地球でご近所さん同士だった頃から不思議な子だったけど、無限成長能力を有するぼくよりもはるかに早いペースでさまざまなものを超越していった。だからこのままいけば、ぼくはコモモちゃんに完全に置いていかれてしまう。


「コモモちゃん、そのキャンディおいしい?」


 問いかけに、コモモちゃんは応えない。あさっての方を向いて、首をかしげている。


 那由他世紀も前の地球で、コモモちゃんとブランコに乗ったことを思いだす。見て見てコモモちゃん、ぼく、こんなに高く漕げるよ! そう言うと、コモモちゃんは、ぼくを見上げてまぶしそうに笑ってくれた。さとるくんはすごいね、と褒めてくれた。ぼくはうれしくなって、コモモちゃんにブランコのコツを教えた。コモモちゃんはブランコが下手だった。

 下手だったけれど、すぐに上手くなって、その日のうちにぼくより高く漕いでいた。

 ぼくは拗ねてしまって、バイバイも言わずに帰った。コモモちゃんは首をかしげて、ご、ごめんね……?と謝っていた。


 コモモちゃんの笑顔が好きで、褒め言葉が好きで、ぼくが頑張るのはコモモちゃんに褒められるためで、だけど追い越されて、コモモちゃんが嫌いになって、学校で悪口を言ったら、伝染してしまって、コモモちゃんはいじめられて、だからぼくは、四年二組を消そうと思った。消したあとで、コモモちゃんに謝って、許してもらって、謝れてえらいねって褒めてもらおうと思った。

 力は暴走して、太陽系が壊れて、ぼくの心もまっさらになってしまって、途方に暮れていたけど、コモモちゃんはまったくの無傷で、のほほんとしていたよね。宇宙を漂って再会できた時は泣くほどうれしかった。でも、その時もう既にコモモちゃんはぼくには到達できない領域にいたね。コモモちゃんは永遠にぼくを褒めることはなくなっちゃった。だってもうコモモちゃんはぼくを見ても、すごいだなんて思わないよね。

 ぼくはまだコモモちゃんに褒めてほしい。笑いかけてほしいし、あの時の悪口を許してほしい。

 でもそれは叶わなくて、たぶんこれは、罰なのかも。

 理解できるはずだったころから、きみを理解せず、きみから与えられることばかり求めてた。


「コモモちゃん、ぼくからもキャンディあげるよ。まっちゃ味」


 キャンディを生成し、コモモちゃんの前に差し出す。コモモちゃんはその意味がわかっているのかいないのか、ぼんやりとぼくの目を見ている。ねえ、受け取ってよ。そんなぼくの思いとは関係なしに、コモモちゃんは、また忽然と消えてしまった。


「はあー……。またか。コモモちゃーん、どこー? ねー」


 コモモちゃんとぼくはそれきり、会うことはなかった。

 ぼくはいま、新しい宇宙を誕生させて、そこで生命をはぐくみながらのんびりと過ごしている。たくさんの有機物や無機物に囲まれてまあまあ楽しい。決して届かない彼方へ行ってしまったコモモちゃんのことはすっぱり諦めて、永劫の余生を過ごそうかなって思った。


 思ったって、無理だ。

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