母
そうして俺は修行に明け暮れた。
ラナの世界へと渡る算段はついた。あとは魔王封印の破壊方法だ。
ひたすらに力を追い求めると共に、
しかしそんな都合のいいモノは無かった。だから俺はひたすらに技を磨いた。磨いて磨いて磨き続けた。
あの忌々しい封印をぶち壊すために。
幸い、爺は師匠として完璧だった。約束通り俺に力の扱い方を教え、剣技を教えた。
そして壊せるだろうと思える程の剣技を習得した。
爺のスパルタのせいで何度も死にかけたが。
そんな爺の正体は未だに謎だ。魔術協会にも所属していないらしい。わかるのは星を守ると言う目的だけだ。
その他は、はぐらかされて教えてくれなかった。
気にはなったが
そうして一年半後。時は来た。俺は生まれ育った街に戻ってきていた。
「まさか、勇者召喚が地元とはな」
電波塔の頂から夜の闇に沈む街並みを見下ろす。
東京の郊外にあるこの街は閑静な住宅街だ。俺の記憶にある街とほとんど変わっていない。
「……母さん元気にしてるかな」
そんなわけはないと思いながらも呟いた。父さんが行方不明で息子も行方不明なのだ。元気であるはずがない。
「とんだ親不孝者だな。俺は」
しかし会うわけには行かなかった。俺は行方不明扱いとなっている。
夢の中で暴走しラナと戦っていた時にこちら側にある体も暴走していた。
その時に入院していた病院は火事になった。奇跡的に死者は出なかったが、新聞の一面を飾るほどの大火事だったらしい。
実際にその記事は俺も目を通している。
この地球では魔術的な事は秘匿されている。だから汚染された俺の体も
そうして俺は行方不明という形で爺に匿われた。
しかしそれも昨日までだ。向こうの世界に渡ればこちらの世界の事情など関係ない。
……それにもう二度と会えなくなるんだもんな。
おそらく、勇者召喚で向こう側へ渡ったら帰る手段はない。
なら最後に会って安心させたい。俺は生きてると伝えたかった。
だから俺はその欲求に素直に従った。
……別に爺からは止められてないしな。
電波塔から飛び降りると生まれ育った家へと歩き出した。
家は最後に見た時と何も変わっていなかった。
ごく普通の一軒家。二階建てで小さな庭がある。
母さんは花を育てるのが趣味で庭では数多くの花を育てていた。
今も綺麗な花が塀の上から顔を出している。
「ただいま」
小さな声で呟いて、門を潜る。
この時間、母さんは庭にいる事が多かった。だから俺は玄関へは行かずに庭へ赴いた。
予想は当たり、庭に置いてあるベンチに母さんが座っていた。何をするでもなく穏やかな表情で彩色豊かな花たちを眺めていた。
その光景を俺はいつも幻想的だと感じていた。
母の名前は柊木セリーヌ。
名前の通り日本人ではない。外国の、欧州出身だと聞いている。
輝くような金髪に金の瞳。子供を一人産んでいるとは思えないスタイルと若々しさでよく姉弟と間違われていた。
そんな母さんが色とりどりの花を眺めている光景はまるで絵画のようだった。
突然、庭に現れた侵入者に母さんはすぐに気付いた。
俺の見た目は随分変わっている。
精神的ストレスで病的なまでに白くなってしまった髪はそのままだが、体格が全然違う。
入院していた頃は風が吹けば飛んでしまいそうな程に貧弱だった。だが今は体全体に程よく筋肉が付いている。
加えて年も重ね成長した。
背はあの頃とは比べ物にならない程、伸びている。
一瞬だけ「わかるかな」と不安に思ったがそれは杞憂だった。流石母さんだ。
「……レイ?」
俺を見て母さんは呆然としていた。
いきなり行方不明になっていた息子が帰ってきたのだ。その反応は至極当然だ。
「ただいま母さん」
俺は気まずさもあり曖昧に笑顔を浮かべた。
そんな俺の内心なぞいざ知らず母さんは駆け寄ってきてハグをしてきた。
