勇者
「……だから。レイは眠るのを怖がっていたんだね」
サナが泣き出しそうな顔で言葉を溢した。
俺は夢の事をサナとカナタには話していなかった。話したところでなにも解決しない。それに心配をかけたくなかった。
だがそれは間違いだったようだ。カナタも悲痛に顔を歪めている。こんなにも心配をかけていたなんてあの頃は思いもしなかった。そんなことを思う余裕すらなかった。
「俺はラナに救われたんだ。だから必ず救い出す。改めてみんなには協力してほしい」
俺は三人の目を順に見てから頭を下げた。初めに口を開いたのはカナタだ。
「俺はそのためについてきたしな。言うまでもない」
「私もお姉様の事はずっと探していました。私にできることであれば何でもご協力いたします。情報もお渡しします。ですからどうかお姉様をお救い下さい」
アイリスがは立ち上がって姿勢良く頭を下げた。その姿は美しく、王女に相応しい立ち振る舞いだった。
アイリスの目には涙が浮かんでいた。
きっとラナが囚われた日からずっと探していたのだろう。
……自分が人質になったせいだとか思っているんだろうな。
ラナも言っていた。アイリスは優しいから絶対気にしていると悲しそうな顔で。
俺はそんな、
「任せてくれ。絶対にキミとラナを再会させる。約束だ」
アイリスは顔を上げて微笑んだ。その顔はラナとそっくりで暖かな気持ちになった。
「そうと決まれば私! 聞きたいことがあります!」
サナが目にたまった涙を拭うと勢いよく立ち上がった。挙手をしていきなり大声をあげたサナにみんなが驚き注目した。
「レイの話だと魔王は封印されているんだよね!?」
「そうだな」
「レイは魔王の封印を解除したら倒すんだよね?」
「そうなるな」
「それってレイが勇者でも問題なくない? もしかして勇者じゃなかったら魔王は倒せないとかあるの?」
サナはアイリスの方を向いた。当のアイリスは首を横に振る。これはラナからも聞いていたことだ。魔王は勇者ではない人間でも倒すことは可能だ。
俺が倒しても勇者であるサナが倒しても結末は同じなのだ。
「いえ、ありません」
「なら私は魔王とか関係なくレイと一緒に戦ってもいいってコト?」
「ちょっとまて一般人。協力して欲しいとは言ったけどお前戦えないだろ? 裏方的な意味合いでだな……」
「私勇者だよ!? そこは勇者パワーでなんとか!」
サナが拳を握って胸を張る。その自信は一体どこから湧いてくるのやら。
俺はため息をついた。
「アイリス。勇者ってのはすぐに戦えるものなのか?」
「いいえ。武術の心得を持つ者が召喚されるとは聞きますがすぐに実戦は無理ですね」
それには俺も同意だ。いくら心得があると言っても日本は平和な国だ。俺やカナタの様な例外はいるにしてもサナは正真正銘の一般人。すぐに戦えと言われても無理だろう。
「じゃあレイかカナタが教えてよ」
サナの頼みに俺は答えられなかった。
この世界には魔物がいる。勇者ともなれば全く戦わないわけにはいかないだろう。
この世界は日本よりも死が身近だ。
それにサナは勇者なのだ。何か事件に巻き込まれないとも限らない。ならば最低限、戦う力は付けておくべきだ。
それがサナの安全に繋がる。わかっているし理解している。
だけど本音を言えばサナには戦って欲しくない。俺にとってサナは勇者ではなく幼馴染の女の子なのだ。命のやり取りとは無縁であって欲しいと願ってしまう。
頭を悩ませているとカナタが口を開いた。
「レイ。お前の悩みはわかるが、俺も力は付けておいてもらったほうがいいと思う。それに勇者だ。もしかしたら、ラナさんを助け出す力になるかもしれない。最善は尽くすべきだろ?」
「…………その通りだな」
俺は渋々と頷いた。
「じゃあサナに教えるのは俺に任せろ。お前は情報収集とかあるんだろ? 俺じゃこっちの文字は読めないしな。そっちは任せた」
カナダの申し出はありがたい事この上ない。
第一目標はラナだ。この世界に来られたのは第一歩でしかない。
ここからはまた手探りだ。何の情報もない。あまりサナの修行に付き合っているわけにもいかないのだ。
……なんだかんだで付いてきてくれて良かったって思ってるな俺。
巻き込みたくなかったのは本音だ。だけどまた昔みたいな関係に戻りたいと思う気持ちがあったのも本当なのだ。
……ラナを助け出した後もこのままずっと。
そう思わずにはいられない。だけどアスカちゃんとの約束もある。やる事は山積みだ。
「助かるよ。ありがとな。カナタ」
礼を言うとカナタは頷いた。
「あとサナ。言っておかなきゃならない事がある」
できるだけ真剣な表情を作ってサナの方へ顔を向けた。なるべく言いたくはないが、大事なことを伝えていない。
「改まってなに?」
「ここは日本じゃない。戦うという事は文字通り命を賭ける事になる。人を殺す事になるかもしれない。その覚悟はあるか?」
これは俺にも言える事だ。自分も
答えは決まっている。
覚悟はとうの昔に済ませてある。
「もちろん」
サナが俺と同じ答えを口にした。目はしっかりと俺を見据えている。その中にははっきりと決意の輝きがあった。
「その刃が私や友達に向かうのなら、私は斬ってみせるよ」
俺は目を閉じると深く頷いた。
「なら俺から言う事はない。サナ。どうか力を貸してくれ」
俺はもう一度サナに頭を下げた。
「それはこっちのセリフ! なんてったって勇者は私なんだからね! レイこそ魔王を倒すの手伝ってよね!」
サナの言葉につい苦笑いをしてしまった。
……まったく。サナらしいな。
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