散歩
俺は禁書庫にあった本を片っ端から頭に叩き込んだ。幸い眠らない事は得意だ。それにバケモノの肉片を取り込んでからというもの、体力と記憶力も上がっている。
多少の無理はできる。
王族専用の禁書庫にあった本はこの国の歴史を記した物やこの国で過去に攻略された迷宮の情報などだった。
他にも禁術に指定された魔術の一覧、詳細だとか、使ってはならない魔導具が書かれた物、異世界の情報をまとめた物もあった。
興味深かったのは異世界の情報だ。地球の情報が載っているのかと思いきや、どうやらレスティナには地球以外にも観測している異世界がいくつかあるらしい。ただ、観測しているだけでなにか干渉を行ったという記述はなかった。
そんなこんなで関係のありそうな物、無さそうな物の区別なく頭に叩き込んでいく。
徹夜をしたり、昼間に寝たりしていたので日にちの間隔が曖昧だ。体感ではおそらく二週間ぐらいが経っている。
だが、手掛かりは何も見つかっていない。
……くそ!
つい内心で悪態をつく。
何も見つからず焦燥ばかりが募る。時間だけが無為に過ぎていく。だけれど手を止める事はしない。ラナの事を思えばそんなことはできなかった。
そして本を読み進めること数時間、天窓から朝日が差し込んできた。
今は「迷宮目録」という本に挟まっていた巨大な地図を机の上に広げている。
「それにしても攻略後の迷宮が多いな」
地図には攻略済みを示すバツ印がいくつも付いていた。バツ印の横に書いてある日付を見ると更新は最近なので逐一書き加えているのだろう。
この王都付近にもバツ印が両手の指では数え切れないほどある
……火焔迷宮に凍土迷宮、月ノ迷宮、獣ノ迷宮。
迷宮の詳細、出現する魔物や迷宮内部の環境などは本に纏められている。
……月があるなら太陽があっても良さそうなものだけどなぁ。
俺は椅子の背もたれに寄りかかり眉間を揉む。
……ダメだ。集中力が切れてる。
徹夜もすでに何日目かもわからない。瞼も重い気がする。
それに考えも整理したかった。
……少し歩くか。
思考をまとめるには散歩が一番だ。
俺は伸びをすると、気分転換に書庫から出ることにした。
「うわ!」
廊下で出くわしたサナが俺を見て変な声を上げた。
「……バケモノを見たような声あげやがって」
「なんだ。レイか。目付き悪すぎてわからなかったよ〜。てか寝てないでしょ!? ちゃんと寝ろってこの前言ったよね!?」
どうやら俺は相当ひどい顔をしていたらしい。
たしかに「寝ろ」と言われた気もする。何日前か忘れたが。それから寝ていないのは確実だ。
「それ言われたのいつだっけ?」
「四日前!」
「まあそれはいいんだ。サナはどうだ? 強くなったか?」
「よ・く・な・い! ほら! こっちくる!」
サナに首根っこを掴まれて引き摺られる。以前はこんなことをできる筋力はなかった筈だが、これも勇者となった恩恵か。
俺は廊下を歩く人々のなんとも言えない視線に耐えながら身を任せた。対抗する気力がなかったとも言う。
地面と擦れる腰が痛かったので、第一封印を解除して闇をクッションにして運ばれていった。
「それで? なんで中庭?」
「ここでお昼寝すると気持ちいいんだよっと!」
引き摺られてきた俺は中庭にある草の絨毯へと投げ込まれた。そのままゴロゴロと転がり大の字になった。視界いっぱいに開けた空はどこまでも高く、美しかった。
サナの言う通り、これなら気持ちよく寝られそうだ。
「力が上がったな。それも勇者の力か?」
「うん。そうみたい」
「どのぐらい強くなった? カナタに一発ぐらい入れられるようになったか?」
「そこまではまだ無理。てか! カナタ強すぎなんだけど!」
「なにせ日本に十人しかいない特級魔術師だからなぁ……」
そこで俺はいい事を思い出した。確か伝えていなかったし、カナタも自分からは言っていないだろう。
「そうだサナ。あいつがなんて呼ばれてるから教えてやろうか?」
「なになに?」
「【雷鳴鬼】だってよ」
サナが吹き出した。
「え? 雷鳴……鬼? 冗談?」
「アスカちゃんが言ってたから多分ホント」
