迷宮

「ごめんなさい。私、お茶すら用意してませんでしたね」


 話に一区切りがついた時、アイリスが手を叩き立ち上った。

 そのまま部屋に備え付けられたキッチンへ向かい、自らお茶の用意を始めた。


「そう言うのって普通は執事とかメイドがやるものじゃないのか? 王族だろ?」

「普通の王族はそうなんでしょうね。でも私自身、料理とかお茶を淹れたりとかが好きなのです。そうですね……趣味だと思って下さい」


 アイリスがにこやかな笑みを浮かべた。慣れた手つきで用意をしているあたり、こういったことは日常茶飯事なのだろう。


「今日は振る舞う相手がいて嬉しいです」


 キッチンから戻ったアイリスが、俺たちの前にソーサーとカップを置き、お茶を淹れていく。

 注がれるお茶から湯気が立ち、何ともいい香りがした。

 お茶の種類なんてわからない俺だが美味しそうな香りだった。


「どうぞ。お口に合えば幸いです」

「いただきます」


 アイリスの入れたお茶は俺の予想通り、美味しかった。味は紅茶に似ていた。おそらく近いものなのだろう。

 

 そうして一服ついた後、話を再開した。


「さて。早速だけどアイリス。君が持っているラナの情報を教えてくれないか?」

「はい。と言っても手掛かりという手掛かりはありませんが……」

「些細なことでも構わない」

「わかりました。私はあの日からお姉様を探し続けています。その方法は主に冒険者を使ってです」

「冒険者ってアノ!?」


 サナの瞳がキラキラと輝いている。


 ……そういえばサナは小説が好きだったな。


 元は俺がオカルト好きだったこともあり、漫画やファンタジー小説も大好きだった。

 それを横で見ていたサナも俺の影響を受けている。


「サナさんの言うアノというのは分かりませんが、迷宮を……」

「迷宮ってアノ!?!?!?」


 流石のアイリスも苦笑を隠しきれていなかった。

 俺は隣にいたサナに軽くチョップを落とす。話が進まない。


「話の腰を折るな」

「痛たぁ!」


 あまり痛くないだろうに大袈裟に痛がるサナを無視して話を進める。


「たしか冒険者は迷宮を攻略する者達、だっけか?」

「その通りです。この世界、レスティナには創世神レスティナを唯一神とする宗教があります。その名も創世教。創世教の教典には迷宮を滅ぼさなければ世界が滅亡すると記されています」

「物騒だな」


 カナタが腕を組みながら言った。

 

 その話はラナから聞いている。

 なんでもこの世界を創造した女神レスティナは邪神と戦っていたのだとか。邪神との苛烈な戦いで傷付いた女神はこの星の中心部で傷を癒している。そんな女神を邪神は今もなお狙っている。

 

 迷宮は邪神が作り出した終末装置だと教典には書かれている。ラナは迷宮も魔物の一種だと考えていたようだが正確なことはわからない。

 ともあれ、迷宮が下に伸びて成長するのも星の中心部にいる女神を倒す為というのが創世教の教えだ。


「というわけで迷宮を攻略した者には、創世教の総本山である聖王国から莫大な報奨金が与えられます。たとえ攻略できなくても魔物の素材は武器や防具に転用される為、高値で取引されます。ようするに金ですね。冒険者というのは儲かるんです。それもあって一攫千金を夢に見た冒険者が迷宮を攻略しています」

「世知辛ぇな」

「そうですね。ですが好都合でした。私は冒険者に迷宮内の調査を依頼したのです」

「どうして迷宮だとおもったんだ?」

「迷宮だと決めつけているわけではありません。それ以外は王国の騎士団を動かしているのです。ですが、騎士団は迷宮に関して専門外ですので」

「専門家を当てたわけか。ちなみに騎士団は何か手がかりを見つけたのか?」

「いいえ。王国内は全て捜索しましたが不発でした。流石に他国では大っぴらに騎士団を動かせないので隠密部隊を放っています」


 アイリスは立ち上がると地図を持ってきて机の上に広げた。

 その地図には多くの記号が書かれていた。


「これはグランゼル王国の地図です。国家機密ですので見た事は内密でお願いします」

「そんなもの見せていいのか?」

「お姉様を救う為です。背に腹は変えられません。……この丸印が迷宮です。黒く塗られている箇所は攻略済みの、バツ印の書いてある場所が調査済みの迷宮です」


 そこで俺は疑問に思った。

 地図にはバツ印の付いていない迷宮が三つあった。立地的にも調査の行えない場所ではないように思う。

 