俺も母さんの背に腕を回す。
「ごめん。今まで連絡もしないで」
「いいの。こうやって帰ってきてくれただけで……。……おかえり」
そう言って母さんは涙を流した。俺は母さんが落ち着くまでずっと背を撫でていた。
母さんが落ち着いた後、俺はリビングで麦茶を飲んでいた。
……いつもの味だ。
その味が懐かしく、帰ってきたんだとようやく実感が湧いてきた。
ずっとここにいたいと少しだけ思ってしまったが、それはできない。
母さんが俺の前に座った。長くいられない事を伝えなくてはならない。
「母さん。俺、遠いところに行かなきゃいけないんだ」
「うん。いってらっしゃい。気を付けてね」
それで会話は終わった。俺は拍子抜けして目を瞬いた。てっきり止められるものとばかり思っていたからだ。
「止めないのか?」
「私が止めても止まらないでしょ? それに今のレイはハジメさんと同じ目をしている。大切なものを見つけたのね」
ハジメ。柊木
幼い頃、行方不明になったと聞いている。顔も写真でしか見たことがない。
しかし母さんからたくさん話は聞いている。
俺にそっくりでとても優しいのだと。
「うん。大切だ。世界で一番」
「ならいってらっしゃい。怪我はしないでね?」
「がんばるよ。でも……もう帰ってこられないと思う」
「いいわ。レイが生きているってわかっただけで私は充分」
「……ごめん」
「サナちゃんとカナタくんとは会うの?」
幼馴染の二人だ。小さな頃からよく三人で遊んでいた。たまにカナタの妹も混じって四人になることもあった。そんなこともあってか二人とは家族ぐるみで仲が良い。
「いや、会わないよ。サナもカナタも絶対ついてくるっていいそうだし」
誰かが困っていたらみんなで解決する。それが俺たちだ。
たとえ異世界であろうときっと頼めば二人はついてきてくれる。数年会ってはいないけれどそれは変わらないはずだ。
だが二人にはこっちでの暮らしがある。それに魔術も知らない一般人だ。ラナの世界に行こうものなら命の危険がある。
だから頼むつもりは毛頭ない。
「確かにそうね。それがレイの判断なら尊重するけど、サナちゃんとカナタくん、レイがいなくなってショックを受けていたわよ? サナちゃんなんてずっと泣いてたんだから……」
「……そうか。悪い事をしたな。……じゃあ俺が行った後に二人には生きていることだけ伝えてくれないか?」
本当は自分で言わなければならないのだろう。しかしそれだと会わなくてはならなくなる。
「私が伝えるのは嫌よ。でも手紙を渡すぐらいならしてあげるわ」
「その手があったか」
目から鱗だ。数年手紙なんて書いていなかったから頭からすっぽ抜けていた。
それなら会わずに気持ちを伝えられる。
「わかった。このあと手紙を書くよ」
「お母さんもそうするのがいいと思う。渡すのは任せて」
「うん。お願い。ありがとう」
「それはそうとレイ。今日はもう遅いけどどうするの?」
宿の手配はしていない。勇者召喚の時間は夜だ。ズレることはないと聞いていたが、万が一ズレたら目も当てられない。
だからいつでも動けるように野宿でもしようかと思っていたところだ。
しかし勇者召喚は巨大な術式らしいので発動すればすぐにわかるとの事だ。なので家にいても問題はない。
「野宿しようとしてたけど、泊まってもいい?」
「泊まっていいも何もレイの家じゃない」
当たり前のように母さんが言った。自然と笑みが溢れ、温かい気持ちになった。
「確かにその通りだね。ありがとう母さん」
俺はお礼を言うと久しぶりの家で体を休めた。
明日の勇者召喚に備えて。
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