「なんともまあカッコイイ名前ですこと」
かっこいいと言いながら口元はニヤニヤしている。
「俺が教えたっていうなよ?」
「私がこのネタでからかったら情報源はレイしかいないけどね」
「……たしかに」
やはり頭が回っていない。流石に四徹はやり過ぎたようだ。
「俺は少し寝るよ。サナは訓練に戻りな」
横になったせいか急激に眠気が襲ってきた。
これは耐えられないやつだ。何度も経験しているからわかる。
「でも見てなくていいの?」
「寝てても殺気には気付けるから大丈夫だ。じゃあおやすみ」
サナが何か言っていたが、そこまで意識は持たなかった。
目が覚めると日はだいぶ傾いていた。
俺は伸びをしながら体を起こす。
この中庭は城の上階にあり、西側はちょっとしたテラスになっている。そこからは城下町が一望できる。
ぼーっとしながらも俺は立ち上がるとテラスまで移動して景色を眺める事にした。
沈みかけている夕陽と城下町がなんとも風情ある光景を作り出している。
「綺麗ですよね。この景色」
「そうだな」
いつのまにか隣まで歩いてきたアイリスが同じように城下町を見下ろす。
「お姉様もここからの景色が好きだったんですよ」
「そうなのか?」
「はい。ここに来る度に『この景色は私が、王族が守るべき景色だ』と言ってました」
「ラナらしいな」
つい笑みが溢れる。
ラナが囚われていなければきっと気高く心優しい女王になったのだろう。
「なあアイリス。聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「嫌だったら答えなくて構わない。……なんで王位を継がないんだ?」
俺の言葉にアイリスの表情が強張った。
グランゼル王国の王と王妃はラナが連れ去られた日に亡くなっている。
ラナを捕えるために攻め込んできた帝国侵攻事件によって命を落とした。
王を殺されたグランゼル王国は建て直しに時間を要する。
手をこまねいている間に、本格的に侵攻すればグランゼル王国は堕ちていた事だろう。
そうなっていないのは事件の後、帝国でもゴタゴタがあったからだ。
帝国は実力至上主義の国だ。
簡単に言ってしまえば強いものが偉い。皇帝ですら決闘で決める国だ。
そんな皇帝が事件直後に殺された。やったのは現皇帝だ。
彼はふらっと帝都に現れると敵対する者を皆殺しにしたらしい。
生き残ったのは敵対しなかった者だけだ。
そんなこともあってグランゼル王国は今も存続している。
だが、王位は未だ空席のままだ。
唯一の王族になってしまったアイリスがすぐに即位して統治をするべき現状だ。
「私は王に相応しくありません。王位に相応しいのはお姉様です」
「アイリスも立派にやっていると思うけどな」
なにせ滅亡の危機にあったグランゼル王国を建て直したのはアイリス本人だ。そこにラナの力は何の関係もない。まごう事なく本人の実力だ。
だから能力不足ということはない。それは断言できる。
「そう言っていただけると嬉しいです。ですが、こうも思うのです。お姉様ならもっと上手くやれたと」
「それは……」
「はい。言っても仕方ない事だとは理解しています。でもこれらも言い訳でしかないのでしょうね」
アイリスは悲しげに目を伏せた。
「言い訳?」
「どれも嘘ではありませんが……怖いのです。私が王位につく事でお姉様を諦めたように感じてしまって」
「……なるほどな。無粋なことを聞いてすまなかった」
俺は素直に頭を下げる。アイリスの気持ちは充分にわかった。
相応しいと思っていた姉を差し置いて王位につく。確かにそう感じるのが自然だ。
「いえ。大丈夫です」
俯いたアイリスに言える事は一つだった。
「ラナは俺が救うから安心してくれ」
救い出した後、ラナとアイリスがどんな選択をするのかはわからない。だけど俺はそんな二人を見守りたいと思った。
「……はい。期待しています」
顔を上げて儚げに笑ったアイリスはやはりラナの妹だった。
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