「この調査していない三つはどうして調査しなかったんだ?」

「お金ですね。冒険者にお願いしている調査は私の個人的な私財を使っています。そのお金で雇えるのはA級まででした」

「なるほど。この三つはS級か」


 冒険者にランクがあるように迷宮にもランクがある。S級といえば最上級の迷宮だ。危険度も他の迷宮とは比べ物にならないとラナが言っていた。

 それこそ攻略にはS級を筆頭に何十人もの冒険者を必要とする。

 

 アイリスは俺の言葉に頷いた。

 

「ならまずはS級迷宮の調査をしようって言いたい所だが、俺たちの強さはこの世界でどれぐらいになるんだ?」


 俺たちは自分の強さがわからない。

 弱いということは無いと思いたいが、S級が遥か高みにいる可能性だってある。

 それを知らないで迷宮に突っ込むなど自殺しにいくようなモノだ。

 

「個の強さであればS級以上は確定です」

「根拠は?」

「ソルド騎士団長が元S級冒険者だからです」

「なるほど。理解した。なら方針としてはS級の迷宮を攻略するでいいか?」

「はいはいはい!」


 またもやサナが勢いよく挙手をした。


「はい。サナさん」

「なんでそれでレイとカナタがS級以上確定になるんですか?」

「それは俺たちが騎士団長より強いからだ」

「なんでそんなことがわかるの? 戦ったっけ?」

「実際に剣を交えてはいないけどな」

「ん?」


 サナの頭上にハテナが浮かんだ。


「いいかサナ。戦いにおいて相手の力量を測るのは大事なことだ。剣の構えから細かな重心移動、視線移動、筋肉の力み、呼吸の仕方、間隔と強さを測る事は実際に剣を交えなくても可能だ。そしてこれは騎士団長も同じだ。だからあの時、先手を踏み止まった。勝てないのがわかっていたからだ」

「ほへー?」

「わかってないな?」

「うん。全く」

「じゃあ実演だ。サナ。さっきの刀を出して構えて。アイリス。あそこの剣を借りても?」


 壁にかかっていた調度品の剣を指差す。アイリスは頷いた。

 

「はい。構いません」


 アイリスの私室はとても広い。剣を振るのにも十分なスペースがある。

 俺とサナは少し離れた場所に立つと向かい合った。

 

 サナは聖刀となったフィールエンデを呼び出し、構える。俺も同じようにして調度品の剣を構えた。


「自由に攻撃してみてくれ」

「え? これ真剣だよ?」

「大丈夫だ。絶対に当たらない」


 俺の言葉にサナが目を細める。

 

「……レイ。私を舐めてるでしょ? 同じ道場に通ってたんだよ?」

「ああ。それがどうした?」


 挑発するようにニヤリと笑う。サナの眉がピクリと動き聖刀を振るおうとした。

 しかし結果として振らなかった。正確には振れなかったが正しい。


「む〜〜〜。でもわかった」


 サナは頬を膨らませながら呟くと聖刀を下げた。

 側から見ればただ向かい合っていただけだが、今の一瞬で掛け引きを行っていたのだ。


 サナが聖刀を振おうとすれば俺は重心や剣の切先を少しだけ移動することで攻撃の始点を潰した。

 結果としてサナは聖刀を振れなかった。

 

「なんでこんな強いの!? もしかして! 昔は手加減してた!?」

「してねぇよ。昔は俺も弱かったんだよ」


 そう言って俺は剣を鞘に納める。

 

「まあレイの言いたい事はわかったよ。じゃあS級の迷宮に行くんだよね……っと!」


 サナは聖刀をしまう。と見せかけて居合を放った。だけどサナならやりかねないと思っていた俺は鞘に収めたままの剣でサナの攻撃をはたき落とした。


「甘いですよ? サナさん?」

「む〜〜〜!」


 サナは頬を膨らませてドカッと椅子に座る。聖刀は光となって消えていく。

 そのやりとりを見てアイリスとカナタは軽快に笑っていた。


___________________________________________


ご覧いただきありがとうございます!


「続き読みたい!」「面白い!」と思ってくれた方は作品ページの☆印から、作品の応援をよろしくお願いします!

面白いと思っていただけたら星3つ、つまらなかったら星1つと素直な気持ちで大丈夫です!

ブックマークも頂けたら嬉しいです!


何卒よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る