第一偽剣

「第一偽剣、斬界ざんかい絶刀無双ぜっとうむそう


 偽剣はラナの封印を断ち斬る為に編み出した剣技だ。

 

 俺はあの忌々しい鎖を斬る為にさまざまなアプローチを行った。幸い、何度も斬りつけた経験はある。硬さは大体わかっている。


 空間ごと切断する斬撃。

 一太刀で放つ無数の斬撃。

 ただただ破壊力を追求した斬撃。


 正に理外の剣技。

 爺にさえ「こんなことはできない」と言わしめた。偽物の剣。

 

 第一偽剣は副産物だ。

 名前の通り斬撃の結界。数百、数千の斬撃を一瞬で一箇所に叩き込むべく修行を行なっていたところ完成した剣技だ。

 

 俺を中心とした最大半径一キロメートルの球状範囲内に無差別斬撃を叩き込む。俺でさえ斬撃がどこに飛ぶのかわからない。だから予測ができない。受け切るのは不可能だ。

 

 本来であればこの闘技場全てを範囲内に収める事は容易い。それほど巨大な範囲攻撃だ。

 

 しかし今それをやってしまうと、文字通り山ほど死人が出る。本能がと囁くが無視する。

 だから最小限だ。

 幸い、おっさんとの戦闘の際に倒れている魔術師達からは離れている。誰も殺す心配はない。

 

「サナ! 女の子の方を!」

「う、うん!」


 俺の殺気に反応したのか観客席からカナタの声がした。サナも一瞬遅れて反応する。


 殺す気は無いが偽剣を放つ以上、殺気は隠せない。

 俺は今、初めに放った殺気がお遊びに思える程の殺気を放っている。

 

 おっさんと少女の顔に恐怖の色が浮かぶ。しかし流石というべきか、戦意を喪失する事はなかった。気丈に武器を構えている。

 

 カナタは手すりに足をかけると雷鳴を轟かせて瞬時におっさんの前まで移動した。投擲された槍を真正面から受け止める。

 

 サナも観客席から身を躍らせると少女の方へ向かう。しかし少女は後方から動いていない為、かなりの距離がある。サナは勇者の力を使い疾走する。

 凄まじい速さだ。雷速のカナタには及ばずともこの一ヶ月の努力が垣間見える。

 

 そんなサナに少女は気付いていない。俺から目を離す事ができないでいる。仕方のない事だ。殺気を撒き散らしている人間から視線を外すのは難しい。


 少女が大鎌を振るう。すると刃から空間を塗り潰したかのような黒い斬撃が飛んだ。

 サナが間に入ろうとしたが間に合わない。


 そして放たれた斬撃は斬界の中に侵入した。

 その瞬間、俺は黒刀を抜き放った。

 

 斬界内を斬撃が満たす。

 一瞬のうちに放たれた数千もの斬撃によって少女が放った黒い斬撃は粉々になった。それだけに留まらず俺がいた周囲の地面が球状にくり抜かれた。


 直後、足場がなくなったことにより一瞬の浮遊感がしてクレーターの中央に着地した。


「……封印再起動」


 ふぅと息を吐き、封印を再起動する。闇が空気に溶けて消えていく。

 その時には少女が生み出した黒い孔も消えていた。

 俺は縮地を使い、クレーターの外へ出る。すると視線が俺へと集中した。


「……レイ。やりすぎだ。周り見てみろよ」


 カナタが呆れたとばかりに肩をすくめた。

 俺は周囲を見回す。会場は死屍累々の様相を呈していた。魔術師のみならず、観客たちの中にも気絶している者がいる。

 カナタの言う通り完全にやりすぎた。

 俺は苦笑いを浮かべると戦闘終了の宣言を行った。


「第一試験終了! 今立っているものを合格とする!」


 俺の宣言にまるまる五秒ほど遅れて、王都中から歓声が上がった。


 


「さて。レイ? 何か言う事はあるかな〜?」


 俺たちは控え室に来ていた。ひとまずおっさんと少女はアイリスによって別室へと案内されている。備え付けられた窓から外を見ると、騎士達が倒れた者たちの後片付けをしている。

 本当に申し訳ない。

 しかし俺にも言い分はある。


「試験内容を任せたのはサナだろ? やりすぎたのは認めるけど何も言う事はない。それに実力者が二人残った。上々じゃねぇか。正直あの二人以外は俺たちについていけないぞ?」

「うぐっ。正論だけに反論しにくい」


 サナが言葉を詰まらせ渋い顔をする。

 

「まあ具体的に何人ぐらい残して欲しいか言ってなかった俺たちの落ち度でもあるな」


 カナタの言う通りだ。しかしサナは不満げになおも言い募る。


「だってレイずっと禁書庫に引きこもりしてたじゃん!」

「アイリスに伝言を頼めばよかったじゃねぇか」

「む〜〜〜!」


 頬を膨らませて不満をアピールしてくる。こう言う時は相手にしない事が吉だと昔から決まっている。

 カナタもそれはわかっている。だから呆れた様にため息をつくと話題を変えた。


「それはそうとレイ。アレはなんだ?」

「アレ? 偽剣のことか?」

「偽剣?」


 カナタが眉を顰める。


「偽物の剣と書いて偽剣。普通の剣技でもなければ魔術剣でもない。だから偽剣。じじ……師匠が名付けた剣技だ」

「正確にアレは何をやったんだ?」

「俺を中心とした球状の空間内に無差別斬撃を叩き込んだだけだ」

「……だけって」


 カナタが曖昧に笑った。


「普通そんな事はできないぞ? 魔力のないレイなら尚更な」

「まあ俺も自分で何やってんのか分かってないからなぁ。……それで後の試験はどうするんだ?」

「俺の試験はレイが減らした後に模擬戦をするって感じだったんだが、これはもう合格でいいよな?」

「おい。横着すんなお前」

「横着じゃねぇよ。俺が戦っても二人は合格だよ。それにまた戦わせるのはハンデがありすぎる」


 返す言葉もなかった。

 たしかに俺との戦いで疲れ切った二人をカナタと戦わせてもまるで意味がない。本来の実力を見るという目的を達成できない以上、もはやそれは試験ではない。


「じゃあ後はサナとアイリスか。二人の試験は何をするんだ?」

「……面談だよ。レイとカナタで実力を見て、私とアイリスで人となりを見るの」

「そうか。それはいつから――」


 俺の言葉を遮る様にしてノックが響いた。扉が開いて出てきたのはアイリスだ。


「こちらの準備は出来ました。サナ……さん? 何やら不満気ですね?」

「俺がやりすぎたせいだ」

「なるほど……どうします? もう少し後の方がいいですか?」

「……待たせるのも悪いし行くよ! レイとカナタも付いてきて!」

「はいよ。勇者サマ」

「む〜〜〜!」


 わざとらしく言うとサナからパンチが飛んできた。

 さすが勇者。凄まじく早いパンチだ。だけどまだまだ甘い。俺は横にズレて躱す。


「この……!」

「その辺にしとけよお二人さん。人を待たせてるんだろ?」


 サナの拳をカナタが止めた。


「フン!」


 サナが鼻を鳴らしながら足早に部屋を後にした。俺たちも追いかける。


「あまり揶揄からかうな。ちゃんと仲直りしとけよ?」

「落ち着いたらな」


 そうして俺たちは面談へと向かった。


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